雄英高校1-Aの副担任   作:酉柄レイム

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ライヴホープとイレイザーヘッド

 タバコの匂いがしたらすぐ逃げろというのは、この街の(ヴィラン)の常識だ。いや匂いがする前に逃げろという方が正しい。タバコの匂いがしたその時には、()()()はすぐ側まできている。

 

「クッソ、今日あいつ非番なんじゃなかったのかよ!」

 

「知らねぇよ! 噂はほんとだったんだ。あいつ、暇さえありゃ敵を狩るやべぇやつだって……!」

 

「おい、前!」

 

 路地裏を逃げ回る二人の敵がいた。あるヒーローが非番の日を狙い、店へ強盗に入り、逃走経路もあらかじめ確保して、完璧な作戦を立てた。完璧なはずだった。

 しかし、あるヒーローが非番の日、という作戦成功への第一歩がそもそも間違いだった。いや、間違いではなかった。確かにそのヒーローは非番であり、ヒーロー活動を休む日であった。

 

「暇さえありゃ敵を狩るってショックな言い方すんなぁ。それじゃ俺がやべーやつみてぇじゃん」

 

 二人の敵の前には、一人の男がいた。灰色のウルフカットに、黒の瞳。長身で、細く見えるが確かに鍛えられているということがわかる肉体。黒のジャケットにエンジ色のシャツ、黒いパンツに首からは金のネックレスをかけている。

 そしてその口には、一本の煙草が加えられていた。

 

 二人の敵は、男の登場に恐怖する。更に言えば、男の後ろに控えている()()()()()を見て、心が折れていた。

 男が紫煙を吐くと、紫煙が人の形を形成していく。怪しくうごめきながら、腕、脚、頭。奇妙な生物の誕生に、二人の敵は声にならない悲鳴を漏らした。

 

 怪物の正体は、男が吐き出す紫煙。ただの紫煙だったそれらが、命を吹き込れたかのように二人の敵へ襲い掛かる。

 

「に、逃げろ!」

 

「よし、掴まれ!」

 

 敵のうちの一人は、ばねになれる個性を持っていた。脚をばねにすれば高く跳べるため、それを利用して逃げようという算段である。

 ばねの敵にもう一人が掴まり、個性を発動しようとした。しかし。

 

「なっ、なんで発動しねぇんだ!?」

 

「何してんだお前、早く──」

 

 そして、絶句。もたついている間に、紫煙の怪物が二人の敵を取り囲んでいた。目も鼻も口もない、生きているか死んでいるかもわからない。ただ恐怖だけを持ってそこに存在する紫煙の怪物。

 

「んじゃまぁ」

 

 二人の敵の上下左右を取り囲む紫煙の怪物に、男が命令を下す。

 

「眠らせちゃって」

 

 無数の恐怖が、二人の敵に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「非番なのにも関わらずありがとうございました、ライヴホープ!」

 

「やー、いいんスよ。敵退治はヒーローの仕事っスから」

 

 それでは、と頭を下げて去っていく警察を、にこやかな表情で見送ったのは先ほど二人の敵を退治したヒーロー、『ライヴホープ』。本名伊吹(いぶき)(みこと)。個性を使い犯罪を行う敵を取り締まり市民を守るヒーローの一人であり、ヒーロー免許を取るために通うヒーロー科、その最高峰『雄英高校』の卒業生である。ヘビースモーカーであり、ヒーローの体裁を守るために街中で吸うことはないが、敵退治の時には個性の関係上というのもあるが、それをいいことにひと箱なくなるほど吸っている。

 

 伊吹は警察を見送ると振り返って路地裏に入り、タバコに火をつけて紫煙を吐きだす。そして生まれた紫煙の怪物に乗って、ビルの屋上へと上っていった。

 

「さっきはありがとうございました。イレイザーヘッド」

 

「助けいらなかっただろうがな」

 

 ビルの屋上で柵に寄りかかっていたのは上下真っ黒な服に、『捕縛布』をマフラーのように巻いている小汚い男。ばねの敵が個性を使えなくなった原因であり、見るだけで個性を使えなくする『抹消』の個性を持っている。

 名は相澤消太。ヒーロー名を『イレイザーヘッド』。伊吹とはヒーロー活動を通して何かと縁があり、相澤が敵退治をしていれば伊吹が、伊吹が敵退治をしていれば相澤が現れる、といった奇妙な関係だ。

 

「いや、そんなことないっスよ。あのまま確実に捕らえられる自信ありませんでしたし」

 

「よく言う。お前の『息吹』はそこまで弱い個性じゃないだろ」

 

「恐縮っス」

 

 個性『息吹』。それが伊吹の持つ個性である。自身の口から出たものに命を持たせ、それを自由に使役できる。ただし一度外から口に含んだものしか命を持たせることができず、更に本人が「命を持たせたい」と思ったものしか個性を発動することができない。そのため、伊吹は自身の好きな『タバコ』、その紫煙に命を持たせている。

