僕のルームメイトはブラジャーを着けない   作:小名掘 天牙

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男水着チャレ「男が男の水着きるのが何でチャレンジになんだよ(byサイク」

 サイクの身体の換装失敗事件があった数週間後の事、

 

「おお、すげぇ人だな! む、こっちにも巨乳レーダーに反応アむっほぉ♥ やっべ。見ろよ、あのチェックのビキニのおねーさん、いきなりF超えだぜりゅん! 幸先良いな!!」

 

僕とサイクの二人は普段住んでいる町から少し離れた場所にある、大きなプール施設へと遊びに来ていたのだった。

 僕と同じく巨乳派(これを本人に言うと「正しき教えに導かれし者だ!」と五月蠅いけど)のサイクが早速見つけたおっぱいの大きなお姉さんの姿に興奮したようにはしゃぎ始める。まあ、これは良い。いや、良くはないけど、まあ男子学生の猥談なんてこんなものだと思う。問題があるとすればもっと別の事。

 

「ねえ、サイク」

 

「おっほぉ♥ あ? どうかしたか?」

 

「うん、どうかしているよ」

 

主にサイクの頭が。

 

「?」

 

今日は旋毛のあたりで束ねられた金色の尾が、不思議そうに小首を傾げるサイクの仕草に合わせてゆったりと揺れる。余韻に流れた長髪がプール内の照明を反射してきらきらと幻想的な輝きすら放っている。けど、正直個人的にはそんな事もどうだってよかった。それよりも、

 

「おう」

 

「上着ない?」

 

着けたくない気持ちも分かるんだけどさ。

 

「ぜってぇ嫌だ」

 

大衆の中、当然の様にトップレスで歩き回るサイクに提案するも、黒いハーフパンツ一丁の徘徊者は、腕時計を付けた右手とロッカーのカギを通した左手を×の字に交叉させて、

 

「ぜってぇ嫌だ!!」

 

と断固拒否の意志を示す様に、もう一度繰り返したのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 先日のボディ換装ミスが様々な意味で僕とサイクの生活に影と爪痕を残していった事もあり、日に日に某大手企業への恨みを募らせた僕とサイクだったけれど、キャンペーンに罪はないという事もあり、ここ最近のストレス解消も兼ねて、先の換装の特典のC賞、このプールのタダ券を使って一日遊びに来たのだった。

 やって来てみれば、プールは中々に盛況で、よくある流れるプールや波打つプールだけでなく、大きなウォータースライダーも備え付けてあるなど、フリーパスを買おうとすればそれなりに値段のしそうな、割とお高めのレジャー施設なのだった。

 特典とかキャンペーンというと何となく想像よりも大したことがないものを想像していた僕とサイクも思いの外上等な得点に割と浮足立ちながらゲートを潜ったのだった。但し、僕のテンションはサイクが当然の様に男物のハーフパンツ水着をレンタルして、更に当然とばかりに僕の隣のロッカーで着替え始めるまでの話だったけれど。っていうか、幾ら無乳とはいえサイクの身体が女性のそれなせいで、意図せず昨今流行りの男水着チャレ「男が男の水着きるのが何でチャレンジになんだよ」うわっと!?

 つらつらとそんな事を考えていると、不意に首筋に冷たいものが当たり、思わず悲鳴を上げてしまう。

 

「お待た」

 

振り返った先に居たのは当然ながらサイクで、両手には買ってきたばかりの青と黄色のシェイクのカップがあった。

 差し出された黄色いカップを「ありがと」と受け取って、刺されたストローに口をつけると滑らかで濃厚なバナナの風味が冷たい氷粒と一緒にとろりと流れ込んでくる。ひと泳ぎ終えて、心地よく疲労した身体に、甘いシェイクがじんわりと染み込んでいくようだった。

 隣に座るサイクの方も同じらしく、青いシェイクをじっくりと味わう様に、こくりこくりと喉を鳴らしてその甘みを楽しんでいる様だった。

 

(うーん、こうして見るとなあ……)

 

