虹×夢カラフルデイズ 作: 龍也/星河琉
屋上の戸を開けると曇天の空の下、優木さんと中須が待っていた。優木さんがいるのは当然として、まさか中須までいるとは。同好会部長と次期部長コンビ……ってことか?
「優木さん。それに、中須も……」
「お待ちしていました。つむぎさん」
嬉しそうな、それでいて何か言いたそうな表情でゆっくりと近付いてきた。
「よく俺が学校に来てるってわかったな」
「歩夢さんが教えてくれました。風邪、治ったようで良かったです」
「さんきゅー。……って、そんな世間話しに来たんじゃねぇんだわ! 俺、優木さんや中須に伝えなくちゃいけないことがあってここに来たんだ」
あっぶね。いつもみたいな感じで雑談が始まるところだった。それは今日はナシだ。もっと他に言うべきことがたっくさんあるからな。
「それは私達も同じです。私は……悩んだり、苦しんでいるつむぎさんを見たくありません。つむぎさんが辛そうな顔をしていると、胸が痛みます。だから……つむぎさんの力になりたいです!」
「こないだは、ひどいこと言ってごめんなさい。でも、つむぎ先輩とどう接すればいいのかわからないんです。先輩がどうしたいのかが……聞きたいですっ」
2人揃ってお人好しが過ぎる……何でこんなに優しく接してくるんだよ……。
「俺も、接し方をどうすればいいのかわかんなくなった。明るい俺か……それとも暗くて、ウジウジしてすぐ泣く俺か。どっちが素なのかすら、俺……わからなくなって……」
「正直、どちらも素だと思います。人間、誰しも弱い面はあるんです。つむぎさんは、それをずっとひた隠しにしてきましたよね? そんなこと、もうしなくて良いんです。私達といる時くらい、我慢なんてしないでください!」
まただ。あの時と同じ。『我慢することなんかない』。俺が屋上で優木さんに言った言葉だ。そういえば優木さん、生徒会長モードじゃなくてスクールアイドルとしての姿でここにいる。てこたぁつまり……優木さんが伝えようとしていることが、今なんとなくわかった気がする。
「私は、つむぎさんのお陰で変われたんですよ? 私だけじゃありません。同好会の皆さんも、つむぎさんに助けられています。まずは、自分を信じてください! 自信を持ってくださいっ!!」
「自分を……信じる……」
あぁ、そうだよな。他人を信じるより先に、まず自分で自分を信じなくちゃダメだよな。そこんとこも含めて、俺は2人に本音を伝えることにした。
「皆の力に実際になれてた自覚はなかった。自分にできることをただ頑張ってただけだ。けど、いつか必要とされなくなるのが怖くて……」
そうだ。俺は頑張った。頑張ったんだ。皆の力になる為に。できることを全力でやった。それでもやっぱり怖かった。実の母親にさえ不要と言われたんなら、いつか同好会の皆にも言われるんじゃないか。そう思ったら、不安で不安で仕方なくなった。
熱が出て寝込んでた時、嫌な夢ばかり見た。皆がどんどん俺の前から消えていって、俺1人その場にぽつんと取り残される夢。もしそれが現実で起こったら……想像しただけで体が震えて、頭がどうにかなりそうだった。
「もしかしたら、皆からも……『要らない』って言われるんじゃないかって。そう思ったら……怖くて……不安で……」
気付くと、目から熱いものが込み上げてきて、視界がぼやけ始める。もしかして俺……泣いてるのか? 何でこんな時に……本音を伝えなきゃなんねぇってのに。
「皆、大切で……俺が……はじめて『失いたくない』って思えた居場所が……同好会で……それでっ……」
目を擦ってもソレはどんどん溢れて出てくる。言葉を紡ぐことすらまともにできなくなってきた。伝えようと思ったことが抽象的にしか言えず、上手く伝えられない。
「俺は……俺はっ……」
駄目だ。色んな気持ちがごちゃ混ぜになって、言葉で言い表せなくなった。情けねぇ。向き合うと決心したのに、いざ話すってなったら泣いて、伝えたいこともロクに伝えられないただの弱虫だ。あぁ……俺、ダメだな。
2人とも呆れてるだろうし、泣いてる顔を見せたくなくて下を向いていたら、誰かに手をぎゅっと強く握られた。恐る恐る顔を上げると、目の前に中須が立っていた。涙でぼやけた視界でも、中須だということはすぐに理解できた。
「中、須?」
「かすみさん……」
「先輩の気持ち、もう充分伝わりました。今度はかすみんが伝える番ですっ!」
