虹×夢カラフルデイズ   作: 龍也/星河琉

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第13話 守りたい繋がり

 夜の暗がりから明るさが徐々に戻り、雀の鳴き声が聞こえてくる朝。俺は結局あれから一睡もできず、寒気はだいぶ治まってきたものの、今度は倦怠感が悪化したのと同時に身体がめちゃ熱い。ベッドから出ると、背中が汗でぐっしょりと濡れていた。夢を見ていた訳でもないのに、ずっと悪夢にうなされていた気分だ。

 

 寝巻きと下着を脱ぎ、リビングにある体温計で体温を計る。数秒後に音が鳴り、液晶に映し出された数値を見ると、思わずため息が漏れた。38.7℃。微熱を大幅に超えた、まごう事なき体調不良。

 

 ホント、嫌なことってこうも立て続けに起きるもんなんだな。どんどん負の連鎖が加速してくよ。こんなに熱がある状態では学校に行けないし、そもそも学校に行く気力すら湧かないほどに倦怠感が酷い。とりあえず学校に連絡し、担任に『熱があるので今日は休む』と伝え、その次はいつも一緒に登校する歩夢に同じ内容をメッセージで伝えた。

 

 久しぶりに割とヤバめの体調不良になり、進級して初めて学校を休むことになった。4月から今までずっと皆勤賞だったのに。考えられる原因は1つ。土砂降りの雨を浴びて帰ってきて、歩夢が来るまでずっとそのままの状態だったからだろう。予言的中。まじで体調崩れたわ。これはもう完全なる自業自得。自分の体調管理すらまともにできなくなってきている。弱すぎる。心どころか体も弱かったのか、俺。呆れしか出てこねぇ……。

 

 

 

 

 歯を磨いてコップ1杯の水を飲み、俺は再び自室の布団に潜った。熱が出たんならもうしょうがない。安静にして治すだけだ。たしか家に薬ないはずだし。ひたすら寝て身体が回復するのを待とう。

 

 しばらく天井を見上げていたところ、スマホから通知音が鳴ったので開くと、歩夢から何件かメッセージが来ていた。最後のメッセージには『お大事にね』と書かれていた。その一言だけでだいぶ心が救われる。1人暮らしで体調崩すと基本的に看病してくれる人はいないので若干寂しい。まぁ、母親は余程じゃないと看病してくれなかったし、薬を飲めとしか言われなかったんだけども。

 

 スマホを消灯させながら、ふと一昨日言われた歩夢の言葉を思い出した。

 

(つむ)ちゃんが体調崩したら、皆心配するんだから!』

 

 ……どうだか。一昨日シャワー浴びてた時もそこんとこ疑心暗鬼だったんだよな。多分だけど、歩夢は本気で心配してくれるとは思う。でも他の同好会の人達はどうだろう。俺がいなくても同好会の活動には支障をきたさないだろうし、心配する人はいなさそう。もしかしたら、『来てほしくない』って思われてたりして。……当たり前だ。皆を信用できてなかったって奴、同好会に来てほしくはないだろうし、きっといてほしくもないだろう。

 

 あーあ。もし同好会の人達からそう思われてるんだったら、俺何の為に生きてるんだろ。やりたいこともなく、夢もなく、初めてできた居場所さえも無くなってしまいそうで。俺はこんなこと望んでなかったのに。役に立ちたくて、夢を見つけたくて、皆の近くにいたいってだけだったのに。なのにぜーんぶ俺自身の行いで台無しにしてるじゃねぇか。ただただ惨めで虚しくて、1ミリの価値もない話だ。笑いたきゃ盛大に笑ってくれ。母親なら大爆笑間違いなしだろうなぁ。なんか、俺の人生って何の面白味もないな。自分で成し遂げたモンが1つくらいあったらちょっとは変わった、のか? 

 

 あー、だんだん意識が遠のいてきた。さっきまで鮮明に浮かんでた皆の顔がどんどん薄れていく。実際もこういうふうに、失っていくのかな。どんどん自分の周りから人が離れていって、消えていく。1番嫌だったことが、最早現実の事になろうとしている。皆、ごめん。皆を信じられなくて……皆のこと裏切って……ごめ、ん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 額に伝わるひんやりとした冷たさで、俺の意識は覚醒した。勢いよく起き上がると、タオルが布団の上に落ちた。触れると冷たく、湿っていた。スマホを開いて時間を確認すると、時刻は午後17時45分と表示されている。意識が遠のいてから1回も目ぇ覚めずに夕方までずっと寝てたのか、俺……。あとこのタオル、自分でかけた覚えはない。となると……。

