【起】
今日は僕にとって、一世一代の大勝負の日だった。
「子供の頃から君の事が好きでした。僕と付き合って下さい」
アルスレア=エルシャーン。男。15歳。顔は普通。一代限りの名誉騎士爵位持ちで、他にも戦功を積み重ねて国から沢山の勲章を貰っている。
こんなこと自分で言うのも何だけど、未婚の女性の人が結婚する候補としては、そこそこの優良物件だと思っている。
多少の贔屓目はあるかもだけど、それだけ努力してきた自負があったんだ。
きっと僕のこの想いを受け入れてもらえるだろうという自信があったんだ。
だけど、僕は随分と自惚れていたみたいだ。
「……ごめんなさい。アルのことは嫌いじゃないです。……ですが、その、非常に言いにくいのですが、恋愛対象としては見られないと言いますか、あくまでお友達がギリギリの距離と言いますか……」
10年来の幼馴染で、普段はツンと澄ました顔のミーシャが、申し訳なさそうな顔でしどろもどろになっている。
違うんだよ。僕は別にミーシャを困らせたかった訳じゃない。
これまでと同じように、この先も一緒に沢山の時間を共有して、一緒に笑い合って、一緒に幸せになれたらいいなと思っただけなんだ。
「そっか、まいったな。実は振られるとは思ってなかった」
「……ごめんなさい」
ミーシャは何も悪くない。
「そんな、謝らないでよ。君が選んだ答えなら、僕はそれを尊重するよ。別に怒ってるとかじゃないんだ。いや、むしろ感謝しているくらいだよ」
声が震えそうになるけど、必死で我慢する。
「こうして僕が君に気持ちを伝える機会を設けてくれて、その上で面と向かって君は返事をしてくれた。君の誠実さに感謝している。だから、本当にありがとう」
「本当にごめんなさい、アル……」
そうして僕は失恋した。
◇ ◇ ◇
【承】
その夜。僕は酒場で酒を飲むことにした。
「うわあああああん!! 振られたあああ!! どうせ僕なんて……僕なんて、駄目な人間なんだぁぁぁ!!」
周りの目を気にせず思いっきり叫んで、脂っこい魔物の肉を肴にして、安物のグラスを傾けて冷たいエールを喉に流し込む。
店主の親父さんに睨まれるけれど、そんなの知ったことか。
今の僕は無敵なんだ。失うものがない人間に脅しなんて効かない。
「うえええん……ぐすん……どうせ僕なんて、うぬぼれ勘違いイキリ野郎なんだ……」
「おいおい、アルス。どうしたんだよ暗いことばっかり言うなんて、お前らしくねえぜ?」
後ろから声が聴こえた。誰だよ、いまの僕の肩に手を置いてくるやつは。
首だけで振り向いて見たら、僕よりちょっとだけ身体が小さい赤い髪の女の子がいた。
なんだ、アマリナか。
「なんだ、アマリナか……」
「ちょっと待て、お前いま考えた事をそのまま口に出しただろ。なんだその面倒くさそうな態度は。少しは取り繕いやがれ!!」
「うるさいなあ。僕のことなんて放っておいてよ」
「……ふん、おい親父! いつもの酒とツマミ持ってこい!!」
アマリナは僕の抗議を無視して、親父さんに注文しながら僕の正面の席にドカッと座った。身長が足りなく足をぶらぶらさせている。
そして目付きが悪いまま僕を睨んできた。え、なにこれ。
「僕、いま忙しいんだけど」
「……てめえ、酒飲んで酔っ払いながら言う台詞じゃねえんだよ!」
相変わらず怒りっぽい人だなあ。
このまま怒って帰ってくれないかな。でもわざわざ料理を注文して、声を掛けてきたくらいだから、帰ってくれないんだろうな。
しょうがないなあ。
「それで何の用なの?」
「ミーシャがお前を振ったって聞いた。本当か?」
「は?」
こ、こいつ、なんてデリカシーの無い奴なんだ。
空気が読めないのか。それくらい僕の態度見て察しろよ。
「……だとしたら何?」
「お前を嗤いに来たのさ」
「ッッ!!」
一瞬、頭に血が上った。
声を荒げそうになり、やっぱり辞めた。やつ当たりなんて、余計惨めになるだけだ。僕が呆気なくミーシャに振られたみっともない奴なのは事実だ。
事実を指摘されて怒るのは、やつ当たりだ。
「僕は--」
なにか言い返したくても、咄嗟にいい言葉が浮かんでこない。
「アマリナさん! エールとツマミお待ちどうさまでーっす!」
「おう、ありがとよ。それで、何だ?」
「……なんでもない」
空気を読まない看板娘さんのせいで、何となく怒るタイミングを逃してしまった。いや、看板娘さんは敢えて取り返しが付かない空気になる前に入ってきたのかも。たぶん、うちの酒場で喧嘩するなってことかな。
