…それでは本編をどうぞ。
今日もいつもと同じような1日となる。マ・クベ少佐はそんな風に考えていた過去の自分を戒めたいと思っていた。同じ1日など存在しないというのに。
会議でのドズル・ザビ中将とキシリア・ザビ少将のいざこざはこのところ日常茶飯事となっていた。今日行われた公国軍定期連絡会でも例に漏れず、白熱した。
この連絡会は軍の重鎮が一堂に会し、意見交換や情報の共有を行うことを目的としていた。
「モビルスーツの開発は順調です。MS-05、ザクは想定以上の性能を示しています。これらは有効な戦力になるでしょう。増産体制に移行すべきです」
軍人というよりは政治家というのがキシリアに対するマ・クベの印象だった。しかし、最近ではモビルスーツ開発プロジェクトでの指揮によって軍部でも大きな影響力を発揮しつつあった。
それを面白く思わない人々の筆頭がドズルであった。以前からザビ家の中では軍に関するものはドズルの管轄であるという不文律であったため、いきなり軍に口出ししてきたキシリアを良くは思っていなかった。
「ふん、モビルスーツなどおもちゃの人形ではないのか。そのような実績の無いものを軍で採用するわけにはいかない」
ドズルの言い分も全くの的外れというわけではなかった。本来軍というものは保守的である。特に自分の命を預ける兵器に関しては使い慣れているもの、実績のあるものを好む風潮が存在する。モビルスーツというそれまでのものとは一線を画しているものに拒否感を感じるのはドズルのみならず、他の軍人も同様であった。
「そのようなことはございません。モビルスーツは兵器として成熟へと向かっており、具体的には宇宙艦を撃破するポテンシャルを秘めています。こちらの映像をご覧ください」
そう言ってキシリアは手元のリモコンを操作し、映像をプロジェクターによって投影する。マ・クベもその映像を見てみると、モビルスーツがまさに実戦テストを行っているものであった。
モビルスーツ一機が標的艦を攻撃するという試験であるようだ。標的艦であるチベ級巡洋艦は主砲であるメガ粒子砲と対空砲でもってモビルスーツを迎撃しようとするが、モビルスーツはそれまでの戦闘機のような直線的な機動とは違う三次元の動きを見せた。結果、迎撃は失敗し、モビルスーツの放った機関砲の銃弾によってチベ級は撃墜判定を受けた。
「このようにモビルスーツによって宇宙艦を撃破することは可能です。連邦軍と同じ環境で戦っても勝ち目はありません。戦場の主役を交替させなくては」
キシリアの主張は一定の理解をもって軍人たちに届けられた。確かに映像ではモビルスーツは有効な兵器であるように感じられる。
しかし、ドズルは反対の声を挙げた。
「この試験の有効性には疑問を覚えるぞ。標的艦は一隻のようだが、そのような戦闘が多くあるとは考えられない。連邦軍は我が方の全艦隊に匹敵する規模のものをいくつも抱えているのだ。モビルスーツでは役者不足、艦隊に対抗出来るのは艦隊しかありえん!」
幾人かの軍人はそれに頷く。モビルスーツは試験によって宇宙艦を撃破可能であることを示したが、宇宙艦隊に対抗出来るかは未知数であった。ドズルとしてはそのようなものに金を投入するくらいなら一隻でも多くの艦艇を生産すべきであった。
だがキシリアも黙っていない。兄であるドズルに視線を移し、対決姿勢を崩そうとしない。
「ドズル中将はこれまでの常識に囚われているようだ。飛行機が登場した時、誰もその能力を低く見積もっていた。しかし、それは間違いであったことを歴史が証明している。ミノフスキー粒子散布下でのモビルスーツによる有視界戦闘、これでしか連邦軍に対抗出来ないのだ!」
詭弁だ、回答になっていないなどと言うドズル派の軍人が声を荒げたかと思うと、キシリア派閥の者がそちらこそ時代の流れが分かっていないと反論する。連絡会は収まりを見せないかと思われたが、ある男が一つ咳払いをすると自然と誰もが静かになった。
場が静かになったことを確認した男、ギレン・ザビはこの弟妹の争いの仲裁を行う。
「双方の主張は分かった。まずドズル。モビルスーツについて率直な意見を述べよ」
