夢女子が性転換して推しを救う話   作:Orchestral Score

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最終話 推しの笑顔

「逃げ、る?」

 

 その言葉に疑問を覚える祐介。それもそうだろう。今の僕のことは顔も姿も隠して、土御門に攻撃を仕掛けて潜入している敵として映っているだろう。

 それは間違っていないわけで。でも敵なのは土御門家であって、祐介が敵じゃない。祐介たちに危害を加えるつもりはないんだから。

 

「ここにいたら亜里沙さんは衰弱して死んでしまう。それを、君は見逃せる?」

「そうならないために!俺はここにいる!俺が頑張れば、母上に苦痛を与えずに……っ!」

「無理です。君の身体にある傷が証拠。この家では君たちを守ってくれる人はいません。君たちは道具として使い潰されるでしょう。何も、状況は改善されません。君はこのまま、亜里沙さんとは会えないままです」

 

 僕の確信を持った言い方が気に食わなかったのか、眉を顰める祐介。

 そして彼は、答えに辿り着く。

 

「まさか、星見……?」

「はい。君は数年後土御門に使い潰されて死にます。そのあと、亜里沙さんも失意を抱えたまま生きていくことになります。君は、亜里沙さんに愛されているからこそ、そんな未来になってしまう。──そんな未来は許せなくて、こうして出張ってきました」

 

 本当は、亜里沙さんの未来なんて知らない。その慟哭を知っているだけで、その後どう生きたのかは知らなかった。

 けど、彼女は祐介を愛していた。だからこそ、あの慟哭があった。

 そんな悲しみの声なんて、聞きたくなかった。

 

「君たちのこれからを、こちらが保証します。君たちの生活に何一つ不自由がないように準備はできています。もちろん、対価はあります。自衛のために十五歳までの段階で、七段ぐらいの実力を身につけてもらい、こちらのことを手伝ってもらいます。それが守れれば、二人を人権と生活の面において、すべて保証します」

「──っ!」

「選んでください。今のまま土御門に隷属するか、ちょっとした田舎で母子で過ごすか」

 

 僕は祐介の前にまで行って、右手を差し出す。

 悪魔の右手だろう。こんな風に脅して、この選択肢しか選べないように強要している。僕が嘘をついているかどうかもわからない。僕たちの方がよっぽど劣悪な環境かもしれない。

 それでも頭が良い祐介なら気付いてくれると思う。

 なぜ亜里沙さんを連れ出そうとしているのか。祐介を連れ出そうとしているのか。

 

 未来を識ったからといって、なぜ他にも冷遇されている土御門の人間や賀茂を除いてこの二人を選んだのか。

 ぶっちゃけ土御門の他の人は知らないの一言だ。そして賀茂はどうしようもできないから。特にあっちは直系とされる人物がひどい扱いを受けているので、助ければ面倒なことになる。

 祐介は土御門の中では傑物だが、家を継ぐ存在ではない。精々がていのいい駒だ。それに亜里沙さんも祐介以外産んでいなく、側室としての価値は低い。亜里沙さんの霊媒体質は珍しいかもしれないが、特別な異能というわけでもない。

 

 だが、助ければ土御門光陰という次期棟梁の思惑を出し抜ける。被害をもたらす計画を妨げることができる。これはこちらの事情か。

 土御門の家でもなぜこの二人かと言われたら、家を継がない人間の中で一番有能だからだ。祐介が優秀だからこそ、選んだ。そう考えれば終わりだ。他の土御門は優秀じゃない。

 一分ほど待っただろうか。祐介はおずおずと僕の手を取る。

 

「交渉成立だ」

「……もし嘘だったら、俺がお前を殺す」

「ああ。嘘だと思ったらこの首を取るといい。そうされる理由はある」

 

 祐介の死体を姫さんに作ってもらい、それを僕が作成したように見せかけた。姫さんの存在はまだ隠しておきたいからだ。その後全員で屋敷から出ると、正門の方には大きな大百足がいた。呪術省で管理している式神だ。それと外道丸が楽しそうに戦っている。

 その巨体を見れば周辺から巡回している陰陽師がやってくるだろう。急がないと。

 このまま近くの塀を飛び越えて逃げようと思っていたけど、こちらにやってくる人間が一人。出火が気になって送り出された土御門の人間だろう。

 姫さんが即座に祐介の首へ手刀を叩きつけて気絶させていた。そしてそのまま僕の簡易式神に背負わせる。

 

「この子らはあたしが連れ出すから、あんたはアレを倒しぃ。守りながら戦うのは無理やろ?あの男、六段くらいやから確実にやり」

「はい。二人を頼みます」

 

 見付かった時の対処法は決めていた。人型の簡易式神は姿を隠したままの姫さんと一緒に外へ出ていく。塀もひとっ飛びだ。外に敵がいるかもしれないので、実力がある姫さんに先行してもらって敵を排除してもらいたい。

 あとは僕が目の前の男を確実に倒せば、合流地点に行っておしまいだ。Aさんたちのことは心配するだけ無駄。

 

