虹×夢カラフルデイズ 作: 龍也/星河琉
「はぁぁぁぁぁぁ……」
ため息をつきながらトイレの個室から出た俺は、どんな感じで部室に入るかを今の今まで脳ミソフル回転でひたすら練ってみたものの、単純なやつしか思いつかない。
さて。どうしよう……正直、気まずい雰囲気で入るのは嫌だ。でもかと言って普通に入るのも違うよなぁ……うーん……触れてほしくないのが本音だけどそんな筈ないよなぁ……話したくなかったとはいえ、皆にずっと隠しておくのもアレだし、いつか話さなくちゃいけないとは思ってたけど、まさか出会って数ヶ月のこんな早い段階からその時が来るなんて誰が予想したよ。いざその時が来るとこんなに緊張するんだな……やっべ。このままだとまた腹痛が再発する。早めにケリつけねぇと。
悩みに悩んだ末に部室の前に再度立ち、意を決して俺はドアノブに手をかけ、勢いよくドアを開けて部室に入った。
「おぉぉぉぉっす!! 元気してるかい皆ァ! さぁさぁさぁさぁさァ! 今日も1日張り切って頑張っていこうぜ!? なっ!! さぁて、今日は何をしようか……」
「やめてください」
勢いで全て乗り切る作戦。ハイテンションに言葉を並べていつも通りの同好会の活動になるように仕向ける完璧(?)な作戦だと自分の中では思っていたが、どうやら優木さんの琴線に触れたようで、普段あまり見せない表情でぴしゃりと俺に一言言い放った。
「無理をしているのが見え見えです。『
「あちゃー。バレてたか。あんまり言いたくなかったんだけどな。だから今まで言わなかったのに」
「先輩……教えてください。かすみん、先輩のこと知りたいです! もっともっと知りたいんです!! だから……」
「中須……」
まぁ、聞いてくるわな。予想はついてた。同好会メンバーは全員揃ってるし、おまけに珍しく近江さんが目ぱっちりで起きてる。……話すなら今だな。
「わーったよ。話せる範囲だけ話す。皆お気付きだろうが一応。アイツは……
「やっぱり……」
アイツが俺の姉だということは皆大体察しはついていた様子。まぁ、アイツはっきり言ってたしな。本気で嫌だが俺と繋は正真正銘、血の繋がった姉弟だ。人気者と血が繋がっていようと、嬉しいとか誇らしいとか、そんなことは微塵も思わない。ってか思いたくもねぇ。
「昨日のつむぎさんと繋さんを見るに、仲は良好とは思えませんでした。つむぎさんは、繋さんのことが嫌いなんですか……?」
「ああ嫌いだよ。大っ嫌いだ。家族との縁を切りたいくらいにな!!」
心の底からムカっ腹が立つ。あん時よくもまぁのうのうと姿を見せてきたなって話だ。母親ともできることなら縁を切りたいくらいには嫌いだけど、産みの親だからか、アイツほど怒りや嫌いって感情は湧いてこない。
「つむつむ、どうしてそこまでお姉さんを嫌うの……?」
いつもは元気いっぱいの宮下でも、空気を察したのか、静かに、それでいてすごく冷静に俺に質問してきた。宮下の隣にいる天王寺はいつもと変わらず無表情だが、内心ではソワソワしているのをなんとなく感じ取った。
「簡単な話だ。俺には才能がなくて、アイツにはあった。その才能で、アイツは小さい頃から芸能界で持て囃されて、歌が上手いもんだからすぐに有名になった」
100点満点と99点との差は1点じゃないみたいな話を昔聞いたことがある。それはまさしくその通り。死ぬ程痛感したわ。まぁ、アイツの才能は100点満点なのに120点を取ってしまうような類稀で、あまりにもずば抜けたモンだったが。
「けど、俺は何をしてもアイツには追いつけなかった。歌も、ピアノも。何もかも。出来が良すぎる姉と、出来が悪い俺はいっつも引き合いに出されて比べられた。終いにゃ、母親にさえも」
「そんな……」
桜坂は口を手で覆うほどに驚いていた。それ以外の人達も……反応は似たような感じだ。歩夢は全部知ってるから、重ねた両手を震わせながら、無言で俯いていた。
