浅間山は今、この世界のどんな地獄よりも地獄のような光景が広がっていた。魔王ゼノン。人類が想像するあらゆる悪魔よりも悪魔らしい姿をしたデーモン達の王。しかし、その魔王の顔には憎しみと、恐怖と、畏怖と、戦慄と、それらあらゆる人間的な表情が浮かんでいた。
「バカな! ゲッター、貴様はあの地獄に落とされたはず……」
ゼノンが行動を起こした最大の理由である「真ゲッターの不在」が今、打ち破られたのだ。サイコジェニーが観測したゲッターの地獄。ここではない未来。そこに堕ちた今、真ゲッターロボは恐るに足らず。だからこそゼノンは表舞台に姿を現したというのに。
「へっ、魔王だかなんだか知らねえがな。てめぇなんざ所詮、ゲッター線にビビってるケツの穴の小さいビビり野郎じゃねえか!」
トマホークを構え、ゼノンへと突撃する真ゲッター。ゼノンの右側の貌は、般若の形相で炎を噴いた。灼熱の炎。その熱だけで周囲のものを溶かすそれを真ゲッターはひらりと躱し、その般若面の前に躍り出た。
「喰らいやがれ!」
真ゲッターの腹部にゲッターエネルギーが集中する。そして繰り出されるゲッタービームが、般若面を焼く。
「ギィィィャァァァッ!?」
右側の貌を焼かれ、絶叫するゼノン。さらに、真ゲッターの腹部がぐにゃりと歪む。
「次は俺に任せろリョウ!」
「ああ、任せたぜ隼人!」
歪んだ中から銀色に煌めく顔が姿を現しそして、そのまま真ゲッター2へと変化した。オープンゲットではない。ただただ、変化した。瞬時に姿形を変えるオープンゲットよりもさらに速く、そして原理原則を無視した変形。真ゲッター2は、呻くゼノンの般若面にドリルを押し付ける。回転するドリルはゼノンの皮膚を、肉を、骨を削る。
「目だっ!」
ドリルで思い切り、般若面の目を抉る。絶叫するゼノン。しかし、隼人はその悲鳴に歓喜の表情を浮かべながら、更なる追撃を繰り出す。
「耳だっ!」
真ゲッターのスピードに対応できず、翻弄されながらゼノンの般若面は耳を奪われた。そして、
「鼻ァッ!?」
ゲッタードリルが鼻をぶち抜いた。ゼノンの般若面はその凄惨な攻撃の数々に晒され絶叫を上げながら、尚も熱線を吐く。
「無駄だっ!」
その熱線が真ゲッター目掛けて飛んだ瞬間、再びぐにゃりと歪んだゲッターはその熱線を受ける箇所に巨大な2つの腕を生やす。両手で熱を受けながら、尚も止まらない真ゲッター。熱線を吐く口を塞ぐように巨大な腕が般若面を掴むと、全身の変形を終え真ゲッター3へと変貌する。般若面を掴んだ腕が、そのまま伸びた。
「な、何っ!?」
ゼノンの全身に、怖気が走った。ゲッターよりも遥かに巨体なゼノンが、その怪力に引き摺られたのだ。空中から地上に落下しながらも腕を伸ばす真ゲッター3は、その加速を活かしさらに力を込めていた。その力任せの投げが、ゼノンの巨体を大地から離している。
「直伝! 大雪山おろし!」
真ゲッター3に投げられたゼノンは、さらに空中で大きく揺れる。大雪山おろしは、弁慶の手で進化しているのだ。正確には、弁慶と真ゲッター3の力による進化。大雪山おろしで投げ飛ばされる中、真ゲッター3のアームはさらに伸びて相手をもう一度投げ飛ばす。名付けて、大雪山おろし二段返し。
巴武蔵の奥義を、車弁慶のアイデアと真ゲッターの性能でさらに昇華させた秘伝の技。その柔道の極意が、悪魔の王ゼノンを揺るがしたのだ。
