証明することが不可能か非常に難解である事象を黒龍に例えたものをいう。
ある晴れた日の水没林。ロギィは「誰か」を探して狩場を歩き回っていた。
「やっぱり見つからん。人間の足跡は見つけたけど、何の手掛かりにもならん」
木陰に座り水を飲む。小腹を満たすため携帯食糧を口にすると、月が高くなりつつある事に気がついた。村を出たのが夕暮れなので、探索を始めてから数刻は経過している。
はあ、と溜息を吐くと、湿った地面に背を預けた。
「あー、面倒だ。もう帰っても良いかな」
既に水没林を一周したが、「誰か」へと繋がる明確な手がかりは見つかっていない。
そもそも何故こんな事をしているのか、そして「誰か」とは一体何者なのか。事の発端は今日の夕暮れ。
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「大変だローサちゃん! 水没林に誰かいるんだ!!」
陽も山の陰に隠れようかという頃、薬屋のクヤサが興奮した様子でクエストカウンターに走って来た。
「一旦落ち着きましょう、クヤサさん。水没林にも人ぐらいいますよ」
水没林はなにも閉鎖された土地でも、イズデ村の所有地という訳でも無い。別の村でクエストを受けて水没林に来るハンターもいるだろうし、単純に通り道として通る人だっている。 それを伝えクヤサを宥める。
「すまない、落ち着いたよ」
「大丈夫ですか、水没林に人がいることは変でも不思議でもないですからね」
呆れたようにローサは言うが、クヤサは真剣な顔で返す。
「違うんだ、ただの人じゃないんだ。なんかこう、空を飛んでたんだよ!」
空を飛ぶ、と言えば操虫棍だろうか。
「操虫棍という武器はご存知ですか?棒高跳びのように跳躍して、その後も空中を進めるらしいですよ。それじゃないですか?」
「それを聞く限り僕の見たのとは違うな。僕が見たのは、腕から紐のような物を出して飛んだり、空中にぶら下がっている人だ!あれが何か気になって夜も眠れそうに無いよ!」
「私に言われても困りますって」
「そうだ!依頼を出すよ!そうしてロギィ君に調べて貰おう!」
「それはちょっとロギィさんが可哀想ですよ」
これには流石のローサも同情する。居るか居ないか分からない存在を探すなど不可能に近い。黒龍の証明というやつだ。
「そこをなんとか!このままじゃ夜も眠れないし仕事も手につかないよ!」
クヤサは村唯一の薬屋で、診療所も兼ねている。そのクヤサが仕事ができなくなっては、村の今後に関わりうる。ここはロギィに犠牲になって貰うしかないようだ。
「分かりました。ロギィさんに水没林を探索してもらいましょう。それで何も見つからなかったら諦めて下さい。良いですか?」
「勿論だ。よし、じゃあ早速行ってもらおう!ロギィ君はどこだ!?」
「家だと思いますけど……どうかお手柔らかに!」
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という感じで押しつけられたのだ。
「全く迷惑極まりない……」
とは言えロギィ自身もクヤサには世話になっている。正直今すぐにでも帰りたいが、クヤサに仕事を投げ出されては非常に困る。
「しっかしどう探すかなぁ」
月明かりが有るとはいえ今は夜。見通しが悪い上、物陰にでも居られれば影に紛れて視認は難しい。
加えてクヤサから貰った情報によると、その「誰か」は紺色の装束を纏っていたという。
ロギィの着るフロギィSシリーズのように目立つ色だったならば良いが、紺色となれば闇夜に紛れて発見はより困難となるだろう。
ひとまず策を講じようと胡座をかいて地図とにらめっこしながら唸っていると、突如上方から何かが落下、ロギィの背中に衝突した。
ロギィはその何かに押しつぶされ、潰れたカエルのように地面に密着してしまう。
「ぐえっ」
「なっ、申し訳ない!」
謝罪の言葉と共に背中が軽くなる。どうやら落下してきたのは人間だった様だ。
「いたた……」
立ち上がって見ると、見た事のない紺色の装束を纏った水色の髪で険しい顔の男がキッチリ45度の角度で頭を下げていた。
「すまない、私の不注意だ。お詫びと言ってはなんだが、これを受け取ってくれ」
男は懐から箱を取り出す。
「これは?」
「私の住む里の名物、うさ団子だ」
箱を受け取って開けてみると、かわいらしい三色の団子が入っていた。ユクモ地方にも似たようなものがあるが、この団子は上から飛び出た二股の串と、ゴマでかたどられたうさぎの顔が特徴的であった。
「頂こう」
男が心配そうに見守る中、箱から取り出して口に運ぶ。
「いいかがだろうか」
最初に口に入るのは、一番上に刺さっている水色の団子。口に入れれば鼻まで突き抜けるミントの清涼感と鼓舞されるような感覚。続いて黄色と黒の団子。口の中に広がる鋭い刺激。最後の茶色の団子は、先程の刺激を和らげるようなまろやかな栗の味。男の言葉に返事をするのも忘れ、あっという間に完食した。
