水没林、ペイントの臭気漂うエリア6。
「おれだってルドロスに当てるつもりは無かったよ!!」
叫んでいる間にも水獣は進み続ける。止まってしまっていた足を動かしてリーフの元へ引き返した。
「不味いな、どうするか」
水獣たちの様子を見つつ、これからの方針を相談する。
「不味くなった原因はお前だけどニャ。でもペイントボール外しただけニャ。まだどうとでもニャる」
「そうだな、ありがとう。運の良い事に、ロアルドロスは今毒に冒されてる。毒霧をまともに吸い込んだみたいだから、もう暫くは動かないだろ。その内にルドロスの数を減らしたいな」
先程のドスフロギィには感謝ばかりだ。ロアルドロスを発見できたのも、ロアルドロスを気にせずに済むのも彼のおかげだ。
「賛成。とは言え、一気に五頭も相手取るのは無理ニャ。閃光玉は持ってきたかニャ?」
リーフに言われアイテムポーチを探る。
「持ってるが……なるほど、そういう事か」
すぐさまリーフの意図を理解し、ルドロスに向き直る。
「いくらお前でも地面に叩きつける事ぐらいはできるはずニャ」
ルドロスは目前。皆一様にヒズミを目指して這ってきている。注目を集めている者が閃光玉を持っているのならば、やる事はひとつ。
「くらえ!」
ヒズミは閃光玉を勢い良く地面に叩きつけた。
水没林が一瞬白に染まる。
視界が戻ると、ルドロスたちは足を止めて目を眩ませていた。
「頼んだぞリーフ!」
「お前こそしっかり倒すのニャ!」
互いに声を掛け合ってルドロスへ接近する。
目が眩んだ時のモンスターの行動は大きく三つ。その場に留まる、大きくは動かないが尻尾を振り回すなどして付近を攻撃する、手当り次第暴れ回る。
ルドロスはその場に留まり攻撃をしてこないタイプで、閃光玉を使った後は非常に大きな隙ができる。そこを狙うのが今回の作戦だ。
「ここだっ!」
目が見えないなりに威嚇するルドロスの首に向けて【
「次!」
モンスターとていつまでも目を眩ませてはいない。しばらくすれば視界が回復し、的確に弱点を狙う事は難しい。
そのため、いかに素早く頭数を減らせるかが勝負だ。
「はあぁっ!!」
気迫の籠った声と共に二頭目の首に【豺牙】を振り下ろす。先程のルドロスの油で多少ぬめりはするものの、依然切れ味は鋭いままだ。二頭目の頸も難なく断つ。
「三頭目は……無理だな。リーフ!」
残ったルドロスがこちらに顔を向けたのを見て視界を取り戻したことを悟る。
すかさず相棒に目をやると、丁度ルドロスを仕留めているところだった。
「一頭ニャ!」
自分は二頭でリーフは一頭、計三頭。上出来だろう。
太刀を収め、もう一度後退してリーフと合流する。
「半分減らせた。残りは頼むぞ」
「ニャ。丁度ロアルドロスの調子も戻ったみたいだし、狩り本番だニャ」
ロアルドロスは毒状態から立ち直り、視界の戻ったルドロスはそれに寄り添いこちらを威嚇している。
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半身を水に浸しながらリーフは駆ける。
陸上なら、あるいは完全に水中であるならば移動も容易いのだが、半分水没しているこの場所は泥と水に足を取られて非常に動きづらい。
「鬱陶しい水だニャ……」
悪態を吐きつつもルドロスから視線はそらさない。
残った二頭のルドロスは自分の方に向かってくる。明後日の方向へと走るハンターと、真っ直ぐ向かってくるアイルーであれば、後者を選ぶのは当然だろう。
「素直でよろしい、ニャぁっ!」
ブーメランを投げる。思い切り前方へ投げられたそれは、回転しながら飛んで行き、ルドロスの頭上を掠めてリーフの手に戻る。外したのではなく、より自分に注意を引きつけるための挑発だ。ヒズミとは違う。
ちらりと奥の方を見遣ると、ヒズミがエリアの外周に沿って走っている。ルドロスは自分に気を取られて向こうには気付いていないが、群れの頂点であるロアルドロスは勘が鋭いのか、背後に回ろうとするヒズミの存在に気がついているようで、長い首を回して後ろを伺っていた。