「貴様!土御門の人間を誘拐など、ここで倒してくれる!」

「人間扱いしてなかったくせに」

 

 目撃者はこの男だけ。なら、ここでこの男を殺せば祐介と亜里沙さんは巻き込まれて死んだことになるだけだ。

 ──確実に、殺す。

 

 

 祐介が目を覚ましたのは、どれほど時間が経った後だったか。目が覚めた場所には巨大な蜂が人間大のサイズになっていて、白衣を着ていた。

 そのことに、思わず大声を出してしまった。

 

「ウワァ!?」

『こっちの患者はうるさいな。坊主、ここは病院だ。静かにしろ』

「あああ、あんたは!?」

『見てわかるだろ。医者だ。お前のお袋さん、相当辛い目に遭ってたみたいだから大声を出すな』

 

 その蜂、蜂谷先生は亜里沙の容体を確認していた。祐介からしたら得体の知れない大きな蜂が母親に触診しているのだから気が気じゃないのだが、本当に触診をしているだけで取って食おうとしているわけではないと知って、ひとまず落ち着いた。

 場所はどこかの山の上の木造の診療所のような場所だった。窓の外は自然に囲まれている。

 祐介は亜里沙の隣のベッドに寝かされていたらしい。

 

「あ、祐介。目が覚めたんだ。良かった」

 

 先ほども聞いた声の人物が部屋の中に入ってきた。先ほどは真っ黒の全身マントを被っていて狐のお面をしていたので顔も知らなかったのだが、どうやら同年代の少年のようだった。左腕に包帯がグルグルと巻かれている。

 彼が蜂谷先生を見ても平然としていたため、この蜂については聞くことはしなかった。おそらく妖だろうと当たりはつけていたが、母を診てくれているので口にしない。

 

「……お前が助けて、くれたんだよな?」

「そう。涼宮満(すずみやみちる)。同い年だね」

「これから、どうなるんだ?」

「僕のお師匠様の実家がある長野県で中学に上がるまで過ごしてもらう。なんて事のない農村だけど、ネットも繋がるし田舎ってことを除けば普通の場所だよ。そこで亜里沙さんは養生、祐介は陰陽術を鍛えてもらう。その後は那須にある中学校に僕と一緒に進学してほしいかな」

 

 意外としっかりこの先は決められているらしい。

 祐介としては母がしっかりと暮らせて、その上で一緒にいられれば後はなんだっていいと思っていた。

 そんな普通のことが、できるのなら。

 

「長野はわかったけど、何で那須?長野からかなり離れてるじゃないか」

「思い当たること、あるでしょ?」

「難波の本家があったり、玉藻の前封印の土地だっていうのは知ってるけど」

「そうそう。難波の次期当主が僕たちの同じ学年にいるんだよね。その彼と仲良くなっておこうと思ってさ。──彼が高校一年生になったら、呪術省を潰してくれるからね」

「なっ」

 

 正気かと思った。今回の土御門本家襲撃は、何やら有名な呪術犯罪者も関わっていたと聞いたので納得もできたが、次は難波の人間とはいえ若干十五歳が日本の陰陽師総本山たる呪術省を潰すと言ったのだ。

 いくら星見とはいえ、にわかには信じられない情報だ。

 

「で、僕たちもそれを手伝うと。そのために陰陽術を鍛えておきたいのさ」

「それは、今回の呪術犯罪者が関わってるのか?」

「そうだね。無理強いはしないよ。君が亜里沙さんと静かに暮らしたいってなれば僕についてこなくていい。高校は京都校にするつもりだし、そうしたら土御門光陰と賀茂静香が同学年になるだろうから」

「いや、お前を手伝うよ。……母さんを助けてくれた。それだけで、十分だ。それ以上は、何も要らない」

 

 祐介の瞳には涙が溜まっていた。土御門家の側室の扱いを知っていて、子どもながらに受けてきた体罰の数々を思い出して。

 そこから助けてくれた人物を手伝おうというのは、至極当たり前の帰結だった。

 

「ありがとう。当分はこの病院で匿ってもらって、亜里沙さんの体調が良くなったら長野に行ってもらうから。僕は京都に残るから、後で携帯電話用意しておくよ」

 

 それから先代麒麟である姫を紹介されたり、Aこと蘆屋道満や外道丸と伊吹童子を紹介され、そのことに目を回したり。

 体調が良くなった亜里沙に息子として認めてもらって、土御門からの呪縛から逃れて。二人は抱き合って泣いていた。

 そのことに、ミチルも涙を流していた。

 救えて良かったなと、心から思っていた。

 

 

 それから三年の月日が流れて。僕は祐介と一緒に那須の私立中学校に進学していた。僕一人で那須に来られるかなあと思ってたけど、両親が三年間限定の転勤ということになって那須に来た。

 都合が良すぎ?それはそうだろう。なにせ姫さんが直々に呪術省に潜入して人事部を洗脳ゴホンゴホン。呪術を仕掛けて……誤魔化せてないな。とにかく両親をまとめてこっちに派遣して、僕が卒業と同時に京都に戻すように仕掛けたんだから。

