雄英高校1-Aの副担任   作:とりがら016

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伊吹の講評

「さぁ講評の」

 

「センセー強すぎ!!」

 

 講評の時間だ! と意気揚々と言おうとしたオールマイトを遮って、芦戸が伊吹に詰め寄る。自分を見ながら硬直しているオールマイトに苦笑して、伊吹は「ちょっと落ち着け」と芦戸を制しておとなしくさせてから、オールマイトに手で合図。「仕切り直しどうぞ」という意味だ。

 

「さぁ講評の時間だ!」

 

 右腕を突き上げて言ったオールマイトの隣に立つのは伊吹、そして訓練に参加していた四人が他A組全員の前に立たされている。

 

 伊吹はタバコを咥えてオールマイトの言葉を待っていると、ちょんちょんと大きな手で優しく肩をつつかれた。それからオールマイトが中腰になって伊吹に耳打ちする。

 

「まずは実際に戦ってみた伊吹くんから頼むよ」

 

「それ小声で言う必要あるんスか?」

 

 まぁ新人でヒーローの後輩の自分を立たせてくれようとしてるんだろうと勝手に納得した伊吹は、紫煙を頭上に向かって吐き出してから四人を順に見て、口を開いた。

 

「ヒーローの卵なり立てにしちゃあよかった方だな。状況判断がよかった。特に瀬呂くんがいい。バリケードみたいに張り巡らせたテープ、逃走の判断。優秀だな」

 

「マジか、あざっす!」

 

 まず手前側にいる瀬呂を褒める。瀬呂は伊吹の個性を推測し、また逃走の判断も早く、ちゃんと個性を活かせていた。伊吹からすれば十分及第点であり、言葉通り優秀。

 

「切島くんは途中ちゃんと見れていないからわからないけど、一人だけ残ったのってなんで?」

 

「あのまんま俺が一緒に行ったら煙に追われて、その先の戦闘音で位置がばれちまうって思ったからっす!」

 

「なら素晴らしい。ただ、君の個性は相手が喧嘩する気なかったら全然意味ないから、喧嘩に持っていく立ち回りをするように。後手に回っちゃだめだ」

 

「うっす。今回のでめっちゃ思いました」

 

 切島は短く褒めて、次につながるアドバイスを。伊吹はA組全員の個性を見て、どの状況で、どういう行動をすれば活かせるかを考えてきた真面目な教師であり、生徒と訓練する機会があれば弱いところは突いて行こうと決めていた。ヒーローという職業は、『自分が苦手なのでできませんでした』では話にならない、と相澤に言われたことをそのまま生徒に下ろしている。

 

「耳郎さんの個性はマジでいいな。俺君が欲しいよ」

 

「伊吹くん! 教師と生徒の恋はご法度だぞ?」

 

「そういう意味じゃねぇっスよ。ただ、耳郎さんの個性ってめちゃくちゃ便利じゃないっスか。単純に強い戦闘能力より好みっスよ」

 

 茶化してきたオールマイトに冷静に返して、タバコを携帯灰皿にねじ込む。

 

 オールマイトの「そういえば相澤くん好きだもんね」という呟きをスルーして、伊吹は耳郎に対する講評を続けた。

 

「動きとしてはまだまだ。なまじ聞こえすぎるから他の感覚器官からくる情報に少し遅れて反応してた気がする。自分で判断してるってよりついて行ってただけって感じもしたから、そこらへんは課題だな。でもそこをクリアして順調に個性伸ばせばどこの事務所行っても重宝されると思うよ」

 

「ありがとうございます」

 

 これは完全に好みだが、伊吹は先ほど自身でも言っていた通り単純に強い戦闘系の個性よりも、耳郎、瀬呂のような個性を好む。もちろん相澤の個性は世界一好き。

 

 なぜ伊吹がそのような個性を好むかと言えば、単純に『考えるのが楽しいから』である。どのような使い方をして、どのように敵と戦うのか。個性自体の強さよりもそれを扱う本人の性格、思考が見えるためだ。余談にはなるが、伊吹は対戦ゲームで弱キャラを使うタイプである。

 

 次に伊吹は上鳴に目を向けた。上鳴は伊吹に見られていることに気が付くとそっと目を逸らして、小声で「くるなくるな……」と呟いている。伊吹も上鳴がなぜ講評を嫌がっているかを理解できるが、立場上無視するわけにもいかなかった。

 

「んで、上鳴くん。出会い頭に潰して悪かった」

 

「そーですよ! 俺だけ何にもいいとこないじゃん!」

 

 瀬呂、切島、耳郎と比べると、いや、比べるところもなく上鳴は一瞬で退場した。その個性を使わず、頭を働かせることもなく。

 

「いや、ほんとに悪かった。教師としてはもっと動かさせて学ばせるべきだったんだろうが、それ以上に俺が敵なら絶対上鳴くんは放っておかなかった」

 

「え?」

 

 続けて文句を言おうとした上鳴は『なぜだか褒められそうな雰囲気』を察して黙り込む。実際に伊吹は上鳴を褒めようとしているのだが、それは動きでも思考でもなく、単純に個性の強さ。

 

「上鳴くんの個性はマジで強い。俺は体が強くなる個性じゃないし、触れられたらほぼアウト。放電もできるってなったら厄介なことこの上ない。教師としては失敗だったが、敵っていう状況設定に則った場合には大正解だと思ってる。油断せず、ちゃんと警戒して状況も見て動けば間違いなくいいヒーローになれるよ」

 

「……何もしてないけど褒められた! 嬉しい!」

 

「って感じでどうっスか? オールマイト」

 

「これ以上言うことないよ! 次いこう!」

 

