雄英高校1-Aの副担任   作:とりがら016

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副担任二日目

「おはよう」

 

「伊吹先生! おはようございます!」

 

 朝のホームルームが始まる数分前。時間きっかりに現れる相澤よりも先に、伊吹は教室へ入った。伊吹自身、メディア露出をしないのは相澤の真似であり、本来人と関わることが好きなので、生徒と関われる時間を積極的にとっていこうという考えの下、朝のホームルーム前に教室へ行こうと決めていた。

 

 向かう前相澤に「休まなくていいのか」と有難い言葉を頂いた伊吹はなおさら頑張ろうと心に決めている。

 

 教室に入って挨拶をすると、席の近い蛙吹と話していた芦戸が一番早く反応した。そこから爆豪を除き全員から挨拶が返ってきて、伊吹は微笑みながら教壇に立つ。

 

「あれ、今日は伊吹先生がホームルームやるんですか?」

 

 教壇に立った伊吹に上鳴が聞くと、伊吹は手に持っていたファイルから紙を取り出しながら、

 

「いや、ちょっとここに立ってみたくてな。なんか気分よくなるだろ?」

 

「なんか先生がそこに立つと一気に夜! って感じするー!」

 

「それな!」

 

「色っぽいって意味で受け取っておくよ」

 

 クラスの賑やかし担当である芦戸と上鳴からおちょくられながら、伊吹は手に持っていた紙を黒板に貼りつけた。バン、と大げさな音を立てて貼ったからか、クラス全員の視線がその紙に向かって注がれる。

 

 目を丸くする生徒にふふんと笑って、「なんですかそれ?」と聞かれる前に伊吹は説明を始めた。

 

「雄英が許可取れば訓練場使っていいって知ってるか?」

 

「はい、お伺いしています! ということはその紙は許可書か何かでしょうか!」

 

「残念不正解!」

 

 勢いよく挙手した飯田の言葉を否定して、その紙が全員に見えるように体をずらす。その紙には、『伊吹先生貸し出し書』と書かれていた。

 

「来週ド頭から放課後、訓練場貸してもらって俺との訓練を開始する。定員は一日5名で早い者勝ちだ。ただなんとなく譲り合ってくれよ。そこは平等に行きたいからな」

 

「ら、ライヴホープの個人指導……! 絶対に行きたい……!」

 

「やる気だな緑谷くん。っつーわけで来週のド頭からこの紙貼りだしていくからじゃんじゃん記入していってくれ。君らが来る前に黒板に貼りつけるから、マジで早い者勝ちだ」

 

 伊吹との訓練。それは生徒にとってかなり身になるものであり、向上心を持っている者であれば確実に参加したいもの。伊吹のヒーローとしての活動はあまり知られていないが、『紫煙の街』を作り出したということ、昨日の戦闘訓練での実力。それらを見て指導を受けたくないと思う者はいなかった。

 

 そしてこれは伊吹にも得がある。生徒たちと交流できることもそうだが、合法的にタバコが吸えるのだ。流石に敷地内で何本もタバコを吸うわけにはいかず、副担任という立場もあり『勉強』という名目で授業にずっと出ている為、吸う時間は昼休憩の時しかない。放課後になって帰った後はヒーロー活動で、安心できる環境で吸えることはなく、ならばと考えた手段がこれだった。

 

 もちろん、伊吹にとっての最優先は生徒の成長である。しかし、そこに欲があることも伊吹は否定できない。

 

「ってわけでよろしく! 誰もこなかったら泣いてやるからな」

 

「絶対行きます! リベンジしてぇ!」

 

「オッケー待ってるぜ切島くん。ぜひ俺にほえ面かかせてくれ」

 

 笑顔で教壇を下りながら、伊吹は自身を睨んでくる爆豪にウインクした。爆豪は眉間に皺を寄せ、舌打ちして目を逸らす。

 

(爆豪だけにってわけにはいかねーし、ある程度の交流の場は必要だろうからな)

 

 昨日、爆豪に訓練をつけてやると言ったのは、このことを早めに伝えただけである。

 

(全員同じ条件で、頭一つ抜ける。そっちのが一番感あっていいだろ?)