元々、ボディは国内最大手の会社自慢の美少女系ラインナップの一つ。前にコードを確認したら所謂貧乳好きやボーイッシュ好きの為に用意された素体だったこともあり、はっきり言ってかなりスタイリッシュな印象を抱かせる美人顔だ。さっきまでのトップレスだと少年とも見られてしまっていただろうけれど、身体が冷えない様にパーカーを着て胸元を隠している今だと正直本物の美少女にしか見えないと言えば見えない。

 

「ん? どした、りゅん? こっちも飲むか?」

 

と、僕の視線に気が付いたサイクが口を離したシェイクを差し出してくる。

 

「そうだね、一口良い?」

 

「おっけ」

 

頷いたサイクから青いシェイクを受け取り、「お前のもくれ」というサイクに「はいな」とバナナシェイクを差し出す。うん、ブルーハワイ味。こっちもこっちで中々……、

 

「んで?」

 

「ん?」

 

「どうしたんだよ?」

 

「あ、続いてたんだ、それ?」

 

あー、うん、まあ、そりゃそうだよねー……、うん。

 

「サイクってさ」

 

「おう」

 

「今のボディだと、本当に黙っていれば美人顔だよね、カタログ通りに」

 

 結局、良い言い訳も思いつかず、かと言って嘘を吐いて誤魔化す気も無かったこともあり、サイクを怒らせちゃうかなーなんて思いながらも、正直に考えていたことを口にする。

 

「……ぷは、なんだそりゃ」

 

けど、予想していた怒声は飛んでこなくて、代わりに返ってきたのは一瞬浮かんだきょとんとした表情と、直ぐに噴き出しながらストローから口を離したサイクの苦笑だった。

 

「ま、アンドロイド事業国内最大手のT社様製の最新機だからな」

 

何となくレジャーの雰囲気に酔っているのか、その表情はむしろ機嫌良さげだった。……あはは。

 

「おっぱい大きいお姉さん達を観察している時は完全にノリがおっさんなのにね」

 

「そりゃ中身が男だからな」

 

「それもそうだね」

 

ほんと、傍から見れば一種の詐欺だと思うけど。

 完全に宅飲みで酔払った時のノリでげらげら笑い合いながら、シェイクを交換し直して、またバナナ味の方を楽しむ。カップが大分軽くなったのに合わせて、何処となく和やかな空気が僕とサイクの間に漂う中で、不意に「まあでも」とサイクが口端を釣り上げながらパーカーの襟元を引っ張って、その真っ平な胸をちらちらと見せつけてくる。

 

「りゅんならルームメイトの誼だ。多少演技込みでおかずくらいなら提供してやっても良いぜ?」

 

「でもそれ、自分の胸見るのと変わらないよね?」

 

「だな」

 

女性ではないので、その辺のプライド皆無なサイクは当然の様に全肯定。

 

「つか、美貌は認めるけど、このド貧乳で女とかありえねーわ」

 

「まあ、童貞の僕からしたらどっちにせよ刺激的だけどね」

 

同時に躊躇なく貧乳差別をするので、チキンな僕は取り合えずアリバイ作りで自己保身に走る。

 

「確かに童貞のりゅんにはこんなまな板でも目の毒か」

 

「サイクも童貞けどね」

 

にやっと笑って悪乗りしてくるサイクに、僕も茶化しながら肩を竦め返す。いや、数週間前までずーっとヅ〇だったサイクに童貞もくそも無いんだけど、確か、疑似性器のカタログとかホームページ、結構見てたよね?

 

「ちょ、おま、何でそれを」

 

「タブレットの管理誰がしてると思ってるのさ? 履歴は消されてたけど、キャッシュまで削除していなかったから、思いっきりクリック済みなのが残ってたよ?」

 

理由:消し忘れ。

 

「っていうか、連装砲キャノン君とか一発撃チン砲とか、ほんと誰にぶち込む気だったのさ?」

 

「うっせばーかうっせばーかうっせばーか!」

 

具体的な商品名を挙げると、顔を真っ赤にして母親にエロ本を整理された男子高校生みたいな反応をするサイク。ゆうて、僕も別に一々気にしないけどね。所詮野郎は野郎(同族)エロ()には寛容なので。

 

「「……ぷ」」

 

結局、ふざけあった末に何方ともなしに噴き出すと、同時にシェイクを飲み終えた僕達は互いに肩を竦めて立ち上がりながら、軽く全身を伸ばしてストレッチをする。と、

 

