偉大な勇者が、空を駆ける。その漆黒と鉄色の勇者は目の前の異形を前に怯むことなく、その剣を突き刺していた。
「gyaaaaaaaa!?」
異形の悪魔が、絶叫を上げる。
「滅びろ、デーモン!」
勇者は稲妻を剣に落とし、異形はその核を貫かれ、泡のように溶けていった。
「…………こちら鉄也、任務完了!」
「ありがとう、鉄也さん。研究所に戻って」
通信越しに、新光子力研究所の兜さやか……書類やら何やらが面倒なので今でも公的には弓さやか所長からの返答を聞いて、偉大な勇者・グレートマジンガーのパイロット……剣鉄也は深く息を吐いた。
兜甲児とデューク・フリード、そしてゲッターチームがバードス島で姿を消してから、一週間になる。その間にもバードス島のゲッタードラゴンは成長を続けており、そしてドラゴンを狙うように、デーモンは現れていた。
デーモンが無鉄砲にドラゴンを狙うのなら、まだいい。しかしデーモンの中には頭のいいやつがいるらしく、統合軍の軍事拠点や、世界中の要所に一人のデーモンが紛れ込み……そして機動兵器と合体。メタルビーストとなって行動するのがパターンとなっていた。
何より厄介なのは、デーモンに合体された人間が統合軍に紛れ込んでいるという事実だった。軍の主要拠点でメタルビーストが発生している以上、その司令塔とでも言うべきデーモンは軍でもそれなり以上の地位にいる人物であることは間違いない。
デーモンの存在は、まだ一部の人間しか知らない。こんな化け物の存在を世間が知れば、人々はたちまちパニックとなるだろう。世界政府はデーモンについて、SSS級の情報封鎖を行っていた。だが、それもいつまで持つか。
「……問題は山積みか」
しかし、それを考えていても仕方がない。鉄也にできることは、人間の勝利を……友の帰還を信じて戦うことだけだった。
その先に、妻と息子が穏やかに暮らせる明日があると信じて。
それは、先の見えない戦いだった。
鉄也は、疲れていた。無理もない。既に一週間、スクランブルがかからぬ日はないのだから。
唯一マシと言えるのは、機動性を生かすために現在は新光子力研究所に拠点を置いていることである。馴染みの仲間達と共に戦っているという事実だけが、今の鉄也には慰めだった。
鉄也は周囲の様子を確認し、新光子力研究所までの距離を計算する。
周囲には敵影もなく、安全だった。鉄也はグレートマジンガーを自動操縦に切り替えて、僅かな時間眠りについた。
…………
…………
…………
青年は、混濁する記憶を頼りに夜道を歩いていた。そこは、自分の……正確には自らの乗っ取った人間の記憶の中にある道だ。人間の言葉に変換するなら通学路というらしい。この人間……不動明が通っていた道。勇者アモンは、その道を歩きながら不動明の記憶を反芻していた。
不動明はこの通学路を、女の子とふたりで歩いていた。強気で、お転婆で、だけど笑顔の可愛い女の子。明るく、優しく、不動明はいつもその笑顔に癒されていた。そんな記憶を勇者アモンは咀嚼する。
(こんな記憶に……)
その記憶が、不味い。闘争と凌辱と殺し合いに明け暮れていた勇者アモンにとって、その記憶はあまりにも違和感があった。
正確には、それを咀嚼するときに感じた心地よさが……安らぎ。それを感じてしまったことに勇者アモンは、恐怖していた。
「クソッ! 何故だ!」
電柱に拳をブツけて、勇者アモンは叫んだ。
不動明を取り込んだ事で、勇者アモンは人間の知識を得た。彼とその仲間が愛機とするイチナナ式を取り込み、光子力の力を得た。
デーモン族の中でも有数の戦士であるアモンは、それで最強の戦士になったはずだったのだ。それなのに、なぜ。
「どうして、戦うたびに心が痛む!」
人間を殺した。牛久を喰らった。その事実を思い出すたびに涙が溢れる。こんなザマでは、戦えない。
「美樹……」
記憶の中の女の子の後ろ姿を思い、その名を読ぶ。そんなこと、勇者アモンはしない。しないのだ。しないはずだ。してはならないのだ。
残酷な、冷酷な、邪悪なデーモンの勇者がこのような……人間のような弱い心を持つなどあってはならないのだから。
それでも、この息苦しさは治らない。それが腹立たしい。わけがわからない。
(アモン……)
心の奥底で、声がする。心などないデーモンのアモンの、胸の奥から。
それは、不動明の声だ。アモンが人間界での活動のための宿主として、最初に喰った人間。その肉体と頭脳を取り込むのが、目的だった。しかし、今アモンを苦しめているのがその不動明から奪ったものであると、アモンが不動明から得た知識が叫ぶ。
(アモン。お前は俺を取り込んだ時、同時に得ちまったみたいだな……)
「黙れ、黙れ……」
即ち、人間の心を。デーモンは、他の有機物無機物を取り込み合体することでその生物の強さを手に入れる。例えばライオンを取り込めば鋭い爪と牙。そして敏捷な筋肉を得るだろう。人間を取りこんだのは、その頭脳や記憶を得るためだ。
しかし、人間を取り込んだことでアモンが得てしまった人間の心は、戦いに昂るデーモンの気質と、それを嘆く人間の心を併せ持ってしまったらしい。