「美味い!!」
これまで食べたどの甘味よりもおいしかったと言っても差し支えないだろう。敢えて不満を挙げるとすれば、この場に熱々のお茶がない事ぐらいか。
「口に合ったようで何よりだ」
男も嬉しそうに頷く。
うさ団子を食べて満足したロギィは、気になっていた事を尋ねた。
「これまた食べたいんだけど、アンタの里ってどこだ?」
「カムラの里という所だ。ユクモ地方の更に向こうに位置している」
「随分と遠くから来てるんだな。どおりで見たことない装備をしている訳だ」
ここからユクモ地方もそう近くないが、その更に向こうとなればかなりの距離だろう。そんな遠くから一体何の用だろうか。
「ああ、実はヨモギ……うさ団子を作った少女が新作の団子を作ろうとしているのだ。そのインスピレーションを得るために幾つか素材を集めて欲しいという事で、水没林に訪れたのだ」
あんなにも美味しい団子を作れるのにまだ新作を作ろうとするとは、ヨモギという少女は随分と団子作りに精力的なようだ。
しかも「インスピレーションを得るため」に指示された素材は毒妖鳥の大喉袋だったり人魚竜の微睡み粉だったりと団子とは一見関係なさそうなモンスター素材であるため、創造力も相当な物なのだろう。
「今から帰る所だったのだが……疲れたのか注意力が散漫になっていたのだろう。翔蟲の数を見誤ってしまった。一度休んだ方が良いかも知れないな」
先程ロギィに激突した事を思い出しているのだろう。男は申し訳無さそうな顔をするが、ロギィはその言葉の中に聞き覚えのない単語を見つけた。
「カケリムシ……?って、なんだ?」
数を見誤ると言うからには消耗品だろう。そしてムシ。欠理虫……?食すと理性を欠かす事によって強壮効果を得られる……みたいな感じだろうか。などとカケリムシの正体を想像してみる。
「ああ、里の外ではあまり馴染みが無いか……」
そう呟くと男は懐から空色の手のひら大の蟲を取り出した。
「これが翔蟲だ。端的に言えば、強靭な糸を出す強力な蟲、と言ったところか。見ていてくれ」
男が空に腕を突き出したかと思えば、手から水色の糸が発射され、その糸に引っ張られるようにして男の体は宙を舞う。
「……えっ?」
新大陸のハンター達が「スリンガー」と呼ばれる装備で、様々な場所に捕まったり移動したりする、という話は聞いたことがある。
しかしそれはスリンガーの先端を引っ掛ける場所があってこその芸当だ。虚空に糸を発射して翔ぶなど聞いたことがない。
ロギィがあんぐりと口を開けていると地面に降り立った男が戻ってくる。
「移動だけでなく戦闘にも活用する事が出来て、カムラの里のハンターには欠かせない蟲だ」
「へえ、面白い生き物もいるもんだな」
「そういえば、貴殿は何をしていたのだ?」
「ああ、人を探しててな。俺の住んでる村の人が、青い装備で自在に空を飛ぶ、奇っ怪な人物を見たって言うんだ」
まるで黒龍の証明のような難題だ、と途方に暮れていることを話すと、男は少し考えてから口を開く。
「ふむ……黒龍は案外近くにいるかも知れないぞ?」
「ははは、それだったら楽で良……あっ」
紺色の装束に翔蟲で宙を舞う姿。クヤサの言っていた特徴と目の前の男の特徴は見事に一致する。
「黒龍、いた」
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「という訳でバオクだ」
「明日まで世話にならせて頂く」
丁寧にお辞儀をする男もといバオク。名前は道中教えて貰った。
「おお!キミがさっきの!はやく飛んでみせてくれ!」
興奮しながら自身に張り付くクヤサに少々困惑しながらも、翔蟲の説明をしたり実際に使ってみせるバオク。物珍しさからか、深夜にも関わらず他の村人達も集まって来ている。暫くはあのまま解放されないだろう。
「見つかって良かったですね。ロギィさんが明け方まで水没林を彷徨かずに済んで、私も嬉しいです」
いつの間にか近くにいたローサが言う。
「ホント良かったよ。心配してくれてありがとうな」
ロギィがローサに向き直る。
「だが俺は知っているぞ。俺を犠牲にしたのはローサ、お前だと言う事を……」
ローサは目を逸らしている。とぼけた表情をしているが、額を流れる冷や汗が隠せていない。
「…………」
「…………」
「夜も遅いですし私は寝ますね、ではっ」
「待てっ」
逃げ出したローサを追いかけた後、ロギィは村人から解放されたバオクを家で休ませ、翌日、バオクは朝食もそこそこにカムラの里へと帰って行った。
後日、ロギィがカムラの里からうさ団子を取り寄せようと行商人に頼み込んでいる姿が目撃されたとか。
バオク
カムラの里の忍び。狩猟はあまり得意では無いが対人戦や情報収集が得意。