「ねえ、君さ今から良かったら俺らとこのプール回らない?」

 

二人揃って大きく背伸びをした瞬間、見計らったかのように横合いから妙に爽やかな声が投げ掛けられた。

 

「「んあ?」」

 

唐突なことに思わず間抜けな声を上げる僕とサイク。互いに似たような間の抜けた表情を浮かべて顔を見合わせると、同時に猫なで声とは言わずとも、多分に演技の入った声の方を振り返る。果たしてそこに居たのは控え目に言ってイケメン? んー、基準がよく分からないけど、多分そうな人達数人が白い歯を輝かせてサイクに愛想笑いを向けていた。ええっと?

 

「ああ、友達(・・)の方もそれで良いよな?」

 

首を傾げる僕に気付いたのか、サイクに直接声を掛けてきた人の後ろでアゴヒゲの如何にもな人が機先を制するように、僕にプレッシャーを掛けてくる。

 

(……あー、そういう)

 

ここに来て、漸く状況を理解する。要するにナンパか……。まあ、サイクは顔だけなら美人だからね。

 やっぱり某企業の技術力は凄まじいらしく、連れに(断絶)が居たとしても邪魔して声を掛けたくなるくらいには美人で間違いないみたいだ。けどまあ……ねえ?

 

「まず、単純にお断りだし、それ以前に俺は男だぞ?」

 

僕がどう言ったものかと考えながら頭を掻いていると、同じくフリーズから戻ってきたサイクがそう申告しながら、ジィーっとパーカーのジッパーを引きおろす。サイクの言葉と行動に、一瞬「え?」という顔をするナンパさん達。けれど「ほれ」とパーカーを開いて見せれば、現れたのは細身で男性にしては華奢なものの、はっきりと乳房と無縁と分かるまな板。ブラジャーすら着けていないその姿にナンパさん達もサイクの言葉に納得せざるを得なかったのか、「ち、キモいんだよカマホモ野郎どもが」と悪態を吐いてさっさと立ち去っていく。っていうかども(・・)って何だども(・・)って。

 

「けっ、一昨日来やがれ!」

 

「男に声を掛けた時点でブーメランなのにね」

 

その背中に中指を突き立てながらも、直ぐに興味もなくなった僕達はいい加減、シェイクのカップを捨てに行く。

 

「しかし、まさかサイクのトップレスがこんなところで役に立つなんてね」

 

あれ、ブラジャー着けてたら出来なかったし。

 

「つまり、トップレスは正しい文明ってことだな♪」

 

そこまでは言ってないからね?

 

「っていうか、今更だけどサイクもセックスしたいとかあったんだ?」

 

「おい、まぜっ返すな」

 

いや、でも少し早めに不思議だしさ。

 

「おいおい、俺は乳とおっぱいと乳房に全てを捧げた正教徒だぜ?」

 

いや、それは嫌と言うほど知ってるけど、

 

「じゃあ何だよ?」

 

「ほら、サイクってあれ(・・)が無いでしょ?」

 

「なっ!? うっせ、だからカタログ見てたんだろうがよ!」

 

「いや、そっちじゃなくてさ」

 

怒りで顔を真っ赤にして股間を抑えるサイクに「違う違う」と手を振って否定する。

 

「ほら、生殖本能が」

 

「ああ、そっちか」

 

僕の言葉に現生体アンドロイドの元ヅ○がポンと手を打つ。

 

「まあ、そうだな……」

 

頷いたサイクが顎に手を当てて「むぅ……」と考え込む。

 

「……確かに生殖本能はねーけど、彼女は欲しいんだよな」

 

やがて、自分の中の心情が定まったのか神妙な顔でそう呟いた。

 

「最低でも美人でDあって、出来れば程好く淫乱でヅ○でアヘ顔ダブルピース決めてくれる感じの」

 

「居るわけ無いでしょ」

 

そして、二言目で台無しだった。ていうか、控え目に言ってCPUが沸いているとしか思えなかった。いや、もうね。

 

「取り敢えず、ヅ○でアヘれる女性の有無は置いておいて、そんな条件クリア出来る女の人はこんな学生二人じゃなくて、もっと条件の良い女性のところに行っちゃうよね?」

 

