雄英高校1-Aの副担任   作:とりがら016

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初級トレーニング

(さて、どう出んのかなー)

 

 普段の自分なら接敵したその瞬間に全員まとめて物量で押し切るスタイルの伊吹だが、今回は教師と生徒という立場もあり、様子見に入っていた。上鳴を倒したのは『油断するなよ』というためのパフォーマンスであり、なおかつ個性を見て一番厄介そうなのを潰すという、様子見と言いつつも勝ちを拾いにいく狡い真似である。

 

(窓から出て違う階に行けそうなのは瀬呂くんと、硬化して壁に指突き立てたらなんとかいけそうな切島くん。まぁ瀬呂くんの個性なら全員抱えて逃げられそうだな)

 

 もっとも、逃げるためには紫煙兵を撒く必要があり、宙を自由自在に飛び回れる紫煙兵から逃げるのは至難の業。単純な逃げ方をすればの話ではあるが。

 

 では単純ではない逃げ方とは何か。

 

「お」

 

 膠着状態を打ち破ったのは瀬呂。その両肘からテープを伸ばし、通路を塞ぐようにテープを張り巡らせる。伊吹と瀬呂たちを隔てるテープのバリケード。それを作った瀬呂は上鳴をテープでぐるぐる巻きにして抱え、近くにあるドアを開けた。

 

「煙がなんで物理攻撃できんのか知らないっスけど、ってことはこのテープも有効ってことっスよね! 今のうちに違う階に逃げるぞ!」

 

「おぉ! 漢だな、瀬呂!」

 

「ナイス!」

 

「んん。いいね」

 

 伊吹は全員が近くの部屋に入るのを見届けてから、一体の紫煙兵に指示を出す。指示を出された紫煙兵は砲弾のように飛んでいき、テープを強引に突破すると瀬呂たちが入って行った部屋に突入した。

 

「うわっ、もうきた!」

 

「早く上がってこい切島!」

 

 上鳴を抱えた瀬呂、耳郎が上の階へ上がり、後は切島だけというタイミング。窓から出ようとしていた切島は一瞬迷った後、窓から離れて部屋に残った。その行動に対して瀬呂が何か言う前に、切島が「先行け!」と漢らしく叫ぶ。

 

「俺たちが煙に追われるっていう状況は作らねー方がいいだろ! すぐぶっ飛ばして追っかけっから気にすんな!」

 

「……絶対核見つけるからな!」

 

「無理しないでよ!」

 

 仲間二人のエールを受けて、切島は紫煙兵と対峙する。紫煙兵は切島が瀬呂たちと会話している明らかな隙をつかず、それが終わるまでただじっと待っていた。ただの人の形をした煙だと思っていた切島はそのことに驚きつつも笑い、硬化した両拳を打ち付ける。

 

「そんじゃまぁ、ワリィけど倒れてもらうぜ!」

 

 全身を硬化させ、紫煙兵に突っ込んでいく。それを紫煙兵は飛んで避け、切島の拳が届かない位置で留まった。

 

「……やられた!」

 

 喧嘩する気でいた切島はしばらく紫煙兵を見上げた後、気づく。今の自分の状況が何を意味するか。

 

 喧嘩しないのならとここから逃げ出せば紫煙兵はすぐに瀬呂たちを追いかけ、折角逃げたのに位置がバレる。かといって宙に浮かんでいる相手に対して切島は有効打を持っておらず、しばらくはここにずっといるしかない。

 

「瀬呂、今煙に浮かばれて手が出せなくなった! 俺が離れても問題なくなったら教えてくれ!」

 

 自分の状況を理解した切島は小型無線で離れ離れになった瀬呂へ通信する。今切島にとって最悪なのはここから離れるタイミングを間違えて、瀬呂たちが紫煙兵に追われること。ならばそのタイミングを確認できるようにすればいいと考えての通信だったが、返ってきたのはその最悪以上を想像させるような言葉。

 

『あー切島。撒けるなら撒いて三階まで上がってきてくれ。ヤバイ』

 

「ヤバいって、おい瀬呂! そっちで何が──」

 