テーブルにツマミとエールを並べて、僕を横目でちらっと見てから、看板娘さんが厨房の奥に帰っていく。
わかりましたよ。喧嘩なんてしませんよ。
看板娘さんが見えなくなってから、せめてもの抵抗でアマリナに精一杯の憎まれ口を叩いてやる。
「……知らなかったよ。君は随分と暇人だったんだね」
「おう。この前、遺跡探索に成功したもんで、金も時間もたっぷりあるんでな。偶には、不憫なお前を酒の肴にしてやろうと思ったわけよ」
「……あっそ。今の僕は、そりゃあ惨めだろうさ。それで、美味い酒は飲めそうかい?」
僕は疲れていたので、あんまり深く考えずに何気なく言った一言だった。
なのにアマリナは何故か小さく肩を震わせて、首を横に振った。
「いや、やっぱ駄目だわ。好きな人が凹んでる姿なんて見ても、なんにも面白くねえな」
「……は?」
こいつ、いま何て言った。
「君、僕のこと好きだったの?」
「そうだぜ。あたしが今抱かれたい人ナンバーワン、つってな!」
言ってることはふざけてる。
でも、アマリナの顔色は確かに変わっていた。
「顔、赤くなってるよ?」
「~~っ! う、うるせぇ! 酒が回ったんだよ!!」
アマリナは慌てた様子でツマミを掴み取り、一口に放り込んで、そっぽを向きながらエールをがぶがぶ飲み始めた。
僕もそれに倣って、エールを口に含んで喉を潤した。
そしたら顔を真っ赤にしたアマリナが、何かを期待するような上目遣いでチラチラ見てくる。えっ、ここ場末の酒場だよね。
きたない汚っさんが、くだを巻いてグチグチ文句を言うような場所だよね。
こんな所で、こんな話をしないと駄目なのか。
「えーと、ごめんなさい。僕はミーシャのことが好きです。確かに僕はミーシャに振られたけれど、その気持ちに些かの変化もありません。僕がミーシャ以外の誰かと付き合うとしたら、ミーシャが僕以外の誰かと付き合って……幸せになってからだと思う。だから、アマリナの気持ちには応えられません」
「……っ!」
アマリナが泣きそうな顔なんて初めて見た。
これは、罪悪感がすごいな。でも、そうか。僕を振ったミーシャも、こんな気持ちだったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
【転】
この居た堪れない空気をどうしたものかと思っていたら、アマリナが服のポケットに手を突っ込んで、ガラスの小瓶を取り出した。
「……お前の考えは、よーく分かった。それならあたしも覚悟を決めてやるぜ」
透明な液体が入ったガラスの小瓶をドンとテーブルの上に置いて、アマリナが据わった目で僕を見てくる。
「あたしと契約しろ!!」
普通に怖いんだけど。契約ってなに。
アマリナはガラス瓶を人差し指でトントンと叩いた。
「これは魔法の薬ってやつだ。こいつを飲めば、まず間違いなくミーシャと相思相愛で結ばれるぜ」
「ふーん」
自信満々の顔だ。それだけ効果に自信があるんだろう。
だからこそ僕は正直あまり気が進まない。
「僕は洗脳みたいな外法は嫌いだ。軽蔑していい?」
「落ち着けよ。これを飲むのはお前だけだ。そして、これは飲んだ奴以外に直接影響を及ぼすような薬じゃねえんだ。ミーシャの精神に影響を与えないことは【真実の神】に誓ってもいいぜ」
そうなのか。
「これを飲めば、お前がお前じゃなくなる。その代わりに、お前はミーシャにとって理想のお前になれるんだ」
「ミーシャにとっての理想の僕か……」
その説明だけ聞くと魅力的だ。でもそんな都合の良い薬が本当にあるのか。
僕の懸念を読んだみたいに、アマリナが言った。
「この薬は遺跡で手に入れたんだ。信頼できる腕のいい魔術師に鑑定してもらったから効果は保証するぜ。それに過去にも何度か発掘されてる品だ」
そこまで言われたら、安全性について僕には何も言えない。
これでもアマリナのことは信頼している。僕を罠に掛けようなんて考えはないと思う。
「契約内容を教えて」
だから、ちょっとだけ、契約について前向きに考えた。
ミーシャに振られたっていう、後ろ向きな気持ちが僕にそうさせるんだと思う。
「この薬を飲めば、お前は絶対にミーシャと深い関係になるからよ。あたしも、お前ら二人の間に混ぜろ。それが契約だ」
「……僕に浮気しろってこと?」
