『都子ちゃん。この写真の男をよく覚えておいて欲しい』
いつになく真面目な声色の天翔さんが取りだした写真には、口元に傷のある鋭い目付きをした男が映っていた。
『この人はだれですか?』
『都子ちゃんもいつかは呪術師として1人で活動することになるだろう。その時に────この男と出会ったら、何も考えずに逃げて欲しい』
『それでは呪術師としての役目が……』
『何も考えてはいけない。直接会えば絶対にわかる。彼は最早人間では無い。僕達とは別の次元に存在する怪物だ。彼の名は……』
「禪院、甚爾──!」
記憶の奥底、かつて天翔さんからその名を聞いていたことを激痛のショックで思い出した!
「あ? 俺の名前知ってるやつがいるとはな? ……て、よく見りゃ清岡が引き取ったとか言う赤血操術のガキか! 大方、お人好しの天翔から俺の話でも聞いたか。やっぱアイツは殺しておくんだったな」
「都子! 大丈夫なのか!?」
大丈夫なわけが無い。
アイツ、私が急いで理子ちゃんの前に飛び出ながら、頭部に呪力を集めてガードした事を理解した瞬間に、反射よりも早く自身の体を動かして弾丸の方向を私の心臓狙いに変更しやがった!
既に指にかけていた引き金が引かれるまでに0.1秒もなかったはずだ。判断の速度が明らかに人間のソレを超えている。
────コレが、天与呪縛により呪力の代わりに驚異的な身体能力を得たと言われる男、禪院甚爾。
睨みつけられただけで吐き気がする。
直感的に自分がここで殺されるのが理解出来てしまう。
「咄嗟に術式を使ったけど……心臓がちょっと傷付いた。あんまり長時間は動けない」
付けられた心臓の傷が悪化しないように、意識の大半が体内の血液操作に持っていかれる。
この状態であのバケモノと戦うのは、はっきり言って分が悪い所の話ではない。しかし向こうの狙いは恐らくは星漿体──理子ちゃんの抹殺だろう。ここで戦わなければ理子ちゃんは殺される。
「てか1級二人に特級一人が護衛とか、さすがは星漿体様々って感じだなおい。はー、せめてあと一人いなければ今ので終わったんだがなぁ」
事実上の呪術師の階級の最高位である1級術師である私達を前にしても、禪院甚爾は怯えたり焦ったりするどころか、めんどくさいで切り捨てている。
「……どういうことだ。何故お前がここに?」
「何故って、そこの
「そう言うことを聞いてるんじゃない。お前は、悟が────」
「あ、そういうこと。────五条悟は俺が殺した」
現代最強の呪術師を殺したと、術師殺しはまるで虫を1匹潰した程度の軽さで口にて見せた。
はーい皆さんこんばんは■■■■です。
前回あんな切り方したから驚いたでしょうが、まだギリッギリ予想の範囲内なのであくまで演技でございます。
とりあえず初手星漿体暗殺は防ぐことが出来ましたねいやーよかったよかった。
いや、良くなかとよ(方言)。
この作品屈指のステゴリラことキングコング伏黒甚爾相手にデバフ引きずって勝てるわけねぇじゃん。こりゃもうミヤコちゃんには1回死にかけて覚醒してもらわなきゃ勝てないだろうけどそれでも勝率は二割あればいい方かな?
とりあえず理子ちゃんがまだ生きているので夏油が冷静さを保っているのと、幸いにも夏油とミヤコちゃんの術式は相性が良いのでどうにか……ならねぇわおい。
おいおい死んだわアイツら。
傑の内側から大量の呪霊が湧き出す。
最初からトップギア。一切遠慮のないその攻撃は相手への警戒度の表れ。五条悟を殺した相手ともなれば当然だろう。
「え、な、何が起きてるの!?」
「理子ちゃん。ちょっと狭くて悪いけれどコイツの口の中に入っていてくれ」
「……わかった」
理子ちゃんを呑みこんだ呪霊はそのまま分裂して数を増やし、薨星宮の至る所へと飛んで行った。こうすれば戦いに巻き込まれることも、理子ちゃんばかり狙われることも無い。
「都子、アイツについて知っているのか?」
「ちょっとだけね。天与呪縛によって呪力が完全に0となり、それで逆に呪力に対する耐性と人外の身体能力を手に入れた化け物だよ」
殺到し標的を貪ろうとする呪霊の波に飲み込まれた術師殺し。
これで死んでくれればどれだけ良いかと思うけれど、そんな簡単に死ぬような相手が五条悟を殺せるわけが無い。
「なるほど。烏合だな」
剛剣。
いつの間にか手に持っていたのは柄の部分に毛皮の装飾の施された剣。ただならぬ呪力を纏ったそれを軽く振り回すだけで、台風の如き暴風を生み出して呪霊の群れを一網打尽にしてしまった。
「物知りなお前達にいい事を教えてやるよ。俺は禪院じゃねぇ」
術師殺しの姿が消える。
ワープ? いや、アイツは天与呪縛により呪力が無いから術式は使えないはず。じゃあ呪具の効果か……?