伝わった……のか。あんな抽象的な言葉だったのにか。
「かすみんは……ずっと先輩のこと信じてました。優しくて、いつも助けてくれて、励ましてくれたから。でも……ある時気付いたんです。先輩が、全然笑顔を見せてくれないことに」
信じてたって言葉、今になってすげぇ刺さってくる。それに、やっぱ気付いてたんだな。俺が上手く笑えないこと。
「かすみんは、信じられてなかったことに怒った訳じゃないんです。本当は辛いクセに何も言わないで、みんなのことばかり優先するところに怒ったんですよ!!」
「中須……お前……」
「かすみんにとって、つむぎ先輩は必要です。大切な人なんです! だから……嫌える訳ないです。先輩を嫌いになんて、なれるはずないんですっ!!」
中須の目からも涙が溢れ、それが頬を伝う。天王寺の言うように、こいつは誰かの為に涙を流せる。同好会で1番人思いな奴だ。そんな奴が今、俺の為に泣いてくれてるんだってことは言われなくてもわかった。
「かすみさんの言う通りです。つむぎさんは、私達に必要です。そう思わせてくれたのは他でもない。あなたなんですよ?」
「俺、が……?」
「はい。現に、同好会の皆さん全員から信頼されています。そんな人が、不要な訳ないでしょう。全員、つむぎさんを待っています!」
全員……全員が、今でも俺を……優木さんの言葉に、また目頭が熱くなった。
「つむぎさんには笑っていてほしい。誰かの為にではなく……自分の為に、笑ってほしいんです」
「笑えないなら、かすみんが先輩を心から笑わせます。笑わせてみせます。その為に、もっと仲良くなりたいですし、側にいてほしいとも思います。だって
「っ!」
中須、それはずりぃよ……優木さんも。そんなん言われたら敵わねぇよ。皆が良いって言ってくれるなら……俺、笑いたい。同好会で、心から笑えるようになりたい。皆の側にも……。
「い、言いたいことは全部伝えましたっ! あとは先輩次第です。先輩はどうしたいんですか?」
俺の手をぱっと離し、赤らめた頬を両手で押さえながら、中須が俺に聞いてきた。すげぇ単刀直入に聞いてくるな……今頭ん中がぐちゃぐちゃになってるから、どうしたいか上手く伝えられる自信ないけど……。
「え、えっと、その……」
「もしウソついたら……もう知りませんから! かすみんは本当の気持ちを知りたいんです! 先輩……いや、『
初めてフルネームで名前を呼ばれた。先輩としてではなく、俺自身の言葉、答えを聞きたがってるってことか。ちらっと優木さんを見ると、何も言わずに1回頷いた。……言うしか、ねぇ。目から溢れる涙を腕で拭い、深く深呼吸をした。
「俺は……皆と……」
「声がちいさぁいっ!!」
「……俺はっ! 皆を信じたい……皆と一緒にいたい! 一緒に夢を追いかけたいっ!! 俺を信じてくれる人達を、裏切りたくないっ!!」
中須に発破をかけられ、声を張り上げて今の自分の気持ちを言葉にした。自分でもびっくりするくらいの声量が出て且つ、さっきと比較にならないくらい涙がぽろぽろ出てくる。
「俺は……皆を信じるっ!! だから……俺を同好会に、皆の側に居させてください……! うっ……くっ……」
もうムリ。耐えられない。2人の目も憚らずに嗚咽を漏らす。こんだけ泣くのいつぶりだったっけかな……今思うと、ずっと前から泣いてなかったよな、俺。歩夢に迷惑かけたくなくて、弱い自分を見せたくなくて。我慢してひた隠しにしてたら涙が出なくなってた。泣いたら……歩夢が悲しむし。
「つむぎせんぱ……」
「
名前を呼ばれて振り返ると、華奢な体がぶつかってきた。そして、強く抱きしめられる。
「うぇぇっ!? あ、歩夢!? 部室にいたんじゃ……?」
「私達もいるわよ、紡」
朝香さんの声も聞こえたと思いきや、同好会の部員が全員集まっていた。え、ちょっと理解が追いつかないんだけど。
「皆まで……! な、何で……?」
「心配だったからに決まってるじゃない。歩夢も、皆も」
「
「……歩夢だって泣いてんじゃん」
「だって……だってぇ……」
俺にしがみついて歩夢が咽び泣いている。泣かないでって言った本人が泣いてたら世話ねぇよ……。
「歩夢さん、ずっとつむぎさんの身を案じてましたから。ようやく、本音を言ってくれましたね」
「優木さん……」
「おかえりなさい。……つむぎさん!」