そんな不誠実な真似なんかできるわけがない。ミーシャにも、アマリナにも申し訳ない。
この話はきっぱり断ろうと口を開きかけたけど、不敵に笑うアマリナの姿がそれを躊躇させた。
「浮気とは違うな。お前が大好きなミーシャには、前もってこの話を通してるぜ」
「……まさか信頼できる腕のいい魔術師って」
「ミーシャのことだ」
「……なんだよそれ」
話を簡単に纏めると、僕を振った相手が、友人を経由して、僕の至らない部分を指摘してきたってことだろ。
僕が知らないところで二人とも納得済み。
それなら、僕が選べる選択肢はひとつだけじゃないか。
「アマリナは、本当にそれでいいんだね?」
「勿論だぜ。まあ……思う所がない訳じゃないが、お前の一番は永遠にミーシャだろうからさ。あたしにはこんな方法しか残されてねえんだよ」
そんなことは、無くはないか。確かに僕はミーシャ以外の人を恋愛対象として見た事はなかった。
「お前らの弱みに付け込むようで卑怯だけど、できれば、その、ほんの少しでいいから……優しくしてくれると、嬉しい」
「努力するよ」
「……うんっ!」
嬉しそうな笑顔で涙を流すアマリナ。
アマリナはこんなにも僕の事を想ってくれているのに、それでも僕にとってはミーシャのことが一番大事だ。
罪悪感はある。だから、これからはせめて行動で示そう。
「最後に確認するよ。今までの話に虚偽はないよね?」
「ああ、あたし……アマリナは嘘を付いていないことを【真実の神】に誓う」
その言葉を聞いて、僕は魔法の薬に手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
【結】
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい」
ボクの前で、ミーシャが涙をながしている。アマリナに間を取り持ってもらって、ミーシャが泊まる宿にやってきた。
そして部屋を訪ねると、ミーシャはボクの姿を見た途端に、泣き出してしまった。
「ねえ、ボクにはよくわからないよ……」
魔法の薬を飲んでから、ボクはアマリナの言うがまま、その言葉に従った。
長くなって腰まで伸びた金髪を梳いて、宝石のブローチで髪を留めた。ひらひらのスカートを穿いて、周りから視られているようで落ち着かなかった。
手足と背が縮んで、歩くことに苦労しながら、ここまでやってきたんだ。
そんなボクが女の子の服を着ているなんて、変態みたいな事をしているから泣いている訳じゃないよね。
「……私は男性恐怖症でした。今もそうです。男の人と話すとき恐怖心を抑えるために、常に自分に魔術を掛けていました。どうしても男の人と接することが怖かったんです」
明かされたのは、衝撃の事実だった。
「えっと、ボクが振られた原因て……」
「ご、ごめんなさい!」
ボクは困惑するしかなかった。
なんて言えばいいんだろう。
「ミーシャはな、あたしみたいな、小さい女が好きみたいだぜ?」
アマリナが勝手に部屋に入ってきて、部屋主の許可も取らずにベッドの上に座った。そして、にやにやしながら、変なことを言い出した。
「あたし、ミーシャお姉ちゃんのこと、だぁーい好きっ!」
「はううっ!!」
ミーシャが顔を隠して、その場にうずくまった。
それはつまり、そういうアレで、そういうことなんだろう。ちょっとボクには言語化できなかったよ。
「アマリナ、そうやって揶揄うのは感心しないよ」
「なんだよ。ちょっとした意趣返しぐらいしてもいいだろ。なんせコイツだけ、両手に華でひとり勝ちなんだぜ?」
「華って……」
「なにか違うか? 女の子になったアルスちゃん」
「……」
ボクにとってはミーシャが華で、アマリナにとってはボクが華で、ミーシャにとってはボクとアマリナの二人がそうらしい。
反論の余地はなかった。
その事がアマリナにとっては不満みたいだ。でも、それはボクにとっては福音なんだ。
「ねえ、ミーシャ。顔を上げてよ」
「……はい」
のろのろと顔を上げたミーシャに目線の高さを合わせて、ボクもスカートが捲れてしまわないよう気を遣って膝をついた。
女の子って大変だ。
「あらためて、君に聞いて欲しい言葉があるんだ」
ちょっとだけ遠回りしてしまったけれど。
「子供の頃から君の事が好きでした。ボクと付き合って下さい」
今日はボクにとって、一世一代の大勝負の日だった。