「こ、これが……これが真ゲッターの力だというのか!」
「こっちを忘れてもらっちゃこまるぜ、悪魔王さんよ!」
ゲッターに投げ飛ばされたその先で、魔神皇帝が迎え撃つ。胸の放熱板から放たれた熱が、無防備なゼノンに降り注ぐ。
「ファイヤァァァッブラスタァァァァッッ!!」
ダブルマジンガーのそれを遥かに越える熱量が、魔王ゼノンに降り注ぐ。並大抵のメタルビーストならば一瞬で蒸発し灰も残らないだろうそれを受けながら、ゼノンはしかし耐えて見せた。
「おのれ……おのれぇっ!」
耐えて見せたものの、決して無傷ではない。いや、突如現れた2体の魔神を前にゼノンは明らかに消耗していた。
「す、すげえ……」
マジンガーZの中でシローは、2体の闘いぶりを呆然と眺めていた。それは、あまりにも次元の違う戦いだったのだ。悪魔王の放つ雷撃を躱し、ゲッターがトマホークを振り翳す。トマホークを封じようと、ゼノンの体毛が触手のように伸びた。直後、ゲッターはその身体をぐにゃりと歪めてゲッター2に変形し、今度はスピードで翻弄。それを振るい落とそうとする巨腕を、マジンカイザーの拳が殴り抜く。それらの攻防に加勢しようにも、展開の一瞬一瞬が早すぎてついていけない。
「何を呆けている、シロー!」
しかし、鉄也は違った。既に満身創痍のグレートマジンガーだが、戦意を失っては決してない。
「グレートは満身創痍だ。だがマジンガーZはまだ戦える。そうだろう?」
「お、おう……!」
シローの答えに鉄也はニヤリと口を釣り上げ、さらにグレンダイザーの大介へ指示を送る。
「グレンダイザー、まだスペースサンダーは使えるか?」
「ああ、グレンダイザーもまだ、戦える!」
「ならば……行くぞッ! タイミングはお前達に任せる!」
そう叫ぶと同時、グレートマジンガーが走り出した。マジンガーブレードを構え、そして空高く飛び上がる。
「今更雑魚が増えたところで、何ができる!」
「雑魚かどうか、その身で経験してみろるんだな。サンダーブレーク!」
グレートのコクピットに「承認」の文字が浮かぶと同時、稲妻がゼノンへ走った。
「効かぬ、効かぬわ!」
「それなら、こいつはどうだ!」
サンダーブレークに重ねるように、グレンダイザーもスペースサンダーを放つ。二つの雷撃が混じり合い、その熱を、威力を、破壊力を乗算させていく。
「今よ、シロー!」
セーラが叫んだ。
「ああ!」
その稲妻へ、マジンガーZも光を放つ。
「光子力ビィィィッム!」
マジンガーZから放たれた光子力の光。それは螺旋を描いてゼノンの腹に突き刺さった。
「こ、これはっ!?」
ゼノンの全ての貌に、焦りの色が見えた。真ゲッターとマジンカイザー。現れた2つのイレギュラーだけではない。塵芥と侮っていた人間どもの兵器……マジンガーが、ゼノンの予想を遥かに上回る力を発揮していたのだ。
あり得ない。ゼノンは戦慄する。
「余所見するんじゃねえ!」
そこに真ゲッターのトマホークが、またひとつ貌を潰した。
「ぐぉぉぉぉっ!?」
何故だ。何故人間にここまで押されているのだ。自分はゼノン、魔王ゼノンだぞ。そう、魔王ゼノンは狼狽していた。あり得なかった。ただでさえバアル・ゼブルやシレーヌを倒して人間達は疲弊していたはずだ。それなのに、何故。何故自分は追い詰められている?
