モンハン噂話   作:LeaF_Esra

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【ゲリョス寝入り】
眠っていないのに寝たフリをする事。そら寝。ゲリョスが死んだフリをすることになぞらえて生まれた諺。


ゲリョス寝入りに騙されて

 

「まずったな、これは一雨来そうだ」

 

 遠方でのクエストからの帰り道、ロギィは早足になりながら呟く。

 雲の動きを見るに早ければ四半刻と経たずに降り出すだろう。こんな事であれば「四日後に来る竜車を待つよりも三日かけて歩いた方が良い」などという判断を下すべきではなかったと後悔する。

 そもそも今日の昼過ぎには到着している予定だった中継地点となるイワヘナという村にまだ到着出来ていない時点で「三日かけて歩いた方が……」という前提から間違っているのだが。次からはもう少し綿密に計画を練ろうと、クエストクリア後の解放感の勢いのままに出発した自分を戒める。

 

「しばらく雨は降らないって聞いてたんだけどな……」

 

 そう言いながら急ぐロギィに、後方から声がかかる。

 

「おぅいそこのお方!イワヘナ村へ行くんでしょう?乗っていきませんか?」

 

 振り向くとガーグァに引かれる荷車にのる中年男性がこちらに向けて手を振っていた。

 

「いや助かった。今日は野宿も覚悟してたが、お陰でイワヘナ村までたどり着けそうだ」

「良いって事です。最近この辺も物騒ですから、アタシも助かるってもんですよ」

 

 ロギィは礼を言って荷車に乗り込む。「気にしなさんな」と声をかけるのは長い髭と髪が特徴的な中年男。ゆったりとした着物はユクモ近辺のものだろうか。糸目と丸い鼻眼鏡がなんとも胡散臭さを醸し出しているが、おそらく悪い人間では無いだろうとロギィの勘が告げていた。

 中年男は御者のアイルーに出発するよう指示を出す。雪のように白い毛並みのそのアイルーは、慣れた様子でガーグァを叱咤すると荷車は走り出した。積んである荷物の量を見るに、この二人はよくこのようにして旅をしているのだろう。

 

「しかし良かった。実は最近奇妙な噂を耳にしましてね、護衛もつけずに旅をするのはちょっとばかし不安だったんですわ。あ、アタシはカルッタスってんです。まぁこれも何かの縁ってヤツですかね」

 

 カルッタスと名乗った男は妙なことを言う。この辺りは比較的危険なモンスターが出没しないとされている地域だ。だからこそロギィも徒歩で行こうなどという判断を下した訳だ。そんな地域に護衛が必要な事態とは何事だろうか。先程の「最近この辺物騒」という言葉と共に気になり、自己紹介がてらロギィはカルッタスに尋ねてみる。

 

「俺はロギィだ、しばらく厄介になる。それより、この辺に凶暴なモンスターは現れなかったと思うんだが……何かあったのか?」

「ええ、なんでも最近、この辺りで不死身の化け物が出没するってもっぱらの噂でしてね」

「不死身の?そんな馬鹿な」

 

 モンスターの中には無尽蔵とも思えるほどの体力を持つ者も存在する。しかし、生物であるからには必ず限界があり、不死身だなんてことはありえないと、数多くのモンスターと対峙してきたロギィは知っていた。

 

「いやアタシも又聞きなんですけどね、口がふたつあって尻尾が異常に長い、空を飛んで地上を駆け回って、それからピカピカ光って倒したと思ってもケロッとして生き返るんですと」

「聞けば聞くほど訳が分からん」

 

 それだけ聞けば物語や伝承に登場する架空の怪物のようだ。少なくともロギィの知るモンスターにそのような特徴を持つモンスターはいない。

 

「ま、あくまで噂ですがね。火のない所に煙は立たないとも言いますし、警戒するに越したことはないですからねぇ」

「それもそうだな」

 

 尾ひれや先入観による誇張が含まれているにしても、その元となる何かしらの存在があったのは確かだろう。ロギィも警戒しておこうと心に留める。

 

「あら、ちょっとマズイですかねこりゃ」

 

 カルッタスが空を見上げる。ロギィもそれに習うと、ぽつりぽつりと雨粒が降り始めている事に気が付いた。

 

「想像より早いな……フブキ、速度を上げてくれ」

「ニャ」

 

