虹×夢カラフルデイズ 作: 龍也/星河琉
「皆さん、本日もお疲れ様でした。さ、帰りましょう!」
「おーうお疲れ」
キリの良い時間になったので今日の同好会の活動は終わり。談笑しながら皆で学校を出ると、今日もまた雲行きが怪しい空だった。どうも最近嫌な天気が続いている。晴れの日ばかりじゃねぇのは勿論わかってるけど、やっぱ曇りや雨だと気が滅入るんだよな。
「なんか雨が降りそうな天気だなぁ。テンション下がるな……」
「そうですか? たまに降る雨は風情があって、私は好きですよ」
「すげぇ。詩人だな桜坂……風情があるとか久しぶりに聞いたぞ」
「ふっふっふ……つむぎせんぱぁい! しず子のすごさがわかってきたようですねぇ……」
「何でお前が得意気なんだよ……まぁ、この数ヶ月で桜坂も、皆のすごさもわかってきた。皆えらいよ」
「えへへ〜。褒められちゃいました!」
そう。皆はすごいんだ。俺には無いものがあって、夢だってちゃんとある。いつか俺にも、夢を見つけられたらな。夢を応援する側じゃなくて、夢を見る側の人間になれたらなぁ。ま、そうなれるように同好会で皆の手助けをするんだけど。
正直、同好会は大変なこともあるけど、楽しいし充実してる。あの事を忘れられる唯一の居場所でもある。これからも変わらずに同好会で活動できると信じてる。きっと、きっとな。
少々ジメった天気の中、皆と固まって校門の方へ歩いていると、校門の前に人が立っていた。黒いコートを羽織り、ヒールを履いている。その人は俺達に気付いたのか、ゆっくり歩いてこっちへ近付いてきた。
「ん?
「んあ? あー。見た感じ虹ヶ咲の生徒じゃなさそうだけど……ッ!?」
その人は立ち止まって、付けていたマスクとサングラスを外した。その目鼻立ちは、俺がよく知り、そして今の俺が最も会いたくなかった人のソレだった。
「は……? な……なん……で?」
「えっ……? ええええええっ!? り、りりりり『Link』さんッ!? へっ!? なっ! なななな何でここにッ!?」
俺の横でひどく動揺している優木さんをはじめ、他のメンバーも驚いた表情をしている。そりゃそうだ。知名度もそれなりにあるんだから、皆名前くらいは知ってる。そんだけの有名人がここに来てるっつーのはあまりにも珍しい、いや珍しすぎる事態だ。何でだよ。何で今になって……。
「こんばんは。なんだか、『狐につままれた』ような顔をしてるわね? つむぎ」
「アンタ……今更何しに……」
「あら、あなた歩夢ちゃんよね? お久しぶり。元気だった? つむぎと変わらず一緒にいてくれてるみたいで安心したわ。ありがとうね」
「は、はい! お、お久しぶり、です……」
俺に話しかけた次は歩夢に視線をやり、にこやかにお礼を言った。謝意を述べられているはずなのに、歩夢の顔はひどく強張っていた。
「何しに来たんだよ……
「愛しの弟の顔を見にきたのよ。もう前みたいに、『お姉ちゃん』とは呼んでくれないのね……」
「ふざけんなよ……アンタみたいなのが『姉』だと……? 笑わせんな!! 何が愛しの弟だよ。ホントはンなことこれっぽっちも思ってねぇくせによく言えたもんだな!! あァ!?」
「り……『Link』さんがつむぎ先輩の……姉!?」
「つなぎ……『Link』って、そういうことだったんですか……!」
「それで『Link』かぁ! あーね〜。『姉』だけに……って、そういう雰囲気じゃあ、なさそうだね」
これで同好会の皆全員に、繋が俺の姉だということを知られてしまった。1番避けたかったことが今まさに現実で起こった瞬間だった。
「チッ。知られたくなかったのに……わざわざ校門の前で待ち伏せしやがって……」
「会いにきたんだから当然でしょ? それにしても、こんなにたくさんのお友達がいて嬉しいわ、つむぎ。『一期一会』の出会いに恵まれたようね」
「あぁ、おかげさまでな。毎日楽しく生活させてもらってるよ。だからアンタには1番会いたくなかったんだけどな! 忙しい中会いに来たみたいだが残念だったな、アンタと話すことなんて何も無ぇよ。わかったら帰れ」
いくら会いに来られようが何も話すつもりはないし、顔も見たくねぇからさっさと消えてくれねぇかな。でも、こうしてここに来たってことは、何か別の目的があって来たはずだ。しかし相変わらず何考えてんのかわからねぇ顔で俺を見てきやがる。なんなんだよ、何がしてぇんだよアンタは。
「私はあるんだけどなぁ? それに……この生活は私のお陰で成り立っていることを自覚した方が良いわよ? その気になれば、つむぎを退学させることだってできる。良いの? そんな態度とってても」
「は? 何言ってんだよ。母親のせいで、アンタまで狂っちまったのか?」
「つむぎ、あなたは何も知らない。私のことも、母のことも」
「……どういうことだ」
私のお陰? 何も知らない? いや、マジで何言ってんだこいつ。言ってる意味がわからないんだが。働きすぎか母親のせいか。それでついにおかしくなっちまったのか?