「そうだゼノン。勇者アモンはこの人間に負けたんだ……!」
ゼノンの真ん中にある貌へ、近づいてくる緑色の悪魔人間……デビルマンがそう、呟いた。
「あ……アモン……!」
「ゼノン! 俺達デーモンは、人間の底力に負けたんだ!」
アモン……いやデビルマンはその掌に熱を込め、ゼノンへと解き放った。
「地獄へ戻ろうぜ、ゼノン! ここは俺達の生きる場所じゃねえ!」
デビルファイヤーを顔面にもろに受け、ゼノンは絶叫する。しかし、それでも。
それでも敵を前に逃げ帰るなど、悪魔王ゼノンの選択には存在しなかった。
「ふ、ざけるなよ……ふざけるなよ人間ども!」
その叫びは大地を震わせ、衝撃となりその場にいた全てを襲う。木々は吹き飛び、山は崩れ、早乙女研究所の施設も吹き飛んだ。ブラックゲッターをマジンガーZが掴み、グレートやグレンダイザー、デビルマンにマジンガーZ、真ゲッターもその衝撃で吹き飛びそうになる。しかし、なんとか踏みとどまって再び、一同は魔王ゼノンと対峙した。
見れば、先ほどまで受けていた傷が少しずつだが再生を始めている。般若面の貌が抉られた目玉も、復活していた。
「なんて奴だ……!」
鉄也が下を巻く。
「あれが、デーモンの王と言われるゼノンの力だ。あの巨体とあの力で、再生能力まで持ってやがる」
巫山戯たやろうだぜ。とデビルマンが吐き捨てた。さらにゼノンが叫ぶと、激しい雷雨がその場を包み込んだ。
「人間ども……貴様達のその力が、デーモンすら蹂躙せんとするその力が、地球を滅ぼそうとしていることになぜ気づかぬのだ!」
「何だと?」
隼人が眉を顰める。
「お前達は見ただろう。あのゲッターの地獄を。それを生み出したのは貴様ら人間だ。ゲッター線に選ばれた……ただそれだけで万物の霊長を気取る貴様らが生み出した地獄ではないか!」
「それは……!」
カイザーの後部座席でリサが反論しようと声を上げた。しかし、ゼノンは有無を言わさない。
「貴様ら人類は、繁栄の過程でどれだけの生物を滅亡させた? 貴様ら人類の愚かで無思慮な行為が、結果として地球を食い潰しているのだ。光子力の時代? ゲッター線の繁栄? 笑わせてくれる。貴様ら人類は、我らデーモンの星・地球を食い潰す悪魔なのだ!」
滅びろ、人間ども! そう叫びゼノンの腹部が大きく口を開いた。そして、炎の息吹が英雄達を襲う。
「わけのわからねえことを、言ってんじゃねえ!」
しかしその炎を切り裂いて、真ゲッターが飛び込んだ。
「てめえらが何を言おうとな、はいそうですかと滅ぼされるわけにはいかねえんだよ!」
2枚の翼が羽ばたき、炎を除けて進む真ゲッター。両手にゲッターエネルギーを収束させて、解き放つ。ストナーサンシャイン。真ゲッターロボの解放された真の力が、ゼノンを襲う。ゼノンの腹にぶつけられたゲッターエネルギーの塊は、その中でメガトン級の爆発を起こしていく。その光は強靭な肉体を誇るゼノンの再生能力すら追い付かせず、細胞レベルで消滅させていく。
「こ、これが……この力が!」
ゼノンは、理解した。
あの方が恐れる力。ゲッター線の真の力。その意味を。
「ふ、ふふはははは……」
今際にゼノンは、全てを悟ったのだ。
「見える……見えるぞ……。そうか、そういうことだったのか……」
何故デーモン族は永き氷獄から目を覚ましたのか。
何故ミケーネの神々はデーモンを滅ぼそうとしたのか。
何故あの方は神でありながらデーモンに味方をしたのか。
何故人類だけが増え続けて、デーモンやハチュウ人類は滅びたのか。
否。
「我々は滅ばぬ……ゲッターよ……貴様の果てなき闘争の先で、我は待つぞ。ハハハハハ……ハハハ……」
最期にゼノンが見せたのは、笑みだった。
「ゼノン……」
「アモン……いや、デビルマンよ。帰る場所なき貴様の戦いを、虚無の果てで見物させてもらうぞ。さらばだ!」
それが、魔王ゼノンの最期の言葉だった。ゼノンがその時、何を見ていたのか。それを語るには永劫の時が必要になってしまうだろう。竜馬も、デビルマンも、そんな話に耳を傾ける時間は持ち合わせていなかった。