「それもそうだな……」

 

サイクの性癖とは別次元の「※但しイケメンに限る」の真理を口にすれば、納得せざるを得なかったのか、サイクは深い深い溜め息と共に小さな肩を落とす。

 

「ま、居たら居たでお前とこんなとこ来れねえし、暫くは要らねえか」

 

「それはまあ、光栄かな?」

 

浅い恋愛よりは優先してもらえる友情を置いてくれているって事にね。

 殆ど同時に肩を竦め合いながら、さてどうしようかと首を傾げるサイクと僕。そろそろ良い時間だし、もう上がっても良いんだけど、

 

「んじゃ、最後にウォータースライダー行こうぜ」

 

「オッケ」

 

〆にウォータースライダーに行きたいと言うサイクに頷いて、その入り口である階段下に積まれた二人がけ用の8字型の大きな浮き輪を前後で持ち上げる。

 

「りゅん! モ○ルスーツにジ○ットストリームアタックを仕掛けるぞ!」

 

「黒くもないし、三連星でもないよ。っていうか、仮にそうだとして、マ○シュが完全に行方不明じゃん」

 

「行方不明なのはガ○アだろ?」

 

「じゃあ、君誰なのさ!?」

 

やいのやいのとふざけあっていると、いつの間にかウォータースライダーの順番が回ってくる。

 

「では、順番にチューブに座ってくださいねー。前の方は後ろの方の足と足の間に体を預けるようにしてくださいねー」

 

間延びした係員さんの言葉に従ってサイクが後ろ、僕が前に座る。因みにこの順番は何時も固定で、曰く、

 

『野郎の股間に後頭部埋めるとかマジありえねー』

 

という、至極同意しか浮かばないサイクの言葉に因るものだったりする。

 じゃあ、何でサイクの意見に同意しているくせに、僕が前側を受け入れてるのかと言えば、単純にサイクの股間=ヅ○のスカートで精神的ダメージが特に無いという短絡的極まりない理由だったりするのだけど。もし、サイクが人工性器を着用し始めたら? 取り敢えず戦争かな。

 

「行きますよー」

 

と、つらつらと考えているうちに、前の人達が滑り終えたのか、スライダー入り口の信号が青になり、係員さんの声と共にぐいっと大きな浮き輪が押される。

 

「いいいやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

滑り出しの急勾配の浮遊感から、全力で叫ぶサイクの高い声が、管状の滑り台に反響して耳に突き刺さる。

 

「ひいいいいいいいいいはあああああああああああああ!!!」

 

その声に反応するように、僕も声を上げると、加速した僕達は今日一番の騒音と共に、峠を攻める一つの弾丸()になったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 ザバァと音を立ててスライダー麓のゴールに辿り着くと、水の抵抗によって急ブレーキを掛けられた僕達は、浮き輪から放り出されて不格好に墜落する。

 

「ぷはっ!」

 

僕が水面から顔を出すのとほぼ同時に出水したサイクが大きく息を吸いながら、水を吸った長髪を乱暴に掻き上げる様にして滴を切った。

 

「あー、遊んだ遊んだー」

 

満足そうに笑いながらプールから出るサイクに浮き輪を押して、せーので8の字のそれを引き上げる。元あった場所に戻せば後はロッカーに戻るだけ……

 

「ん?」

 

の、つもりだったのが、不意にサイクが足を止めると、はてと小さく首をかしげた。

 

「どうしたn……ってああ」

 

サイクの視線の先を追いかけると、

 

「う、うぅ……」

 

そこに居たのは半泣きになりながら、ぎゅっと手を握ってキョロキョロと辺り必死に見回している小さな男の子だった。多分、迷子だよね?

