昼になると、それぞれ思い思いの昼食をとる。食堂に行くか、持参したものを食べるか、そもそも食べる暇がないか。
「相澤さん! 飯行きましょう飯!」
「俺らと一緒に行こうぜイレイザー!」
「うるさい」
「ヒュー!」
そんな中、職員室では相澤がうるさいやつ一号・二号(相澤目線のマイク、伊吹)にしつこく昼食に誘われていた。
相澤は基本的に食事は手軽に済ませる。仕事が多い時には確実にゼリー飲料を食事として摂取し、食堂に行って食事をとることはほとんどない。
逆に、今相澤をしつこく誘っているマイクと伊吹は食堂に直行する。雄英の食堂では安価でかなりおいしい食事を頂けるため、雄英教師を勤め続けてきたマイクはもちろん、赴任して数日の伊吹も雄英食堂の虜になっていた。
「つれねーこと言うなよイレイザー! 親愛なる同期と可愛い後輩が誘ってるってのによ!」
「そうっスよ相澤さん! 別に俺たちと飯食ったって悪いことがあるわけじゃないし!」
「うるさい」
「ヒュー!」
しつこく誘う二人にまったく折れない相澤。そうして隣のデスクで騒がれては気にならないはずもなく、ミッドナイトが艶めかしく脚を組み、髪をかきあげながら、
「じゃあ、伊吹くんは私と、マイクはイレイザーとっていうのはどう?」
「ヘイミッドナイト! ランチにしちゃあちょっと刺激的すぎねぇか!?」
「ていうかそれ結局うるさいのが片付いてないじゃないですか」
「え、うるさいってもしかして俺のこと? そりゃオメーがダウナーすぎるんだ! もっと上げてけイレイザー!」
YEAHHHHHHH!!! と叫ぶマイクとそれを鬱陶しそうに睨む相澤をよそに伊吹はミッドナイトにロックオンされ、壁に追い詰められていた。妖しく自身の唇を舌で潤し、とろんとした目つきで伊吹の顎にそっと指先を添える。
「ねぇ、どう? そろそろ私の食事になっていい頃だと思うんだけど……」
「相澤さん、相澤さーん! あなたの可愛い後輩の食べ頃チェリーが捕食されそうです! 助けて!」
「ここ学校ですよミッドナイトさん」
「いーじゃねぇかイレイザー! 伊吹もそろそろ男としてランクアップしなきゃなんねー頃だろ!」
股の間に膝を差し込まれ、必死に顔を逸らすも強引に向き直させられる伊吹。その頬は赤く染まっており、それがミッドナイトの嗜虐心を更に煽った。ミッドナイトにとって決して自分に跪かず、なおかつ初心な伊吹は格好の獲物。伊吹からすればたまったものはなくこうして迫られる度に相澤へ助けを求めるが、相澤が助けてくれた試しは一度たりともない。マイクは逆に煽る側。更にいつも止めに入ってくれる他の教師陣は今職員室にいないという悲劇。
伊吹が今、ミッドナイトにおいしく頂かれようとしていた。
「んー、どこで頂こうかしら。ねぇ、伊吹くんはどこがいい?」
「相澤さんと食堂に行きたいです!」
「イレイザーに見られながら食堂でイきたい? あら、すっごい性癖持ってるのね」
「言ってねぇよ脳内ドピンクお花畑! 俺は可愛らしい後輩らしく尊敬する先輩と一緒に飯食いたいって言ってるんスよ!」
耳元で囁かれ、いよいよ余裕がなくなり先輩に対して失礼な発言する伊吹に、マイクは腹を抱えて笑い、相澤はゼリー飲料を一瞬で空にしてため息を吐いた。相澤としては、こうして無駄な時間を過ごしている間に食事をとればいいのに、と思わざるを得ない。にも関わらず、伊吹とマイクは連日相澤を食事に誘い、伊吹はミッドナイトにロックオンされるというのを繰り返していた。
マイクは伊吹がそうなるのが単純に面白いという理由からの悪ノリではあるが、伊吹は純粋に相澤とご飯と食べたいという想いからの誘いである。それがなんとなくわかっている相澤は『無駄』と言いつつも優しい人間であるので、冷たい態度をとりつつもどうしようか、と悩む程度には伊吹のことを気にいかけていた。
そんな伊吹はミッドナイトにエロく密着され、目を瞑ってぶるぶる震えている。ちなみに相澤はこの状態の伊吹をどうにかする気はない。なぜなら面倒だからである。
「イレイザー、どの画角がいいと思う? 可愛い後輩伊吹の初体験! こりゃムービーで残すしかねぇだろ!」
「……まぁ、ミッドナイトさんも本気でやらないだろ」
それともう一つ。ミッドナイトは伊吹をからかっているだけであって、本気でどうこうしようという気はない、というのを理解しているからだ。もし伊吹が乗り気になれば本当にどうこうするだろうが、伊吹が嫌がっているうちはどうこうしない。ミッドナイトはドSだが、ヒーローなのでそのあたりの分別はついている。
「もうイレイザー。盛り下がること言っちゃダメじゃない」
「安心してください。そいつそっち方面は初心なんで、ミッドナイトさんにその気がないってわかってても反応変わりませんよ」
「あら、なんだかんだ伊吹くんのこと理解してるのね。妬けちゃうわ」
「ミッドナイト! そろそろ伊吹が焼けちゃいそうだぜ! タコみてーに真っ赤にホットになっちまってる!」
