━━Vtuberとはなんぞや。
私の問いかけに妹の伊吹は「うーん……」と考えるように首を傾げる。はたして伊吹から明確な説明を受けることが出来るだろうか。……無理な気がしてきた。
伊吹が突拍子のないことをするのはいつもの事だ。だが、そうは言っても今回は更にぶっ飛んでいるのは確実だ。
ぶい、ちゅーばぁ。
ブイ、V?はおそらく何かの略語?
voice?vacation?vegetable……は違う気がする。
チューバー?知らない単語ですね。
自分なりに解釈してみたが、どうもしっくりこない。
私が束の間の思考を経ている間に、伊吹も何かしらいい説明が思い浮かんだよう、で……?
がっしりと手を握られる。
それはもう力強く。
何で手を握られているのだろうか。
「よしっ、見てもらったほうが早いか!来て姉ちゃん!」
「え、ええ!?」
言うが早いか、私の手を引き廊下へ。
伊吹に引きずられる形で、私はそのまま妹の部屋へと連れ込まれたのだった。
ああ、やっぱり説明してくれないのか。
「あ、というか配信してたんだった」
え、なんて???
聞かなくてはいけないことが増えた気がする。
*****
「はーい!とう、ちゃーくっ!」
私の部屋のすぐ隣。
いつもよりテンション高めの妹に、なかば強引に連れ込まれた妹の部屋。
部屋の大きさは同じのはずなのに、ものが多いからだろうか。私の部屋よりも狭く感じる。
いろいろなことに興味のある伊吹らしい部屋だ。
なんだか懐かしいような。と思ったのも当然だった。
本当に、随分と久しぶりなんだ。
伊吹が私の部屋に来ることがほとんどで、私が伊吹の部屋を訪れることがなかったから。
いや、感傷にひたっている場合ではなかった。
本題に入らなければ。
「もう、ちゃんと説明してくれるんだよね?でも何でいぶ━━」
「あーっ!!姉ちゃんストーップ!!」
「ひぅ」
━━何で伊吹の部屋で?そう聞きたかったのだが。
大きな声に私の意思とは裏腹に心臓が跳ねる。ついでに肩も跳ねてしまった。
私の言葉は伊吹の大声によって完全にかき消されたのだろう。
……変な声が出てしまいちょっと恥ずかしいのですけど。
「ちょ、ちょっと!急に大きな声出したらお姉ちゃんびっくりしちゃうでしょ!?」
「ごめんごめん、姉ちゃんがわたしの名前言いそうだったからさ〜」
「えぇ……?どういうこと?」
思いのほか理不尽な理由で言葉を遮られたので面食らってしまう。
とにかく、名前は言っちゃダメらしい。
なんで?
「ほらほら、こっちきて姉ちゃん!」
「あっもう、引っ張らないの」
ぐいぐいと、まるで母の手を引く子供のよう。
じゃーん!と伊吹に見せられたのは━━
「パソコン?」
機械類が苦手な私は使ったことがないが、目の前のこれはパソコンで間違いないだろう。
長方形の画面。数字や記号、平仮名が表記されているキーボード。その他諸々の機材。高そうなマイクなんて何に使っているのか、見当もつかない。
いつの間にこんな立派なものを買い揃えたのだろうか。
電源をつけっぱなしで私の元に来たのか、既に画面は明るい。
「コレ見て!」
「ん?どれ?」
「コレコレ!!」
「ん〜?」
伊吹が興奮気味にパソコンの画面を指さす。
言われた通りに画面を注視する。
そこには、伊吹の部屋をモチーフにしたのだろうか。似たような部屋の画像をバックに、なんとも可愛らしい女の子のキャラクターが映されていた。
くりくりとした大きなルビーの瞳。薄卵色の髪は、犬耳のように左右でぴょこんと外にハネている。落ち着いた印象だが、口元の八重歯が彼女の活発な性格を滲み出している。
なんだか犬っぽい?
「どおー?」
「へぇ〜、可愛いね。なんか動いてるし」
「うぇへへ、ありがと〜」
「なんで喜んでるの……」
素直な感想を告げたのだが、何故か伊吹がほにゃほにゃと喜んでいた。
「だってこれ、わたしだもん!」
「はい?」
怒涛の展開に、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
画面の中のキャラと隣合うようにして並んだ伊吹は、百点満点の満面の笑みで私に向き合う。
「わたしは、Vtuberの『犬町めぐる』だぞー!!」
やっぱり犬なのか?
