本間王家は祝福されている。そう評される王家がある。
才覚やその治世によって長く続く王家だ。そしてそんな王家に新たに生まれた王女がいた。
「鳥は何で飛べるの?」
「この料理はもっと○○した方がいいよ」
「水浴び気持ちいい」
「○○可愛い」
そんな風に無邪気に、でもすくすくと育って
「おっ?ライン越えか」
元気に育っていった。育っていくにつれ、名前の通りの可憐で無邪気な笑顔が人々を魅了していった。
そして運命の歯車とは残酷なものと、のちの歴史家が評するのは、彼女の教育係たちの運のなさだった。
王家とは、貴人とは、貴方様とは、そう歪んだ情報を嘯いていった。だがそんな歪んだ情報の正誤も彼女は理解していたと思われる。
最初の犠牲者は、王女に偽りの言葉で惑わそうとした教育係一だった。
「鳥が飛べるのに、彼女は跳んだだけだったよ」
七番目の犠牲者は、王女を毒殺しようとした料理番だった。
「私が食べたものを料理長にも上げたんだよ」
十二番目の犠牲者は、王女を溺死させようとした侍女だった。
「水浴びが気持ちいいって教えてあげたんだよ」
十七番目の犠牲者は、可愛くなくなった側仕えだった。
「可愛いままがいいよね」
明るい雰囲気のまま、彼女は無邪気に狂気を振りまいた。一時期他国への輿入れも噂されたが、何故か相手方の国がごたごたしたせいで、噂も白紙に戻った。
運命の歯車は回る、何を巻き込もうとも止まることなく回り続ける。
本間王家は呪われている。そう評される王家があった。
明るい暖かい太陽も近づきすぎれば溶けて、燃えて、焦げてしまう。直視し続ければ目は焼かれ、盲目になる。そう、この王女はその類のものだった。あまねくすべてに温かさを享受させつつ、信仰の対象として君臨し、盲信をさせていった。
だがいずれ、太陽も地平線に沈む。その時、その場所に立ち会えないことを嬉しく思うべきだろうか。哀しめばいいのか。私も判断がつかなくなっている。明日の処刑でこの文も途絶える。
できることであれば、この文章が日の目を見ないことを祈る。
名もなき政治犯の独房日記より
今日、第二宰相が処刑された。女王様はニコニコとその様子を報告に来た処刑人の話を聞いていた。私は初めて女王様を何か別の存在に感じた。人ならざるなにか、私達常人には想像を絶する存在に感じられた。
ああ、この方こそ我々を導いてくれる方なのだと。
国民の多くに支持され、そして今なおこの国をよりよく浄化しているこの方こそ、この国をより繁栄発展させる、希望の太陽なのだ。
太陽に逆らう、神に近しい存在に逆らうなど、全く意味のないことだったのだと、今迄の罪人たちを見てきたからわかる。
ああ、この栄誉ある大役をこれからも永く、永く続けられることを願ってやまない。
とあるお世話係の日誌より
「変なの~、私は私がいいと思ったことをしてきただけなのに。周りが許せないなら言えばいいんだよ。何も理由なく処罰を下すわけじゃないのに。同じ事をされる度胸がないなら、すべきじゃないよ。命を軽んじるのであれば、軽んじられると、命を狙うのであれば、命を狙われるのだと、王座から引き摺り下ろすなら、同じく引き摺り下ろされる覚悟を持たなきゃ。ね?」