 

「だろうな」

 

頷いたサイクがプールの水で纏まった髪を揺らしながら、てくてくとその男の子の方に歩いていく。ん、まあ、そうするよね。

 

「よ、少年」

 

サイクがその子に声をかけると、「うえ?」と顔を上げた男の子は前屈みになって微笑を浮かべるサイクを見て、一瞬目を丸くする。普通、あれくらいの年格好の子に今のサイクみたいに目付きが悪い人が声をかけると大抵は泣かせてしまうものだけど、美人というのはこういう時も特らしい。それに、

 

(前から、子供の相手は得意だったしね)

 

元々が所謂"カッコいいロボット"だった事もあり、男の子の相手はお手の物だった。

 相方の事件前から変わらない部分に妙な感慨を覚えていると、呆気に取られていた少年がきょどきょどと視線をさ迷わせる。一瞬、流石のサイクも生体パーツじゃダメだったのかと思ったけれど、その子の顔が微妙に赤らんでいるのを見て、この子の心情を理解する。うーん、最近の子は進んでるね。

 

「えっと……お姉ちゃん?」

 

何か、サイクによって一足早い性を目覚めさせられた少年A君が純粋に、極々純粋に悪意もなく、そう言って首を傾げる。

 

(……)

 

(サイク)

 

流石に怒っちゃダメだよ?

 

(分かってら)

 

一瞬、男の子の言葉にビシィッと硬直したサイクを宥めるようにポンと肩に手を乗せると、むすりとしながら頷いたサイクはスライダーから上がったときに着込んでいたパーカーのファスナーをさっきのナンパさん達にそうして見せたようにジィーっと引きおろす。

 

「残念、お姉ちゃん(・・・・・)じゃなくてお兄ちゃん(・・・・・)だ」

 

「うぇっ!?」

 

サイクの言葉に、これ以上丸くなるのかってくらい目を大きく見開く彼。っていうか、今までで一番泣きそうになってるんだけど。そんなにショックだったか。

 

(やっぱりませてるね)

 

男の子の反応に、そう結論付けていると、その子が僕の方を見ながら「お兄ちゃん……達?」と首を傾げたので、肯定も込めて「ハイハイ、お兄ちゃん二号ですよー」と手を振り返す。僕の方が不用意に近付くと泣かせちゃうからね。で、

 

「少年はデートの待ち合わせかい?」

 

「ち、違うよっ!」

 

サイクが冗談めかして尋ねると、男の子は慌てて否定する。この年頃の男の子は女の子とつるんでると思われるのは嫌だよね。僕も覚えがあるし。

 

(ま、本命はそっちじゃないけど)

 

サイクに水を向けられて、「パパとママ……」と言う男の子。予想通り迷子だったけど、それを直接聞いて泣き出されても困るしね。

 

「ほーん。それなら、あの辺に居るんじゃね?」

 

「え?」

 

サイクが指差した先を見て目を白黒させる男の子。まだ漢字の類いをあまり読めなかったのかな。少し離れたところに、係員の集まる案内所があった。

 

「ここのプールの案内所だからな、入口だから待ってりゃ必ず全員あそこ通るし、何なら少年のパパンもママンも呼んでもらえるぜ」

 

にひっと笑うサイクの表情に再び顔を赤らめながら刻々と頷く男の子。そして、「俺らも行くとこだからな」と言ってサイクが歩き出すと、慌ててその後を追いかけ始めた。

 正直、今の子供達なんて、かなり口酸っぱくして変な人に付いていかないように言われていて、警戒心も強い筈なんだけど……半分はゴールを明示したお陰だとは思うけど、もう半分は、

 

(どう見ても色仕掛けだよね)

 

本人に聞かれたら、ぶん殴られそうな事を考えながら、置いていかれないように二人の後を追いかける。と、

 

「おい、何か変なこと考えてねーか?」

 

不意に振り返ったサイクがそう言って首をかしげたので僕は「まさか」と手を振り否定する。うーん、勘が鋭い。で、

 

「いい加減、付き合いが長いだけだろ」

 

「あてっ」

 

結局バレて軽く小突かれてしまう。

 

「?」

 

僕らのやり取りに、立ち止まった男の子が不思議そうに首を傾げたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 で、

 

「あ、パパ! ママ!」

 

案内所が見えてくると、男の子の御両親も丁度彼の事を探していたらしく、親を見つけてだっと走り出した男の子を驚き半分に受け止めると、親子の感動の再会は実にあっさりと果たされたのだった。

 

「うし、けーるべ」

 

「ん」

 

