水没林に雨季が来た。
雨季の水没林は水位が上がり、「水没林」の名に相応しい様相を呈す。
「エピオスがいるな」
エピオスは温厚な水棲の小型モンスターだ。キモが非常に美味であり、街では高級品として高値で取引されているという。エピオスは水上に頭を出しているのが二頭おり、恐らく水中で海藻を食んでいるのがもう一、二頭はいるだろう。
それを確かめるためでは無いが、ロギィは肺に大きく空気を吸いこんで水中に飛び込んだ。
(思った通りだ)
ロギィの予想通り、水底にはもう二頭のエピオスがいた。辺りを見渡せば多様な魚類が遊泳しているのが見て取れる。
(今日は中々な量の獲物が取れそうだな)
今回ロギィが水没林に来た理由は二つ。水没林の様子の調査と、魚類の漁獲だ。
雨季に入る際、水没林では多量の土砂や水が移動するため地形の変動が起きる。水の流れによっては昨年の様子と大きく変わる可能性も考えられるため調査は欠かせないのだ。
そしてこの地形の変動により、水没林は海洋との繋がりができる。そのおかげで多くの魚類が水没林に訪れ、乾季よりも多くの漁獲が見込めるのだ。
とはいえ、雨季がもたらすのは恵みだけではない。
ロギィがエピオスを狩ろうとゆっくりと泳ぎながら近づいて行くと、突如エピオス達がこちらへ向かって泳ぎ始めた。
(来たか……!)
ロギィから逃げるのならば方向は逆、つまり向こうから何者か──恐らく肉食の大型モンスターだろう──が接近しているという事だ。
ロギィが武器を構えるのとほぼ同時に、濁った水を掻き分けて青色の巨体が姿を現した。
(ラギアクルス……!)
ラギアクルス、別名海竜と呼ばれる事もあるそのモンスターは、大海の王者という異名に通り海中においてロアルドロスやガノトトスなど比較にもならない程の戦闘能力を有する。
ロギィが駆り出される理由のひとつがこれだ。
遠くモガの地にはラギアクルスをも狩猟する豪傑の漁師が存在すると聞くが、イズデ村にそんなことができる者はいない。乾季には現れなかった水棲モンスターへの調査と対処、そしてモンスターと生息域の被る魚類の漁獲。このふたつがロギィに与えられた役目だ。
現在ロギィは狩猟に適した装備をしていない。持っている片手剣も見た目こそドスフロギィの素材から作られるダーティファニングだが、食肉となる小型モンスターを狩猟する際毒でダメにしてしまわないようにと加工屋に頼みこんで作って貰った毒属性を付与しない特注品だ。
「毒属性じゃないならわざわざドスフロギィの素材から作らなくても良いのでは」と加工屋にも言われたが、ロギィの強い要望によりこの形となった。
ともかく、この状態でラギアクルスと対峙するのは得策ではないし、そもそもロギィの目的はラギアクルスの討伐ではない。
刺激しないように慎重にすれ違う。一瞬こちらを睨まれた気がしたが、それ程気が立っていなかったのかラギアクルスはそのままエピオスを捕食していた。
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「戻ったぞー」
「あ!ロギィ兄ちゃん帰ってきた!」
「どうだったどうだった!?」
「おさかないるー!」
ロギィが大量の収穫を抱えて帰ると村の子供たちが一斉に集まってくる。ロギィの背負う魚や牽引していた荷車に盛られたエピオスのキモや肉には子供のみならず、一歩遅れて集まってきた大人達も盛り上がる。
「ほお、今年もたーんと獲ってきてくださったなぁ」
「ナマズもおるでないか。さっすがロギィ、わかっておるわい!」
ナマズとはガライーバの事だ。その凶暴性が認められ小型モンスターとして登録されたのは最近の話で、古くから親しみのある人はナマズという呼び名を使い続けている。
「くそぅ、俺ら漁師も負けてられねぇな!野郎共、早速漁の準備だ!」
「待ってくれ、水没林でラギアクルスを見かけたんだ。余り気は立っていないようだったが、漁に出るなら注意した方が良いだろう」
気合いを入れた漁師達が落胆する事目に見えていたが、伝えない訳にはいかないので仕方がない。
しかしロギィの予想に反し、漁師たちは依然として気合いをみなぎらせていた。
「フッフッフ、ロギィのアニキよぉ、乾季の間オレらがただ休んでただけだと思っちゃいませんかい?」
不敵な笑みを浮かべるのは最も若い漁師。心做しか以前見た時よりも逞しくなっているような気がする。
「実は、乾季の間モガの村へ修行に行ってたんだ!それにコイツを見てくれ!」
マッシブな漁師団の頭領が突き出して見せたのは一枚の譲渡証明書。よく見てみるとそれはモガの漁師団からの船舶の譲渡を示したものだった。
「これは……」
「モガの村長に頼んだら快く譲ってくれたぜ。勿論タダじゃなかったが、これからの大漁で十分にお釣りが来るだろうよ!」
ニッと笑ってサムズアップする様子は頼もしい。
「それじゃ、今年の雨季は俺は暇だな」
「そーそー、ロギィさんは村でのんびりしてればダイジョーブですから!」
若い漁師は自慢げに胸を張ると準備に向かった他の漁師を追って行った。
「お疲れ様です、報告は後にしますか?」
「いや、すぐやった方が良いだろ。後回しにすると面倒だし」
いつの間にかいたローサが声を掛けて来る。水没林の地形の把握はギルドからの依頼でもあるため、受付嬢であるローサへの報告は必須だ。
村人達は早速魚を解体し、保存の準備をしている。
「みんな嬉しそうですね」
せっせと仕込みをする者、刺身をつまみ食いする者、様々いるが皆一様に笑みを浮かべている。
雨季は恵みの季節だ。降り注ぐ雨は水没林を豊かにし、その恩恵がイズデ村にも分け与えられる。
「雨季が来て、みんなウキウキ。ってな」
「面白くないですよ」
ツッコむローサもまた笑顔だ。
イズデ村にも雨季が来た。
お読み頂きありがとうございます、LeaFです。
今は梅雨でも何でもありませんし、収穫祭関連と言うにはハロウィンはとっくに過ぎているし、おまけに世界各国の雨季からも外れている(Wikipedia曰く東アフリカでは11-12月が小雨季らしいのでそこでギリギリセーフ?)ようなので全くの季節外れですが思いついてしまったので仕方がないですね。