(こっちを向かせる必要は……ニャいニャ)
リーフが水獣全員を引きつけ、その間にヒズミが背後から接近、ロアルドロスに不意打ちをかけるという作戦があった。
だがその作戦の目的はリーフがルドロスの、ヒズミがロアルドロスの相手をして水獣を分断すること。折角ヒズミに向いた注意をこちらに向け直しては本末転倒というものだ。
リーフはルドロスの注意を引きつける事に専念することに決め、そのままルドロス達を挑発する。
「さーこっちに来るのニャルドロス共!」
手に持ったズワロネコリーフで足元の水をルドロスに掛け、踵を返してロアルドロスから離れるように走る。
ブーメランと合わせてついにキレたのか、ルドロス達は先程よりも速く這い寄って来る。一方でロアルドロスは、完全にヒズミに注視していた。
「分断は成功したようだニャ」
目的を達せども油断は出来ない。自分は二頭のルドロスに囲まれているのだ。
「さあ、ここからが本番だニャ」
ロアルドロスとルドロスとの距離がある程度開いた所で振り返り、ズワロネコリーフを構える。これは一見すればただのハスの葉だが、れっきとした武器である。垂皮竜の素材から作られており、葉先は鋭い。見た目の割に信頼出来る代物だ。
片方のルドロスが飛びかかってきた。いくら動きづらくとも、予備動作の分かりやすい飛びかかり程度ならば避ける事は造作もない。右に走り下敷きになることから逃れると、すぐさま振り向きズワロネコリーフを振る。丸い刃先が滑るようにルドロスの肌を裂き、未熟な海綿質に血が滲んだ。追加でもう一撃だけ入れると、四つ足になり距離を取る。
「グワァッ」
先程までリーフがいた辺りをルドロスの牙が掠めた。とは言っても身をひねれば避けられそうなレベルで、これほど距離を取る必要は無かったな、とリーフは思う。
「ロギィがいう『無駄な動き』ってこういう事かニャ」
ヒズミと同様、イズデ村にいる間リーフもロギィから指導を受けていた。人とアイルーでは体から違うから頼りにならないかも知れないが……とロギィは言っていたが、その指導は確かであった。
『相手の動きを見て無駄な動きを無くす。そうすれば余計な体力も消費しないし、攻撃するチャンスも増える』
さっきルドロスが自分に噛みつきをしようと口を開けている所を見れていれば、ここまで距離を取らず、少し立ち位置をずらせば避けれる事が分かったかもしれない。そうであればルドロスに接近したままでいられ、もう一撃食らわせられただろう。ロギィの言葉通りだ。
「反省は後ニャ。今はルドロスに注意を……って、この臭いは」
この鼻に残る独特な臭気、間違いなくペイントボールだ。リーフが当てていない事に気づいてヒズミがぶつけたのか。
「まともに投げられたんだニャ」
などと感心している暇はない。直ぐにズワロネコリーフを構え、ルドロスに向き直った。
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パスッ という乾いた音と共に独特な臭気が放たれる。先程は当て損ねたが、今度はしっかりとロアルドロスの右後ろ足に命中する。
さっきはたまたま失敗していたが、実はしっかりと投げられる……という訳ではない。ヒズミの制球であれば、二度投げようが三度投げようがロアルドロスには当たらないだろう。
では何故当てられたのかと言うと、答えは簡単。物凄く近いのだ。手を伸ばせは触れられる程の距離。もはや「投げた」と言うより「叩きつけた」の方が正しいと言える。
これはヒズミがドンドルマに居た時に良くやっていた方法で、投球がヘタクソなヒズミでも確実にペイントボールを当てられる。
「しまった、直ぐに離れよう」
ドンドルマにいた頃は、ペイントボールを当てたらそのまま攻撃に移行していたが、ロギィの教えを思い出し、バックステップで