あら、とイレイザーに向けていた視線を伊吹に戻すと、伊吹は目を瞑ったまま真っ赤になり、ウイルスに感染したのかと疑うほど体に熱を帯びていた。「やりすぎたかしら」と言いつつも特に反省することもなく伊吹から体を離すと、伊吹は膝から崩れ落ちて深呼吸を数回。
「おー伊吹。ちゃっかりミッドナイトの個性対策やってたんだな?」
「ね、眠らされたらどうしようと思って……」
「流石にそこまでしないわよ。多分」
「多分とか言うから安心できねぇんスよ!」
ミッドナイトの個性は『眠り香』。自身の肌から放たれる香りを吸い込むと吸い込んだ者は眠りに落ちてしまう。それを警戒し、伊吹は万が一にも香りを吸い込まないようにと、ギリギリのところで呼吸を制限していた。それがたまらなくミッドナイトの嗜虐心をまたも刺激するのだが、伊吹は気づいていない。
「そういやミッドナイト! 伊吹のやつA組の女子リスナーから結構な人気なんだぜ?」
「そうなの? 確かに伊吹くんモテない要素ほとんどないものね。でもダメよ? 生徒に手出しちゃ」
「出さないっスよ。そういう目で見れないっスし、そもそもそういう恋愛とかわかんねぇっスもん」
「もったいない。青春しないとダメよ?」
「さっき手ぇ出しちゃダメって言ってませんでした?」
「それはそれとして、教師と生徒の恋なんて燃えるじゃない?」
自分の体を抱きながら体をくねらせるミッドナイトから目を逸らし、「こんな青少年の教育に悪そうな人、教師でいいのか?」と今更な疑問を浮かべながら相澤の方にすすす、と近寄る。
伊吹はまだ相澤を誘うことを諦めておらず、第二回戦に移るべく「さぁ行きましょう」と言おうとしたその時だった。
警報が鳴り響き、『セキュリティ3』が突破されたというアナウンスが校内に流される。それを聞いた瞬間、先ほどまで伊吹をいじめていたミッドナイトも、それを見て爆笑していたマイクも、我関せずと仕事をしていた相澤も、そんな相澤を誘おうとしていた伊吹も表情を真面目なものに変え、一斉に動き出した。
「私は生徒の避難誘導、三人は現場へ!」
「OK! ランチとはいかなかったが、三人で行動できるな!」
「呑気なこと言うな。行くぞ」
「この場合って校内でタバコ吸っていいんスかね?」
「非常時だ、仕方ない」
相澤の許しを得た伊吹は職員室を飛び出して走りながらタバコを咥え、火をつける。そして紫煙兵を3体生み出すと、そのうちの1体に飛び乗った。
「こっちのが早いっス! 二人も!」
「ヒュー! こいつに乗んのは久しぶりだな!」
「においがつくから避けたかったんだが……」
そうも言っていられないと相澤が飛び乗り、マイクがノリノリで飛び乗ったと同時、三人は風になる。
セキュリティ3は校舎内に誰かが侵入してきた、という意味。つまり校内に敵が潜んでいる可能性もあり、伊吹は紫煙兵を次々に生み出して校舎の見回りに向かわせる。
「流石対応がスピーディ! 先輩として鼻が高いぜ!」
「ありがとうございます! もうすぐつくっスよ!」
紫煙兵に乗った三人は、校舎を飛び出してそれを目の当たりにした。
マスコミが押し寄せている、拍子抜けの光景を。
「……Huh?」
「こりゃあまた」
「……」
怒りを通り越して呆れがやってきた三人を発見したマスコミは、一斉に詰め寄った。口々に「オールマイトを!」と言うマスコミに対し、通り越していた怒りがまた湧いてきて、マイクが目で「やっちまうか?」と相澤に合図するが、相澤は「面倒なことになるからやめておけ」と首を横に振ることで応えた。
「伊吹。これの対応は俺たちでやっておくから、念のため周りを見てきてくれ。紫煙兵は連れて行っていい」
「お願いします」
相澤とマイクは紫煙兵から降りてマスコミの対応に回った。伊吹は言われた通り紫煙兵に乗り、他2体を引き連れながら空へと飛び上がる。
(マスコミは確かに拍子抜けだけど、ただのマスコミが雄英のセキュリティー突破できんのか?)
伊吹は雄英に赴任してまだ日が浅いためはっきりとはわかっていないが、普通のマスコミが雄英のセキュリティを突破できることはまずない。つまり、セキュリティの誤作動、または本当に敵がセキュリティを突破した可能性があり、後者の可能性を考えて相澤は伊吹を見回りに向かわせた。
そして、その可能性は的中した。
「おいおいこりゃあ……」
伊吹が見たのは、粉々になった雄英バリアー。それも、綺麗にその部分だけが粉々になっており、地面には焦げた跡も擦れた跡もない。
「ワリィ、お前らここ見張っておいてくれ」
伊吹は紫煙兵2体をその場に残し、急いで校舎へ飛んでいく。この事実を雄英教師陣に伝えるために。
結局。
雄英バリアー以外の被害は何もなく、食堂では警報を聞いた生徒たちを飯田が鎮め、それを見ていた緑谷が飯田を委員長に推薦するなど、平和的なことしか起きなかった。しかし、この事態を重く見た雄英教師陣はしばらく厳戒態勢で演習を行うこととなる。