 

「っつーか、俺を待ってるの珍しいっスね。いつも勝手にどっか行っちゃうのに。なんかあったんスか?」

 

 伊吹は相澤を慕っている。それは相澤の精神性に惚れ込んでいるためであり、上下を黒にしているのも相澤を意識してのことだった。

 そんな伊吹は相澤が自身の現場に現れると、決まって相澤と話すために相澤を追う。相澤は仕事が終われば関係ないとさっさとどこかへ行こうとするが、伊吹が無理やり追いついて無理やり交流を深めようとする、というのがいつもの流れとなっていた。

 

 今回は、相澤が伊吹を待っていた。それを不思議に思い、問いかけた伊吹が紫煙を吐いて相澤の言葉を待つ。相澤は、黙って伊吹が吐き出す紫煙を目で追っていた。

 

 しばらくして、相澤が口を開いた。

 

「教師をやることになった」

 

 今度は、伊吹が黙る番だった。

 

 伊吹は、相澤と過ごす時間が好きだった。なんだかんだ言いながらも付き合いがよく、邪険に扱われたことは一度たりともなかった。だからこそ、考えてしまった。相澤が教師になれば、その時間がなくなってしまう。今こうしてビルの屋上で話すということも。

 

「……どこで教師やるんスか?」

 

 その感情を隠しながら伊吹が聞くと、「雄英」と短く相澤が返す。

 

 雄英高校。伊吹と相澤の出身校であり、ヒーロー科の最高峰。そこで教師をやるのであれば、人格者でなければならない。

 色々考えていた伊吹だが、少ししてから「なるほどな」と納得していた。そして、紫煙と一緒に笑いが漏れる。

 

「俺が教師をやるっていうのが笑えるほどおかしいか」

 

 不機嫌そうに言った相澤に、「いやいや」と笑いながら返し、伊吹はタバコを口の端に咥えた。

 

「似合ってるって思ったんスよ。ほら、復讐に燃えてた俺を正してくれたのもイレイザーヘッドでしょう? 向いてると思いますよ。誰かを導く仕事」

 

 教師に向いてない、と笑われたわけではないとわかっても、それとは別方向に不機嫌になり、相澤はため息を吐いた。

 

 伊吹は、相澤に恩を感じている。幼い頃に敵に家族を殺され、それが原因で人を守るためにヒーローを志すも、ヒーローになったその年に義理の両親を敵に殺された。

 結果、伊吹は敵を根絶やしにする、ともすれば殺してしまうほど危うくなり、そのタイミングで現場が一緒になった相澤が伊吹を復讐の道から正したのである。

 

「『敵の罪関係なく殺すっていうなら、お前も敵と変わらない』。いやぁ厳しいっスよね。あんとき俺殴られましたし。俺、敵になってもおかしくなかったっスよ」

 

「お前なら正しく伝わると思った。それだけだ」

 

「やっぱ向いてますって、教師」

 

 タバコを咥えながら、相澤に人懐っこい笑みを向ける。

 

「にしても、教師っスか。これからは相澤先生って呼んだ方がいいっスか?」

 

「やめろ。お前は生徒でもないし、今まで通り呼べ」

 

「俺、イレイザーヘッドの授業受けてみたいっスけどね。今から学生に戻んのって可能っスかね?」

 

「楽しい高校生活に戻りたいだろうが、新しい資格をとる授業しか受けれないだろうな。当然そこには俺はいない」

 

「つれないっスねイレイザー」

 

 紫煙を吐き、タバコを携帯灰皿にねじ込んだ。肺に残った煙を吐き出すかのように大きく息を吐くと、柵に寄りかかる相澤の顔を覗き込んだ。

 

「それで、何でそれを俺に言ってくれたんっスか?」

 

「……お前に言っておかないと、あとでうるさいだろ。雄英に抗議にこられても困る」

 

「ははっ、確かに。俺なら『なんで言ってくれなかったんスか!』って攻め込みますね」

 

「今俺は本当に言ってよかったと思ってるよ」

 

 相澤は小さく笑って、柵から離れた。そのまま伊吹に背を向けて、別れを告げるように手を挙げる。

 

「ま、お前なら俺がいてもいなくても関係ないだろうからな。頑張れよ、『ライヴホープ』」

 

「……っス。そっちこそ頑張ってくださいね。相澤先生」

 

「先生はやめろ」

 

 ぶっきらぼうに言い放った相澤に、伊吹はからからと笑った。

 

 これが、雄英高校教師相澤消太としてのある種の始まりであり。

 

「……俺も教師なろっかな」

 

 雄英高校教師伊吹命としての始まりでもあった。

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