「━━春野さんには、Vtber犬町めぐると共に、配信に出演して欲しいのです」
「……え、配信に?」
「!!!!」
周さんの相談は、そんな言葉から始まった。
後ろの伊吹はふんふん言ってるから興奮してるんだろう。気にしない気にしない。
「理由は二つほどありまして。実はあの配信、めぐるさんの暴走ということでアーカイブを削除しようと企業側でも提案されたのですが……思いのほか、再生数の伸びが凄くてですね」
「おー。確かにめっちゃ伸びてたなー。わたしは嬉しかったけど」
「……そうなんですか?」
「はい」
「めっちゃ……?」
「めっちゃ、です」
ええ……。
色々な人に見られていると思うと、今更ながら恥ずかしくなってきた。
あの時は頭の中が真っ白になってたので、何か変なことを喋ってないか心配だ。うう、大丈夫だろうか……。
「春野さんが喋っていた数分の切り抜きなどもNyutubeで割と好評なようなので、私達『アノソナイブ』としても嬉しい誤算だったのてす。………端的に言えば、春野さんは捨てるには惜しい人材、と判断されたのです」
「おおー!スゲー姉ちゃん!!さすがだな!!」
「えっ、え??」
な、なるほど?
私はもしかしてスカウト、というものをされているのかな。
そこまで期待される存在ではないのに、そんなに言われてしまうと胃が痛くなる。小心者の私の胃が耐えられるか不安だ。
「そして、もう一つ」
「あ、はい……」
まだあるんだった……。
頑張れ私の胃……!!
「私としてはこちらの理由が大きいのですが……。春野さんには、犬町めぐるの抑止力となってほしいのです」
「よ、抑止力?」
「んー?」
いったい伊吹は━━いや、犬町めぐるは『アノソナイブ』でどういった扱いを受けているのだろうか。猛獣、それか核兵器かなにかかな。
本人はよく分かってなさそう。というか気にしてないようだ。
「めぐるさんの暴走する理由の八割ほどが春野さん関連なので、その春野さんにはめぐるさんの手網を握っていてもらおう、といった話です」
「本当に犬みたいだなぁ……」
「姉ちゃんの犬なら大歓迎だぞ?」
「うんちょっと黙っててね〜。よしよし」
「わふぅ〜」
誤解されかねないことを不意打ちで投げ飛ばしてこないで欲しい。なでなで。
「流石ですね。その手腕、私が見込んだ通りです」
「………………」
「わふぅ〜」
この人、私をなんだと思っているのだろう。なでなで。
「と、以上の理由で、春野さんにはめぐるさんの配信に出演してほしいのです。どうでしょう。少し、考えていただけると幸いです」
「あ、はい……」
「わふぅ〜」
ど、どうしようか……。
*****
「━━っていうことがあって、姉ちゃんはわたしと配信することになったのであった!」
「……であった」
めぐるがザクっとこれまでの経緯を説明してくれた。
結局、私は周さんと伊吹の熱烈な説得を受け、犬町めぐるのパートナー的というか監視係のような役割についたのです。
……というのは建前で、私は何も無い自分から一歩踏み出そうとしたのかもしれない。本当の気持ちは私自身にもまだ分からないけれど。
:企業公式監視員www
:詩羽ちゃんの負担が減ったね!
:飼い主見つかってよかったな犬
:【朗報】犬、飼い主が見つかる
:幸せならオッケーです!
:この犬ニッコニコやでww
:姉ちゃんを困らせるなよ犬
:姉ちゃん公式記念代です
「わんわん!姉ちゃんわたしを飼ってくれな〜!」
「あ、ということなので、時間が合う時はめぐるの配信にお邪魔していきますね。めぐる共々よろしくお願いします……!」
:スルーは草
:流石飼い主
:意外とスルースキルが高いww
:ホントに犬の姉か?www
:これが清楚か……
:よ、よろしくお願いします
:お、おぅ
:めぐるちゃんとのギャップにリスナーが困惑しとるwww
:庇護欲をくすぐられる声スコ
「これからは姉ちゃんにいっぱい色んなことしてもらうぞー!みんなよろこべー!」
「えっ!いや、これめぐるの配信……」
何を言っているんだこの犬は。
私は配信初心者も初心者。私に期待しないで欲しい。
:おまんは何を言っているんだ
:姉を引き立てる妹の鑑
:お前もやるんだよ!!
:は?ww
:ん?今なんでもって……
:言ってないです
「姉ちゃんゲームとかはあんまり得意じゃないから、わたしが手取り足取り教えてあげるぞ!」
「あ、うん。ありがとう」
緊張して喉がカラカラだ。
でも焦りすぎても変なこと言っちゃいそうだし……。
周さんも「いつも通りで大丈夫ですよ」って言ってくれたからこのままで大丈夫かなぁ。
:普通に楽しみなんだが
:姉ちゃんのホラゲ配信待ってる
:お歌配信期待
:仲良い姉妹にはお小遣いをやろう
:姉ちゃん、これ犬の餌代にして
「あのね、めぐる。教えてくれるのは嬉しいけど、私は、めぐると一緒に遊びたい、かな……?」
「━━━━━━」
「め、めぐる?」
「うぅぅぅっ……!姉ちゃんっ!!」
「ひぁっ!?めぐる!?」
━━ガバッ。
横にいためぐるに抱きつかれてしまった。
:エッッッッッ!!!???