 焦った様子の瀬呂に状況を聞こうとした瞬間、頭上から紫煙兵が急降下し、その腕を振るって切島を床に叩きつけた。硬化しているのにも関わらず、生身で叩きつけられたのと同程度の、いや、それ以上の衝撃が切島を襲う。背中から叩きつけられた切島は肺の空気を無理やり吐き出され、呼吸を整える暇もないまま紫煙兵が振り下ろしたもう片方の腕を顔面に喰らった。

 

「くっ、そ!」

 

 そしてもう一度腕が振り下ろそうと紫煙兵が腕を振りかぶった隙に、切島は紫煙兵の下から抜けだす。そのまま転がってから立ち上がり、攻撃に備えて腕で盾を作るように構えた。

 

 それを嘲笑うかのように、紫煙兵はまるで砲弾のように切島へ向かって突進して、腕で作った盾ごと切島を吹き飛ばす。切島の体が浮いたところを逃さず、体を掴んでそのままの勢いで壁へ抑えつけられる。

 

(たった一体でこの戦闘力って、どんだけだよ……!)

 

 腕を抑えつけられながら、薄く目を開いて紫煙兵を見る。何も喋らない、目も鼻も口もない、ただ人の形をしている煙。それが恐怖心を煽り、一瞬切島の体を硬直させた。

 

 この化け物を倒したとしても、一息でまた同じ化け物が生み出される。

 

 伊吹と戦った相手が辿り着くのはその考え。一体一体の戦闘能力が高い紫煙兵をやっと倒しても、また簡単に生み出される。敵はその事実に辿り着くと同時に抵抗を諦めるか、無様に逃げるかのどちらかの行動をとった。

 

「……ぉお」

 

 対して、切島は。

 

「おおおぉぉおお!!」

 

 立ち向かう。自分の個性が通じていないわけじゃない。まだ負けていない。まだ自分の知らないところで仲間が戦っている。

 

 だから、折れるわけにはいかなかった。

 

 無理やり腕に力を入れて、徐々に紫煙兵を押し返す。そして少し腕が壁から離れた瞬間、壁を蹴って勢いをつけて、一気に拘束を引きはがした。

 切島と紫煙兵が宙に浮く。その状態から、切島は不格好に拳を振るった。

 

「どけぇ!!」

 

 拳が紫煙兵を捉える。切島に伝わってきたのは岩を殴ったような感触と、その後にやってきた腕にまとわりつく煙の感触。それが何か理解できないまま床に投げ出された。

 すぐに立ち上がって紫煙兵の攻撃に備える。が、切島の目には紫煙兵の姿は映っていなかった。そこにあったのは、紫煙兵を形成していたであろう煙が宙に漂っている光景。遅れてやってくるタバコのにおい。

 

 倒した、と理解するのに数秒かかった。同時に、なぜ、と疑問に思う。あれほど強かった紫煙兵が、不格好な拳一発で。

 

 それは、紫煙兵の耐久度にある。紫煙兵の耐久度を決めるのは、伊吹の肺活量。吐いた時の勢い、煙の大小によって耐久度が決まる。今回の紫煙兵はいわば、『初級トレーニング用』。

 

「……あ、三階!」

 

 そんなことを知る由もない切島は答えに辿り着けず、ひとまずこの疑問を放り投げて部屋を出て、階段へと走っていった。ふらつく体に鞭打って、階段を駆け上がり三階に到着する。

 

「……マジかよ」

 

「おぉ切島くん。待ってたぞ」

 

 そこには、瀬呂と耳郎に確保テープを巻き付けて床に転がし、紫煙兵を10体従えている伊吹がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、切島と別れた後。瀬呂と耳郎は上鳴を逃げた先の部屋に寝かし、その部屋を出た。

 

「三階に核がありゃ一番なんだけどな」

 

「こうなったらほとんどスピード勝負だね。あんなの相手にしてらんないし」

 

「だな。手あたり次第見ていくぞ」

 

 耳郎が索敵を行いつつ、ドアを開けて部屋の中を確認していく。見つからないまま廊下を突き進み、やがて大きな扉の前まで辿り着いた。その先には階段がある広間があり、つまり伊吹がいる可能性がある。