これでもう大丈夫だなとそれを見届けた僕達は、遠巻きにそれを眺めながらサイクのくぁっという小さな欠伸を合図に軽く肩を竦め合って、すぐ隣のロッカールームに足を向ける。ま、結局やった事なんて男の子と少し話してちょっと歩いただけだしね。

 

「あ、待ってください」

 

「「んお?」」

 

けど、どうやら男の子の御両親は昨今の日本人にしては珍しく律儀なタイプだったらしく、少し姿勢を正しながら「ありがとうございます」と深く頭を下げてきた。

 

「ああ、いえ」

 

別にそこまでしなくても良いn

 

 

 

「それと、デート中にすみませんでした」

 

 

 

そして、投げ込まれる爆弾。ああ、まあ、そう見えなくもないのかな? 世間一般だと外見的には? いや、実際は全くの別物なんだけど、初見でそんなの見破れるわけも無いよね……。

 僕が現実逃避がてら照明を見上げて顔を覆うも、確実に隣の元ヅ〇からチリチリと肌を刺すプレッシャーが放たれている。アイザックの三原則が機能していなかったら刃傷沙汰になってたんじゃない?

 一瞬で機嫌を地の底まで沈めたサイクの前で沈黙を破ったのは元迷子君の「違うよパパ!」という言葉だった。

 

「? どういう事だい?」

 

「お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんなんだって!」

 

子供の言葉に「えっ!?」と声を上げたお父さんが慌ててサイクの方を振り返る。まあ、デートって言葉を使っている時点でご本人がゲイでもなければ、僕とサイクのどっちかを、って言っても僕は普通に何も羽織ってないし風貌もこんなだから、100%サイクの方を女性と認識しているに決まっているよね。

 

「あはは、見ての通り、野郎っす」

 

慌てる旦那さんに青筋を浮かべながらも辛うじて平静を保ったサイクが胸元を見せる。一応僕に配慮して毎回毎回律儀にパーカーを着なおしてくれていたのが完全に裏目に出ちゃったよねこれ。

 僕が若干申し訳ない思いをしている前で男の子のお父さんが「す、すみません!」と慌てて頭を下げている。風貌は兎も角、貧相以前に虚無な胸元はやっぱりサイクの言葉を一瞬で裏付ける説得力があった。

 サイクの所作も完全に男なのも相まって、直ぐに納得がいったらしく完全に平身低頭となる旦那さんの隣で、最初から気付いていたらしい奥さんの方が呆れた様な顔で旦那さんにジト目を向けていた。

 

「ああ、まあ(ここ数週間で勘違いされまくって、慣れたくもないのに否が応でも慣れさせられたので)慣れてるんで気にしないでください」

 

言外の言葉を、CPUのリミッターをフル導入して抑え込んだサイクが、それだけ言うと、後は返事も聞かずにドスドスと足を鳴らしてロッカーに向かっていく。

 

「あ、それじゃあ、僕もこれで」

 

取り合えず、帰りに焼き肉でも奢らないとなーなんて考えながら、本人の機嫌を反映するように暴れるポニーテールに付いて行く。後ろで何か言われた様な気がしたけど、取り合えず手だけ振って、後は振り返る事もしなかったのだった。

 

 

 

 

そして、それがこの日最大のチョンボだった

 

 

 

 

僕とサイクのロッカーはロッカールームとプールを繋ぐ入口の丁度真向かいにあった。だから、ロッカールームに入ってみれば、余程のよそ見をしていない限りはまず僕とサイクのロッカーを目にする事になる訳なんだけど、

 

「ちょ!?」

 

僕がロッカールームに戻った瞬間、真っ先に目にしたのは、雪原の様に白い肌と透き通るような金髪の、芸術品か何かの様にすら見紛う裸婦像。というか、

 

「あ゛ん゛っ!?!?」

 

全力でやさぐれた雰囲気を撒き散らしながら、パーカーと海パンを脱ぎ捨てて床に乱暴に叩き付けるサイクの姿だった。

 元々、ヅ〇ボディをしていたこともあり、特にそうしなくても問題が無かったせいか、サイクは服を毎日着る習慣自体がなかった。僕も相手がヅ〇なのもあってサイクの裸族はさして気にならなかったから、それを一々咎めることもしなかったわけだけど、そのせいか、機嫌が悪かったり、疲れていたりすると楽をするためにサイクは全裸で家中を歩き回る事が珍しくなかった。そこから言うと、