 フブキと呼ばれた御者のアイルーは短く返事をすると厳しくガーグァに鞭を振るう。

 本降りになる前に村までたどり着けるだろうかと多少の不安を感じながらロギィは荷車に揺られていた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

「ギリギリなんとかなりましたねぇ」

 

 三人はどうにか雨が大きくなる前に目的の村へたどり着くことが出来た。

  

「すまないな、俺を乗せてなければもう少し余裕もあったろうに」

「まあ結果的に間に合ったんだから良いじゃないですか?そう気にしなさんな」

「恩に着るよ」

 

 宿を取り、旅の疲れもあってすぐに寝ようと部屋へ向かうロギィに店主が声を掛ける。

 

「ハンターさん、不死身の化け物の噂は知ってるかい?」

「ああ、丁度さっき聞いたところだ。確か、口がふたつに異常に長い尻尾、空を飛んで地を駆け回って、おまけに光るし倒しても死なないとか」

「流石ハンターさん耳が早い!じゃあもう一個追加で知っといて欲しいんだが、その化け物はなんと持ち物を奪ってくらしいんだ!」

「持ち物を奪うだって?」

「そうだ。この間森に行った知り合いがその化け物に出会ったらしいんだが、その時に弁当とか採集した薬草とかを全部持ってかれちまったってんだ」

「持ち物を盗むねぇ……メラルーと間違えたんじゃなくって?」

「まさか!メラルーだったらすぐに分かるさ」

 

 いくらモンスターに疎い一般人とはいえ、メラルーくらいポピュラーなモンスターであれば区別はつく。そのくらいロギィも分かってはいたが、如何せん情報量が多すぎて信じ難いのだ。

 

「ところでどうしてその話を俺に?」

「どうしてって、そりゃあハンターさんだからだろう」

 

 店主はニカッと笑う。つまるところ、ハンターとしてその化け物を討伐なり撃退なりする事を期待しているのだ。

 この村にハンターズギルドは無く、モンスターに対抗する手段も多くはないだろう。そんな中に恐ろしい化け物が現れたとしたら、たまたまだろうとその場にいるハンターに助けを求めるのは当然の事だ。

 

「……まあ、俺がいる間に何かあったなら、できる限りの事はすると約束しよう」

「さっすがハンターさん!」

 

 店主の期待の眼差しを背負いながらロギィは部屋へ向かい、ベッドを前にするや否や横になる。

 

「疲れたな……」

 

 さっきはああ言ったものの、旅の疲れは大きい。万全な状態ならばいざ知らず、この疲労状態では件の化け物とやり合うのは難しいだろう。

 どうしようか、そう考えを巡らせるよりも早く、ロギィは眠りに落ちた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 バキッ、バキバキッ ガラガラ……

 

 夜中、ロギィは何かが破壊される音で目を覚ます。窓から身を乗り出して音のした方向を窺うが、月明かりでは十分な情報を手に入れるには暗すぎる。遠くの建物で何かが動いている事しか分からなかった。

 

「まさか本当に化け物じゃあないだろうな」

 

 昨夜装備を脱がずに寝入ったのは幸運だったか、ロギィは即座に部屋から飛び出す。

 

「おい、どこに行くんだ!?」

「様子を見に!」

 

 同じく起きていた店主の問に立ち止まらずに答えると、全速力で先程見た建物へ駆ける。

 辿り着いた時にはもう建物を破壊した何かはおらず、代わりに音を聞き付けてきた村人達がいた。

 

「何があった?」

 

口々に不安を口にする村人達の中で、最も冷静そうな村人にロギィは声を掛ける。

 

「例の化け物だ!シルエットしか見えなかったが、確かに口がふたつあって、翼があって、そんで地面を駆けて逃げていきやがった!しかも食料をやられた……!」

 

 見ればそこは倉庫。備蓄用と思われる食料品が食い荒らされていた。残った物も破壊された壁の破片や泥を被ってしまって使い物にならない物が多い。

 

「こりゃあ酷いですなぁ」

 

 いつの間にか後ろにいたカルッタスが呟く。

 

「うわっ、ビックリした。いきなり現れるなよ」

「ありゃ、驚かせちゃいました?まあこの際いいじゃないですかそんな事は。それより、随分大変なことになりましたなぁ」

 

 村というものはすべからくモンスターに見つかりくく、侵入されづらい場所に存在する。そうでなければ、直接的な対抗手段を持たない人間の村などモンスターの格好の餌場だからだ。