「婿に入った。今は伏黒だ」
背後から、閨で女に囁くような優しい声が聞こえた。
振り返るよりも早く刃が私の首を胴体と泣き別れさせ────
「……チッ。烏合だが、よく飼い慣らされてやがるな」
その直前。傑の操る虎型の呪霊が私の服を噛んで引っ張り、ギリギリのところで避けることが出来た。
だが、全く反応出来なかった事実は変わらない。こと接近戦においては、恐らくあの術師殺しよりも強い生物はこの世に存在しない。
「私が呪霊を使いヤツを引き付ける。都子には『アレ』があるだろう。『アレ』ならばヤツを捉えることが叶うかもしれない」
傑の言うアレとは恐らくは『穿血』の事だ。
穿血の初速は音速を超える。如何に人間離れした相手とは言え、今まで鍛えてきた私の穿血ならば圧縮する時間さえ作れれば音速の二倍程度……先程術師殺しが使った拳銃なんかよりもずっと速い速度を実現できる。
「それと、以降は木霊を貸す。会話はそれで行うぞ」
小さな二体の呪霊が私の口と耳元にへばりついてくる。
これは『木霊』。聞き取った音を繰り返す呪霊だ。擬似的な通信機としての役割を果たしてくれる。
「……行くぞ」
「引き付け、頼んだよ!」
私達は互いに反対方向に走り出し、術師殺しを挟み込むような形をとる。
赤血操術は御三家の、加茂家相伝の術式の一つ。相伝術式のメリットは初めから取説が存在することだが、デメリットは情報が漏れやすいこと。御三家の一つである禪院生まれのヤツならば間違いなく『穿血』のことは知っている。
ならば、やつが先に狙うのは────。
「まずはお前からだ」
この術式の強みは近距離では『赤鱗躍動』を組みあわせた体術で。中距離では『赤縛』や『刈祓』を始めとした多彩な技で。そして遠距離になれば『穿血』で一方的に相手を屠る。当然ながら近距離戦闘でもこれらの多彩な技を使うことは可能であり、どのような状況でも有利に戦うことが出来る万能性だ。
だが────。
「──今の私はお前のさっきの銃撃で心臓に傷を付けられた。体内の血液操作に関しては心臓の保護で精一杯で『赤鱗躍動』は使えない」
「へぇ、なら尚更近づいて殺すだけだ」
元よりこのバケモノと近距離で殴り合えば確実に死ぬ。
ならば近距離戦闘は捨て、情報開示での威力の底上げの『縛り』を行う。
「『虹龍』!」
私へと向かってきた術師殺しの無防備な背中へと、傑の呪霊が牙を剥く。
巨大な龍の形をした呪霊『虹龍』は傑の呪霊の中でも最高硬度を誇る。悟に一回真正面から術式順転『蒼』を喰らわせられたのに消えていないということが何よりの証明だ。
「わかりやすい隙を見せると、攻撃が単調になる」
最高速度から踏み込みだけで停止した術師殺しは、体を回転させながら後ろへと飛ぶ。
目の前に迫る虹龍の顎。それに対して術師殺しは体に巻きつけた呪霊からまた新しい呪具を取り出して真正面から斬り掛かる。
体の捻りと重力を最大限利用した斬撃。悟すら一撃で殺せなかった虹龍が、顎から体を寸断され消滅する。
「順番なんてどっちだっていいんだよ。要は勝てばいいんだからな」
どうやら体幹やバランス感覚、それに筋肉の瞬発力まで呪縛で強化されているようで今度は私ではなく、傑の方へと走り出す。
「『穿血』!」
だがこちらも既に『百斂』を終え、圧縮した血液を放つ準備は完了していた。
今度は私が奴への背中へと向けて穿血を放つが、やはり簡単に横に跳ばれて回避される。
「──『穿血・急流』」
穿血を放った状態で手を術師殺しの移動した方向へと動かす。
そうする事で放たれた血液の槍は今度は私の意思で動く血液の鞭と化す。焦って横に
「うおっと、危ね」
…………は?