満面の笑みで、優木さんはそう言った。『おかえり』。たった一言なのに、とてつもない安心感と、暖かさがあった。
「う……ううっ……うあああっ……」
嬉しさと安堵で余計に涙が溢れ落ちる。宮下や近江さん、朝香さんに慰められてもう歯止めが効かなくなり、人生で一、二を争うくらい思いっきり泣きじゃくった。
ある程度落ち着いたので、皆にこれまでのことを改めて謝罪すると、1人を除いて快く許してくれた。最初っから俺と中須、優木さんの会話を歩夢達は陰に隠れてこっそり聞いており、歩夢が飛び出したのを皮切りに全員こっちへやってきたって訳らしい。
んで、その問題の1人が……中須だ。
「な、中須……ごめん。お前を傷付けてたことに気付けなくて。烏滸がましいかもしれないけど頼む……許してくれないか?」
「……許してほしいですか?」
「お、おう」
「じゃ、じゃあ! かすみんのこと、名前で呼んでください! そしたら考えてあげても良いですよぉ?」
名前呼び、か。俺、今までずっと中須達のこと苗字で呼んでて、他人行儀になってたんだよな。前までは怖かったけど、今なら……怖くない。よし、今日からああいう呼び方は……卒業だ。
「わかった。……
「はひゃいっ! え、つむぎ先輩、今……!」
「聞こえなかったか? かすみ」
「ちょ、ちょちょちょっとぉ! すっごい素直に呼んでくれるじゃないですか!?」
めちゃくちゃ動揺しながら俺にそう聞いてきた。そんなに予想外だったのか……?
「皆とちゃんと向き合うって、決めたからな。決めたからには行動に移さねぇと。これからは、皆のこと名前で呼ぶことにする」
「つむぎさん……!」
「色々ありがとうな。……
「当たり前です! つむぎさんは、大切な人なんですから!」
「せ、せせせんぱい!! もう1回! もう1回呼んでください!!」
「はぁ? まぁ良いけど。かすみ」
「はうぅぅっ!! ……許します。今回はこれでチャラにしてあげますっ!! ふふっ……ふふふふっ……」
かすみが何でそんなニヤニヤしてるのか謎だけど、『許す』と言ってくれたのでホッとした。マジで良かった……。
「つむつむ! 愛さんも呼んで!」
「私も……璃奈ちゃんボード『ワクワク』」
「彼方ちゃんにも〜」
「つむぎさん、わ……私にも!」
「
「紡、私にもお願い」
「待って!? 一斉に言われても!! これからたくさん呼ぶんだから別に良くない!?」
何でそんな名前で呼ばれること所望すんの!? え、名前呼びってそんなに価値あるもんなんですか? 初耳なんですけど!
「つむぎせんぱぁい、前までは頑なに呼んでくれなかったですけど、案外チョロいんですねぇ……」
「は? チョロいってどういう意味だよ」
「でも嬉しいんですよぉ! つむぎ先輩が名前で呼んでくれるの! あ、なんなら『かすみん』って呼んでくれても! せーのっ、かすみん! はいリピートアフタミー……」
「そうやってすぐ調子に乗るとこ相変わらずだなお前ェ!! この、『ばかすかす』が!」
「あーっ! それ禁句ですってばぁ!! よくも言ってくれましたねぇ!! 先輩だっておつむ弱いくせにっ! ばーか!!」
「あァ!? もう一遍言ってみろコラ……あっ! 待てェェェェ!! 屋上で俺から逃げられると思うなよかすみィ! 待ちやがれぇぇぇぇっ!!」
かすみが走って逃げたので俺は急いで追いかける。追いかけてる際にあっかんべーされてムカついたのでもっと加速して捕まえようと奔走した。
すんなりかすみを捕まえてほっぺたを引っ張る刑に処してる時、ごめんなさいと言いながらそいつは楽しそうに笑っていた。周りの皆も一緒になって笑っている。俺の中で当たり前だった日常が帰ってきたようで、俺も思わずクスッと笑った。
大事なのは、一歩踏み出すこと。勇気を出して、本心で向き合うこと。全部
さっきより明るくなった頭上を見上げると、雲ひとつない、綺麗な青空が広がっていた。長かった梅雨も、俺自身の心も、すっきり晴れたような気がした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。これにて虹×夢カラフルデイズ 第1章は終わりとなります。次話から第2章が始まります。引き続きよろしくお願い致します。
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