ただ、人類はたしかに勝利したのだ。デーモン族を統べる王。悪魔王ゼノンに。
「…………これで、残る問題は早乙女博士か」
鉄也の呟きが小さく、しかし重く木霊した。冷たい風が、英雄達の間を過った。
…………
…………
…………
「甲児くん!」
弓さやかは今、甲児の腕の中にいた。その頑強な胸の中に蹲るさやかを甲児はただ、優しく抱きしめる。どんな言葉をかけていいのかわからない。だから、甲児はせめて今言いたいことを口にする。
「……ただいま、さやか」
「……おかえりなさい」
そんな僅かな言葉を交わし、微笑み合う2人を、リサは嬉しそうに見つめていた。しかし、いつまでも安らいではいられなかった。
ここまでくる過程で、何が起きていたかはシローから聞いていた。早乙女博士の反乱。それはリサの経験した歴史では起こらなかった出来事だ。リサの記憶では、早乙女博士は研究所と運命を共にしたはずである。しかし、早乙女博士が反乱を起こしそして、行方を眩ませた。それはリサの生きた世界とは違う歴史を歩んでいる証拠だったが、決して歓迎できる事態ではなかった。
「世界最後の日、か。ジジイ、何考えてやがる……」
すぐに医務室に運ばれた元気を見送りながら、竜馬が呟く。
「……リョウ、お前は博士がデーモンに寄生されたと思うか?」
何かを考え込むように隼人。
「あり得ねえな。あのジジイはデーモンごときに負けるタマじゃねえ」
「俺もそう思う。だが、博士は何を……」
弁慶も会話に加わるが、それ以上は竜馬も隼人も、答えを持ってはいなかった。
そんな彼らの下に歩いてくる人影が、ひとつ。
「……助けてくれて、ありがとう」
金髪の美青年だった。飛鳥了大佐。その姿に甲児は姿勢を正し、竜馬は「アン?」とガンを飛ばす。
「ところで、君達の仲間……デビルマンと名乗った彼は?」
飛鳥了はあたりを見回す。どうやら、デビルマンを探しているらしかった。
「あいつは人前にはでませんよ、飛鳥」
答えたのは、鉄也。
「剣くん……どういうことだ?」
飛鳥了と剣鉄也は、階級上は同格。しかし、実働部隊の鉄也と参謀本部の飛鳥はあまり面識があるというわけでもなかった。それでも、互いの顔と名前くらいは知っている。2人とも軍内部では有名人だからだ。
鉄也はグレートマジンガーを駆る英雄として。飛鳥は考古学や宇宙科学に精通する知識人であり、変人として。
「……あいつは、デビルマンは、俺達の味方です。ですが、あいつは帰るべき場所を持たない。悪魔と人間、そのどちらにもなれないデビルマンなんです」
「……悪魔にも、人間にもなりきれない。か」
飛鳥はそう呟くと、一礼して踵を返す。
「できれば、礼を言いたいと伝えてくれ。悪魔人間だったとしても、感謝くらいはされてもいいだろう」
最後にそう伝え、飛鳥了は皆の前を後にした。
「…………ふぅ」
甲児が息を漏らす。
「鉄也さん、あの人は?」
と、さやか。
「飛鳥了。軍の参謀本部に務めるエリートの中のエリート。なんだがあいつは、変人でも通っている」
「変人?」
弁慶が訊く。
「あいつはそうだな……度胸が据わってるくせに極度の怖がりなんだ。それもお化けとか呪いとか、悪魔とかそういうオカルト方面のな」
それではデーモン族など、恐怖そのものではなかったのではないか。そうさやかが訝しむ。
「一方であいつは信心深い。だから魔術だのお祓いだのにも詳しい。デーモン対策に彼が抜擢されたのも、そういう特性があってのことだ」
自身の苦手なものだからこそ、対策班に選ばれる。そんな矛盾を受けながらも恐ろしい悪魔そのものの見た目なデビルマンに感謝の言葉を述べるのだから、きっと良い人なのだろう。そう、さやかは感じた。
「……いや、あいつはとんでもねえタマだぜ」
ずっと黙っていた竜馬が、了の歩き去った方を睨んで呟いた。
「……竜馬?」