:エッッッッッ!!
:エッッッッッ
:録音しました
:切り抜き待ってる
:てぇてぇと思ったら突然のエッッッッッで草
「こ、こらめぐる!ほら、リスナーさん驚いちゃってるよ?急に抱き着くのはやめなさい」
「あはは〜、ゴメンゴメン。姉ちゃんが嬉しすぎること言うから」
「もう〜……まあいいけどね」
「えへぇ〜」
:なんだこの純粋培養姉妹
:やっぱりてぇてぇなのか……?
:なんだよ結構てぇてぇじゃねぇか……
:素晴らしいものを見た
:まさか犬の配信で癒されるとは思わんかった
:犬は気持ち悪いぞ
:おい犬
:何だ今の犬
「姉ちゃんと遊ぶの楽しみだなぁ!」
「ふふ。うん、私も楽しみ」
「なー」
「ね」
:優しい世界
:急に日常アニメみたいなゆるさww
:なんだこの姉妹かわいいかよ
:犬が可愛く見える不思議
:犬は最初から可愛いダルルロォ!!?
実際に、私はゲーム等には疎い生活を送ってきていた。ソシャゲも全くもって手をつけたことがない程。
素直に嬉しいし楽しみだ。
「姉ちゃんに何かやって欲しいこととかあるか?わたしはいっぱいあるけど、一緒に住んでるからいつでもやって貰えるし、犬組の意見を優先してやるぞ!」
ああ……。脊髄反射で喋る悪い癖が……。
:リスナーにマウントをとるなwww
:めちゃくちゃマウントとるやん
:無自覚マウントやめれ
:煽ってんのか犬ww
:姉ちゃんくれ
「めぐる、言い方……。というか、なんで私?一応めぐるの監視係っていう立場なんだけど……」
「そんなのはもうどうでもいい!」
「ええ……?」
「姉ちゃんがどれだけスゴくてかわいいのかを、わたしがみんなに見てもらいたいだけだからな!!ホントは独り占めしたいけど、姉ちゃんの素晴らしさをみんなにも知ってもらいたいからな!!ふんすっ!」
「えぇ…………」
:引かれてるぞwww
:姉ちゃん引いてんじゃんww
:露骨に引いてて草
:渾身の「えぇ……」に笑ったわ
:姉ちゃんの引きボイスいいゾ〜
:姉ちゃんのASMRとか良さそう
「ん?ASMR、ってなんだろ……?」
何となく目に付いた言葉。
知らない単語に過敏になっているようで、思わずめぐるに聞いてしまった。
「おおー!姉ちゃんのASMR……!!いいっ!絶対にいい!!」
「そ、そうなんだ。で、ASMRって……」
「そうだなー。耳かきの音とかパソコンのタイピング音とか、音で癒したりするやつだぞ。バイノーラル録音で、ささやき声とか咀嚼音とかだな!バイノーラルマイクはあるから姉ちゃんもできるぞ!というかやって!!」
「へ、へぇー」
めぐるの圧がすごい……。
ASMR。そんなコンテンツがあったのか。知らなかった。確かにパソコンのタイピングの音は聞いていて気持ちいいかもしれない。
アロマセラピーの音バージョン、っていう感じだろうか。
「あ、そうだ。わたしはASMRやったことあるから、試しに聞かせてあげるぞ?」
「なんだ、めぐるはやったことあるんだ。じゃあ、後で聞かせてもらおうかな」
「まあ、一回しかやったことないんだけどなー」
どのようなものなのか、試しに聞いてみるのはいいかもしれない。参考にさせてもらおう。
:あ
:あ
:あっ
:あ
:ぁ
:ウッ
:ヒッ
……ん?
なんだろう?
コメント欄が不穏な雰囲気……?
*****
━━後日。
「あ、伊吹。伊吹のASMR聞かせて欲しいな」
「お、いいぞー!」
件のASMRとやらを体験しようと伊吹の部屋に。
「はいこれ。ヘッドフォンつけて」
「うん。……よっと」
伊吹から渡されたヘッドフォンを耳に装着して、ASMRが流されるのを待つ。
「じゃあ行くぞー?」
「はぁい」
━━カチッ。
「━━こんばんわん!!!!!」
「━━━━キュウ」
#5「やがて飼い主になる」
○星野谷春野
犬町めぐるの飼い主になったお姉ちゃん。
よしよし。なでなで。
○星野谷伊吹
お姉ちゃんの飼い犬になった妹。
今回もふんふん言ってる。
○犬町めぐる
初バイノーラル録音でのASMR配信で初手リスナーの鼓膜破壊活動をした。もちろん反省会配信の議題行き。
お姉ちゃんには怒られた模様。