降下作戦によりバイコヌール基地を占領した地球方面軍であったが、問題は山積みであった。
「補給が来てないだと!?」
先ほどまで響いていた砲声も止み、ケレンたちはザクから降りて補給を待っていた。基地の完全制圧完了の報を聞いたのが先ほどで、実に半日ぶりに機外へと出た。弾薬はもう底をついていたので、そこらへんにいる兵を捕まえて聞いたところ、帰ってきたのは無情な言葉であった。
「はい、少尉殿。現在HLVからピストン輸送でもって物資を運びこんでいる真っ最中であります」
「では補給をいつ受けられるかは分からないということか?」
「はい。それに各方面に散らばった部隊による取り合いにまでなっていて。先ほどガルマ大佐の指示の下、補給本部が設置され事態の収拾に動いています。」
思わず兵を怒鳴りつけたくなったが、ぐっと飲み込んだ。兵士に当たっても何も解決しない。
「呼び止めてすまなかった。よろしく頼む」
「失礼します」
彼は敬礼をし、足早に去っていった。輸送部隊へと戻っていくのだろう。俺たちの所にまで弾薬が来るのはいつになるのか。
とりあえず二人の所へ戻るとすぐさまミリアが声をかけてくる。
「浮かない顔ね?」
「ああ、補給は当分先のことになりそうだ」
「……冗談きついぜ。俺たちは敵陣のど真ん中にいるんだぞ」
マルティナの言うことは最もであったが、一緒に嘆くだけではいけない。
「とにかくマシンガンの弾が必要だ。最悪HLVの所にまで取りに戻るか……」
「あのー、少し良いですかね?」
そんな時に戦場に似つかわしくないゆるい声が聞こえてきた。見ると眼鏡をかけた痩身の男性がいた。恰好から見るに補給士官だろうか。
「何か御用でしょうか、中尉殿。」
「やや、そう固くならないでください。私の名前はニコラス、ニコラス・カワードと言います。声をかけたのは他でもありません。私はマシンガンの弾をあなた達の部隊に融通することが出来ます」
突然現れたこの男の言葉は渡りに船だったが、それだけに裏を疑ってしまう。
「申し出はありがたいのですが、今さっき補給に問題があることを聞いたばかりです。どうやって我々に弾を融通してくれるのでしょう」
話を一緒に聞いてくれているミリアとマルティナも頷いている。
「話はそう複雑ではありません。私が担当していた部隊は計画とは違う方向に進軍してしまいまして。渡すべき相手がいない物資を抱えながらとりあえずガルマ様に同行していたというわけです」
確かにそれなら物資が余っているのも納得出来る。だがすぐに提案に飛びつくわけにはいかない。
「おいおい、中尉さんよ。それはちょっと困るぜ。いくらはぐれたからといって他の部隊の弾を勝手に貰っていくわけにはいかないんだ」
「申し訳ありません。このマルティナは誰にでもこんな風なのです。ですが、彼女の言うことももっともです。他の部隊との軋轢を生むわけにはいきません」
「ただ貯めこまれているだけの物資ほど無駄なものはありません。足りない部隊に必要な量を渡すことが私たちの本分です」
「ですが……」
「いや、ミリア。ここは中尉殿のご好意に甘えよう」
二人が驚いた顔をしてこちらを見るがもう決めたことだ。
「次の戦闘に耐えられないこの現状をなんとかするのが先決だ。それに先方から文句を言われたら一緒に謝りに行ってくれるでしょう、中尉殿?」
そう言うとニコラス中尉は目を見開くがすぐに破顔する。
「ええ、勿論。最もそんなことは言わせませんがね」
地球方面軍第一陣はバイコヌール基地を起点に進軍を開始した。当初の計画通りとは言えない進軍ではあったが、その場にいる部隊どうしでもって再編成するという荒業によりなんとか態勢を整えた。
俺の小隊もヨーロッパへと向かう大隊に編入された。 拠点を確保した以上、一日でも早くヨーロッパまでたどり着きたいというのが上層部の本音なんだろう。休息もそこそこに進軍が命令された。
今は小隊のザク三機でもって偵察に出ている。モビルスーツの機動力と火力でもって威力偵察、あわよくば前線を押し上げる、といったところだろうか。