 

 ただ、それは索敵ができない時の可能性の話。耳郎は部屋を見て回っている間にも索敵を行っており、三階に伊吹がきていないことを確認している。

 

 瀬呂と耳郎は顔を見合わせて無言で頷いた後、扉を開けた。

 

「……三階に核がありゃ一番って言ったけどさ」

 

「まさかこんなところに……」

 

 そこには、核があった。正面に見える階段側の壁、その隅に。近くに窓がないことから最低限の注意は払っているのだろうが、それでも舐められていると感じた二人は少し憤りつつも、伊吹の接近を警戒して核に向かって走り出す。

 

「耳郎、伊吹先生は!?」

 

「上がってきてる! でも核の確保は間に合う速、さ……」

 

 核まで後数メートル。あと少しで手が届くその瞬間に、階段の方から7体の紫煙兵が現れ、核の前で壁を作った。どうするかと立ち止まっている間に、誰かが階段を上がってくる音が二人の耳に聞こえてくる。

 

「切島、じゃないよなぁ」

 

「よう瀬呂くん。サプライズは気に入ってくれたか?」

 

「……全然。切島は?」

 

「さぁ」

 

『瀬呂、今煙に浮かばれて手が出せなくなった! 俺が離れても問題なくなったら教えてくれ!』

 

 とぼける伊吹の代わりに答えたのは、切島本人。ひとまずやられていないことに安心した後、瀬呂は冷や汗を流しながら切島に答える。

 

「あー切島。撒けるなら撒いて三階まで上がってきてくれ。ヤバイ」

 

『ヤバいって、おい瀬呂! そっちで何が──』

 

 そこで、衝撃音とともに通信が途切れる。音だけで感じ取れた強さに苦笑して、瀬呂は伊吹に向き直った。

 

「あの、センセー。可愛い教え子に勝たせてあげるって選択肢は……」

 

「倒せる相手見逃す敵がどこにいるんだ?」

 

「ですよね!」

 

 返事とともに、瀬呂がテープを伊吹に向かって伸ばす。それに合わせて耳郎が駆け出した。

 

 瀬呂と耳郎がとった選択肢は、伊吹を確保する。核の前にいる紫煙兵には勝てないと判断して、核の確保以外の勝利条件である相手の確保を選んだ。

 

 瀬呂は右ひじのテープを伊吹に向かって伸ばし、左ひじのテープをフリーにした。壁となっている紫煙兵が襲ってきたときに逃げるためのものであり、伊吹はそれを見て面白そうににやりと笑った。

 

 耳郎がプラグを伊吹に刺すためにコードを伸ばす。それに合わせて伊吹は小さく紫煙を二回吐き出すと、小さな紫煙兵が2体生まれ、1体がテープを防ぎ、1体が伸びてきたコードを掴んだ。

 

「なっ」

 

「うわっ!」

 

「はいこんにちは」

 

 一瞬体が硬直した瞬間に伊吹は耳郎へ肉薄して肩に手を置き、そのまま床に倒して腕を取って確保テープを巻き付けた。

 

「はい確保」

 

「クソっ、耳郎!」

 

 小さな紫煙兵が付いたテープをちぎって、伊吹を捕えるためにテープを伸ばす。伊吹は瀬呂に向かって駆けだし、勢いよく小さな紫煙を吐きだした。それはそのまま人の形を成しながら弾丸のような速度で瀬呂の顔面に直撃し、仰け反ったところを床へ張り倒して確保テープを巻き付ける。

 

「はい確保っと」

 

「普通につえぇ……」

 

「強いのあの煙だけかと思ってた……」

 

「ハハハ。まぁ紫煙兵倒せないってなったら俺倒すしかないってなるだろ? そりゃ鍛えるだろ」

 

 普通に紫煙を吐きだして、切島を待つ。最後は物量で倒そうと核の前で壁を作っている紫煙兵を集めて、階段の前で仁王立ちしていると、やがて切島がやってきた。

 

「……マジかよ」

 

「おぉ切島くん。待ってたぞ」

 

 頬を引きつらせる切島に、伊吹は容赦なく10体の紫煙兵を突撃させた。


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