「嘘だと思うだろ? 桜坂。残念ながらホントの話だ。なんなら、それがどんどんエスカレートしていって、俺は母親から『出来損ない』だの『要らない』だの、色々言われるようになった。極めつけは、父親が家を出ていった直後に言われた、『生まれてこなきゃよかったのに』って言葉だ。思い出すだけで虫唾が走るよ」
「……歩夢さん、嘘ですよね……? 親御さんがつむぎさんに、そんな酷い言葉を……っ」
ただ黙って俺の話を聞いていた優木さんが堪えられずに歩夢に真偽を確かめる。俺は頭を掻きながら、歩夢に目配せでフォローするよう合図を送ったら、すぐに頷いてくれた。
「本当だよ……
「歩夢は全部知ってるぜ? 俺の今までの事ぜーんぶ。うんざりするくらい比べられて、蔑まれて、俺は実の親から生きることまで否定された。なのにアイツは、母親から愛された。芸能活動で稼いだ金を家に入れてたから俺との扱いは天と地ほど違った」
そう。天と地ほど。決して誇張した表現じゃない。形容するならこの言葉が最も適している。アイツには気色悪い猫撫で声で毎日毎日褒めちぎるばかり。対して俺にはひどく冷たい視線。冷たい言葉。それが当時の俺に深く心に突き刺さった。歩夢がいてくれなかったら、俺はとっくのとうにこの世にいなかったかもしれない。
「アイツが有名になっていく度に……何も無い俺はどんどん惨めになっていった。姉に才能があるってだけで、何で俺はただ生きてるだけでこんなに後ろめたいって気持ちを味わわなくちゃいけねぇんだよって。自分を、母親を……姉を呪ったよ。アイツのせいで、俺が俺として生きられなくなった」
中等部のクラスメイトや周りには心配されたくなかったからバカみたいに明るい性格で取り繕って生活していた。学校が終われば素に戻り、『本当の俺』になる。ずっと歩夢にくっついて……泣いていた。そんな日々が3年も続いた。来る日も来る日も明るい自分と暗い自分を使い分けた。そしたらいつのまにか、どっちが『本当の俺』なのかわからなくなっちまった。惨めで弱くて暗い、泣いてばかりの俺か、周りから馬鹿げてると言われるくらいの明るい俺か。
今はもう、涙なんて出やしない。そうなったのは……心の底じゃ何もかもどうでもよくなって、自棄になって、全てに期待しなくなったから、かな。上手く笑えなくなったのも、どれだけ悲しくても涙すら流せなくなったのも、期待することを拒んでるからだ。感情っていう、人として1番欠けちゃいけないモンを失くしてしまったんだと今になって気付くことになった。
「だからアイツを『姉』だとは思いたくなかった。それを知られて、比べられるのが嫌で皆に隠してたんだ。ごめん」
皆はそんなことしないと信じたかった。けどもしかしたら……って思うと、怖かった。歩夢以外の身近にいる人でさえ信じようにも信じられない、疑心暗鬼を拗らせたクソ野郎。そういう印象をもたれても何も言い訳できない。
「同好会に入ったのは……皆の役に立ちたいってのと、『居場所が欲しかった』ってのもあった。誰かに必要とされたかったんだわ、俺」
ただ、欲しかった。自分が安らげる居場所。誰かの為に頑張れる居場所を。そうすれば、よっぽどのヘマをしない限り「要らない」とは言われない。「出来損ない」と言われるのも限りなく無いに等しい。だから同好会に入った。自分は単なるサポートだし、自分のことはしばらくは話さなくてもいいと高を括っていたらこのザマだ。
話せる範囲だけ話すとか言っといて、結局全部ゲロっちまったよ。部室はもう完全なるお通夜ムード。そりゃそうだ。こうなるのもわかってたから話したくなかったんだよ……。
「……はい。皆が知りたいって話は多分もう話し切ったぞ。だからこれでこの話は終わり。聞いた側はもちろん、話す側も胸糞悪いからな、終わりでいいよね? うん。おしま……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