*****
━━Vtuberとは。
バーチャルNyuTuberの通称であり、動画投稿サイト『NyuTube』を中心にキャラクターのイラスト、アバターを用いて動画投稿や配信で活動を行う者たちのこと、らしい。
今、巷では人気急上昇中のコンテンツのようで、伊吹も興味が湧いたらしくノリと勢いでVtuberのオーディションに応募したとのこと。
で、受かってしまい、晴れてバーチャルNyuTuber『犬町めぐる』なった、と。
現在はVtuberの企画・運営を行う事務所『アノソナイブ』の二期生として所属、Vtuber『犬町めぐる』として活動している。
お姉ちゃん、何も聞いてないのですが……。
「私、知らなかったのだけれど……」
「言うの忘れてたっ」
にぱー。
純粋な笑顔が眩しい。
悪気は無いのだと分かってはいるが、反省もしてない気がする。
「どう?どうっ?姉ちゃんもVtuberやろ!」
「いや、ちょっと……」
とりあえず、うちの妹が何をしているのかは概ね理解出来た。
そして、この妹、致命的に言葉が足りなさすぎる。本能で生きすぎではなかろうか。
Vtuberの事務所があるくらいだ。そう簡単にはVtuberなるものにはなれないのだろう。しっかりとした手続きとかあるだろうし。
そもそも何をすればいいのか分からないのが現状で、パソコンを使うのなんて私に出来るはずがない。
動画投稿や配信だって、やったことも見たこともないのだ。
「私には無理だよ……」
「えー!?姉ちゃんなら絶対人気出ると思ったのにー。わたしが保証するぞ!」
「人気って。……私、そういうの向いてないから」
「そんなことないぞ!ほらっ!皆も言ってるし」
「は、え?皆って……?」
そういえば、伊吹は配信がどうとか、言っていたような……。
一抹の不安を胸に抱えつつ、伊吹が見つめる先━━パソコンの画面におそるおそる視線を向ける。
:めぐるの姉ちゃん見てるー?
:ホントに姉ちゃん呼んでて草
:普通に声かわいいんだが
:透明感あってスコだわ
:姉妹でVとかてぇてぇかよ
:今回も神回であったか
:正直好きな声です
:犬とは違った感じでええやん
:おら!姉ちゃんのV化代だ受け取れ!
:この犬は誰にも止められん
:姉ちゃん=飼い主
:姉ちゃん僕に下さい
大量のコメントが流れていく。
時おり色の着いたコメントも送られているのか、カラフルで目に痛い。
「………………」
「どした?姉ちゃん」
薄々嫌な予感はしていた。
していたのだが。
これは流石に予想できない……!
「ね、ねぇ。さっき配信、とか言ってた、よね……?もしかしてだけど━━」
「おぉ!今もしてるぞ!」
「……つまり」
「つまり?」
「誰かが、これを見てるってこと……?」
「そうだぞ!」
見てるというか、私の声を聞いているが正しいのか?
そういうのはどうでもいいが、もう私の声は全国に配信されているらしい。重要なのはそこだ。
「……は、はは……」
ついに脳がキャパオーバーを起こして、乾いた笑いが口からこぼれる。
:お、姉ちゃん大丈夫か?
:これが現実なんだよなぁ
:姉ちゃん息してる?
:全部犬町めぐるってやつが悪いんだ
:めぐる、なんとかしなさい
:突然妹にVtuber宣言されて配信に連れ出されたらこうなるわな
「姉ちゃん人前とか苦手だから、緊張しちゃってるんだな」
当たり前だ。
こっちはいろいろと初心者なのだ。
心の準備もなしに人前で話すなんて高難易度なこと出来ない。
:わかってて配信に引っ張り出すのか……
:ひでぇ姉虐を見た
:この犬、鬼畜すぎる
:流石に同情を禁じ得ない
:姉ちゃんの気持ちも分かるわ
:誰か詩羽ちゃん呼んできてー
なんかコメントの方が優しい気がする。
「やっぱり姉ちゃんはスゴいな〜。不安そうにしててもカワイイなんてなぁ」
:ヒェ
:ヒェッ
:ヒェッ!
:ヒィィィィィィィィィィィィィ
:さり気にサイコ発言www
:Sっ気が強すぎる
:姉ちゃん逃げて!!www
:元気いっぱいに人を引かせる天才
流石は伊吹。
天然の素で人を引かせている。
考えないで喋るからそうなるんだよ?