 

 祐介は母親とアパートで二人暮らし。二人が土御門に身分をバレないのかという話はあるけど、祐介は結構成長したし名字も変えたからそうそう気付かれないだろうとのこと。亜里沙さんもずいぶん健康的な身体になって見違えたくらいだ。

 それに裏・天海家から難波家当主の難波康平さんに直接交渉して祐介たちの事情を話したらしい。だからすでに二人は難波の保護下にいる。難波も一大勢力だから大丈夫だと思う。

 

「へえ。そんなに長野じゃ辛かったんだ?」

「辛いっていうか高度でさ。今まで習ってた次元じゃないっていうか。あそこは魔境だよ」

「まあ、あそこの人たちはプロでも上位にくるからな」

 

 入学式を終えてそんなことを祐介と話していると久しぶりに会うからか凄く愚痴られた。電話で話はしてたけど、結構大変だったらしい。

 僕もあの事件から更に姫さんにしごかれた。あの人たちを手伝う予定だからそれなりの修行は続けさせられた。恩義があるからもちろん手伝うつもりはあるんだけど。どれだけ力をつけられるかなあ。正直姫さんほどの才能がないことはわかってる。

 

 今日は入学式も終わって授業もなかったためにもうおしまいだ。帰る前に学校をうろついてるんだけど、祐介がとある方向を見ていた。

 霊気を纏った少女。僕たちの周りと比べたら平凡になっちゃうんだろうけど、中学校であれだけの霊気を纏っているのは珍しい。名家の子だったりするんだろうか。随分と綺麗な子だ。モデルとかになれそう。

 そんな少女をしげしげと眺めている祐介。もしかして。

 

「祐介、惚れたの?」

「へ?はぁ!?いやいや、可愛い子だなとは思ったけど、それで惚れるなんて飛躍しすぎだろ!」

「そう?とりあえず小学校と事情が違うんだから、好きに恋愛してもいいんだからね?」

「……恋愛、かあ」

 

 祐介は小学校の頃、土御門光陰と賀茂静香の黒子に徹していたために友達という友達も作れなかったらしい。本当に、酷い環境だ。そんな状況で恋愛なんて以ての外だったのだろう。

 祐介が今見つめている人物、もしかして天海薫なんじゃ?中学校で優秀な女の子って彼女くらいしかいなさそう。

 もし祐介が彼女のことを好きだと思ったら精一杯応援しよう。僕は祐介と恋愛はできないわけだし。

 

『……本当に天狐がいるのね』

「あ、見付かっちゃった?キューちゃん」

『ええ。ちょっとご挨拶に行ってくるわ。主もこっちに来てるわよ』

 

 姿を隠したままキューちゃんはゴン様に挨拶に行く。離れていくのを確認するのと同時にそのゴン様の主である難波明くん──黒髪黒目をした主人公が向こうからやって来た。

 この世界、優秀な陰陽師は髪と瞳が変色する。そんな世界で主人公である明くんが純日本人の色調をしてるなんてありえないんだけど。

 

 僕と祐介の実力はプロの六段に匹敵するらしい。そんな僕たちでも見抜けない偽装をしている。僕たちより上の実力者である香炉星斗さんも見抜けなかったんだから仕方がないか。

 そんな偽装をしつつ、俺たちよりも精錬とした霊気を身に纏っている。これは名家の次期当主だ。というか、正統な安部晴明の血筋だというのも納得。

 

「初めまして。難波明だ。まさか霊狐を式神にしている人がいるとは思わなかった。君の名前は?」

 

 僕に目線を向けられる。契約の証である霊線を見たんだろうな。祐介のことも霊気の量から気になるけど、まずは僕からっぽい。

 狐を嫌う風潮が悪い。

 

「僕は涼宮満。親の転勤で京都から引っ越してきたんだ。式神は稲荷神社で知り合って」

「ああ、なるほど。そっちは?」

「俺は大川(おおかわ)祐介。京都の頃こいつと知り合いでな。俺は長野から引っ越してきたんだけど」

 

 祐介は住吉を名乗らず、偽名で通している。呪術省と土御門が没落するまでそれで通すようだ。そのため亜里沙さんの実家にも顔を出せていないのだとか。

 亜里沙さんも誘拐されたようなものだからな。実家に顔を出したら土御門にバレる。

 明くんと祐介の初邂逅は原作と比べて凄く平穏に済んだと思う。敵同士じゃなく、純粋に親友として過ごしてほしいからね。

 さーて。祐介がこれからも平穏に暮らせるように。陰日向から手を出そうか。土御門にバレないようにフォローしないと。

 祐介の未来を変えたと言っても、まだ安心できる状況じゃないんだから。僕はこれからも彼らを見守ろう。

 

 

 今日も、推しは元気に笑ってる──。

 




これにておしまいです。

これから彼らは原作通りに進みつつ、良好な仲を構築します。

みんな、「オンモフ」面白いからマジで読んで(ダイマ)。

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