 喋りすぎたな、と思いながらオールマイトに振ると、オールマイトはサムズアップで返して次の対戦相手を決める。右手と左手それぞれをくじの入った箱に突っ込んで、勢いよく引いた。

 

「Aコンビがヒーロー! Dコンビが敵だ!」

 

 Aコンビ、緑谷と麗日。Dコンビ、爆豪と飯田。確か緑谷と爆豪は同じ中学だったな、と思いながら初期位置へ向かう四人を見送って伊吹は生徒たちの横に立った。

 

 そんな伊吹に注がれる複数の視線。隠すこともなく注がれる視線に苦笑して目を向けると、案の定『聞きたいコトあります』と目で語っている生徒の姿があった。その筆頭は芦戸であり、既に伊吹の至近距離まで近づいて手を挙げている。

 

「はい芦戸さん」

 

「はい、芦戸です! センセーは彼女いますか!」

 

「質問はいいがせめて授業に関係のあることを質問するように」

 

「いいじゃないか伊吹くん。副担任なら生徒と打ち解けることも必要だぞ?」

 

 教師としては同じ新人のオールマイトからアドバイスを受けた伊吹は、「あんたも新人だろ」と返すことなく「それもそうっスね」とアドバイスをありがたく受け取ってから芦戸の質問に答えた。

 

「彼女はいない。これが意外にできたこともない」

 

「えー、ホントに意外! センセーイケメンなのに!」

 

「ありがとな。でもそんな暇もなくヒーロー目指して、ヒーローなった後もヒーローやるのに必死だったからな」

 

「ヒーローってモテるんじゃねぇのかよ……」

 

 伊吹は高身長で顔もよく、スタイルもいい。そして雄英出身で更に強い。モテない要素と言えば敬遠される要素である喫煙者というところだけ。それを補ってあまりあるスペックがあるのにも関わらず「彼女ができたことがない」という発言に、『モテるため』にヒーローを志したブドウ頭の男子生徒、峰田が膝をついた。

 

 そんな膝をついた峰田を見て笑いながら、「まぁモテないわけじゃない」と言って、内ポケットにしまってあるタバコを取り出そうとして、生徒の隣だと自分律してタバコを取り出すことなく峰田に続ける。

 

「ヒーローは人気職だからな。そりゃモテないはずもないが、俺はあんまり表に出るタイプじゃなかったからファンとの交流もほとんどないし、出会いってのがそもそもない。知り合いのヒーローすらそんなにいないからな。普通にヒーローやってりゃ彼女はできるよ」

 

 伊吹は相澤と同じくアングラ系ヒーローであり、ヒーローオタクである緑谷が初見でわからないほどメディア露出もない。もちろんファンはいるが、ファンイベントもファンサービスもほとんど経験のない伊吹には出会いというものがなかった。出会うとすれば相澤経由の知り合い、もしくは敵、警察くらいのものである。

 

「んじゃ俺からもいいですか!」

 

「お、どうぞ切島くん」

 

「先生の個性って結局なんなんですか? あの煙めっちゃ強かったんですけど」

 

「あー、そういや説明してなかったか」

 

 時計をちらっと見て時間的に問題ないことを確認すると、伊吹はタバコを箱ごと取り出して生徒に見せた。

 

「俺の個性は『息吹』。一度口に含んだものを吐き出すと、それに命を与えられる。命っつっても人の形をしていて、効果範囲内なら俺の好きに動かせるってだけだけどな」

 

「つまり水もいけるってことかしら」

 

「その通り蛙吹さん。ちょっと不思議な個性でな。切島くん、実際に戦ってみてあの煙……紫煙兵はどうだった?」

 

「浮くし硬いし速いし強かったっす!」

 

「それの秘密がコレ」

 

 切島の言葉の後に、伊吹はタバコの側面に書かれているタール数の表示を生徒に見せる。「タール数?」と首を傾げる生徒たちに笑いながら、「未成年喫煙者はいないみたいだな」と言ってから、

 

「このタール数によって紫煙兵の硬さと重さが決まる。浮くのは煙の特性だ。でも殴ったら簡単に消えただろ?」

 

「はい。ホントに勝ったのかわかんないくらい」

 

「あれは煙吐いた時の勢いとか量とかで耐久力が決まっててな。こう言っちゃなんだが、さっきのは君たち用に作った紫煙兵ってわけだ。本気で作ったやつはあれより数倍強い」

 

「えげつねぇ……」

 

 実際に紫煙兵と戦った切島は頬を引きつらせて、自身が戦った紫煙兵よりも数倍強い紫煙兵を想像する。「もう伊吹先生だけでいいんじゃね?」と思ってすぐ後に、八百万が手を挙げた。

 

「はい八百万さん」

 

「上限はあるのですか? 先ほどは最低でも10は生み出していましたが……」

 

「あー、今は大体50くらいだったかな」

 

「はい先生! 好きな女の子のタイプはなんですか!」

 

「よくこの流れでその質問ができたな葉隠さん。そんなに気になる?」

 

「そういうのが気になるお年頃なのです!」

 

 好きなタイプと聞かれ、伊吹は真面目に考えた。

 

 伊吹の知り合いの女性と言えば、真っ先に思い浮かぶのは香山。18禁ヒーローその人であり、伊吹をからかう悪女である。次に、香山がタイプかどうかを考えた時、そもそも自分の好きなタイプはなんなのか考えたこともなく、女性を好きになったこともないことを思い出す。

 

 そして伊吹は答えを弾き出した。

 

「……一緒にいて心地いい人?」

 

「ちなみに心地いい人で思い浮かべるのは誰ですか!」

 

「さぁオールマイト。そろそろ始まりそうですね」

 

「あー、逃げた!」

 

 女性関連の話題は疎い伊吹は授業に逃げた。その背後で獲物を見つけたと笑う者がいることも知らずに。


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