前から「伊吹はもうちょっと考えてから話してみようね」って言ってるのに。
「姉ちゃん、話すの無理そう?」
「……む、無理そう……」
「そっかぁ〜……」
正確には人前ではないのかもしれないが、何人もの人が見ていると分かってしまうと声が震える。
正直、今この配信を視聴している人数を聞きたくない。コメントの数から考えて結構いそうなんだもの。
:無理はしちゃいかん
:おいたわしやお姉様……
:また犬が暴走したのか……
:うちの駄犬が申し訳ない
:視聴者が率先して謝るのかww
:ついに身内にも被害者が……
:無理すんなよ姉ちゃん
なんだろう……。
コメントが優しい。
悪い人達じゃなさそう。
「あ、ありがとうございます……。ちょっと緊張しいなので……」
「そういう姉ちゃんもすきー!」
なにかいたたまれない気持ちになってしまったので、たどたどしいが私なりに返答を試みることに。
伊吹は……うん、この際無視しよう。今の私にそんな余裕はない。
:黙れ犬
:ハウスだ犬
:これで餌食ってろ
:餌代スパチャwww
「みんなひどいっ!?もー!!」
「えっと、ごめなさい、私の妹が急にこんなことして……」
「えー?姉ちゃんは謝らなくていいんだぞ?」
:ええんやで
:気にしなさんな
:どうして妹はこうなったんだ……?
:犬は謝れ
:姉ちゃんにホラゲーやさせたい
「姉ちゃんにホラゲーやらせたい?わかるっ!!」
「えっ」
:この犬はホントにww
:全然反省しないのなwww
:大好きな姉ちゃんを虐めるヤベー犬
:変なコメント拾うの草
:めぐるホラー耐性MAXだからなぁ
:他のVが悲鳴あげるとこで笑ってんのはやばかったなww
:正直見てみたいです
「…………」
「姉ちゃん?」
「くっ……ふふっ……」
ああ。もう。
本当に。
:おろ?
:笑ってる?
:だいじょーぶかーー!!!??
:とりあえず犬は謝れ
:おいおい
:流石に怒った??
:おい犬ぅぅぅ!!
:めぐるの味方はいなくなったのだった……
:最初からいない定期
「あはははっ……!」
「おお!?」
なんだろう。変な気分だ。
妹はVtuberで犬だし、知らない間に配信されてるし、知らない人に見られてるしで、最悪な筈なのに。
視聴者のコメントは何故か私に優しくて、伊吹の配信の筈なのに伊吹が視聴者に怒られてて。
コメントで一喜一憂して、気づいたら喜んだり怒ったり。
目まぐるしく話が進んでいって。
それが不思議と嫌ではなくて、むしろ楽しくて。
久しぶりに本心で笑った気がする。
「やったぞ!姉ちゃんが笑ってくれたぞ!!」
「ふふっ……ごめんなさい、なんだか可笑しくて」
「よかったぁ。最近姉ちゃんの笑ってるところ見てなかったから……」
「そっ、か……。そうかもしれないね」
ああ、なんだ。
何だかんだと言いながら。やっぱりこの子は優しい子だ。
私のことを第一に考えて思ってくれる。
だったら私はこの子の思いに答えなければいけない。
姉として、大切な家族として。
「ありがとうね。えっと、━━めぐる」
「━━!!うん!!えへへぇ」
頭を撫でると、その下には満開の花が咲いたような笑顔。
星野谷伊吹ではなく、犬町めぐるとしても貴女は私を思ってくれていた。
初めて呼ぶ筈なのに、すんなりと呼べたのは、何故だろう。
ちょっとだけ、Vtuberというものに『興味』が出てきた。
妹がやっているからとかではなく、私が自分の意思で興味を持てた。
:てぇてぇ……
:なんだよ、結構笑えんじゃねぇか……
:結局二人ともいい子なんだよなぁ
:今までの無かったことになってて草
:これは姉ちゃんV化待ったナシだな
:姉妹V、ええやん!!
でも、私がVtuberになるというのは、話がまた違うと思う。
#2「妹がなんかやってた」 了
〇星野谷春野
自称普通の女子大生。
コメントが優しい。
悪い人達じゃなさそう。
↑ちょろい
〇星野谷伊吹
姉ちゃん好きなヤベー奴
いろいろとやらかしまくった結果、視聴者からの扱いが雑になる。
〇犬町めぐる
星野谷伊吹のVtuberアバター。
視聴者からはやらかしまくりで「犬」と呼ばれる。
犬耳とかつけてないけど、なんか犬っぽい。
〇詩羽ちゃん
音坂詩羽。とりあえず名前だけの出演。
犬町めぐるの先輩Vtuber。
めぐるの面倒を押し付けられた人。
〇アノソナイブ
Vtuber事務所。
名前は10秒で考えた。適当。