官能文士の異常なる愛情 Also, how did the Mediocre writer wake up to Eros and love the girl?   作:おおおユウゴ

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胡蝶の恋情~1900~ 上

「──君の小説はつまらないのだよ」

 

そういって青年は幾枚もの原稿用紙──黒インクの万年筆で一マス一マスに文字を清書して文章を現出させている、薄黄色で縁取られた紙の束をなかば放り捨てるようにして投げ返してみせた。しかしながら乱暴なしぐさであったためにパッと紙が舞い、部屋中へとてんでんばらばらに散らばっていった。

 

相手がそれを慌てて拾い集めようと座っていた腰を上げかけたのを抑えるように、青年は勢い良く立ち上がってみせた。ちょうど青年が相手の男のことを見下すような具合になった。

 

黒の学生服と学帽を弊衣破帽なる豪放な格好で着こなし、腰に汚い手ぬぐいをぶら下げ、ぼさぼさ髪をしている──そんな青年は心底呆れたような声色で辛辣に非難してみせた。

 

「人物に魅力がない。まるで話す物みたいだ──しゃべることもまるで録音した言葉のようだよ。枯れ果てていて、まったく共感できない。言葉だって美しくない。ただただ分かりにくくて、遠回しで、苛々してくる。そうだというのに内容はこれまた何番煎じかもわからないようなものばかり、つまらないことこの上ないんだよ。もしくは王道そのものかな?それにしては、それすらもしっかりと表現できていない。淡々としすぎていて無味乾燥極まれりな……面白みも新鮮さも、訴えかけてくるものもない」

 

そういって、まったくの無駄だといわんばかりに嘆息してみせた。細められた目で、蔑視そのものの冷ややかな視線をもって無遠慮に男を──楕円の枠をした黒縁眼鏡をかけた、三十路まっしぐらな容貌をした、無難な着物姿の中年男を見下ろし、それから部屋全体に散った原稿用紙──中年男の書いた断片じみた小説──を追うようにあたりを見回した。

 

「いつまでこの部屋にこもって、こんな無駄なことをしているつもりなんだ。勤め先に行き、働き、日銭を稼ぐ以外はずっとこんな安下宿の狭くて汚らしい部屋にちぢこまってあんな駄文を書き散らしてばかりいるというじゃないか。僕のような若造でもわかることだ、無意味だって。それがどうしてわからない?無駄で、無意味で、無意義だってどうしてわからない?いつまで現実から逃げているつもりなんだ。いい年をした立派な大人が、まだその年になって結婚すらしていないじゃないか」

 

とにかく、御婆様には貴君のこの惨状はしっかりと報告するから、そのつもりで。

 

ではもう僕は行かせてもらう。こっちだって暇じゃないんだ。だというのにわざわざ君のような人のためにこんなところまで言伝をしなければならなくて、それでどうなったといえば変梃(へんてこ)な酷い、子供の作文よりも(たち)の悪い代物を読まされるときたもんだ……いやはや!!

 

青年はそう一方的に歯切れよく言い放ち、清々したといわんばかりに足音荒く去っていった。

 

そうしてあとには、まるでこれまで説教を母親から受けていたかのように無様に正座をしてちぢこまった中年男と壁中に本棚が並べられ、またその中に数多の和本から洋書に至るまでの本が詰めこまれて──それでも足りぬといわんばかりにそこら中に積まれた本の山に占領されかかっている小さな四畳半の部屋が残った。

 

 

 

 

 

官能文士の異常なる愛情

 Also, how did the Mediocre writer wake up to Eros and love the girl?

 

 

 

 序

 

……その日、私はいつも通りに朝早くから神楽坂駅行きの路面電車に乗り込み、勤め先の出版社へと向かう途中だった。

 

まだ人もまばらな車内で(こわ)い紅色のクッションをしたロングシートの隅っこに座り、ガタリゴトリという揺れに身をまかせながら、車窓から流れてゆく外の景色をぼんやりと見つめていた。白いわっか状の形をしたつり革がそろって揺れるのを眺めていた。そうしていながら膝の上に置いた革鞄の中に納まっている、かの夏目御大の『草枕』を読もうかとこれまたぼんやりと思い続けているにもかかわらず、一向にこの腕は、手はその通りにしようとしないのだった。

 

いや、そもそも読もうとなど思っていなかったのかもしれない。私の心中では昨日の甥の言葉がいまだに渦巻いていた。渦巻き、足元からじりじりと炙られるような苦痛じみた焦燥と危機感を与え続けていた。とにかく、何か別のことを考えていたい気持でいっぱいだった。

 

べつに甥に言われたことは私も重々承知しているところであったから、何をいまさらというところであった。衝かれて痛いところはもちろんあったが別に文才のないことは承知していたから──それでも、今まで書き続け、だんだんと上達しているということは自分でも自覚しているところであったから──いわれてもそれがどうしたというところであった。それすら知らないくせに知ったかぶりをして、自らの正義感という偏見そのもので人の非難をしてしまう尻の青い“若造”のいったことをそのまま気にするような私ではない。

 

そうさ、なにが登場人物に魅力がないだ、なにが文才がないだ、なにが無駄だ……。僕だってこれまで努力してきたのだ。ひどい言い様だとは思わないのか……、僕だって、こんな僕だって人ではあるし心があるのだ。自分が立派だ、努力している、そう思っている人はどうしてこうも自分より格下の物にたいしてあたりを強くするのであろう。

 

……と、そんな風に一々気の滅入ることばかりが頭の中に浮き上がってきては消えてゆき、または(おり)のように溜まってゆき、時折また浮き上がっては私を意味なく焦らせた。

 

その時の私はいかにも渋い顔をしていたであろう。そういう確信がある。

確かに、甥のいうことも確かに的を射ているものではあるなと頷けるところが私にもあるのだった。

そもそも文学とは生きるのに必ずしも必要不可欠なものではないのだ。ただ一部のそういう嗜好のある人物たちが、まるでそれが熱心に取り組むべき高尚なる、携わっていればそれだけで人として立派であるといわんばかりに扱い、崇めているような一種の共同幻想じみた色合いすらも含んでいるような代物なのだ。

私とてその文学とやらに魅了された人間の一人であるのだけれど、それでいて内実の才が伴っているのかといえば怪しいところであった。そうして文学とはある種の凄まじい実力主義な部分を持ち合わせていることも、また確かであるのだ。

 

筆を折る頃合いが来た、ということだろうか?

 

私は相も変わらず車窓の移ろいでゆく、そうして時々止まってはまた動き出す景色を見つめたまま漠然とした気持になりつつ考えた。

 

家のことを長男たる兄貴に任せきりにして好き放題してきた次男坊も、そろそろ年貢の納め時というところであろうか?

今までのように自分の乏しいとわかっている文才に躍起になってこだわり続け、引きこもりの世捨て人寸前なりながらいまだ俗世とのつながりを捨てきれないような中途半端な生き様をさらしながら日々を貪ってゆくのだろうか?

そうして私の周囲は私にそうすることを今までのように許してくれるのだろうか?

 

嘆息。

 

 

 

「あら、ずいぶん気落ちしていらっしゃるのね。朝も早いというのに、駄目よそんなのじゃあ!!」

 

そういって私に声をかけた人がいた。

 

「ああ、お蝶さん」そう私は返した。

 




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