「モンスターとの距離は少し遠いと感じるくらい、だったか」
ヒズミの扱う武器は太刀。他の近接武器と比べてリーチが長く、極端に近づく必要が無い。また、ヒズミは接近しすぎる癖があるため、少し離れた場所にいさせた方が良いだろう、というロギィ考えからの指導だ。
距離を取ると、ロアルドロスが身を捩っているのが分かった。こちら側に向いた右脚を浮かせ、鋭い視線はしかとヒズミを射止めている。
「不味いっ!」
次に繰り出される行動を理解した瞬間、左側──尻尾の方向へと身を投げ出す。
スリットから浸水する。背中に若干の圧力を感じたが、後ろから聞こえてくる激しい水音に比べれば些細な事だった。
「あ、危なかった」
今のは恐らく回転攻撃。もし巻き込まれればタダでは済まなかっただろう。急いで振り向けばすぐ側に尻尾が。運が良い。そう思考する間にも骨刀【豺牙】に手をかける。
一太刀。
勢いのついた刃は鱗をも容易に斬り裂く。
二太刀。
刀身にあしらわれた牙はさながら捕食者の牙のよう。水獣の肉に、骨に喰らいつく。
しかし牙は知らなかった。水獣は被食者などでは無く、むしろ捕食者である事を。
突如ロアルドロスが尾を振った。身の程を弁えない牙を簡単には離してくれず、柄を握るヒズミ諸共ふき飛ばされてしまう。
「うあっ!?」
宙を舞ったかと思えば、次の瞬間には地を転がる。何が起こったかも理解できずにいると、今度は激流がヒズミを襲う。流れに呑まれる身を動かしてどうにか地面を見つける。
「げほっ、がはっ!」
喉に入り込んだ水を吐き出しながらよろよろと立ち上がる。太刀を杖代わりにしようとするも、どちらの手にも太刀はなく。急いで周囲を見渡せば、少し離れた所に沈んでいるのが見えた。そして周辺にロアルドロスに姿は、無い。見えたのはひとつ増えたルドロスの死体と、駆け寄ってくるリーフのみ。
「大丈夫ニャ!?」
「あんまり大丈夫じゃないな……」
ポーチからウチケシの実を取り出し噛み砕く。喉の辺りに溜まっていた水が排除されて幾許か呼吸が楽になった。加えて貴重な回復薬グレートを飲み干すと、全身にまとわりついていた痛みや気だるさが緩和され、かなり調子が戻ってくる。
「ロアルドロスはエリア移動したニャ。ルドロスは片方は倒したから、あと一頭だニャ」
「そうか。ありがとう」
ペイントボールの匂いを辿ると、隣のエリアの洞窟へと続いているようだった。
「今のうちに態勢を立て直そう」
浅い水底で泥に包まれていた骨刀【豺牙】を拾い上げ、ポーチから取り出した砥石を使って付着した脂や泥を落とす。
「まさか尻尾の力だけで吹っ飛ばされるとはな」
太刀の手入れをしていると臨戦体勢だった心が落ち着いてくる。そうすると、地を転がったの事が思い出された。
モンスターが人間よりもよっぽど強いと言うのは分かっているつもりだった。しかし、先程味わったロアルドロスの力はヒズミの想像を遥かに超えていた。モンスターについて知らなかった訳ではないが、経験が不足していた。
バランスを取るためのものではなく、一振りすれば人が宙を舞う程に発達した尾。相手を弱らせるためでは無く、仕留めるためのブレス。どれをとっても、これまでヒズミが戦った事のある鳥竜種よりも数段上だ。
「なんニャ、今更怖がってるニャ?」
リーフに言われて自分が震えている事に気がつく。
ロアルドロスにひどくやられたのは事実だ。恐怖、緊張、焦燥。様々な感情が胸の内を巡るが、この震えの原因はそのどれでもない。
「いや、怖いんじゃない。なんというか……上手く言えないけど、ワクワクするっていうか……」
「また武者震いニャ?言い訳がワンパターンでつまらんニャ」
「言い訳じゃなくって!」
「冗談ニャ。そんなことより、とっとと準備を済ませて追いかけるニャ」
勝手に決めつけて勝手に話を打ち切るとはなんと理不尽な。しかしおかげで緊張は解れた。太刀を背負い直し携帯食糧を胃に納めると、洞窟に向かって歩き出す。
「よし、行こう。反撃開始だ」
続く