 

 爆豪には直接言わず、笑いながら頭の中で爆豪を挑発する。この時点で多少爆豪に対しての贔屓が入っているのだが、伊吹本人は気づいていない。

 

 クラスが伊吹との訓練の話題で盛り上がる中、チャイムが鳴りその音とともに相澤が教室に入ってきた。この数日間で訓練された生徒たちはその瞬間に静かになってピシッと前を向き、相澤が教壇に立つのをじっと待つ。

 

「はいみんなおはよう」

 

「おはようございます!」

 

 生徒全員だけでなく伊吹からも挨拶が返ってきたことに若干呆れながら、相澤はホームルームを開始した。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった……爆豪、わかってるな」

 

「……ス」

 

 相澤は『伊吹がフォローを入れた』ことを考慮して、あまり何度も言うのは鬱陶しいだろうと軽い注意で終わらせ、次のターゲットに移る。

 

「緑谷。お前また腕ぶっ壊して一件落着か。個性の制御ができませんでしたをこの先ずっと通すつもりはない。それさえクリアすればやれることは多いんだ。焦れよ」

 

「はい!」

 

(なるほど、そんな感じで発破かけるのか)

 

 教師としての相澤の姿を見て勉強しながら、心のメモ帳に『生徒への発破のかけかた』をメモしていく。伊吹は自身もそうであったため、下手に触れると人がどうなるかを知っている。昨日の爆豪に対するそれももしかすると悪い方向に転ぶ可能性があったため、表面上は笑いつつも伊吹の内心はびくびくだった。

 

「さて、急で悪いが君たちには今から学級委員を決めてもらう」

 

「学校っぽいのきたー!」

 

 クラス全員のテンションが上がり、それぞれ手を挙げて「やりたい!」の大合唱。伊吹は笑いながら「元気っスねー」と相澤に言うと、相澤は怖い目をしながら「元気すぎるな」と低い声で返した。このままみんなを放置するとキレるな、と判断した伊吹は一旦静かにさせようと口を開いたその時、飯田が声を張り上げた。

 

「静粛にしたまえ! 多を牽引する重大な仕事だぞ、やりたい者がやれるものではない。これは投票で決めるべき議案!」

 

 そうやって提案しながらも、飯田は挙手して『やりたいアピール』をしていた。伊吹の中では「飯田くんでいいんじゃね?」という気持ちになったが、相澤の「時間内に決めりゃなんでもいいよ」と放り投げたことによって投票による委員長決めが開始される。

 

 生徒がわいわいと投票をしている中で、伊吹は寝袋に入った相澤にそっと話しかけた。

 

「相澤さんって委員長やってました?」

 

「やってたように見えるか?」

 

「先生やってるくらいなんスから、似合わないとは思わないんスよね」

 

 伊吹の中での相澤の評価は信じられないくらいに高い。それは相澤が嫌な顔をするほどであり、少々どころかかなり甘めの採点をしている節がある。今回のこれも伊吹からすれば論理的思考に基づくものなのだが、相澤からすれば妄信以外の何物でもなかった。

 

「そういうお前はどうなんだ」

 

「俺っスか? 訓練で大忙しだったんで、仕事増やすようなことしたくなかったんスよね。だから一回も経験ないっス」

 

 合理的にヒーロー目指してたんで。と付け加えた伊吹に相澤は嫌な顔をして、そんな相澤の表情に「ひでー」と笑う伊吹。

 

 そうして二人の世界を作り上げていると、投票が終わった。結果は緑谷三票、八百万が二票。委員長は緑谷に、副委員長は八百万に決定した。

 

(飯田くんと麗日さん、轟くんがゼロ票。飯田くんと麗日さんは緑谷くんに入れて、轟くんが八百万さんにってとこか。なんで?)