空中にいるヤツの脇腹に叩き込もうとした一撃が、まるで液体のように身体をねじ曲げられて回避される。傑が続け様に放った呪霊も容易く切り刻まれ、私達は再び距離を取り状況がリセットされる。
いや、今のはなんだ。
コイツは間違いなく呪力が無い。ならば術式を扱うことは出来ないはずだ。
なのに、まるで液体のように体が動いたアレは術式のようにしか思えない。一体どんなカラクリが?
「知りてぇなら語ってやってもいいぞ?」
「都子、どうする?」
「……情報の開示による『縛り』での強化より、正体不明の能力の方が怖い」
私達は黙って腰を落としながら術師殺しが口を開くのを待った。
「簡単な話だ。俺は天与呪縛で身体能力が強化されている。身体能力ってのは筋力とかだけじゃねぇ。体幹、反射神経、動体視力、柔軟性、それから五感。天元の隠す結界を潜り抜けてここまで辿り着いたのも、残穢なんてなくても匂いを追えばそれで終わりだ。どうだ、納得出来たか?」
納得出来るわけあるか!
なんだその馬鹿げた身体能力は! あの動きは骨がある生物にできる動きじゃなかったぞ!
私達呪術師が術式の力で人間には出来ない事が出来る者達だとすれば、ヤツは人間の究極。人が出来る技を究極まで突き詰め、練り上げ、辿り着いた進化の最奥。正しく『超人』だ。
「それじゃ、開示も済んだし終わりにするか」
「「ああ。お前の命をな」」
会話の終わり。
それを合図に傑は隠しながら周囲に展開していた呪霊を一斉に術師殺しへと差し向ける。
同時に、私は無理やり『赤鱗躍動』を使って距離を詰める。それだけで心臓の傷が悪化して痛みで意識が飛びそうになるが、そんなことを気にしている余裕は無い。
穿血のような点や線での攻撃はコイツの馬鹿げた身体能力の前では当てることは難しい。だからこそ、『面』での攻撃が必要だ。
「全力でヤツを縛り上げろ!」
百足、蛇等の形をした呪霊が殺到し、全員例外なく叩き切られる。太刀筋を捉えることすら出来ないが、私は何もヤツと殴り合いをする訳では無い。そもそもそんなことしたら絶対に殺されるし。
「『超新星』!」
投げつけた圧縮された血液が解放され、術師殺しの周囲を血液の散弾で包み込む。
それでもバケモノらしくヤツは飛び上がって身を捻りながら全方位から迫る血の嵐を器用に叩き落としていく。
「今だ傑!」
「畳み掛ける!」
飛び上がった術師殺しを巨大な蛭のような呪霊が丸呑みする。それだけでは簡単に脱出される。だからこそ畳み掛けると傑は叫んだ。
その呪霊を更に大きな呪霊が丸呑みし、それを更に大きな呪霊が丸呑みする。
そうする事で稼がれた僅かな時間。
血液パックから取り出した血液を限界まで圧縮し、呪霊の腹の中で動く術師殺しへと向ける。
呪力の無い術師殺しを目視できない今、追うべきはヤツの手にあった呪具と体に巻きつけていた呪霊の呪力。
「『穿血』!」
放たれた血槍は呪霊を穿ち、そのまま反対側の壁に綺麗な穴を開ける。
……そして、ヤツの体に巻きついていた呪霊の呪力が消失した。未だにヤツが呪霊の腹を裂いて出てくる様子はない。
もしかして、死んだのだろうか? 私達は、あのバケモノに勝ったのだろうか?
ふぅ、と大きなため息をついて瞬きをしッ
はーい、解説ターイム!
多分、パパ黒くんは穿血を食らってなんかいません。ミヤコちゃん達の作戦を完全に読んで、呪霊の腹の中ですぐさま武器庫呪霊と手に持っていた武器を捨て、穿血を回避したあと、自分で武器庫呪霊を飲み込んだんでしょう。
呪力の無いパパ黒の臓器はもちろん呪力がないので、その中に隠れられれば呪力を追うことは出来ないどころか、傍から見れば消えたようにしか見えない。
そうして殺したと思って油断したところで、なんと武器庫呪霊の中から石を取り出して全力投球。頭部にクリーンヒットしたミヤコちゃんは意識が飛んで残念ながら敗北となりました。
はい。
ナニソレ?