「先ほども言ったがモビルスーツに艦隊を破る力があるとは思えん。軍の主力にするのは危ういと考える」
「ならばモビルスーツという兵器自体についてはどうか?」
いやな聞き方だと思いつつもドズルは自分のモビルスーツについての所感を言う。
「補助兵器としては十分な性能を有していると思う。戦闘機より高性能なのは試験からも明白だからな」
弟の言葉を聞いたギレンは表情一つ動かさず、次に妹であるキシリアの方を向く。
「では、キシリア。モビルスーツで宇宙艦隊を叩けると思うか?」
ここが正念場だと思ったのだろう。キシリアの声にも熱が入った。
「はい、私はそう確信しています」
「しかし、それはお前の予想に過ぎないのではないのか?」
「ですので、モビルスーツ運用のノウハウを得るために実験部隊を設立することをお許し願いたい」
連絡会始まってから初めて興味が引かれた話のようで、ギレンは両腕を前で組み、話を続けるように促す。
「ドズル中将もモビルスーツの性能についてはある程度認めているようでした。私はモビルスーツこそ軍の主力にすべきだと思っていますが、懸念する声も理解は出来ます。そこでモビルスーツの運用ノウハウ、モビルスーツを利用した戦術を試験部隊によって研究したいと思っています。その部隊によってモビルスーツの真価が明らかになるでしょう」
「理解した。お前がそれほどまで言うならばやって見せればいい。予算については私から父上に申し上げる。ドズルもそれでいいな?」
「まあ、それくらいならな…」
ドズルとしては艦隊増強を進めることが出来なかったが、モビルスーツが使い物になるのか知る必要は感じていたので、部隊創設は認めざるを得なかった。
「それと新規建造されるムサイ級巡洋艦についても意見具申いたします」
だが、キシリアは部隊創設のみならず、新型の巡洋艦についても思うところがあったようだった。
「控えろ、キシリア!貴様、どこまで…」
ドズルはついに激情に駆られ、怒鳴りつけた。ここまで軍に働きかけられると滅茶苦茶になってしまうと彼は考え、キシリアを静止しようとした。
「良い。話してみろ」
「だが、兄貴…」
「良い、と私が言ったのだ」
流石のドズルも兄には従い、キシリアは感謝とばかりに一礼し、話を続ける。
「新規に建造されるムサイ級巡洋艦、これにはモビルスーツの母艦とする案がありますが、それを拡充していただきたい。具体的には原案にある艦橋下部のモビルスーツデッキは主に着艦用とし、艦橋両部に新たに装備すること、さらには艦自体の性能向上のため主砲、対空砲の増設を提案します」
「それでは艦のコストが増え、調達数にも影響が出てくるぞ」
ドズルの反論など予想済みなのか、キシリアはよどみなく話を続ける。
「連邦政府と建艦競争をしても勝ち目はありません。中途半端な艦を生産するよりは一隻自体の性能を上げるほうがまだ対抗出来ます。モビルスーツデッキの増設もモビルスーツの母艦として運用性能が高いことに越したことはないでしょう」
「すぐには承認の断言は出来ないが、開発局に話は通しておこう。話は以上か?」
「はい、兄上」
「では今回の連絡会はこれで終わりとする」
議会だ、軍だと体裁は整えられたが、結局はザビ家が国家全てを支配しているのだ。そしてそのザビ家はいつものように内輪揉め。そのように思いながらも臆面には出さず、マ・クベは退室するザビ家の面々を見送る。だが目の前をキシリアが通った時に、彼女からさりげなく出された紙を受け取ってしまった。
ザビ家が退室し、残った軍人たちも解散し始めたので、マ・クベは紙を開いて見た。
そこには話がしたいという言葉だけが書かれていた。
それからマ・クベはキシリアの執務室へと向かった。待たされるかと思ったが、向こうは待ち構えていたらしく、すぐに部屋に案内された。
「紙一つで呼び出してすまなかったな、マ・クベ少佐」
「いえ、閣下の要望であればこのマ、いつでも馳せ参じるつもりです」
マ・クベの言葉に込められた微かなお世辞を感じたのか、苦笑しながらキシリアはマ・クベに席を勧める。
「それで、閣下はこの私に何か用がありますでしょうか」
「まずは、これを見てくれるか」