「……あいつの目は、優しい人間なんかじゃねえ。具体的にどうとは言えねえが、あれは早乙女のジジイと同類だ。目的のためなら手段を選ばない……それこそ鬼か悪魔もかくやというタイプの人間だぜ」
それ以上、竜馬は何も言わなかった。しかし、一堂の間に重い沈黙が流れていた。
…………
…………
…………
「なあ、明。本当のいいのか?」
その日の夜、不動明……デビルマンは兜シローと如月聖羅の二人とともにボスのラーメン屋にいた。ラーメンを箸で摘みながら、シローは明に訊く。
「いいんだ。それに俺は不動明じゃない。不動明の身体を借りた悪魔人間、デビルマンだ。たとえ明の同僚だったとはいえシロー、お前が気を使う必要はないんだぜ」
炒飯を腹に入れながらデビルマン……不動明は答える。質問の内容は、「飛鳥了に会わなくていいのか」だ。その答えは「会うわけにはいかない」の一言。
「でも……それって寂しくない?」
セーラが訊くが、明は取り合わない。
「あいつには、不動明は戦死したと伝えてくれ。それでいい」
「でも……」
セーラが食い下がろうとするが、それをシローは制す。
「……ま、わかったよ。明がそれでいいなら、それでいい」
「……ああ、すまねえシロー」
炒飯を食べ終えて、明は立ち上がる。
「……久しぶりに、うまい飯が食えたよ。ご馳走さん」
「おい明、どこへ行くんだ?」
「決まってる。ゼノンが敗れた今、残る敵は早乙女博士一人。そして奴は必ず、ドラゴンの下に現れる」
暖簾を潜り、外の街に出た不動明は走り出す。夜の闇に溶け込み、デビルマンに変身した明は、空へと駆け出していった。
「明……」
ただ、それを見守るシロー。
「よかったのシロー。あの人、とても悲しそうだったわ」
麦茶のカップを置きながら、セーラが呟く。
「あいつはたぶん、それ以外の生き方を選べないんだよ」
シローは麦茶を一気に飲み干すと、そう答えた。
「人間の世界にも、悪魔の世界にもあいつは居場所がない。だけどあいつの心は人間だ」
「だったら……!」
私達の仲間として迎えてあげるべきよ。そう言おうとするセーラだが、シローは首を振る、
「あいつは心が人間だから、不動明という人間じゃなくなったことに……不動明を愛する人達から不動明を奪ったことを、許せないんだ」
「そんな……」
その気持ちが少しだけ、シローには理解できた。ローレライを殺した兄の事を、散々恨んだから。だけどもしローレライがマジンガーZを倒して兜甲児を殺していたら、今頃シローはローレライを呪っていただろう。今の明は、あの頃の自分が兄に抱いた理不尽な恨みや悲しみを自分自身に抱いている。その怒りを敵にぶつけなければ自分自身を殺してしまいたくなるほどに、明の心が追い詰められているだろうと。
それでも、不動明を救える言葉をシローは持っていなかった。セーラだってそうだろう。明の悲しみは、怒りは、呪いは、全て明だけのものなのだから。
それをやり切れない、とは思う。それでも、届かない言葉を吐いて明を追い詰めるよりはマシだと思った。だから、セーラの言葉を遮った。
「……シローちゃんも、大人になったねえ」
ラーメンを茹でながらボスが感慨深そうに呟いた。
「うるせえ」
シローが悪態をつき、セーラがクスクスと笑う。
「……あの人にも、こんなふうに笑える日が来るといいわね」
そう言って寂しげな顔をするセーラに、シローはどきりとして、誤魔化すようにラーメンのスープを啜った。味は、あまりよくわからなかった。
…………
…………
…………
飛鳥了は、新光子力研究所に併設されていたビジネスホテルに停泊していた。本来、早乙女博士との会議が終わった後新光子力研究所に持ち込まれたミケーネの遺産……ラーガの解析作業に参加する手筈だったのだ。デーモンによる世界中での同時多発攻撃を受けて尚、ここは比較的被害が少ない。それでも窓の外から街を見れば、至る所に戦火の被害が見える。
「…………明」
あの時自分を助けてくれたデビルマンは、たしかに明だった。明の、目をしていた。