「しっかし、あの中尉はなかなかのやり手だったんだな。まさかザクの弾薬のみならず嗜好品まで調達してくるとは」
「たしかにカワード中尉の能力は凄いわね。各部隊が物資の手配で四苦八苦している中、私たちは苦労していないもの」
カワード中尉は再編成時に一緒に組み込まれ、補給全般を担当することになった。その能力は折り紙つきでマルティナが今食べているチョコバーも彼が手配したものだ。必需品が優先され、嗜好品は二の次になりがちな現状の補給状態の中でも中尉は抜かりなく仕事を行っている。優秀な補給担当がいるのはありがたい。
「チョコも良いが周囲の警戒を怠るなよ」
「分かっているよ。だが連邦軍なんてザクを見ただけで逃げ出すんだからそれほど気を張らなくていいと思うぜ」
マルティナはここ数日の戦闘を思い返してそう言った。バイコヌール基地を失った連邦軍は基地の奪還どころか中央アジアからの後退を開始した。進軍をする中で何度か交戦したが、ザクの前では敵ではなく、すぐに降伏する部隊も少なくなかった。
「それはそうなんだが。こうも見通しが悪いと気になるんだ」
辺りを見渡せば目に入るのは森と丘陵ばかりであった。18mの巨体をもってしても影となる場所が多く、伏兵の可能性をつい考えてしまう。
「そんなに気にしていては精神がもたないわ。少しは肩の力を抜かないと……」
ミリアの言うことも最もだと思い、気分を変えるためにドリンクへと手を伸ばしたその時、衝撃が体を襲った。
「なんだ、何が起こった!?」
「分からねえ。敵の攻撃だとは思うが……」
機体の自己診断を行うと上半身に軽度のダメージが入っている。すぐに支障が出るわけではないが、原因が分かっていないのはまずい。
「一体どこから……。きゃあ!」
「ミリア!」
見るとミリアのザクの右腕が吹き飛んでいた。間違いない。敵の待ち伏せだ。
「マルティナ、敵は!?」
「61式だと思うが見えねぇ。巧妙に隠れてやがる」
自分でもモノアイを動かすがそれらしきものは見えない。
「ザクは動けるけど右腕とマシンガンを失ったわ。戦闘は難しいわね」
人型であるがゆえに腕をやられると戦闘能力は著しく下がる。予備のマシンガンを持ってきていないのでミリア機は文字通り無力化された。
すると今度は敵の攻撃が見えた。有線式のミサイルが複数こちらへと襲い掛かってきている。
「ミサイル!回避しろ」
だが一足遅く、ミサイルが自機の足に直撃した。先ほどとは比較にならない揺れが機体を襲う。気づけば俺のザクは左足を失い、その場に倒れてしまっていた。
「大丈夫か、ケレン?」
「左足被弾、歩行不能。完全にやられた」
とりあえずマシンガンを撃つが敵を視認出来たわけではないので当たった感触がない。マルティナも弾幕を張ってくれているがこのままではまずい。こちらの不利を知ってか、姿の見えなかった61式が丘の間から撃っては引いてを繰り返している。ザクへの直撃弾は無いがこちらの反撃も当たらない。ミサイル攻撃の第二波もすぐに来るだろう。
「マルティナがミリアを援護しつつ下がるんだ。敵の攻撃はまだ正確じゃない。今ならまだ間に合う」
「それじゃあケレンが……」
「俺のザクはもう歩けないんだ。ここで援護射撃は出来るから早く!」
「いや、まだだ。ミリアがケレン機を抱えろ。二機でジャンプするんだ」
唯一損害が無いマルティナが俺たちの盾になるように機体を前に出す。やめろ、そんなことをしたらお前までやられるぞ。
「マルティナ!」
「そんなに簡単にあきらめるな。生きる努力をしろ、この馬鹿!」
見ればミリア機がこちらへと腕を伸ばしている。
「ミリアまで。足手まといになるだけなんだ」
「静かにしなさい!こっちは左手しかないんだからケレンからもこっちにつかまって」
叱責にひるみ、反射的にミリア機に腕を伸ばす。ミリアがこちらのザクを持ち上げてくれたおかげで右足だけだが立つことが出来た。
「この態勢ならケレンのスラスターもいけるはずよ。タイミングはこちらに合わせてね。マルティナ、先に行くわよ」
「おう、早くその馬鹿を連れて行ってくれ。俺もすぐに行く」