半ば無理やり話を終わらせようとしたところに、中須が沈黙を破った。
「先輩がお姉さんのことを隠してたのは、かすみん達がそんなコトする人だって思ったからですか……? 最初から……信じてなかったんですか?」
……的確に痛ぇとこついてきたな。ンな訳あるかい! と言いたいのは山々だけど、さっき話したことを純粋に受け取ったら、そう感じるのはごく自然で当たり前のことだ。でも俺は皆を信じてた。皆凄くて、夢を持ってて、それで信じて……って待てよ? それはあくまで皆のポテンシャルだろ? ……もしかして、俺が信じてたのは……言える訳ねぇ。絶対に。俺は信じてる! 信じてるんだ! そう心の中で連呼しながら、動揺で荒くなる呼吸を整え、言葉を絞り出した。
「いや、信じてなかった訳じゃ……」
「嘘ですっ!!」
静まり返っていた部室に、中須の怒号が響き渡る。それが俺の耳に入った瞬間に、中須が俺の胸倉をぎゅっと強く掴んだ。
「本当に信じてるって言うなら、どうして話してくれなかったんですか!? どうしてかすみんに何も言ってくれなかったんですかっ!?」
「それは……」
ぐうの音も出なかった。信じてるんなら、話せたかもしれない……? いや、だとしても……ああ、そういう言い訳を使って逃げようとしてる時点で俺、信じきれてなかったんだな。中須のこの怒り方が全てを表してる。胸倉を掴む力が弱まり、俺は中須に突き飛ばされ、後ずさった。そこから聞こえた声は、中須とは思えないくらいの低く、冷たい声音だった。
「結局、先輩は信じてなかったんですね。自分のことも。かすみんのことも」
「へ……? ちがっ……中須、俺はっ……」
「……自分すら信じられないような人が、他の人を信じられる訳ないじゃないですか!!」
自分すら信じられない。たった一言なのに、俺の今の気持ちにトドメをさすには充分すぎる言葉だった。痛くて、それでいてひどく苦しい。
「かすみんは……ずっと信じてたのに。裏切られた気分です。何が『役に立ちたい』ですか。独りよがりもいい加減にしてください」
「かすみさん、そんな言い方……」
「っていうか、役に立ちたいも嘘だったんじゃないですか? 本当は、そんなこと少しも思ってなかったんじゃないですか?」
「かすみさんっ! いい加減に……」
「桜坂、いいよ。中須の言うことは正しい」
「つむぎさん……」
ズキズキと走る胸の痛みに耐えつつ桜坂を宥めて、俺は中須に伝えなきゃいけないことを伝える決心をした。
「たしかにそうだよな。俺みたいな奴が言うこと、嘘臭く聞こえても仕方ないよな」
「……っ」
「けど、役に立ちたい、皆の為になりたいっていうのは本当だ。皆が楽しく活動できるようにしたかった。俺は……皆が笑っていてくれたら、それで良かった。だから……」
「もういいです」
「え?」
「それ以上、聞きたくありません。先輩のこと、今は信じられないです。出てってください」
「ちょっ、中須……」
決して嘘ではない、心からの本音を伝えたら、さっきよりも怒りを露わにした中須にドア付近まで追いやられる。
「……出てってください」
「中須っ! 俺はお前をっ……」
「出てってください!! かすみん達を信用しない先輩なんか……大っ嫌いです! 顔も見たくありません!! 先輩のばかっ!!」
「うわっ! おいっ……マジか。マジで追い出された……」
中須に色々と刺さる言葉を浴びせられながら、俺は部室の外に閉め出された。おそらくまた中に入ろうとしても追い出されるだけだな。あー、マズった……俺もう同好会に居られないかもしんねぇな。全部俺が悪い。追い出される直前に中須の顔を見た瞬間、全てを察した。
「……泣かしちまった」
口ではあれだけ言いつつも、実際は1番させたくなかったことを、1番最悪な形でさせてしまった。その信じたくない事実から目を背ける為、逃げるようにその場から離れた。