 つまり、モンスターに村の場所を知られた今、この村は滅亡の可能性すら有り得る。

 ロギィは携帯ポーチの中を見る。回復薬と回復薬グレートが少しと、砥石、ペイントボールなど、前回の狩りで使ったアイテムの残りがそのまま入っている。相手が未知の存在である以上この所持品では少々不安だ。

 ロギィが二の足を踏んでいると、突然カルッタスが大声を上げる。

 

「みなさーん!今からこちらのハンターさんが化け物を退治してきてくれるそうです!」

「おい!」

 

 ロギィの迷いを無視した宣言だったが、村人達には効果てきめんだったようで、村人達は「それなら安心だ」と安堵の表情で帰って行く。

 

「勝手なこと言ってくれるなよ。相手の事、何も分かっちゃいないんだぞ?退治できるかどうかなんか分からん」

「まあまあ、村の人は安心出来た訳ですし、良いじゃないですか。それに、アナタのその装備なら大丈夫ですよ!」

「なんの根拠を持って……」

「あそうだ!これ持って行って下さい。きっと役に立ちますから」

 

 カルッタスは懐から取り出した強走薬グレートをロギィに握らせる。

 

「どこでこんなもの……まあいい、どうせ行くつもりだったんだ。行ってくる」

「お気をつけて〜!」

 

 カルッタスの後押しもありロギィは例の化け物を追う。先日の雨が幸いし、足跡を追うのは容易だった。

 

「この足跡は……鳥竜種か?」

 

 追跡しながら考えるのは化け物の正体について。いくら不死身の化け物と噂されようと、その正体は実在する生物のハズだ。これから対峙する相手を知る意味も含めて何者であるかを考察する。

 ぬかるんだ地面に残った足跡は、大きいながらもイャンクックやドスフロギィなどのような鳥竜種の特徴を感じさせる。

 

「翼があるという目撃情報から走竜、狗竜の筋はないか。だがやけに足跡が多いな……翼があるならば飛んだ方が逃げるには適しているだろうに。……つまり翼はあるものの走ることも得意なモンスター……」

 

 走ることが得意なモンスターと言われて真っ先に思いつくのはロアルドロスだ。ロアルドロスに翼は無いので化け物の正体の候補からは外れるが、ロギィの住むイズデ村とも縁のあるモンスターのため印象深いのだ。

 ロアルドロスは非常に高いスタミナを有しており、そのスタミナの元たる狂走エキスを抽出し、こんがり肉と調合して強走薬グレートにすることでハンターでもその恩恵を受けることが出来る。

 

「そういえばカルッタスから貰ったな」

 

 ロギィは携帯ポーチから強走薬グレートを取り出す。

 

「飲んでおくか」

 

 どこまで逃げたか分からない以上長距離の移動も覚悟すべきであり、そうであればこの強走薬グレートは非常に有用だ。こういう事態を想定してカルッタスはこれを渡してきたのだろうか。一体なぜカルッタスがこんなものを持っていたかは不明だが、ともかくありがたく一気に煽る。

 

「ゴホッ!ゲホッ!な、なんだこれ!?」

 

 喉に突き刺さった刺激に思わず咳き込む。ロギィが飲んだ事のある強走薬グレートとは全く飲み味が異なっていたのだ。

 

「もしかして使ってる狂走エキスの差か……?」

 

 人によって多少の癖はあるものの、余程こだわる者が作った物でなければ調合で出来たアイテムは基本的に同じような味や効能になるハズだ。カルッタスが調合にこだわりを持っているという可能性を除けば、考えられるのはそれしかない。

 確かに狂走エキスは様々なモンスターから取れる。ロアルドロスをはじめ、ディアブロスや特定の魚類などからも採取でき、採取した元のモンスターによって味が違うことは大いに有り得る。

 

「面白いな。今度飲み比べてみようか」

 

 化け物を追っているという緊張感も忘れ、ロギィは強走薬グレートの味に夢中になる。

 

「そうとなれば狂走エキスの調達だな。ええと、狂走エキスを採取できるモンスターは……ロアルドロス、ディアブロス、あと……うん?」

 

 狂走エキスを持つモンスターを指折り数えてゆく中でロギィはとあることに気がつく。居るではないか、狂走エキスを体内に有し地を駆けるのが得意な翼を持つモンスターが。

 ロギィは即座に化け物の特徴を思い返す。

 