 

「歩夢か……?」

 

 歩夢には合鍵を預けてあるし、普通に家に入れるから学校が終わって帰ってきた時にこれを額に乗せてくれたのかもしれない。おかげで起きてた時よりだいぶ身体が楽になってる。ん? 待てよ? 今まだ6時前だろ? 同好会は普通6時に終わる。今日も活動がある筈だから6時前に来るのはあり得ない。いやでも、考えられるのは歩夢しかいない。そう思い、急いでベッドから出てリビングに向かおうと部屋のドアを開けた。

 

 ドアを開けて廊下に出た時、普段嗅ぎ慣れない匂いがした。俺の語彙では形容しづらい、清涼感や優しさを感じる匂い。

 

「この匂い、香水……?」

 

 トイレの清涼剤や普段使ってる消臭剤とは明らかに違う為、香水の匂いだと認識した。普段俺は香水をつけないし、これを歩夢が使っているとも思えない。でもその香りは、どこか懐かしかった。そんでもって、俺は直近でこの匂いを嗅いだ覚えがあった。あの時、『アイツ』が近付いてきた時に仄かに香ったソレと、似てるような気がした。

 

「……っ! まさかッ!!」

 

 小走りでリビングに入ると、心底会いたくなかった、大嫌いな筈の奴が、ソファに座ってファッション雑誌を読んでいた。

 

「あら、起きたのね。おはようつむぎ。よく眠れた?」

 

「つ……(つなぎ)……」

 

 開いていた雑誌をパタンと閉じ、ソイツは静かに立ち上がった。

 

「アンタ、何で家に来てんだよ」

 

「良いでしょ。元はここに住んでたんだし。紡が体調崩したって聞いて、仕事を片付けて大急ぎでここに来たのよ。ちょっとは感謝してほしいわね」

 

「は!? それ、誰から聞いたんだよ!?」

 

「さぁ? 誰でしょうね。そんなことよりつむぎ。駄目じゃない制服脱ぎっぱなしにしたら。ちゃんとハンガーにかけなきゃシワになるでしょう? キッチンを見る限り、ほとんどカップ麺や冷食ばかり食べてるわよね? たまにはちゃんと作らないと。あ、それから……」

 

「待てや!! 何で今更テメェに説教されなきゃいけねぇんだよ!?」

 

 いきなり私生活に対して口うるさい指摘をされたので思わず遮ってしまった。それにこいつ、何でいっつもいきなり俺の目の前に現れるんだよ……。

 

「つむぎが心配だからに決まってるでしょう? 1人暮らしだから家事をきちんとやってるか不安だったしね。案の定、偏った食生活で体調崩しちゃってるじゃない。あと目の下にあるそのクマ。夜更かしばかりしてるんじゃないの?」

 

「まぁちょいと研究するモンがあるんでな。っていうか、心配だからとかよくそんな嘘平気でつけるよな」

 

「嘘じゃないわよ。私はいつもつむぎのことを考えていたのに……」

 

「だからそれが嘘臭ぇんだよ!! アンタ……どうせ俺のこと見下してたんだろ? アンタが優越感を感じるのに最適な相手は俺だからな! 良かったな、俺が『出来損ない』の弟でよ!!」

 

「やめて」

 

「は?」

 

「自分で自分を出来損ないと卑下するのはやめて。この前つむぎにその言葉を言ったことは謝るわ。でもあれは嘘。つむぎがまだ『あの人』の呪縛に囚われているか確かめたかっただけなの。私は1度も、つむぎを見下したことなんて無い」

 

 嘘? 呪縛? いまいち話が飲み込めないんだけど。近江さんの言う通り、本心じゃなかったってことなのか……? 

 

「つむぎは何か勘違いをしてるわね。『あの人』のせいでしばらく見ないうちに疑心暗鬼が酷くなってる。忌々しい……呪い殺してやろうかしらあの女」

 

「さっきから繋の言うあの人って、母さんのことだよな? 何でアンタが……」

 

「それを話す前に、夕飯にしましょう? つむぎ、昨日から何も食べてないみたいだし」

 

「え、いや俺別に腹減ってねぇし、食欲もな……」

 

 今から飯を食う気分にはなれなかったし、適当に誤魔化そうとしたら盛大に腹の虫が鳴った。

 

「……うふふっ。体の方は正直ね。つむぎと違って」

 

