泣きながら眠ってしまった主の側に蜻蛉切はいた。もうあれから数刻の時が過ぎ、日も沈んで辺りは暗くなっていた。それでも、蜻蛉切はそこから動こうとしなかった。
背筋を伸ばし、膝を揃えて正座をし、主の寝顔をじっと見つめ続ける。
涙を拭わぬまま眠ってしまった頬はまだ少し濡れている。少し身体を乗り出して、その頬を指先でそっと拭うと、蜻蛉切はもう一度姿勢を正して座り直す。
「…………」
ただ黙って主の姿を見つめていると、廊下を歩く足音がこちらに近付いて来るのがわかった。だが、その歩調と足音から誰が来たのかすぐにわかり、蜻蛉切はそちらを気にせず主を見つめ続ける。
足音はやはり部屋の前で止まり、部屋の中にその人物の影がさす。
「主の様子はどう?」
軽い口調で聞いたのは燭台切光忠だった。そちらには視線を向けないまま、蜻蛉切は淡々と答える。
「先ほど少し目を覚まされたが、また眠ってしまわれた。多分、今日はこのまま眠っておられるのではないだろうか」
「そう……」
「陸奥守殿の様子は?」
「大丈夫だよ。もう少し、時間はかかりそうだけど」
「そうか……危ういところだったからな」
「そうだね」
うなずき答える燭台切は部屋に入ると、蜻蛉切と同じように主の側に座った。
「陸奥守殿以外の者は?」
「長谷部君と次郎君もまだ手入れ部屋。小夜君は陸奥守君のおかげで軽傷で済んだから、もう元気にしているよ」
「それは何よりだ」
安堵した蜻蛉切に燭台切はうなずき、それから、眠る主の姿を見つめて小さく息を吐く。
「……泣かせてしまった?」
「ああ」
「困ったね」
また小さく息を吐いて、燭台切は眠る主の額に貼り付いた前髪をそっとすくう。眠るその姿は、幼い少女のもの。審神者として刀剣男士を使役し、戦いへと赴かせる役目を持つ者とは到底思えないもの。
「主を泣かせるなんて……まだまだ、僕達には力が足りないな」
「そうだな」
「もっと強くならないと」
「ああ」
言葉は少なく、そして短い。けれど、蜻蛉切も燭台切も、主を泣かせてしまった自分達のことを悔いていた。もっと強ければ、もっと力があれば……あんな姿を見せることもなかったのにと。
けれど、ふたりとも知っていた。悔いるだけではどうしようもないことを。力をつけ、また戦地に赴き、時間遡行軍を倒すしかないことを。そうしなければ、またいつか今日と同じことが起こるだけ。
「蜻蛉切君……主のこと、まだ任せていてもいいかい?」
「勿論」
「ありがとう。今日は向こうに帰らずこちらに留まって眠るなら、起きたらきっと、お腹が減るよね」
そう言いながら燭台切は主の額をそっと撫で、それから立ち上がった。蜻蛉切がその姿を見上げると、燭台切は優しく微笑んだ。
「陸奥守君と主に、何か美味しいものを作るよ。あとでふたりに、たくさん食べてもらおう」
「ああ、それがいい。よろしく頼む」
「蜻蛉切君にも、夜食を用意するね。どうせ眠らず、主の側にいるんだろ」
「かたじけない」
否定せずにうなずいた蜻蛉切にうなずいてから、燭台切は部屋を出て行く。遠ざかる足音を聞いた蜻蛉切は、もう一度主に視線を向けた。
穏やかに眠っているが、眠る直前まで号泣していた。その姿を思い出すと、胸が痛くなる。自分の無力さで仲間を傷付け、主を泣かせた。これからは、そんなことはあってはならない。もっと、強くならなければならない……蜻蛉切はただ、そう強く思った。
「……ふう」
思いを強くし、小さく深呼吸をしてから、眠ったままの主を蜻蛉切はじっと見つめる。呼吸で上下する胸は規則正しく動いていた。寝顔は穏やかで、まだ目を覚ましそうにはなかった。