「飛んで走って尻尾が長くて、光るし物を盗むし倒したと思っても生き返る……口がふたつっていうのは……モンスターを見慣れない一般人ならそう捉えてもおかしくはないか……フッ、ようやく正体が見えてきたな」

 

 ──バシュン──

 

 ロギィが化け物の正体にアタリをつけたその時、どこからか音が聞こえる。同時に微かに見える光を頼りにその音と光の主を探す。

 

 ──バシュン──

 

 二回目。ロギィも急いで探すが、運悪く月は雲に隠れている。目を凝らして周囲を探る。

 

 ──バシュン──

 

 三度目にしてようやく位置を掴んだ。音と光の主へと思い切って駆け出すが、それも間に合わない。

 

「グアァッ!」

「くっ」

 

 閃光。月すらも隠れた闇夜が一瞬にして白に染まる。真昼の陽光よりも眩い光は瞼を閉じようとも防げず、ロギィの視界はしばらく真白く染まってしまう。

 

「グァッ!グァッ!」

 

 閃光と同時に放たれた叫び声、そして今頭上から聞こえる嘲り笑うような鳴き声から、追っていたモンスターが目の前に居るのは分かっている。しかし視界を奪われては自由に動けない。バランス感覚すらも危うくフラフラとよろめいていると、不意に脇腹に強烈な衝撃が走る。

 

「ぐはッ!」

 

 ロギィは吹き飛ばされ地面を転がる。遠心力が存分に乗ったその一撃は恐らく振り回した尻尾だろう。これまでの情報から推測したモンスターの正体がいよいよ明確になる。

 トサカを打ち鳴らして閃光を発し、ゴム質の皮により自在に伸びる尻尾、狂走エキスを内蔵する程のスタミナと走力、人からアイテムを盗み死んだ振り(・・・・・)をする程の知能を持つモンスターそれは

 

「ゲリョス……!」

 

 閃光にやられた視界が戻る。目の前には推測通りゲリョスがおり、吹き飛んだロギィを見て愉快そうに飛び跳ねている。

 ゲリョス。主に沼地などに生息するモンスターで、毒、閃光、死んだ振りなど、厄介な特性を多く持つモンスターだ。

 ロギィの活動圏とゲリョスの生息域があまり被らないためすぐには思いつかなかったが、村人から得た目撃情報を集約すれば確かにゲリョスの特徴と合致する。「口がふたつある」というのは、恐らくトサカと上嘴の隙間がふたつめの口に見えたのだろう。モンスターを見慣れない一般人が、しかもモンスターに出会ったパニック状態で見たのならばそういった見間違いもありうる。

 無事不死身の化け物の正体はゲリョスであると判明した訳だが、問題はここからだ。

 

「さて、どう戦うか……」

 

 回復薬グレートを飲みながらロギィは呟く。

 以前本でゲリョスについて読んだことがあったため知識では知っているものの、ロギィにゲリョスの狩猟経験は無い。

 ロギィの身につけるフロギィSシリーズには毒への耐性があり、ゲリョスの手強い攻撃のひとつである毒ブレスを恐れる必要がないのは幸いだが、それで安心できないほどにゲリョスの攻撃手段は豊富だ。

 

「ひとまず様子見と行くか」

 

 ロギィは愛用の武器であるダーティファニングを構えて真っ直ぐに駆け出す。ゲリョスは啄み攻撃を繰り出して迎え撃とうとするが、ロギィはそれを難なく回避、懐に潜り込むとゲリョスの発達した脚部を切り付ける。

 

「せやぁッ!」

 

 まずは一撃。研ぎ澄まされたダーティファニングの刃はゴム質の皮を容易く切り裂き、傷跡からは大量の血が流れ出る。

 

「よし、行ける」

 

 ゲリョスはロギィがどこに行ったのか分からないのか、尻尾を振り回して周囲を警戒している。攻撃が通じ、まだ隙があると判断したロギィは更に二撃、三撃と刃を翻す。

 

「そろそろ頃合か」

 

 ゲリョスの足元から抜け出したロギィの後ろでゲリョスが地団駄を踏むかのように飛び跳ねる。ロギィは即座に切り返すと、着地したゲリョスの脚目掛けて再び刃を振るう。

 

「ギョアァッ!?」

 

