雄英高校1-Aの副担任   作:とりがら016

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伊吹と香山

 とある座敷の居酒屋、その一角。そこで、一組の男女が席を共にしていた。

 一組の男女とはいってもそこに恋愛などピンク色の雰囲気はなく、先輩と後輩の関係性が見えるだけであり、一つわかることがあるとすれば、女性が妙にいやらしい格好をしている、ということだけだった。

 

 男性の方は伊吹。プロヒーロー『ライヴホープ』として活動しており、つい先日敬愛する相澤から「教師になる」と告げられた悩める若者。

 女性の方は香山睡。相澤を雄英高校に引き連れていった張本人であり、雄英高校の卒業生であるため、相澤と伊吹の先輩でもある。

 

「そう。それであなたも雄英の教師になれないか、ってことね」

 

「そうなんスよ。一応教員免許も持ってますし、俺が相澤さんに正してもらったように、学生を正しい方向へ導きたいって思いまして」

 

 伊吹が香山を呼んだ理由は、「雄英教師になりたいが、どうすればなれるのか」という相談のためだった。相澤が教師になるから自分も、という気持ちが強いのは否定できないが、伊吹自身先ほど言ったように、『導く立場』になりたいという気持ちも強い。

 簡単に言えば、どちらにせよ伊吹は相澤に憧れているのである。

 

「そうねぇ。伊吹くんいい子だし、私は大賛成なんだけど……すぐにっていうのは無理かもしれないわね」

 

「なんでっスか?」

 

「だってあなた、自分の街での影響力すごいじゃない。いきなりあなたがいなくなったら、敵が一気に暴れだしてもおかしくないわ」

 

「……俺そんなつもりなかったんスけど」

 

「実際あなたが担当している街、他の街と比べてものすごく治安がいいのよ。だから、そうね」

 

 んー、と唇に指を当て考え込む香山に、伊吹はそれを見ないように違う方向を向きながら酒を一口。

 ひたむきにヒーローへの道を歩んできた伊吹は、女性に対する免疫がない。普通に話す分なら平気だが、女性らしさを目にすると途端に恥ずかしくなってしまう。伊吹が積極的にメディア露出するタイプであれば、「ライヴホープの初心な一面!」といって特集を組まれるくらいには初心である。

 

「まずは非常勤講師として、徐々に教師へステップアップしていく、っていうのはどうかしら」

 

「非常勤講師」

 

「そ。あなたが雄英勤務になったって話が流れて、私の想像通り敵が暴れだしたら、あなたは対応へ向かう。そうすると、『雄英勤務になったはずのあいつがくるなら、どうせ今暴れても一緒だ』って敵が思ってくれる。そうやって落ち着いて行けば、あなたも雄英教師の一員になれるってわけ」

 

「んー、それなら、俺がいなくても敵が暴れなくなる街にする、ってのもよさそうっスね」

 

 伊吹は敵が現れれば体が勝手に動くタイプであり、特に考えて行動していない。その結果が『ライヴホープで成り立つ街』なのだが、それを作り上げた張本人が「俺以外ももっと頑張ってもよくね?」と常々考えていた。他が頑張っていないのではなく、伊吹が頑張りすぎなのだが、そのあたりも考えていない。

 

「えぇ、それができるなら一番ね。でもあなた、相澤くんと同じで一人で活動してたわよね? 今から相棒(サイドキック)を育て上げるのは……」

 

紫煙兵(パープル・ソルダード)を配置すりゃいいんスよ。今30までなら使役可能なんで、5か10配置すりゃ十分っしょ」

 

「……あなたの個性、ほんととんでもないわね」

 

「まぁ、あいつら俺がいないと見た目より弱いんで、結局他のヒーロー次第になるんスけどね」

 

 伊吹が吐き出す紫煙から作り出される紫煙の怪物、『紫煙兵』は現在、30体使役できる。しかし、伊吹の半径30メートル以内の紫煙兵は伊吹の意思をもとに動くが、それ以上離れると作り出した時に与える一つの命令しかこなせいない。例えば、「敵が出たら倒しに行け」という単純な命令はこなせるが、それ以外のことはできない。

 半径30メートル以内にいれば戦い、伝令、防衛にわけることもできるので、その点においては不安要素が残る。

 

 ただ、これは伊吹が心配しているだけで、香山からすれば街の防衛機能として十分な役割を果たしているように思えた。

 

「まぁ、試運転してみてからっスね」

 

「そうね……そういえば、あなたの紫煙兵って消えちゃったりしないの? というか、元々煙なのに打撃能力持ってることがそもそも不思議なんだけど」

 