 

(相当腹が立ったんだね……)

 

今日のナンパ、何も知らない男の子と続いて、さっきのお父さんで堪忍袋の緒が切れたらしい。

 とはいえ、相手に悪気が無いのも分かっていたから、当たり散らすことも出来ず、結果的にこんなところ(ロッカールーム)八つ当たり(脱衣)していたと……。

 いや、同じ男としてプライド云々含めて気持ちは嫌と言う程分かる所ではあるけどさ。それはそれとして、今の身体でそれは本当にダメだからね?

 男子更衣室で、まな板とはいえ全裸の女性型生体アンドロイド。どう見てもアウト。造形が美人だからセーフかもしれないけど、社会的立場を考えれば完全にアウトだ。

 幸い、人が居ない時間だったのか、更衣室の中には僕とサイク以外の人の姿は見当たらない。だから今のうちにとサイクに服を着るように声を掛けようとしたところで、

 

「お兄ちゃん?」

 

背中から掛けられた声に、僕の思考は真っ白になったのだった。

 成程、確かにこの家族は律儀なタイプだったらしい。さっきのやり取りでサイクの気分を害したことを理解したのか、慌てて謝罪か何かの為に追いかけてきたのだろう。それは、人として極めて正しい行動ではある。けど、けど! この瞬間だけは、この人たちに恩知らずのろくでなしになっていてほしかったというのが僕の率直な願望だった。

 突然声を掛けられて、「んあ?」と首を傾げたサイクは腰に手を当てて入口の方を振り返ってくる。

 当然、さっきパーカーと水着を投げ捨てちゃった今、サイクの身を隠すのは唯一首に掛けた白いタオルだけで、幾ら小柄とはいえ、その全身を隠すには余りにも心許なかった。

 

「「え? ……え?」」

 

重なる子供と大人の声。そのシンクロ率の高さに「ああ、本当に親子なんだな」と現実逃避をしながら僕は再び天を仰ぐ。いや、ほんと今日だけで何回現実逃避したかな、ははは……

 

「お、お兄ちゃ、お姉ちゃ?」

 

直立するサイクの胸は相変わらずぺったんこ。先の宣言通り男性と何ら際の無いド貧乳の薄い胸板だ。kれど、ある程度大きくなった肩幅は大人のもので幼児体型とは無縁のそれだった。で、此処までは全く問題ない。問題なのはその下。薄っすらと浮いた肋を降りてきゅっと引き締まった細いウェストから下。

 

明らかに男性と違う、くびれに対して広い腰骨

 

すらりとした両足の付け根

 

そして、男性なら絶対に付いていないといけない筈のアレが付いていない股間

 

そりゃそうだ。だって身体は女性型だもん。

 一部の特殊性癖の人用に、そういったパーツ(男性器)が付与されている女性型機体なんかもあるらしいけど、そういった例外中の例外を除けば、何処からどう見てもサイクの身体は一目で分かる女性のそれで。

 

(せめて、プールに入る前みたいに腰にタオルを巻いていてくれれば……)

 

元々、その辺の感覚が薄かったサイクに望むべくもない願望を抱きながら、

 

「すみません!!」

 

僕は未だに事の重大さを理解できていない馬鹿(サイク)を無理矢理ロッカーの荷物ごと抱え上げると、その身体が人の目に触れないように可能な限りの注意を払ってロッカールームから飛び出す。ああもう、このプールの清算が先払いで本当に良かったよ! けど、こんな所で幸運使う羽目になるなら、それより先にサイクがバスタオルを忘れずに巻いてくれる幸運くらいあっても良かったんじゃないかな!?

 僕は未だに状況を理解できていない全裸のバカ(サイク)を車に投げ込むと、逃げるように、いや本当にこのプールから逃げ出した。もう二度とここには来れねぇ……

 

「あ、そうだりゅん、焼き肉」

 

「!!」

 

事ここに至って戯言を述べる馬鹿の頭を僕は全力で、そりゃもう全力で引っ叩いたのだった。

 

 

 

 

 

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