 先程の連撃と同じ場所を狙った斬撃は見事ゲリョスの体勢を崩す。勿論ロギィはこの期を逃さず、流れるように連撃を浴びせ掛ける。ゲリョスが立ち上がる前に可能な限りのダメージを与えたい。あわよくばこのダメージの蓄積で人間を脅威に感じ、逃走して欲しい。

 しかしそんなロギィの願いも虚しく、ゲリョスは立ち上がるとトサカをピカピカと点滅させて怒りを露わにする。皮膚の薄い場所の血管が浮き上がり、ぎょろりとこちらを睨む視線には明確な殺意が込められている。

 

「まあ、そう簡単には行かないよな」

 

 人里を襲撃する程のモンスターが多少傷つけられた程度で退散などするはずがない。そんな事は元より分かっていたことだと切り換え、ロギィは再びダーティファニングを構える。

 

「狙うべきは……あのトサカだな」

 

 モンスターにとって角やトサカなど、頭部の機関は特別な意味を持つものが多い。ディアブロスやモノブロスの角など言うまでもないし、知能の高いババコンガやその亜種は果実の汁で固めたトサカがリーダーの証となる。

 それに倣って、という訳では無いが、トサカの部位破壊を狙うことによってゲリョスの戦意を挫くことはそれ程非現実的ではないだろう。また、そうでなくとも閃光攻撃という驚異的な攻撃手段をひとつ封じることになるので、それ以降の狩りを有利に進めることは出来る筈だ。

 ロギィは少し距離を取り、ゲリョスの正面に立つ。頭部にあるトサカを狙うにはどうしてもモンスターの視界に入らざるを得ない。

 モンスターの正面に立つのは何度経験しても恐ろしいものだ。自分よりも遥かに巨大な存在を前にすると、そしてそれに今から立ち向かうのだと考えると、どうしたって身震いしてしまう。

 

「でも、やるしかないんだよな」

 

 いくら怖かろうと、ハンターであるからには立ち向かわなければならない。ここで逃げる事は自らの敗北のみならず、村の滅亡すらも意味しうるのだ。

 

「グワァッ!」

 

 ゲリョスがロギィに飛び掛かる。ロギィは即座に横に転がって回避すると、立ち上がりざまに一撃入れる。さらにもう一撃入れられるかとも考えたが、怒り状態のモンスターの隙は小さく、反撃を食らう可能性を考えてバックステップで距離をとる。

 

「グアッ!グアァァッ!」

 

 ロギィの予想通り、ゲリョスは噛みつき、方向を変えて啄み攻撃と連続で追撃してくる。

 回避、回避、隙間に一撃、そしてまた回避。怒れるゲリョスの猛攻をその繰り返しで潜り抜け、気が付けばゲリョスの怒りは収まり、代わりに涎を垂らして疲労を露わにしていた。

 

「今だッ!」

 

 この好機を逃さず、ロギィは項垂れるゲリョスの頭部にダーティファニングの刃を叩き付ける。

 

「せやぁぁぁッ!!」

 

 先程のお返しとでも言わんばかりに連撃を叩き込む。左手に握った剣で切り付けるのみならず、右手に装備した盾でのシールドバッシュをも交えた、或いは双剣での乱舞にも並ぶ猛攻。僅かの隙ながらもロギィの全身全霊を込めた攻撃に、さしものゲリョスも踏鞴を踏む。

 

「ギョァァ!」

 

 ゲリョスも反撃するが、疲労でなまった動きではロギィを捉えられない。

 強走薬グレートの効力からか、全力を込めた連撃を放った後だと言うのにまだ体が軽い。ロギィはゲリョスの攻撃を喰らわないように慎重に、されど大ダメージを与えるべく大胆にダーティファニングを振るう。

 

「グァァ……」

 

 幾度目かの刃を振るった時、ゲリョスが弱々しく鳴き声を上げる。そして大きく首をもたげたかと思えば、糸が切れたように地に伏した。

 

「……」

 

 ロギィは倒れたゲリョスの頭部へ向かう。

 瞼を下ろしぴくりとも動かず、呼吸も感じられない。その様子はまるで本当に死んでいる(・・・・・・・・)かのようだ。

 

「見事なもんだ、知らなかったら騙されるのも仕方がないな」

 