死んだものとばかり思っていた友は、デビルマンとして生きていたのだ。それが嬉しいと同時に、彼がもう自分の知っている優しい明でないことを思うと寂しくもある。
了は、確信していた。あの悪魔人間は不動明であると。
「明、俺はどうすればいい……」
自分には、何もできない。悪夢に魘されるばかりの自分では、きっと明を救うことはできない。しかし、明の為に何かがしたかった。
窓の外を眺めながら、了は思う。親友のことを。と、その時だった。
「……!?」
背後に、気配がした。
此岸のものの気配では、なかった。
人間なら……或いは動物なら、こんなに冷たい気配を出せるはずがない。
コチ、コチという時計の音だけが、了の聴覚を支配する。振り向けない。振り向いたら、飛鳥了はもう飛鳥了のままではいられない。そんな、確信があった。だが、しかし。だが、しかし。
おそるおそる、了は振り返る。そこにいたのは、巨大な顔に胴体が潰れた、異様に髪の長い女だ。原始の恐怖を呼び起こされるような、異形の女。その大きな、しかし何も映していない瞳がギョロリと了を見つめていた。
「あ……ああ……!」
デーモン。直感がそう告げる。悪魔だ。悪魔が、何も映していないその瞳でこちらを見つめている。
「お迎えにあがりました」
「な……に……」
その瞳に見つめられた了は、まるで蛇に睨まれた蛙だった。しかし、その瞳を魅入られていくうちに了の脳裏には一つのイメージが去来する。
それは、了の中に存在する、しかし了の経験には存在しない。歪で、だが現実感のある記憶だった。
了は、無数のデーモンを従えて無人の荒野と化した中国大陸を侵攻する。迎え撃つは、悪魔の軍団。その軍団を束ねるのは、見間違えようもない……不動明。
飛鳥了の最も愛する友であり、宿命の敵。
「あき、ら……俺は……」
呆然と、了はその記憶の渦を泳いでいた。何度も生まれ、出会い、そして殺し合う宿命。
その果てに了はいつも、明と離別する。それら、運命の記憶の中に拘泥する中で了は、自分が何者なのかに気づいた。気づいてしまった。そして、記憶の大海を泳ぎ終えた時……飛鳥了はもう、飛鳥了ではなくなっていた。
「お目覚めですか、サタン」
サタン。そうサイコジェニーに呼ばれた了は、「ああ」と返して口角を歪める。
「苦労をかけたなサイコジェニー。だが、おかげで全てを思い出したよ」
了は……サタンと呼ばれた者は、サイコジェニーから指環を手渡された。それを一瞥すると、ポケットに突っ込む。それからゆっくりと歩き出し、ドアを開ける。そして、長い廊下を歩き出した。サイコジェニーを従えて。
「俺は、最初からサタンだったんだな」
明を、人類全てを、騙していたんだな。そう、自嘲的に笑うサタン。しかし、全ては新しい世界のためだった。
この記憶を辿りながら、サタンは歩く。辿り着いた先にあるものは、赤褐色の魔神……ラーガ。
「サイコジェニー、お前はガルラを任せる」
サタンがそう言うと、既にサイコジェニーの姿は消えていた。相変わらず仕事が早い、と感心しながら、サタンはサイコジェニーから渡された指環をその左手の薬指に嵌め、高く掲げる。
「ミケーネの守護神……否、古代シグマ文明の守護神ラーガよ! 今こそ真の主人の下で目を覚ますがいい!」
その直後、それまでずっと沈黙を守っていたラーガの瞳に光が灯った。
…………
…………
…………
新光子力研究所の地下で大きな爆発が起きたのは、人類が魔王ゼノンを打ち破ったその日の夜のことだった。
駆けつけた弓さやか所長以下数名の所員が見たのは、それまで全く動く気配すらなかったラーガが動き出し、隔壁を破壊して研究所の外へと出ていく姿だった。
マジンガーとゲッターが出動するがしかし、ラーガは突如空に現れた巨大な竜……かつてゲッタードラゴンと共に百鬼帝国と戦ったウザーラに似た巨竜と共に何処かへ消え、追うことはできなかった。
そしてその夜、飛鳥了大佐が忽然と姿を消した。