そう言ってキシリアが手渡してきたのは見覚えのある文章が印刷された紙であった。
「これは私の論文ですな」
「そうだ。『非常時における社会基盤について』。私も興味深く読ませてもらった」
この論文はマ・クベが個人的に執筆し、軍強いては政府に提出したものであった。
「コロニー国家であるジオン公国は非常時における社会基盤、特に水と空気の確保が困難である。読んで言葉を失ったよ。なぜこれほど重要なことを見落としていたのだ、とな」
マ・クベはこの論文によっていかにコロニー国家の社会基盤が脆いか、もっと言うと地球に依存しているかについて論じた。曰く、コロニー国家は水と空気を地球からの供給に頼っている。もちろん酸素生成装置やろ過装置によって数年間は供給出来ると考えられているが、あまりに長期間地球から供給が無いと国家として存続出来ないことを彼は示唆した。特に地球連邦政府が公国との関係悪化により、制裁手段として空気、水の供給を停止をすることを暗に警告していた。それに地球に採集地を確保すべきだとも。最後の論は彼自身の私心も多分に含まれたものだったが、大いに理解できるものであった。
「あれは最悪のケースを想定したまでです。地球連邦政府もそう簡単にはそのような非人道的行為を実行しないでしょう」
「だが政治の一手として考えられる。そしてそれに行き着いた少佐を私は高く評価している」
「それはありがたい言葉です」
マ・クベは頭を下げるが、内心では疑問が消えなかった。論文が高く評価されたのは分かった。しかし、それでは呼び出された意味が分からない。主張したいことは論文内で全て述べたので付け加えることはない。もう後は国家がどうするかの段階なのだが。
「少佐はジオン公国、さらにはコロニー国家についてどう思う?」
いきなり話が大きくなったことに戸惑いを覚えながらも、マ・クベは尋ねる。
「おっしゃる意味が分からないのですが」
「言葉通りだ。忌憚ない意見を聞かせてくれ」
これは試されるのかもしれないと警戒しつつ、マ・クベは自分の思うところを述べる。
「論文でも述べた通り、コロニー国家は未だに地球からの脱却が出来ていません。なんだかんだ言ってコロニー国家は地球に従属しているのです。その点を踏まえて連邦政府と付き合わなくてはいけません」
「『優勢人類生存説』については?」
「それは…⁉」
際どい質問にマ・クベは誤魔化すことも考えたが、こちらの一挙手一投足見逃さずといったキシリアの視線に押される。
「…民衆にとっては希望の光であり、心の拠り所となるでしょう。ですが指導者までもそれを信じるようでは先が知られていますな」
これはマ・クベの賭けであった。ギレン・ザビが0071年に発表した『優勢人類生存説』は多くの批判を受けたが、ここサイド3では熱狂的に支持された。このようなことを言えば処罰の対象にさえなりかねないが、彼女が、キシリア・ザビがわざわざ二人きりでこの問いをしたことを考慮し、本音を伝えた。
キシリアはふっ、と笑みを零し、好を崩した。
「そのような固い顔をするな。処罰などはせん。少佐のような考えを持つ有能な人材を欲していたのだ」
マ・クベはどうやらお眼鏡に叶ったことを実感したが、彼女が自分に何を求めているかが分からなかった。
「閣下は私に何をお望みなのですか?」
先ほどの発言からマ・クベの軍人生命はキシリアに握られているも同然なのだ。タレコミされたら、出世どころか命さえ危ぶまれる。もうマ・クベには彼女に従うしかないのだった。
「なに、すぐに分かる。仕事は多いぞ、少佐」
マ・クベはその時キシリアが浮かべていた他人を誑かす良い笑顔を生涯忘れなかったという。
ムサイの改造案は0083に出てきたムサイ後期生産型をイメージしていただけると良いと思います。やはりあれがムサイの完成形だと思うんですよね。
言い忘れていましたが、本作品はWikipediaなどネットの資料を基にそれらしいものを捏造しているので悪しからず。
マ・クベの優秀さを示すためにでっち上げましたが、史実でもオデッサを任されるくらいですから、資源方面にも造詣が深いということで一つよろしくお願いします。
それでは次の話までしばらくお待ちください。