「でも、知らない方がつむぎにとっては幸せかもしれないわね。『真実』は『嘘』よりも残酷だもの」
「どういうことだって聞いてんだよ!! 何なんだよテメェさっきから! 訳わかんねぇことばっか言ってんじゃねぇぞ!! 何が言いてぇんだよ!?」
「それじゃお望み通り、本題に入ろうかしら。今日は『ある事』を確かめに来ただけよ」
「何をだ……」
「『出来損ない』」
確かめようとしたところに、姉の一言で頭を思いきり殴られたような衝撃を受けた。あの時の母親と同じ低いトーン、脅すような言い方。思い出したくない記憶がどんどん蘇ってくる。
「ッ!?」
「『役立たず』。『要らない存在』」
「……やめろっ!」
「『生まれてこなきゃよかったのに』」
「やめろぉっ!! それ以上っ…………くっ……ううっ……」
耐えられなくなり、頭を掻き毟りながら膝をついた。息が苦しい。心臓が痛む……あの野郎……嫌味言う為だけに会いにきたってのか……? ふざけてんじゃねぇぞ……ホントに癪に障る奴だな……もうそろそろで堪忍袋の緒が切れそうだ……。どういうつもりなんだよ、アイツ……。
「先輩!? 先輩っ!!」
「
「やはり克服できていない……環境が変わってもそう簡単には……尚更話す必要が出てきたわね……」
「繋さん!!
「ちょっと過去のトラウマを刺激しただけよ、歩夢ちゃん。今言えばつむぎがどうなるのか気になっていたから」
「はぁ……っ……テメェ……」
「お姉ちゃんのくせに、随分ひどいこと言うんだね〜。私怒るよ……?」
「知ってて言うのは流石にタチが悪いわね……」
「紡ちゃんにそんなこと言わないでくださいっ! あなたは、一体何なんですか!?」
「部外者が口を挟まないでくれるかしら? これは、私とつむぎの問題だから」
周りから繋を非難する声と、それに反論する声が聞こえてくる。許さない、気に食わない、殴りたい。様々な負の感情で俺の脳内は満たされていた。ズキズキと痛む胸を抑えながら俺はゆっくりと顔を上げて繋を見る。繋のあの驚いた表情を見る限り、今の俺相当やばい顔してるんだろうな……そうさせたのはテメェだぞ。自分が被害者みてぇな顔しやがって……舐めんのもいい加減にしろよクソがぁ……。
「あら怖い。一時の感情で過剰なまでに敵意を向ける……そういうところ、母親とそっくりね。『親が親なら子も子』とはまさにこのことかしら?」
『母親とそっくり』。この言葉で俺の中の何かがプツンと音を立てて切れた。その瞬間、目の前にいるソイツに対して決して向けてはいけない感情と、猛烈な怒りが沸き上がってきた。
「……うぅぅぅぅああああああああっ!!」
「
「つむぎさんッ!!」
「離せっ!! アイツは……アイツだけは1発ぶん殴らねぇと気が済まねぇ!! 邪魔すんなぁぁぁぁっ!!」
「つむつむ落ち着いて! つむつむっ!!」
「明日も仕事だから今日はもう帰るわ。用事も済んだことだし。つむぎが知りたいならいくらでも教えてあげる。話したくなったら、いつでも連絡することね」
ああ、今すぐにでも聞いてやるよ。嘘だか真実だか知らねぇが、そんなもんはもうどうだっていい。俺に隠してることを洗いざらい吐いてもらう。でもその前にテメェをぶん殴ってやらぁ。俺のトラウマを引き摺り出した挙句、母親とそっくりだと宣ったあの減らず口を止めさせてやる。逃さねえ……逃したくねぇ!!
「待てよ……逃すと思ってんのか……? テメェは……テメェだけはァァァァァ!!」
「感情的になってる状態で話しても意味がないもの。今度ゆっくり話しましょう。……またね」
「待てって言ってんだこのっ……離し……離せよお前ら……どけよ……」
「行っちゃダメ
「どけぇぇぇぇっ!!」
「きゃっ!」
「歩夢っ……! ちょっ、紡! 待ちなさい!!」
「んぐぐぐっ……うぅああああっ!!」
「紡っ!!」
歩夢達も、手を掴んできた朝香さんの制止も振り払い、俺はアイツが歩いていった方へ走った。だが、もうアイツの姿は見えなかった。しくじった……まんまと逃げられてしまった。アイツを見失ったと悟った瞬間、空からぽつりぽつりと雨が降り始め、雨は徐々に強くなっていった。
「はぁっ……はぁっ……いねぇ……アイツ……逃げられたか……クソがっ!!」
「
振り向くと、歩夢達が歩いてきていた。傘も差さずに。それでいてとても悲しそうに。その表情を見て俺は耐えられずに歩夢に駆け寄り、強く肩を掴んだ。
「何で……何で止めたんだよ!? なぁ! 歩夢!? どうして……っ!」
「……紡」
「朝香さん……」
「止めない方が良かった?」
「あたりめーだろ!! 俺は……!」
「それで暴力を振るっていたとしても?」
「っ!」
「あの時歩夢達が止めていなかったら、きっと紡は……だから少し、頭を冷やしなさい。あの人を擁護する訳じゃないけど、感情に流されるのは良くないわよ」
そう言われてハッとした。体に冷や水を浴びたような感覚が走る。もし感情のままに繋に近付いていたら……取り返しのつかないことになっていたかもしれない。繋はおろか、同好会の人達にも……。考えただけで恐ろしくなり、歩夢の肩から手を離した途端、両手が小刻みに震え出した。
「……ごめん」
降り頻る雨の中、俺は呪詛のようにその言葉を呟く。怒りが冷めた今の心境では謝罪と、その場で雨に濡れるまま立ち尽くすことしかできなかった。ただ、それだけしかできなかった。