虹×夢カラフルデイズ   作: 龍也/星河琉

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第14話 繋の真意

 唐突に放たれた(つなぎ)の発言に、開いた口が塞がらなかった。どういうことだ? 保護者? え? 繋が? まじでどゆこと……? 

 

「いや、言ってる意味がよくわからないんだけど」

 

「これからは私がつむぎの『保護者』よ」

 

「誰が復唱しろって言ったよ!? 話が突拍子すぎて理解が追いついてねぇんだわ!! 詳しく説明してくれ! 保護者って、どういうことだよ!?」

 

 声を荒げながら俺は繋に問う。俺が納得いくまで、何から何まで全部答えてもらうぞ。

 

「これが、つむぎを『あの人』と遠ざける為の最善の方法だった。少々強引だったけれど、計画は無事に成功した。つむぎに何も被害を出さずにね」

 

「計画?」

 

「そう。ずっと前から企てていたことよ。つむぎが『あの人』から酷い言葉を浴びせられたあの日から。母親に報復することを決めたの」

 

「何でだよ? アンタ、母親と仲良かったんじゃないのかよ」

 

「見せかけよ。『あの人』の前では良い子を演じていたに過ぎない。本当は心の底から大っ嫌いよ。つむぎへの態度を変えた時から、ずっと憎んでいたわ」

 

 ちょっと待て。こいつは、俺が母親に罵声を浴びせられてたことを分かっていた……? そうだあん時、俺のトラウマを抉る言葉を知ってた。震える右手を押さえながら、繋にあの日聞けなかった真実を確かめた。

 

「……知ってたのか? 俺と全然風当たりが違うこと」

 

「知ってたわよ。お姉ちゃんだもの、弟のことをよく見るのは当たり前でしょ?」

 

 そうかよ。知ってたのかよ。だったら何で何も言ってくれなかった。何で放っておいた。

 

「知ってたならどうして……止めてくれなかったんだ」

 

「止めても私がいる前ではやらなくなるだけ。根本的な解決にはならない。だから、根本的に解決する為の策を練った。私が二十歳(はたち)になってからいつでも実行できるように。確実に、綿密にね」

 

「一体……何をしたんだ?」

 

 俺がそう聞くと、繋は一拍置いた後に口を開いた。

 

「つむぎへの罵詈雑言を録音したレコーダーを警察に提出して、『あの人』を逮捕させたの。長いことデータを溜めていたお陰で、証拠充分ですぐに警察の方が動いてくれたわ」

 

「……は? 逮捕……?」

 

「驚くのも無理ないわよね。でもあの人が悪いのよ。つむぎを何年も苦しませ続けた挙句、今でも私とつむぎを比較して、『繋さえいればそれでいい』と宣った。つむぎに対しての態度を改めていれば、警察に突き出したりはしなかったのに」

 

 あの人が……母親が逮捕された……? 嘘だろ。しかもあの人にとっての実の娘が引き金になって? そんなことあり得んのか? 流石に嘘だと思い繋の顔を見るが、嘘をついているような表情にはとても見えなかった。こいつ、本気であの人を……。

 

「今、あの人はどうしてる」

 

「東京から離れた場所にある刑務所にいる。懲役刑でしばらくはあそこから出られないでしょうね。それに出たところで、もう私達と会うことはできない。これがあるからね」

 

 繋はそう言いながら、鞄から茶色い封筒を取り出し、中に入っている1枚の紙を俺に見せた。何やら小難しい単語がたくさん書かれている。

 

「それは?」

 

「誓約書よ。今後一切、私とつむぎと関わらないって誓いが書かれている。本人のサインと捺印もとったから、破れば警察沙汰にすることだってできる」

 

「そこまでするのかよ……」

 

 ずっとこうする為、しかもそれをすぐできるようにしてたんなら、たしかに繋の言う通り綿密な計画だ。やってることは死ぬ程恐ろしいが。突然のことでどうにも頭がパンクしそうだが、要はもう母親と会う必要はないってことだよな。

 

