それでは本編をどうぞ。
「これはいったい…」
マ・クベは目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。
「うん?ただの演習シミュレーターだが。少佐なら見たことはあるだろう?」
キシリアはさも当然とばかりに言い、そのまま部屋の中へと案内しようとする。
「もちろんそうですが。私が言いたいのは、なんでそのシミュレーターがここにあるのですか⁉」
マ・クベが叫んだそこは、キシリアの邸宅にある部屋の一つであった。キシリアとの最初の出会いから日を改めて、マ・クベは彼女の家に招かれていた。もとは遊戯室だったのだろうか、広い部屋なのだが、その中央には演習結果を示す大型ディスプレイがあり、壁に沿ってコンピューターがびっしりと並んでいた。
「これは明らかに軍用ではないですか⁉そのようなもの、一個人の家にあるものではないでしょう」
「軍用といっても、公国軍設立時に独自にプログラムした半端物だがな。連邦政府が持つ本物とは格が違うのだ」
宇宙移民が行われるようになった当初から地球連邦政府はコロニーに軍事力を持たせることに慎重になっていた。軍事力を持ち、行使するのは地球連邦軍であり、コロニー国家が持つものは治安維持を主目的とした準軍事組織に限られた。
それによりジオン公国軍は、兵器開発はおろか、軍とは何か、どのように運用すべきか、という根本的なものから研究し始めなくてはならなかった。
この演習シミュレーターはその最たるもので、コンピューターに軍事に必要(だと思われる)なデータを片っ端から詰め込んで、なんとか体裁を整えたものである。
「それに機密が心配ということならば問題ない。この家は常時警備されているし、さらには起動時、パスワード入力に二度失敗したらデータが削除されるようになっている」
「そう言うことでは無いのですが…」
憮然とした表情になるマ・クベの耳にハッハッハと笑い声が聞こえた。
「キシリア閣下は必要だと思った人材、物は手当たり次第に調達する御人なのだ。早く慣れるのが良いだろう」
見ると部屋の中には既に先客がいたようだった。がっしりとした体付きをしており、これぞ軍人と思わせる人物だった。
「ランバ・ラル…」
ダイクン派残党の筆頭とされている人物がそこにはいた。なぜ彼がここにいるのか、ここはザビ家の、キシリア・ザビの家ではなかったのか。マ・クベの頭の中は疑問で一杯だった。
「優秀な人材だったからスカウトした。少佐と同じだ」
問題はないと言うキシリアに呆れるマ・クベ。勿論顔には出さないが。
わざわざ政敵を引き入れるなど、長としては決して褒められたものではない。ないのだが、マ・クベはキシリアにより一層興味を持った。ただの間抜けか、それとも…
政治ではギレンに劣り、軍事ではドズルに敵わない。そのような評判であったキシリアであったが、そうでもないのかもしれない。マ・クベはそう感じた。
「それで?今日呼ばれた要件をまだ聞いておりませんでした。まさか戦争でも起こすのですか?」
「そうだ。少佐には我々と協力して戦争をシミュレーションしてもらいたい」
マ・クベの質問に平然と返すキシリア。
「お言葉ですが、誰と戦争するというのですか?」
「少佐も薄々感じているだろう。地球連邦政府とだよ」
マ・クベは一瞬言葉に詰まった。確かに私の論文に目をつけるような人なのだ。心のどこかで予想はしていたが、現実にそうだと言われると戸惑いを覚える。
「それは考えにくいのではないでしょうか。確かに地球連邦政府はジオン公国を疎ましく思っているでしょうが、武力行使にまでは発展しないと思われます。経済制裁による締め付けを継続すると私は考えるのですが」
「そうではない。そうではないのだ、マ・クベ少佐」
キシリアは首を横に振って否定してみせる。その顔はこれから起こる悲劇を止められないことを嘆いているかのように見えた。
「我々が、ジオン公国の国民が戦争を望み、開戦へと突き進んでいくのだ。少佐も感じないか?コロニー市民の間に広がる反連邦政府の高まりを」
「キシリア閣下は開戦に賛成なのですか?」
「賛成、反対という次元はとうに過ぎてしまった。勿論私個人としては開戦に反対だが、大きな流れを止めることは難しい。それならばせめて戦争をした場合、勝算はあるのかを探らなければならない。必ず負けるとなるならそれを説得材料にすることも出来るかもしれない」
キシリアの言葉通りジオン公国内は地球連邦政府からの独立に沸いており、戦争もやむなしという機運が高まっていた。ギレン・ザビが0071年に発表した「優勢人類生存説」はジオニズムと共にスペースノイドの心の支えとなり、暴力性までもを生み出す結果となった。
「閣下は私と少佐にこのシミュレーターを使っての戦争をしてもらいたいそうだ」
ランバはそう言って早速シミュレーターを稼働させていた。ディスプレイの電源が入り、宇宙図が現れた。