あまりにも巫山戯てますね。
まずね、呪霊に食べられたら普通それで死にますからね。
しかし我らがミヤコちゃんもここでは終わりません。本当に追い詰められてからが本当のスタートなのです! さぁ立てミヤコ! いやマジで立ってくださいお願いします! お願いしますから立ってください一生のお願い! なんのために今まで『精神』と『知性』を上げたと思っているんだミヤコォォォォォォォォ!!!
「──────っぅ」
激痛で飛んだ意識が、これまた激痛で呼び戻される。
自分が何をされたのか、一瞬であったが理解出来ていた。
呪霊の腹の中からの投石を喰らったのだ。
咄嗟に頭部に呪力を集中させて守ったのと、本当に偶然ヤツが投げた石が脆かったおかげで致命傷は免れたが、本当なら今の一撃で私の頭はザクロみたいにぐちゃぐちゃになっていただろう。
血は、既に止まっている。
赤血操術の利点は相手の攻撃による失血も最小限に抑えられる点だ。
だが、頭部に受けたダメージは深刻で平衡感覚が覚束ず立ち上がることが出来ない。
呪力操作も散漫になり、上手く心臓の保護が出来なくなって自らの鼓動で傷が広がり始めた。
……視界の先では、傑の奥の手の一体である仮想怨霊『口裂け女』が切り裂かれ消滅し、傑本人も吹き飛ばされたのか壁にもたれかかって血を吐いている。
『呪霊操術使いのお前を殺せば飼ってる呪霊がどうなるか分からねぇからな。
傑の方の木霊が拾ったであろう術師殺しの言葉が私の耳に届く。
くそ、そういう所まで頭が回るなんていい加減卑怯と言いたくなる。脳味噌まで筋肉みたいな身体能力しておいて、戦略において私達は全て術師殺しに一歩先をいかれた。
二人がかりで挑みながら、与えられた傷は目視では見つけられないほど。
……完敗だ。
傑は見逃されたとしても、このまま私は殺され、ヤツの五感ならすぐに隠していた理子ちゃんも見つかって殺され、全てが終わりだ。
どうにもならない現実というものがゆっくりと私に忍び寄ってくる。嫌だ、死にたくない、天翔さんが助けに来てくれないかな。なんで悟のヤツ負けてるんだよ。私はお前の強さだけは尊敬していたのに。それじゃあいい所ないじゃん。
色んなことが浮かんでは消え、消えては浮かんで走馬灯のように流れていく。
そんなものまで見て、やはり私は実感のある『記憶』としては7歳より後、呪術師になってからしか存在しないのだから笑ってしまう。
私は生まれながらの呪術師だとでも言うのだろうか? 呪術師以外としては生きる
────ならば、私は死ぬまで
恐怖も、後悔も、全て飲み込んで呪力に変える。
イメージするのは憎たらしい五条悟。アイツは居るだけで私に負の感情を、呪力を与えてくれるが今はそれとは別。
無限、無限を想像する。私の術式は血液を操る。その成分や状態、硬度を自由自在に操り、全身を一分の隙のない武装へと変化させる
どうやって私は血液を動かしている?
そう言う術式だと言われてしまえばそれまでだ。だが、もっと深く、深く、深く! 解釈を広げていく。
身体中を駆け巡る血潮の内側をイメージしろ!
赤く、縦横無尽な人類の根源。幅広い応用を見せる私の術式の根底。その内側に、無限を見出せ!
イメージのままに両手で印を結ぶ。
外縛印、奇しくも神に祈る手と似たその形だが、私が祈るのは神なんてものではない。
これまでの私の努力、私の積み重ね。決して裏切るなとそれらに祈りを捧げるように、呪力を以て『私自身』を世界へと吐き出す。
未完全な世界。
黒泥のような不細工な血が溢れかえり、視界一帯が地獄の底のような沼と化す。
領域として相手を閉じ込めるどころか、自らの術式を必中必殺に昇華させることも叶わない。
だが、今はそれで十分。
これが今の私に出来る最高。
『精神』────呪力操作を司るステータス。それ以外にも様々な要素に絡み重要度が高い。
『知性』────術式の理解、解釈等に関係するステータス。