 ゲリョスの行う特殊な行動のひとつ、死んだ振り。自らに危機が訪れると、死を偽装してその場をやり過ごそうとする行動だ。経験の浅いハンターなどは討伐したと勘違いして近づき、手痛い反撃を喰らうのだという。かくいうロギィも知識が無ければ不意を突かれていたに違いない。

 しかしこれが死んだ振りであると知っているのであれば恐れることはない。近付かなければ起き上がりざまの攻撃を喰らうこともないのだ。

 とはいえ、全く動かず地に倒れ伏しているこの状況が好機であることもまた事実。

 

「リスクは承知の上ッ!」

 

 ロギィはダーティファニングの刃を大きく振り上げる。回復薬には余裕がある。反撃をくらう可能性はあれど、ここで攻撃を仕掛ける方が利があると判断したのだ。

 切っ先を真下に向けて振り下ろす。ガツンと鈍い音が響き、ダーティファニングの刃とゲリョスのトサカが激突する。ピキリ、と砕ける音。トサカに亀裂が入り、完全に砕けはしなかったもののもう少しで部位破壊出来るであろうことは明確だ。

 しかし同時にゲリョスの目が開き、ギョロリとロギィを睨む。次の瞬間、ゲリョスはバタバタと全身を躍動させながら起き上がった。

 

「グアァァッ!」

「ぐおッ!?」

 

 ロギィは振り回した頭部に弾き飛ばされ地面に激突する。

 

「っくぅ……痛てぇな……ゲリョス寝入りはもう終わりか?」

 

 ロギィは回復薬グレートを取り出して一気に煽る。悪態を吐きながらビンを捨て、ゲリョスを睨む。あと少し。それで勝ちという確証もないが、今はそれに賭けるしかあるまい。

 

「ギョオッ!」

 

 ゲリョスが毒液を吐き出し。寸前で回避するが地面に着弾した衝撃で飛び散った飛沫が体に掛かる。

 

「毒に耐性のあるフロギィ装備で助かったな」

 

 ロギィは再びゲリョスに接近する。駆け寄った勢いそのままに、ジャンプ斬りで頭部に攻撃を加えようとするも、ゲリョスが上体を起こしたため空振りに終わる。更にゲリョスはそのまま啄み攻撃を行う。

 

「マズいッ」

 

 横に跳んで回避しようとするが、上手く足が動かない。強走薬グレートの効果が切れたのだ。

 

「こんな時に……っ」

「グァッ!グァッ!」

 

 強走薬グレートの効力によってこれまで誤魔化されていた疲労感が一気に押し寄せる。足が重く、回避できないことを悟ると盾を構えるが、跳ぼうとしていた不安定な体勢では満足に受けることは出来ず弾き飛ばされてしまう。

 

「ぐはッ!」

 

 盾を構えたお陰で致命傷を避けられたのは幸運だった。しかし強走薬グレートの効能が切れた今、先程までのように機敏に動くことは出来ず、ここからは地道に少しずつ消耗させて行くしかないのだ。

 ロギィは三本目となる回復薬グレートを飲み干す。

 

「回復薬グレートはあと一本か……」

 

 限界が迫っていることに焦りながらもロギィの頭は冷静だった。

 

「頭だけに集中しよう。目標はトサカの部位破壊、それだけだ」

 

 先程までのようにとにかくダメージを与えようとする戦い方は、長期戦に持ち込めない現状では悪手だろう。今回の目的は討伐ではなく撃退であり、であれば目標を搾ってそこに全力を注ぐ方が良い。

 ヒビの入ったゲリョスのトサカは、あと数回攻撃出来れば破壊出来そうである。自らの限界もさることながら、目標達成もまた目前である事を原動力にロギィは踏み出す。

 

「グアァッ!」

 

 ゲリョスがバタバタとロギィに駆け寄る。そして目前で立ち止まると啄み攻撃を繰り出す。

 ロギィはそれを避けると、攻撃の後の僅かな隙をついて一撃。見事トサカを捉えるが、まだ破壊には至らない。

 ゲリョスの攻撃を回避し、ロギィの攻撃も避けられ。お互い決め手に欠けるような、時間と体力だけが削られて行く状況。ジリ貧、そんな言葉が思い浮かぶが、ヒビの入ったトサカを見て気合いを入れ直す。

 

「あと一撃、どうにかしてねじ込めれば……」

 

