王城の一室。
「それでは、これで今日の授業は終了になります」
魔女はそう言いながら、いそいそと教材を片付け、さっさと出ていく。
仮にも王族並びに貴族の子弟がいる部屋からの迅速な撤退である。
(ザワッ……)
少し騒がしくなったが、概ね予定調和である。彼女は時として誓約を重んじる。
彼女の誓約は、この国にいる間に彼女自身の知識を落とし込んで国に還元する。その代わり彼女には国での自由と、城内部の禁書を含む図書館の蔵書の閲覧の自由が確約されている。因みに禁書の類は国としての恥部から精神崩壊を起こすもの、外敵排除行動を起こすもの、書としての装丁を逸脱したもの等の魔女などや一部の人々にしか閲覧できない類のものである。
そして図書館
「はぁ~、疲れた~」
空気の抜けたような擬音が出てきそうなほど、ダラッと自作の司書スペースに倒れ込む魔女。
先程までの冷淡な美しさからは決して想像しがたいお姿である。因みに講義の類では淡々とした口調とともに、子弟達の質疑応答を行う姿から『冷笑の魔女』などと呼ばれているとか、いないとか。
まあ実際のところは、知識を求めて東奔西走、南船北馬していたら、今回はこの国に腰掛けている状況なだけだったりする。そして彼女は
「~♪」
常人には聞き取れない、いや理解すれば激しい頭痛に襲われること間違いなしの、術式を呟き、手を軽く振ることで、周囲に本が舞うことになる。
「……ん~、やっぱりここが一番落ち着く、雑事はないし、蔵書は読み放題、たまに準禁書の類がシレッとおいてあったりするけど、そのおかげで滅多に人も寄り付かないし、知識を満たすうえで、他の奴らとブッキングもしてない。離れるのが惜しいくらい」
『なら離れなくてもいいんですよ?』
シレッとその場にいるのは胡散臭い笑顔を仮面にしたかのような微動だにしない表情を浮かべたローブを着た。
「魔法使い……相変わらずの神出鬼没っぷりはどうにかならないの?」
『ハハッ、私の性格はなんとなくわかるでしょうに?』
「悦楽主義、かと思ったら困った問題をさっと解決したり、よりややこしくしたり、貴方を深く知る事は時間の無駄と先代からも言われてるわ」
『うんそうだね?でだ、この国を出るのかい?』
「一所に留まる事勿れ、もし留まるとしたら、次代を担うモノを育成する時か、骨を埋める場所のみに」
『魔女の掟か』
「あなたも同じようなモノでしょうに」
『僕はまだ次代を必要としてないし、僕の場合は呪いに近い形で一か所に留まったら、周りがね?』
「はぁ~、世界中の珍名所の解き明かせないモノは、大体あなたのせい」
『間違いない』
ケラケラと表情は変わらないのに笑う姿はまるで人形劇を見ているようだ。
『でも冷笑の魔女が去った後この国どうなるんだろうね?』
「知りません、誓約はもう十分果たして、利益も十分もらい受けました。発展するにせよ、衰退するにせよ、群雄割拠の内紛になろうとも、それを見るのは私ではありません。風の噂で流れてくる程度でしょうし」
『う~ん、君は本当に』
「何ですか?もしこの国の王が新たに誓約を望んでも、断ります。私を満たす見返りをこの国が用意できると思いませんし」
『まあそうだね。向こう数十年から百数十年単位で、魔女の求める見返りがあるとは言えないし、君が求めるモノは移ろい易いから何とも言えないけど』
「まあ、今の代じゃなく次代か次々代になるのは確か」
『じゃあ、また縁が交わればその時にでも』
「できれば百年単位であなたには会いたくないわ」
現れた時と同じく、フッとまるでその場にいなかったかのように消え去った魔法使い。
濃密とまで言える魔力の濃度が緩む。
「魔法使いが国の中枢に出現したら、ここが魔都に改名されちゃうでしょうが。郊外でも害、都市部ではもっと害、本当に魔法使いは度し難い」
因みに、彼女が国を去る際に皮肉交じりに『馬でも芋でもなくなりましたから、この微笑みをもって、誓約は完了となります』と言ったとか言わないとか。
なお魔女が去った国の図書館には、国の恥部になる禁書以外の冒涜的な禁書に関しては厳重な封印処置や隔離がなされていたそうで、重篤な被害はなく、たまに若干世界の根幹を覗き見る程度の準禁書の軽い被害はあったそうだが、概ね図書館の利用が簡単になったとのことだ。