私が衝撃の配信デビュー?を果たしてしまったその数日後。
「姉ちゃん〜」
「ん〜?なぁに?」
卵とバター、砂糖、塩(ちょっとだけ)、薄力粉に牛乳を加えて混ぜたものをフライパンで薄く焼く。均一になるようにフライパンを傾けながら。
じゅわ〜、と生地の焼ける音。
だらけた間延びした声。
相も変わらず台所で調理中の私にリビングでソファーに寝転びながら、だらだらとくつろぐ伊吹が呼びかけてくる。
「あのな〜。周さんが姉ちゃんと話したいって言ってた〜」
「え、あまねさん?誰?伊吹のお友達?」
初めて聞く名前。
軽く考えてみたけれど思い当たる人はいなかった。
思考を巡らせつつも、生地が焦げないように気をつけながら、軽く生地に色が着くまで両面を焼いていく。薄いから直ぐに焼き色が着く。
一枚出来たらまた一枚。何回も繰り返して生地をどんどん増やす。
「んーん。わたしのマネージャー」
「へ〜。マネージャー。……マネージャー……?」
聞き慣れない単語に思わずフライパンから目を離す。
「ん、え?マ、マネージャー?伊吹の?」
「わたしのっていうか、犬町めぐるの」
「Vtuberってマネージャーとかいるんだ……」
流石、事務所があるだけの事はある。
まるで芸能人。それだけ伊吹は有名なのだろうか。
っと、生地が焦げてしまいそう。
フライパンに視線を戻し、慌てて生地を取り出す。とりあえず一安心。
「えっと。で、その人が私とお話したいって?」
「そう〜」
「えー……。……何で?」
「んー、わかんない!」
ええ……?
まあ、そんな気はしていましたがね。
期待を裏切らない適当さだ。
一通り生地は焼き終わったので、生クリームを泡立てる。
……でも伊吹がお世話になってるみたいだし、私も挨拶した方がいいのだろうか。
マネージャーだなんて本当に芸能人みたいでなんだか現実味がない。
うまく挨拶できるかなぁ?
「あっ。な、なにか粗品でも用意した方がいいのかな?」
「なんで?電話でいいらしいぞ?」
「あ、そうなんだ……」
ちょっとだけ気が抜けた。
角が立つまで生クリームを泡立てたら準備完了。
綺麗に丸い型で生地を抜き、生地、生クリーム、生地、生クリームと交互に重ねていく。
側面にも生クリームをぬり、上には粉砂糖を軽く振りかければ。
「うんっ、できた」
「おお!今日は何作ったんだっ?」
「今日のメニューはミルクレープだよ。今切ってあげるから待っててね」
「はーい!」
マネージャーさん。いったいどんな人なのだろうか。
美味しそうにミルクレープを頬張る伊吹を見ながら、そんなことを考える私だった。
*****
「こんばんは」
「あっ、は、はいっ。こんばんは!」
伊吹の部屋にて。
機材を借りてボイスチャットツールで、件のマネージャーさんと会話をすることに。
椅子に座る私の後ろで、伊吹が通話の設定や使い方等を教えてくれた。
「私、Vtuber事務所『アノソナイブ』で妹さん━━星野谷伊吹さんのマネージャーをしております、周良と申します」
「あ、私は姉の星野谷春野です。えっと、いつも妹がお世話になってます」
凛としていて落ち着いた声。いかにも仕事ができますといった大人の女性。周良さんへの私の印象だ。通話越しでもかっこいい女性を連想させる。
「このような通話での会話になってしまい申し訳ないのですが、この度は春野さんにお話したいことがありまして」
「あ、はい」
「わざわざお時間を作って下さり、ありがとうございます」
「あ、いえそんな……」
「で、周さんは姉ちゃんとなに話したいんだ?」
後ろに控えている伊吹から催促の声。
純粋な疑問と興味で問いかけたのだろうが、まるで友達にでも話しかけるかのような気軽さに焦る。
「ちょっと!?失礼でしょ伊吹っ!」
私たちよりも歳上であろう周さんになんて態度だろうか。流石に注意させてもらう。
目上の人は敬って。お願い。
「いえ、お気になさらず。……もう慣れたので。それに私も気にしていませんので」
「なー」
「あ、そうですか……」
親しくしてもらっていることを姉として喜ぶべきなのだろうか?ああ、妹のコミュ力が羨ましい。
周さんの声色には哀愁を感じたけど。気のせいかな……。
「なんだかすみません……。うちの妹がお世話になっているみたいで」
「こちらこそ伊吹さんにはお世話になっていますので」
「で、結局話ってー?」