 焦っているのはロギィだけではなく、ゲリョスもまたロギィを仕留められないことに苛立ちを覚えているのか、いつの間にか怒り状態になっている。

 そしてとうとうしびれを切らしたのか、ゲリョスは立ち止まると上体を持ち上げ、トサカを打ち鳴らす。

 

「この動き……!」

 

 閃光だ。あと二回トサカが打ち鳴らされれば再び一帯は眩い光に包まれるだろう。そうなる前にロギィは盾で目を覆うとするが、想定外のことが起きた。

 

「グアァァッ!」

 

 ゲリョスが閃光を放った。先程見た時は三度トサカを打ち鳴らしてから閃光を放ったが、今度は一度だけ打ち鳴らして閃光を放った。

 

「怒り状態だからか……!?」

 

 怒り状態になる事によって行動が変化するモンスターは少なくない。それを想定できていなかったのはロギィのミスであり、ロギィは白く染った視界に悔しさを覚えながら歯噛みする。

 

「グアァッ!グアァァッ!」

 

 蹴飛ばされる。打ちどころが悪かったのか頭がグラグラする。視界はまだ戻らないが、手探りで最後の回復薬グレートを取り出して体力を回復させる。

 

「いよいよ後がないな。流石に腹をくくるしかないか……」

 

 このまま決め手に欠けるまま狩猟を続けていれば体力差で負けるのはロギィの方だ。こうなれば無理矢理にでも決め手となる一撃を食らわせる必要がある。ロギィは覚悟を決めると、回復した視界の中心にゲリョスを捉える。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 自らを鼓舞するため、そしてゲリョスの注意を引くため、ロギィは雄叫びを上げて突進する。案の定ゲリョスは真っ直ぐにこちらを向く。ゲリョスの体勢は低く、この位置であれば攻撃は容易に届く。真正面から向かっている分反撃を受ける可能性は高いが、そのリスクは承知の上だ。

 ロギィは跳躍と同時にダーティファニングの刃を振り上げる。ゲリョスは反撃とばかりに噛み付こうと首を捻る。ロギィは起動を修正しつつゲリョスのトサカ目掛けて全力を込めて叩きつける。

 重力の力を借りた一撃はゲリョスのトサカに激突すると、べきりと鈍い音を鳴らして根元から刈り取った。

 

「ギョアァァァッッ!!」

 

 ゲリョスは悲鳴にも似た絶叫を上げ、その痛みに首を振り回して暴れ回る。ロギィは振り回された首にぶつかり地面を転がるが、それでも目的を達成したが故に笑みを浮かべる。

 

「来るなら来い……!」

 

 ロギィはゲリョスを威嚇するかのようにダーティファニングを構える。実を言えば疲労とダメージとで立っているのもやっとな状況だが、それを感じさせまいと鋭くゲリョスを睨みつける。

 

「グアァァッ……!」

 

 ゲリョスが何を思ったのかは分からない。自らを害するハンターの存在に恐れ戦いたのか、それともただ面倒に思っただけなのか。どちらにせよゲリョスは弱々しく鳴き声を上げると、村とは反対方向へ飛び去っ行った。

 

「…………はぁ……良かった……」

 

 ゲリョスの姿が見えなくなってようやくロギィは力を抜く。何とか賭けに勝った安堵と安心で地面に寝転ぶと、今更になって先程ゲリョスの首にぶつかった部分が痛む。しかしもはや回復薬を取り出す気力もなく、ロギィはしばらくその場から動くことが出来なかった。

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 ロギィが戻ると、村人達は既に寝静まっていた。夜明けが近いため早起きな村人は活動を始めているものの、ロギィが出発した時のような騒がしさは無かった。

 ロギィが宿に荷物を取りに行くと、それに気付いた店主が声を掛けてくる。

 

「おお、ハンターさん。化け物を退治しに行ったって聞いたが、どうだった?」

「化け物じゃないさ。あれはゲリョスっていうモンスターだ。一応撃退はしたからしばらくは大丈夫だろう」

 

 ゲリョスは通常ならばこの辺りのは生息していないモンスターだ。ただのはぐれ個体であれば良いのだが、念の為ギルドへの報告はしなければとロギィは心に留める。

 

「何にしろ、これで脅威は無くなったんだ。ありがとよ、ハンターさん!」

「なに、ハンターとして当然の事をしたまでさ」

 

 店主の礼を受け取り、宿を引き払って外へ出ると、丁度カルッタスが出発の準備をしているところだった。

 