「やるからには徹底的にやる。それが私のモットーだから。それだけじゃない。私は弁護士をたてて、『つむぎの親権を母親から姉に移す』裁判を起こした。無事に勝訴してその権利を手に入れることができた」

 

 裁判……普段まったく聞かない単語が次々出てくる。弁護士たてるにはけっこうな額が必要だって聞いたことがあるが、あんだけ色んなとこで引っ張りだこなんだ。弁護士たてれるくらいに金は潤沢にあるんだろう。でも、ひとつの疑問が頭に浮かんだ。

 

「姉が親代わりになるって、ンなことできんのか?」

 

「厳密に言うと、親権は母親と父親しか持つことができないの。けれど、兄や姉が成人していて、且つ弟もしくは妹が未成年である場合、裁判での許可で親権者と同等の保護管理責任を負うことができる……そういう法律よ」

 

 マジでこれでもかってくらい徹底してやがるな……法律の事まで調べ尽くしてる。説明通りなら、さっきこいつが言ってた『二十歳になってから』ってのも辻褄が合う。

 

「……だから繋が成人してる必要があったのか」

 

「そういうこと。理解が早くて助かるわ」

 

 繋は柔らかな笑みを浮かべながら俺にそう言った。初めて聞くばかりの事実。初めて聞かされる繋の真意。何で繋がここまでしたのか。母親との繋がりを断ち切ってまで、こんだけの行動を起こしたのは……薄々わかってきてはいたが、それでも確かめざるを得なかった。

 

「繋が今まで芸能活動してきたのは……超が付くくらい有名になって、金を稼いでたのはっ……」

 

「他でもない。つむぎ、あなたの為よ」

 

 淡々と告げられたその事実に俺は喉を鳴らした。俺が目を背けていた時に、嫌っている間に、こいつはずっと俺の為に計画を練って、行動して。実の親を警察に突き出したり、家族との縁を切ったり。そんなこと、並大抵の覚悟じゃできることじゃない。それをやったのは、全部俺の為。俺なんかの為に、産みの親であるあの人を売った。母親が憎かったのに、いざ捕まったと聞くと血の気が引いた。数分の沈黙があった後、再度繋がゆっくりと話し出した。

 

「私はずっと欲しかった。つむぎを満足に養えるお金が。お金があれば選択肢が増える。やりようによっては、親とだって無縁でいられる。私の本当の夢は、歌手として偉業を成し遂げることじゃない。つむぎを……つむぎの笑顔を守ることだった」

 

 そんなことの為に……アンタはここまでできるのかよ。俺にそんな価値あるのかな。そんだけのことをする価値が、俺に……。

 

「二十歳になるまで、つむぎへの罪悪感で押し潰されそうだった。いくら周りから褒められようと、歌手やモデルとして有名になっても、未成年である限り大切な弟1人すら救えない。仕事上、姉として当たり前のことができない分、つむぎの為にできることをなんだってやる。そんな思いでずっと生きてきた」

 

 その言葉に俺は聞き覚えがあった。あの時、姉とは何かを近江さんに聞いた時に言われた言葉を思い出す。

 

『お姉ちゃんって、妹や弟の為なら、なんだってできちゃうもんだよ〜?』

 

 嘘じゃなかった。近江さんの言う通り、目の前にいる俺の姉は、姉としての覚悟をちゃんと持ち合わせていた。俺は守られていた。何もしてくれなかったと不幸を他人の所為にした。血の繋がった姉にずっと不遜な態度をとり続けた自分がもの凄く浅はかで、馬鹿みたいに思えてきた。

 

「俺、ずっと目を背けてた。繋が大嫌いだって、向き合うことから逃げてたんだ。繋の言う通り、俺は何も知らなかった。知らないくせに、俺は……」

 

「当然よ。私が何も言わなかったもの。全てが終わった時につむぎに伝えると決めていたから。パパの協力もあってスムーズに計画を進められて、予定より早くこの事を伝えることができたわ」

 

「えっ……? 父さんと連絡取ってたのか!?」

 

