「そう・・・」
と加藤がつぶやいたと思ったら、もう加藤の姿が見えない。加藤は機嫌が悪くなるとステルス性能があがる。そんな時は無理して探さずいつも通りに過ごすことが大事だ。
「あれ、加藤ちゃんは・・・?」
「さぁな、晩飯でも作ってるんじゃないか 美智留、リビング見てこいよ」
「ええっー」
美智留がしぶしぶ下に降りていく、まったく何のケンカをしているんだか。早く終わって欲しいものである。
俺は何も知らないフリをしながら黙々と作業を進める。
階段を駆け上がってくる音がする。このうるささは美智留。
「トモー、大変だよ、食卓に・・・」
「ん?そろそろ晩飯か」
「いや、そうなのかなぁ、なんか千切りが山盛りなんだけど・・・」
「そういう日もある」
「ないよ!」
なるほど、下に降りてみると食卓の上に見事な山盛りキャベツの千切り、さらに色からさっするにニンジンやダイコンも千切りになっている。この短時間で恐ろしい、そして加藤は相変わらず見えない。
「これ、どうするの?」
「さーて、ご飯にするかー。うまそうだなー」
手を合わせて、もくもくと目の前のキャベツを食べる。もはや無用なことは言わない。出されたものは食べる。これは円満解決のセオリーだと俺は思う。
美智留も椅子に座って食べ始める。この辺の順応の早さはさすがというか、ずぶといというか。
「でもさー、こんなにサラダばっか食べてもさー」
不平たらたらである。
「まぁ確かにドレッシングぐらいは欲しいと思わなくもない・・・」
生野菜をひたすら食べるのは少ししんどい。量も半端ない。
「安芸くん、これ、和風ドレッシング、こっちがシーザーで、これがサウザン。好きなの使ってね」
「ん。ありがとう」
何事も恐れずに言ってみるものだ。素早い機転とフォローは流石加藤。
「あっ、加藤ちゃん。どこにいたの・・・」
美智留が声をかけた時にはもういない。あまり深く考えちゃいけない。
「で、どうしてこんなことになってんだ?」
「いや、だからさ、あたしがトモと付き合うって話だよ」
「ぶほっ」
美智留らしいストレート勝負。こういうド直球に鈍感主人公は苦手だ、そもそもタブーだろ・・・冗談で回避するか。
「付き合うってどこに付き合うんだ?楽器でも買いにいくのか?」
「わざとらしいよ、もう付き合うっていったら恋人同士になるってことだよ、男女の仲になりましょうってこと」
ストライクツー 真っ向勝負から逃げない。こちらとしては見逃し三振は避けたい。
「だからなんで今なんだよ」
「さっきも言ったじゃん、センパイと澤村ちゃんもいないし、加藤ちゃんにその気がないなら、トモがあたしと付き合ってなんの問題のがあるのさー?」
「いやだから・・・」
「あたしはトモが好きだし、生れた時からずっと一緒だし、運命だって感じるよ」
押し切られそうだ。まずい、こういう展開は非常にまずい。
刺すような視線を感じるような気がするが、その視線の送り主を発見することはできない。
「美智留。俺はいまのサークルも気に入っているよ。お前がいて、加藤がいて、出海ちゃんがいて、伊織がいて」
「なんか余計な人が混ざってる気がするけど?」
声だけが聞こえる。ここは華麗にスルーしておこう。
「そうやっていい話にして、まとめようとしているけど、あたしは納得できないんだよ」
「何がだよ」
「トモは要するにあたしとは付き合う気がないってことでしょ?」
「そんなことは言ってないだろう、今はそれよりも大切なことがあるだろって」
「ふーん」
よし、どうやらなんとか誤魔化せそうだ。サークル内恋愛なんて器用なことはできる気がしない。
「でもさー。相手が加藤ちゃんだったら、付き合っちゃうんじゃないのー?」
「ごふっ」
ここで意表を突くスローカーブ、俺の背中に直撃したが球審はストライクを宣言。そんな感じ。
こういうところをさらりと流せないと、鈍感ハーレム主人公なんてできない。とりあえず否定はできない。それはわかる。ただでさえ機嫌の悪い加藤をこれ以上怒らせるのはまずい。
「それは加藤の気持ちの問題もあるだろう?」
「じゃあ、加藤ちゃんの気持ちがOKなら付き合っちゃうんだ?」
ちょっとまて。お前さっきまで自分の恋愛のことを話てなかったか。
どうして加藤と俺の話になる?
だが、こういう時の対処法はある。すなわち、第三者介入拒否というやつだ。
「それは美智留、お前が口を出す問題じゃないだろう?」
「んー。確かにそうねー」
よし、こいつがバカで助かった。恋愛問題は適当にはぐらかす、はっきりとした言葉はどれも地雷だ。
俺はほっとした。ほっとして余計なことを言った。
「それに、出海ちゃんの気持ちだってあるだろう?」
ドンッ!という音がした。続いて世界が暗転した気がする。
「ねぇ安芸くん?」
「はい、なんでしょう?加藤くん??」
目の前に目の笑っていない笑顔の加藤がいる。
そして新しい皿には山盛りいっぱいの千切りピーマンが音もなく置かれた。
表現はともかく、実体験っていうのは女の怖さを描くのに役立つものである・・・