ミリアとタイミングを合わせてスラスターを噴射する。ジャンプによる補助が無い分、不安だったが跳ぶことは出来たみたいだ。敵の攻撃が怖かったが、敵の不意をつけたようでこちらに砲火が飛んでくることはなかった。
「ところで着地はどうするんだ。俺のザクは片足が無いんだぞ」
「……私も支えるからしっかり歯を食いしばって耐えて」
何も考えてないのかよ。カメラはぐんぐんと迫る地面を捉えている。しかし、自分だけなら無事に着地出来るだろうにミリアは最後まで俺を離そうとはしなかった。なら俺も腹をくくろう。
着地の衝撃は凄まじく、接地してからも勢いそのままに滑って行った。俺はコックピットでただひたすら耐えるしかなかった。地面に跡を引きながら数百m進んだところで止まった。機体状況は最悪でコックピット内ではアラームが鳴りやまないが、なんとか無事みたいだ。
するとすぐ横にマルティナのザクが着地してきた。至近弾はあったようだが大事ないようだ。マルティナは敵の追撃を警戒してしばらくマシンガンを向けていたが、気配は無いようでしばらくしたら下した。
「敵は追撃してこないみたいだな。だけど、ひどくやられたな」
「ああ、迎えを呼ばないとな。自力での帰還は難しそうだ」
歩行が難しい以上、サムソンを呼ばなくてはならない。
「それにしても敵は何だったのかしら。61式は分かったけど、あのミサイルはいったい……」
ミリアは謎の攻撃に頭を悩ませているみたいだ。確かに正体不明な敵ほど恐ろしいものはない。しかし、俺には一つの仮説があった。
「そのことなんだが、正体は歩兵かもしれない」
驚く二人に俺は自分の推論を話す。レーダーが無効化された今、連邦軍は得意としていた長距離精密攻撃が封じられている。その代わりとしたのが歩兵による有線式ミサイルなのだろう。有線式により射程は制限されるものの、ある程度精密に攻撃することが出来る。またこの森と丘という見通しが悪い地形ならば歩兵が隠れる場所に事欠かない。
「モビルスーツと相性は悪いわね。本気で隠れられたら発見するのは難しいし、ザク・マシンガンで攻撃するのは効率が悪いわ」
「なにより敵に足止めされるのはまずい。厄介な敵だぞ、ケレン」
二人の言う通りだ。
「今回は俺たちの完敗だ」
その頃、ザクを撃退した連邦軍兵士たちは歓声を上げていた。
「やったぞ、俺たちがあの巨人を追っ払ったんだ!」
「ざまあ見やがれ、宇宙人ども!」
感情を爆発させる部下たちを見てそれを諫めるべき歩兵部隊の指揮官も今回ばかりは止めなかった。なにより指揮官自身も同じ思いだったからだ。
あの巨人たちが宇宙から降ってきてから、連邦地上軍は連敗続きだった。あっという間に橋頭保を確保され、無敵だと思っていた61式戦車はいとも簡単に撃破された。なんでも電子装備が軒並み使えなくなって原始的な目視による照準を強いられているらしい。
戦えばまず負ける。そのような状態で連邦軍は遅滞戦闘を行わなくてはならなかった。しかも、機甲戦力を出来るだけ温存して、という条件付きで。
この問題を解決するべく彼の部隊は倉庫から引っ張り出してきた有線式ミサイルでの迎撃を実施した。なんとか戦線に留まってもらった61式戦車一個小隊とは旧時代の方式である有線電話で連携をし、砲撃を行ってもらう。まだ目視による照準になれていない彼らの砲撃で撃破出来れば良し、駄目でも歩兵部隊のカモフラージュになる。
こちらも有線式ミサイルの熟練度が高くなく、敵を仕留めきれなかったが奴らを撃退出来たという点において彼の部隊は自信をつけた。モビルスーツも絶対ではない!
「ここがどこだか教えてやるよ、宇宙人」
指揮官はそうつぶやき、いまだ興奮冷めやらぬ部下に陣地の移動を命令する。見つかれば歩兵などひとたまりもないからだ。
その後、彼の部隊は若干の後退はあったものの、同地で1週間もの間ジオン軍の進撃を食い止めた。
一か月に一度くらいのペースで投稿したいとは思っています。
そんなこと言ってまた間が空く可能性は大なので気長に待っていただければ幸いです。