「………………」
我慢のできない、うちの妹がすみません。
後ろでそわそわするのやめて欲しいのだけれど。私まで落ち着かなくなるから。
まあ、気になるという点では伊吹と同じ気持ちなんだけど。
「そうですね、そろそろ本題に入りましょうか」
本当、落ち着いてるなこの人。
片や耳元でふんふん言ってる伊吹。うるさい。
もっと周さんを見習って落ち着いて。よしよしいい子だからね〜。
頭を撫でとけば大抵伊吹は静かになる。なでなで。
「春野さんには謝罪と相談がございまして」
「謝罪と相談、ですか?」
「ええ。まずは謝罪を。この度はうちのライバーがご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。本来なら直接謝罪してお詫びの品を送りたかったのですが━━」
「い、いえいえ!そんな!お、お気持ちだけで十分ですよ!?」
私としては通話で助かっているからこれでありがたいのです。主にメンタル面で。
「えっと、迷惑というのは、もしかして……」
「お察しの通り。伊吹さん━━いえこの場合は犬町めぐるさんですね━━が配信に春野さんを出演させてしまったことについてですね。重ね重ねお詫び申し上げます」
ああ、やっぱりそのこと。
Vtuber関連で私が謝罪されることといえばそれしか思いつかない。
やはりVtuber的には良くないことだったようだ。当たり前か。
「あの……」
「はい」
「私、今回の出来事はいい機会だったと、思うんです」
「いい機会?」
そう。
暗くて狭い私の世界が、一瞬だけ広がった気がしたから。
「知らなかったVtuberという世界が、少しだけ見ることが出来て。興味を持つ事が出来ました」
周さんは「そうですか」と、私のたどたどしい言葉でも納得してくれたように優しく聞いてくれた。
「過程はどうあれ、興味を持ってくれたこと。とても嬉しく思います」
「おお!姉ちゃんVtuberに興味あったのか!」
「……伊吹さんはもう少し反省してくださいね」
「あはは……」
悪気はないんです。本当に。
私の肩を掴み飛び上がる伊吹。
やめなさい。これ以上、私の背が縮んだらどうするんだ。姉の威厳が更になくなってしまう。
と、周さんが謝罪と相談をしたいと言っていたことを思い出した。
「あ、そういえば相談ってなんでしょう?」
「ああ、はい。相談というのがですね━━」
*****
「こんばんわーん!!!!犬町めぐるだぞー!!!!!今日も元気にやってくぞー!!!!!」
:こんばんわん!
:こんばんわん!
:わんわん!
:あれ?何も聞こえない
:声がでけぇwww
:テンションが天元突破してやがる……
:うるせえww
:元気すぎるんだよぉ!!!
「あれ、うるさかった?ゴメンゴメン。嬉しくってついっ。ふんふん!いやーもうホント嬉しいな〜」
:犬かわ
:反省しろ、犬
:なにがあったし
:もう読めた
:どうせ姉ちゃん関連
:さすが犬、わかりやすい
:いつと通りで安心だわ
「むふん!今日はね!配信タイトルにある通り、重大発表だぞ!超重大発表!」
:いや姉ちゃんだろ?
:姉ちゃんやろなぁ……
:姉ちゃん系に1票
:リスナーにバレてて草
:即バレで草
:めぐるの姉ちゃんしかないwww
:満場一致やないかいww
「えっ!?スゴい!!何でみんな分かったんだ!?さすがは犬組のみんな!!」
:知ってた
:知ってた
:知ってた
:知ってた
「でもみんなきっと驚くぞ!わたしもビックリしちゃったもん!それでな〜、なんと!!姉ちゃんが!!今!!来てます!!しかも!!アノソナイブ公認だぞっ!!」
:え!?
:マジ!?
:は!?
:マジかww
:攻めたなぁwww
:姉ちゃんktkr
:ええ!!??
:ついに配信参戦www
:公認かよww
「ほら!姉ちゃん来て来て!!」
「あ、ど、どうも〜……。あ、違う。━━こんばんわん……?あ、犬町めぐるの姉で〜す……」
「わぁーい!!パチパチパチ〜」
#4「私がVになるまであと○○日」 続
○星野谷春野
よく会話の初めに「あ」がつくコミュ障系お姉ちゃん。
Vに興味を持ち始めたもよう。
○星野谷伊吹
反省しないシスコン妹。
○周良
Vtuber犬町めぐるのマネージャー。
出来る女。
犬町めぐるの被害者筆頭。
頑張ってる。
○犬組
犬町めぐるのリスナーの呼び名。