 予想外だった。繋から父親の話題が出てくるなんて。父親が家を出て行って以来、俺はもう何年も彼と話していない。今どうしているのかさえもわからず、ずっと心配で不安だった。

 

「ええ。パパが家を出て行った理由も聞けた。パパが稼いだお金が、私にばかり優先的に使われるのが嫌で、離婚を決めたそうよ。独り身になって、つむぎの学費や授業費をずっと稼いでくれていた。今度パパに会った方が良いかもね。私が話を通しておく」

 

「父さん……」

 

 父親まで、姉と一緒で俺の為に行動してくれていた。補足として、俺の銀行口座に振り込まれるお金が急に増えたのは、繋と父さんが振込主になったかららしい。父さんは離婚してから仕事も私生活もすこぶる順調で、全ての件にケリが着いたら俺に会うと決めていたんだそう。

 

 別居して姿が見えない筈の母親や、直接目には見えない罵声という名の暴力に今の今までずっと脅かされていた。けど、自分の目には見えていないものに、俺は救われていたんだということを知った。

 

「これでつむぎを縛るものは何も無い。もうあの人に怯えなくていい。人に対して疑心暗鬼になる必要もない。自分が見えていたものだけが全てだと思わないで。ちゃんと人を信じて、信じられて、一生に1度の高校生活を楽しんでほしい。私は、つむぎが自分らしく生きていてくれればそれだけで嬉しいの」

 

「全部、嘘じゃなかったんだな」

 

 もう、疑う余地はない。全部真実だ。というか、繋は元から嘘を吐くのが下手だったな。必ずどこかしら態度に表れる。もしかしたら、あん時辛そうな表情してたのも本当かもな。近江さん、びっくりするくらいちゃんと人を見てるわ。

 

「嘘をついたとしたら、この前つむぎに言った言葉達ね。こうでもしないと、私の話をまともに聞いてくれないと考えていたから。私に興味を向かせる為とはいえ、本当に酷いことをしたわ。……ごめんね」

 

「いいよ。アンタの今までの話を聞かされて、それで怒れるほど俺は野暮じゃねぇ。にわかには信じられない話だけど、全部本当の話なんだよな?」

 

 念の為改めて確認すると、繋は静かに頷いた。

 

「……そっか。色々、ありがとうな」

 

「人として、姉として当たり前のことをしただけよ。少しは私も、『果林ちゃん』のようになれたかしら?」

 

「へ?」

 

「ん? どうしたの?」

 

 今、ものすごーく聞き覚えのある人の名前が出たような……? 

 

「もしかして『果林ちゃん』って、朝香さんのこと、か?」

 

「そうよ。1度モデル業の現場で一緒になったことがあって、そこから仲良くなったの。今でもメッセージで交流があるわ」

 

「じゃあ……同好会のことを繋に教えてたのは……?」

 

 俺は恐る恐る聞くと、即座に答えが返ってきた。

 

「果林ちゃんよ」

 

「先に言えや!! 何でそんな大事なこと黙ってたんだよ!?」

 

「え、黙ってた方がサプライズになるかなって……」

 

「ほんとにサプライズだよ!! 朝香さんから何も聞いてねぇぞ!?」

 

「口止めしてたんだから聞いてないのが普通よ。果林ちゃんが虹ヶ咲の生徒だって聞いて、もし私の弟に会うことがあったら力になってほしいと伝えていたの。果林ちゃんが入部した同好会につむぎがいたと聞いた時はさすがにびっくりしたわ」

 

「でしょうね!! 何か最近妙に親切だったのそういうことだったのかよ!! 変な気ぃ回しおってあの先輩はァ……」

 

 溜息を吐きながら俺は頭を抱える。よくよく考えたらあの人、初対面から割と友好的に接してくれていたような……? あぁー、全てに合点がいった。そういうことか。アレはそういうことだったのかぁ……。

 

「果林ちゃんも、同好会でつむぎを心から信じてたと言っていた。それに応えるのが、後輩の役目なんじゃない? 他の人達も、きっと果林ちゃんと同じ気持ちの筈よ」

 