 

 伊吹は生徒の動向をストーカーのごとくチェックしており、緑谷と麗日、飯田の仲がいいことは把握している。その中で緑谷が委員長に向いていると思ったからこそ二人は緑谷に入れたのであろうと推測できるが、轟が八百万に入れた理由が見当たらなかった。

 

(あとで聞いてみるか? でも心開いてくれなさそうだしなぁ)

 

 変なところで臆病な伊吹は、『とりあえず様子見』という結論に落ち着いた。いきなり距離を縮めようとして失敗しては元も子もないためである。

 

「そんじゃ、今日も一日頑張るように。行くぞ、伊吹」

 

「俺相澤さんに名前呼んでもらうの好きなんスよねー」

 

「気持ち悪いな」

 

「こいつぁシヴィー!」

 

「マイクの真似するな」

 

 本気で睨まれた伊吹は「はい……」と委縮して、相澤のあとについて教室を後にした。

 

「伊吹先生ってなんで彼女いたことないんだろー。イケメンで高身長で、相澤先生と一緒にいるときカワイイのに」

 

「作らなかったんじゃないかしら。私も彼女がいなかったとは思えないもの」

 

 教師がいなくなった教室は無法地帯。いくら天下の雄英といえどもそれは変わらず、それぞれ思い思いに喋りだす。

 

 そんな中で芦戸が切り出した話題は『伊吹の彼女問題』についてだった。それに返したのは優等生らしく一時間目の用意をしながら答えた蛙吹。実際、伊吹は『作りにいかなかった』のは真実だが、モテるとはいっても触れてはいけない遠い存在のような扱いをされていた。ひたむきに訓練し、交友関係は最低限。ほとんど遊びにもいかず、友だちとは仲良く話す程度。『邪魔をしてはいけない』と当時のクラスの女子に思わせるほど、伊吹は努力家だった。

 

 さらに、ヒーローになってからは色々あり、近寄りづらいことこの上なく、相澤の手によって人当りがよくなった後も表に姿を現すことはほとんどなくなり、結果恋愛経験ゼロへとつながる。

 

「えー、若いから恋バナできると思ったのになー」

 

「でもなんかダークな話でてきそうじゃね? 若いけど大人な雰囲気だし!」

 

 机に体を預けてつまらなさそうにしていた芦戸に、チャラついた上鳴が新たなネタを放り投げた。上鳴からの伊吹の印象は『強い、カッコいい、クール、オトナ』であり、あの相澤を敬愛していることもあって、『表面上は綺麗だけど裏側は汚れている』という不名誉なイメージを抱いていた。

 

「いや、伊吹先生は絶対漢だぜ!」

 

「それどういう評価なん?」

 

 切島の『漢』という評価に呆れた瀬呂がツッコんだ。続けて、「ダークってのはちょっとわかるかもな」続けて、それに耳郎が賛同する。

 

「敵役めっちゃ似合ってたもんね。上鳴は見てないだろうけど」

 

「見させてくれなかったんだよ! 俺も見たかったよチキショー!」

 

「まぁまぁこれからもチャンスあっから、頑張ろうぜ上鳴!」

 

「はっ、訓練にいけば伊吹先生のあれやこれや聞けるかも……!?」

 

 邪な理由で芦戸が訓練への参加を決めた時、教室のドアが開いた。そこから入ってきたのはプレゼント・マイクと話題の種になっていた伊吹。マイクは面白そうににやにやと笑って、伊吹は頭を抱えて、どこか嬉しそうな表情をしている。

 

「ヘイリスナー! 伊吹のこと聞きてぇなら俺に聞いてもいいんだぜ! 何を隠そう俺と伊吹はイレイザーつながりで超仲良しだ!」

 

「やめてくださいってマイクさん。別に面白い話なんもないんスから」

 

 マイクと伊吹は教室に向かっている途中、A組から聞こえてくる話声を耳にして、授業開始時間になる前に教室へ突撃した。もっともその目的は別で、マイクは伊吹をいじるため、伊吹はマイクを止めるためではあるだが。

 

「何が聞きたい? 伊吹のファンの話? それとも伊吹がミッドナイトにたじたじな話? どっちも面白いぜ!」

 

「どっちもー!」

 

「授業しろよアンタ!」

 

 結局、伊吹が授業開始時間までマイクを止めることで阻止し、伊吹は生徒からのブーイングを受けながらほっと胸を撫でおろした。


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