「うるせぇよ……」

 

「はいはい。すぐ準備するからそこで待ってて」

 

 不本意ながら俺は言われるがままにソファに座って待つことにした。最初はいらないと拒否して部屋に戻ろうとしたら、『言う通りにしないと話さない』と脅されたので逆らえない。ちらっと目をやると、繋はキッチンでせっせと何かを作っていた。1人暮らしして長いからか、慣れた動作で飯を準備している。

 

 まさかアイツから心配だからって言われるとは思わなんだ。同好会の人達じゃなくて、嫌いな姉から言われるのはどうにも釈然としない。しかもアイツの言葉、何か不可解だ。繋が家にいるうちに全部聞き出すか。

 

「できたわよ、つむぎ」

 

 色々あれこれ考えてるうちに、目の前にあるテーブルに雑炊と麦茶が乗ったお盆が置かれた。

 

「さ、食べて。お腹空いてるでしょ?」

 

「お、おう……」

 

 なんか調子狂うなぁ……嫌いな奴が俺のすぐ近くにいるし、そいつが俺の為に飯を作ってくれるってどんなミステリーだよ。変なモンが入っていないか念入りに見た目をチェックし、レンゲで一口雑炊を掬って、恐る恐る口に運んだ。その後、立て続けに二口、三口と食べ進めた。

 

「どう?」

 

「認めたくねぇ……」

 

「と、いうことは?」

 

「……美味い」

 

「良かった。ここに薬置いておくから、食べ終わったら飲んで」

 

「用意周到すぎて怖ぇよアンタ」

 

「当たり前でしょ。つむぎを看病しに来たんだから」

 

「……ちっ」

 

 久方ぶりに食べた手料理は、とても優しい味がした。繋は俺が雑炊を食べている間、向かいで雑誌を読んで待っている。今まで家に帰ってきてこなかったくせに。どうして体調崩した時に来るんだよ。今更姉ちゃんみたいなことしてくんじゃねぇよ……この、バカ姉貴が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「繋。俺に何か話したいことがあるんじゃなかったか?」

 

 雑炊を食べ終えて薬を飲み、数分経ったところに俺は単刀直入に繋に聞いた。あれだけ寝たからか、身体は軽く、熱も下がってきているのを感じた。話を聞ける体調だ。

 

「ええ。伝えたいことが山ほどあるわ。全てのことに片がついたから。母親のこととか、色々ね」

 

「……それも、聞いた方が良いやつか?」

 

「もちろんよ。とっても大事な話。つむぎが心から人を信用できるようになる為にも、ね」

 

「なっ!? その話……まさかアンタ……」

 

「そのまさか。聞いたわよ、全部。つむぎが所属してる同好会のこと。かすみちゃん? って子からひどく怒られたみたいじゃない」

 

「そこまで筒抜けてんのかよ……」

 

 繋にここまで情報流してる奴も気になる。同好会の誰かってことは確かだが……思い当たる人はいねぇぞ……? 

 

「いつかこうなるんじゃないかって思ってたわ。つむぎは自分も、他人も信じられていないもの。そんな状態で、良い人間関係なんて作れる訳がない」

 

「誰のせいでこうなったと思ってる……母親と、アンタのせいだ。アンタの才能が……俺への罵詈雑言に繋がった。アンタが俺と同じレベルでいれば、俺はあの人から何年も苦しめられずに済んだんだ! 大切な人達にさえ疑り深くならずに済んだんだよォッ!!」

 

 握り拳で激しくテーブルを殴打しながら、眼前の姉に怒りをぶつけた。自分のせいだということも死ぬほどわかってる。だが、自分がずっと恨み続けてきた相手が他人事のような口調であんなこと言ってきたら、堪えられなかった。怒りを抑えることがどうしてもできなかった。

 

「わかってるわ。何年も辛い思いをさせてしまったわね。ごめんなさい。謝って許されることではないのもわかってる。だから私が責任を取る。その為に今まで生きてきたから。守りたかったものの為に」

 

「……責任だと?」

 

 全然話がピンとこない。守りたかったものってなんだ? 自分の地位か? 名誉か? 

 

「つむぎ、落ち着いて聞いて。今までは本当にごめんなさい。でももう大丈夫」

 

 繋は俺に深く頭を下げた後に、真剣な表情で俺にそう言い聞かせた。

 

「これからは……私がつむぎの『保護者』よ」

 

 

 ソイツは、いとも簡単にそう告げた。

 

 

 

 




全てはひとつに繋がってる





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