「私が軍事について二人に劣るのは自覚しているからな。横で見させてもらうから存分にやってくれ」
キシリアは椅子を持って来て、早くも観戦体制になっていた。
「まずは私が連邦軍、マ少佐が公国軍を指揮する。時間はかかるだろうが、その後は是非とも指揮を交替しても再度行いたい」
「ラル大尉の異名はかねてより知っています。お手柔らかに」
「ふん。そう言っても目は殺る気で一杯ではないか」
ランバの言葉を聞いてマ・クベは自らがこの試みに乗り気であることを自覚した。自分らしからぬことではあるが、今少しはこのままでいたいと彼は思った。
一つの戦場ではなく戦争全体をシミュレーションするとなると、予想通り長丁場となった。数多くの事態が考え出され、検討され、実行され、対処なされた。やっと一回目が終わった後は、プレイヤーである二人に加え、キシリアも共に力尽きたようになった。
「二人とも、ご苦労。まずは一回というところか」
まずキシリアが二人を労う。シミュレーションは一週間を超え、皆程度は違うが疲労の色が見えた。
「予想していたとはいえ、これはなかなかしんどいものですな。ですが、一つの戦場、一つの部隊を任されることが多かったのを考えると、軍全体を指揮するということは有意義なものでしたな」
ランバは流石と言うべきか、疲労は感じているようだがまだまだ余裕が見えた。
「少佐や大尉といった人物が戦争自体を指揮するというのは本来おかしいはずなのですがね…」
反対にマ・クベは椅子に沈み込むようにして座っていた。シミュレーターを操作するだけとはいえ、長時間となると体力が確実に削られたようだ。
「しかし、この結果は…」
「待て、少佐。これは一回目だ。この結果を絶対視するわけにはいかない」
「ですが、これほどまでとは…」
マ・クベが悲観視するのも無理は無かった。まずランバ率いる連邦軍はその圧倒的な戦力を活かし、宇宙艦隊を二個編成し、それぞれ独自にサイド3を目指した。戦力分散は愚の骨頂だが、一個艦隊で公国軍全艦艇に匹敵するので、数で押し切ろうとした。
対してマ・クベ率いる公国軍は全艦艇でもって一個艦隊を編成し、戦力の集中でもってこれに対抗しようとした。マ・クベとしては瞬間的な戦力有利を作り出したかったが、そもそも連邦軍艦隊に規模で並ばれていること、ランバが公国軍艦隊の撃滅ではなく拘束を目指したことがあり、足止めを食らった。その間にランバのもう一つの艦隊がサイド3にたどり着き、シミュレーションは終了した。
「連邦軍を指揮して思ったことなのですが、数の差は如何ともしがたいですな。勿論戦力を多く維持することには金がかかりますが、現に連邦政府はそれを行っている。あちらとしては戦力分散は怖くなく、その数によって取れる行動の幅が大きく確保されている」
少数精鋭で戦ってきた、戦わざるを得なかったランバであるからこそ、数の恐ろしさを改めて実感した。地球連邦政府としては公国軍宇宙艦隊の撃滅は必須事項ではない。艦隊一つ、いや戦艦一隻が防御をくぐり抜けてサイド3にたどり着けばそれで良い。それで戦争は終わる。
「やはり連邦軍艦隊の撃滅は我々の最優先目標となるか。やはり艦隊戦に持ち込んでも公国に勝機は無い」
キシリアは自らの考えを新たにした。相手の用意した戦場で戦っても勝ち目は無い。新たなルールを戦場にもたらさなくては。
「とりあえずはラル大尉とマ・クベ少佐には立場を変えてもらい、もう一戦だな。まだ手は残されているかもしれん」
「…それでは人員の追加をお願いしたく。やはり一人では軍全てを指揮することは出来ません。このシミュレーターも戦争全てをシミュレーションしているとは言い難いのでアップデートが必要です」
マ・クベの提案にふむ、とキシリアは考え込む。確かに人間一人が軍の編成、指揮、補給などあらゆることを行うのは無理がある。数多くの将校、兵士がいて、それによって指令伝達のミスなども起こるので、これは戦争の薄い表面をなぞっているだけと言えるだろう。マ・クベがそう言うのならばアップデートもしなくてはいけない。
「両人とも部下である軍人を何人か都合してくれ。組織としての体裁を整えて戦争をやることにしよう。シミュレーターのアップデートについてもこちらでなんとかする。一層の献身を期待する!」
キシリアの激励に二人は敬礼でもって応えた。
ジオン公国軍、全員素人説というのはどうですかね?以前見たTHE ORIGINでは戦力を見せつけるため(理由うろ覚え)地球連邦軍が指導を行っていましたが、軍事については何一つ教えたくないというのが実際だと思います。
このシミュレーションによってランバ・ラルは一兵士ではなく、軍全体を指揮する軍本部を意識し始め、キシリアやマ・クベは一兵士に理解を示す(ようになるはず)。
数は偉大。
それでは次の話までしばらくお待ちください。