「あら、ロギィさん。その様子ですと、無事成し遂げたようですなぁ」

 

 カルッタスは相変わらずのんびりとした口調で話しかけて来る。

 

「何とかな。あんたから貰った強走薬グレート、助かったよ」

「そりゃあ良かった。どうしてか荷物に紛れ込んでましてねぇ。どうしたものかと悩んでたんですが役に立ったなら良かったです。あ、そうだ、良かったらまた乗っていきます?これからイズデ村ってとこに寄ってからユクモの方へ向かおうと思ってるんですがね、途中までになっちゃうかも知れませんけど、どうです?」

「あー……そうだな……俺はイズデ村出身でな。是非一緒に乗せて貰えると助かる」

「それはそれは!じゃあすぐにでも出発しましょう。あ、ロギィさんそっちのロープ結んで貰えます?」

 

 ロギィはカルッタスに感じていた違和の招待を確かめるべく色々と話を聞こうと思っていたのだが、カルッタスの独特なペースに乗せられてそんな暇もなく準備を手伝う事になる。

 結局出発まで聞き出す事は出来ず、ロギィはカルッタスと二人でガーグァの引く荷車に揺られながら、またもやカルッタスのペースに乗せられていた。

 

「いやぁ流石ハンター、色々な経験をお持ちで」

「まあな……あんたもだろ?」

「……と、言いますと?」

 

 カルッタスの表情が変わった気がした。表面上はいつも通りの呑気そうに緩んだ顔だが、纏う空気が張り詰めたように感じる。ロギィとしては少しカマをかけてみたつもりだったが、どうやら当たりかも知れない。

 

「あんた、俺を送りだす時に『その装備なら大丈夫』って言ったよな。この装備はフロギィSシリーズ、上位の素材を用いた装備だが、フロギィ装備は上位と下位の装備に見た目の違いは無い。にもかかわらず『大丈夫』と言い切れるって事は、あんたには上位と下位の装備の見分けが付くって事になる」

 

 ロギィはカルッタスの様子を見る。カルッタスは髭を撫でながら何も言わず、黙って話を聞く。その様子は口頭試験を行う際の教官のようで、ロギィは少し緊張しながら続ける。

 

「それだけじゃない。あんたがくれた強走薬グレート、あれは狂走エキスから作られるものだ。狂走エキスの採れるゲリョスが相手である事をあの時点で分かってたんじゃないか?『その装備なら大丈夫』っていうのも、フロギィSシリーズに毒耐性があることを分かって言ってたならより納得が行くし、あの噂から化け物の正体がゲリョスだと分かるのはハンターくらいだろう……あんた、ハンターだろ?」

 

 正直、ロギィ自身カルッタスの言動や行動を意味深に捉えすぎな気はしている。もしカルッタスがハンターであればロギィの感じていた違和にも納得が行くというだけで、あれこれ理由を並べ立てたものの、結局のところカルッタスがハンターであると考えた一番の理由は勘だ。

 

「…………」

「…………」

 

 両者の間に沈黙が流れる。御者のアイルーも何も言わず、カルッタスは俯いて黙りこくっている。

 しばらくの沈黙を破ったのはカルッタスだった。

 

「……ぐごー……」

「おい!」

 

 いびきで返事をするなんて器用なやつめ……と思いつつ、ロギィはそれがゲリョス寝入りであることに気が付いていた。

 

「ま、答える気がないならそれでいい。ゲリョス寝入りに騙されてやるさ」

 

 なにも深入りする程の事ではない。カルッタスに答える気が無いのであればこちらも聞く必要は無い。

 静かな帰路にはガラガラと荷車の走る音だけが響く。ロギィは荷車の行く先を見据えながら、ローサへの良い土産話が出来たなと考えるのであった。




今話もお読みいただきありがとうございます。
ゲリョスは現実世界における狸的な立ち位置にいるのではないかと勝手に考えています。死んだフリ、閃光、見た目以上に伸びる尻尾など、如何にも化かしてきそうですし。モンハンの世界では頭に葉っぱを乗せて変化するゲリョスの絵巻が残ってたりして欲しいですね。
カルッタスというキャラクターはモンハンの公式小説に登場するキャラクターを勝手ながらお借りしました。気になる方は是非柄本和明様の書かれたモンスターハンター公式小説「蒼天の証」をお読みください。
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