「あれ、言ってませんでしたっけ」

 

 紫煙兵は煙であるのにも関わらず実態があり、その上飛行能力を持つ。そんな軍隊を一人で作り上げることができる、という個性であることは多くのヒーローが知っているが、その詳細まで知っているヒーローは多くない。

 

「最初この個性を使った時、色々試してみたんスよ。それこそ学生の頃はタバコなんて吸えませんでしたから、水だったりガムだったり。でも結局『人の形をした水』だったり、『人の形をしたガム』だったりで、打撃能力は一切なかったんスよね」

 

「どうしてタバコならそれがあるの?」

 

「タバコならっつーか、タバコならわかりやすかったっつーか、あれっス。タール数っスよ」

 

 伊吹が女性が相手だからと気を遣って吸っていなかったタバコを胸ポケットから取り出し、香山に見せた。銘柄は『HOPE』。タール数は14mg。

 

「成人してからタバコ吸ってみて、『息吹』を使ってみたんスよ。そしたら、タール数が上がるたびに『紫煙兵』が固くなっていきまして。そっから他のものでも試してみたんスけど、例えば水なら硬水軟水で変わりましたし、ガムならキシリトールが一番固くなりました。タバコに落ち着いたのはカッコよかったからっスね。一番量産できますし」

 

 『息吹』は個性の特性上、一度口に含んだものを外へ出す必要がある。水の場合絵面が汚くなり、ガムの場合いちいち一つ一つ噛まなければならない。その点、タバコは伊吹にも『息吹』にもマッチしていた。

 

「持続時間は?」

 

「ほぼ永遠っスよ。30の上限超えると古い奴から消えていきますけど、半径30メートル以内にいるなら自在に消せますし。ただ、自分の意思と関係なく気絶しちまうとアウトっス。寝るとかならいいんスけど……あぁ、香山さんに眠らされるのは別っスけどね」

 

 自然な動作でタバコを開け、一本取り出そうとしてハッとし直そうとするが、香山がそれを取り上げてタバコを一本、伊吹に咥えさせた。そのままテーブルに置かれていたジッポを手に取ると、有無を言わさず火をつける。

 

「私にタバコの火をつけてもらうなんて、そうそうないわよ?」

 

「でしょうね。女性なんで気ぃ遣ってたんスけど……」

 

「だと思ったから、我慢させるのも悪いと思って」

 

 いい人だな、と香山に煙がいかないようそっぽを向いて紫煙を吐きだす。もちろん紫煙兵を生み出すことはせず、純粋にタバコを楽しんでいるだけである。

 

 その姿を見て、香山が上品にくすりと笑った。訝し気に首を傾げる伊吹に対し、妖艶にも見える微笑みを向ける。

 

「タバコ吸ってる人って、みっともない吸い方する人いるでしょ? でも伊吹くんが吸ってるとサマになるわね」

 

「それでなんで笑うんスか? イメージじゃないとか」

 

「カッコいいと思ったのよ。悪い意味じゃないわ」

 

 からかわれてる、と伊吹は直感で理解した。別に香山とどうこうなれると思っているわけではないが、それで意識するのとしないのとは別の話であり、そこにつけこんで香山はよく伊吹をからかう。初めのうちはどぎまぎして大いに香山を楽しませたものだが、慣れてきた伊吹は香山から目を逸らし、「どうも」とぶっきらぼうに答えるだけ。

 

 それでも慣れたとは思えないほど初心な反応なので、香山がゾクゾクと体を震わせることになるのだが。

 

「いいわねぇ、青くて。私、伊吹くんみたいな人大好物」

 

「俺で遊ぶのやめてくださいよ。クールな大人目指してんスから」

 

「いいじゃない。クールな人が私の前では可愛くなるなんて」

 

「香山さんはいいでしょうけど、俺がよくないんスよ」

 

 伊吹は自分に気が合って香山がからかってきているわけではない、ということを理解している。香山の表情は弟、または可愛い後輩を見守るそれであり、男に向ける熱視線のそれではない。それは信頼の証でもあるのだが、伊吹はなんとなくそれが気に入らなかった。

 

「……そういや思ったんスけど、教師が敷地内で喫煙っていいんスかね」

 

「……そういえばそうね。授業のときはともかく、普段は吸えないんじゃない?」

 

「マジっスか……いや、まぁ、大丈夫っしょ」

 

「にしては言いよどんでるけど。ま、その辺りも推薦ついでに言っておくわ」

 

「お願いします」

 

 その後、二人は先輩後輩として酒の席を楽しんだ。

 

 これが、後に『紫煙の街』と呼ばれるようになった街の誕生秘話である。


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