「……俺は皆を裏切った。皆信じてくれたのに、俺は信じられてなかった。そんな奴が、今更どのツラ下げて……」

 

「大丈夫。つむぎなら絶対、大丈夫だから」

 

「根拠の無ぇ自信だな。何でだ? 何でそう言い切れる?」

 

 歩夢もよく大丈夫と言うが、一体何の根拠があってそう言うんだろう。俺にはわからなかった。無責任に大丈夫と言われるのはなかなかに辛いからな。

 

「たしかに論理的な根拠を持ち合わせてはいないけれど……強いて言うなら、つむぎを信じてるから、かしらね」

 

「はぁ? 意味わかんねぇよ」

 

「なんというか、つむぎは難しく考え過ぎる節があるわ。信用や信頼に関しては特に。人って、実はものすごく単純なのよ。目に見えるものを信じて、目に見えないものを疑う。誰だってそう。でも、そんなこと一々気にしてたらキリがない。だから人は、信じたいものを信じて、信じたくないものからは目を逸らす。その信じたいって気持ちは、紛れもない当人の本心よ」

 

「本心……」

 

 じゃあ同好会の人達……中須や朝香さんは本心で俺を……。

 

「きっと皆待ってるわよ。つむぎが心を開くのを。根拠は無い。信じたいから信じる。人間関係ってそういうものよ。信頼が途切れたからって終わりじゃない。糸と同じで、途切れたのなら何度でも紡げばいい。つむぎならそれができるって、私は信じてる」

 

「皆に、何て言えばいいかな……」

 

「皆本心で向き合ってくれるだろうから、つむぎも全身全霊、本心で向き合いなさい。自分の気持ちをちゃんと伝えるの。気持ちを言葉にするのは怖いわよね。けれど、一歩踏み出してみて。自分が変われば皆も変わる。辛いだろうけど、良い事もたくさんあるわよ。『苦尽甘来(くじんかんらい)』が待ってるわ」

 

「俺は信じたい。信じてみたい。繋が俺を信じてくれたみたいに、俺だって……!」

 

 姉のこと、父のこと、母のこと。全部知れた。繋が抱えてたモンも、父さんの想いも。もう、逃げない。逃げたくない。ここで逃げたら、繋がしてくれたことが無駄になる。応えなきゃ。皆になんて言われるかわからないけど、気持ちを伝えたい。まだ皆と夢を追い続けたい。その為に俺がすべきことはただ1つ。『信じる』。ただ、それだけだ。

 

「たとえどんな結果になっても、私はずっと、つむぎを愛してる。それを忘れないで」

 

「……ふっ。超有名アーティスト兼モデルにそう言われるなんて、光栄だね」

 

「つむぎにそう言われるのはむず痒いわね。あら、もうこんな時間。明日の仕事があるから、帰らなくちゃ」

 

「もう行くのかよ。泊まっていかないのか?」

 

「そうしたいのは山々だけど、ここは事務所から少し遠いの」

 

「そうなんだ、じゃあしゃあない」

 

 繋はコートを着てリビングから出たので、俺も着いて行き、玄関まで見送ることにした。

 

「一応明日も休むように学校に連絡しておいたから。しっかり休んで、また学校へ行くのよ」

 

「随分とまぁ過保護なこって。まぁ、いいや。繋」

 

「なあに?」

 

「……ありがとう」

 

 なんだか照れ臭くて、その一言を言うので精一杯だった。繋は一瞬意表を突かれたような顔をした後、嬉しそうに笑った。

 

「本当にそう思うなら、リビングにあった『鬼殺のツルギ』のDVDを見ることね。私が主題歌を歌ってるから。それじゃあ、健闘を祈るわ。じゃあね、つむぎ」

 

 最後に怒涛の宣伝をかまして繋は家を出た。

 

「最後の最後まで歪みねぇなアイツ……」

 

 でも、営業スマイルじゃないほんとの繋の笑顔は久しぶりに見れた。再会してからようやくああやって笑ってくれた気がする。繋の笑ったあの顔が、しばらく脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

 

 

 

 

 




あなたをずっと愛してる




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