そして、よりによって喰らったはずの人間……不動明の意識は、アモンの中で生きているようだった。
(アモン、お前はもうデーモンとしては戦えないよ。俺の心を消せない限り、お前はデーモンとしては失格なんだ)
「黙れ、不動明……」
不動明が慣れ親しんだ通学路で、不動明の姿をした悪魔は力なくうなだれていた。こんなはずでは、なかったのだ。
光子力の力を手に入れて、ゲッター線すらも取り込めば自分は、魔王ゼノンをも越える力を手に入れることができる。そう震え上がった自分がもはや、遠くに感じた。誰よりも強い力。それを得て思いの限り暴力を振るう。その快感を忘れたわけではない。それなのに、その度に傷付く人や、失われる命を思うと心が……あるはずのない、あってはならないものが痛む。
それは、敗北だった。
偉大な勇者・グレートマジンガーを圧倒した地獄の悪魔は今、ちっぽけな人間に負けたのだ。
不動明という、殺したはずの人間に。
「チクショウ……」
踞り、アモンが呻いた。
「……明くん?」
ふと、不動明を呼ぶ懐かしく、愛おしい声がする。あまりにリアルなその声に、とうとう幻聴までとアモンは自嘲げに笑った。そして、顔を上げる。
「……やっぱり、明くんだ!」
そこにいたのは紛れもなく、不動明の記憶の中にある女性だった。ショートボブの黒髪に、くりんとした瞳。学生時代は明よりも背が高くて、少しだけ明にとってそれはコンプレックスだった女の子。
「……美樹」
牧村美樹。両親のいない不動明を引き取って、一つ屋根の下で過ごした牧村家の長女。不動明が恋してやまなかった女性が、そこにいた。
「どうしたの明くん。たしか軍でのお仕事があるって……」
不思議そうな様子で、話しかける美樹。不動明は、親友の飛鳥了大佐に誘われる形で統合軍に入隊した過去を持っていると、アモンは確認している。明は主に予備役だが、飛鳥了の私兵として特殊な任務を受ける機会が多かったようだ。
それを美樹も知っていて、なぜ明がここにいるのかと疑問に思っているのだと、アモンは理解する。
「……ああ、少しの間だけど、休暇ができたんだ」
嘘をついた。「不動明はこの勇者アモンが喰った」と、そういえばきっと美樹は悲しむだろう。だからアモンは咄嗟に不動明のフリをしてしまった。
本来なら、牧村美樹が悲しもうが絶望しようがアモンには関係ないはずだった。しかし、それでもなぜか美樹を悲しませるのが嫌だった。
「それで、美樹ちゃんに会いに行こうと思ってさ……」
不動明の演技を続けるアモン。美樹は、明が悪魔に乗っ取られていることなど気づいてないだろう様子で、嬉しそうに微笑むのだった。
「そっか、そっか。えへへ」
明が立ち上がると、美樹は明の……アモンの胸へその華奢な身体を預けるようにもたれかかる。
「私も、明くんに会いたかったよ」
アモンは、そんな美樹の肩を抱けなかった。美樹が会いたがっているのは、自分ではないのだから。自分は、不動明の身体を持っていても不動明ではないのだから。不動明を殺したのは、他ならない自分なのだから。
「……明くん?」
そんなアモンを、美樹は怪訝そうに見つめる。
「いや、なんでもない。行こうか、美樹ちゃん」
悟られまいとアモンは、精一杯不動明の演技をした、記憶の中にある不動明を全力で作り、笑った。
「うん! パパとママとタレちゃんも、明くんに会いたがってるよ」
「そういえば、タレちゃんももう中学生か……」
牧村美樹を守るように車道側を歩きながら、アモンは思った。
俺は、誰だ……と。
…………
…………
…………
「こちらコマンド3、ドラゴンに異常なし」
兜シローは、現地に待機するスカーレット・ヒビキ中尉に報告する。スカーレット・ヒビキはその報告を確認すると頷いて、声を上げた。
「了解したコマンド3、あとは我々がやる。お前は次の出撃まで休養を取れ」
「了解!」
兜シローは今、早乙女研究所の開発した偵察メカ・コマンドドローンに操作を担当していた。光子力マシンであるイチナナ式は、世界的に見ても生産台数が限られてる。しかも、その多くが「ゴラーゴン事件」でロストしており、現在シローの下に回せるイチナナ式は存在しない。それでも、何かしていなければ気が収まらないシローは、コマンドマシンをベースに発展させたコマンドドローンでのドラゴン調査班に志願したのだ。
コマンドドローンは、コマンドマシーン同様の装備に加えて、映像やデータをゲッター線通信で直に早乙女研究所に送ることができる。新光子力研究所はこのコマンドドローンで、早乙女研究所と直に情報のやりとりをしていた。そのため、日本にいながら、エーゲ海のバードス島の様子を見ることができた。
現地でのドラゴン観察は、危険が伴う。そのため、先にドローンでの調査を行なっているというのが現状だ。スカーレット・ヒビキ率いるスカルフォース小隊は、行方不明の真ゲッター及びグレンダイザーの捜索と、ドラゴンに何かがあったときすぐに対応できる戦力として現地に拠点を作り作戦行動をしてくれている。
それなのに、自分は比較的安全な日本でドローンの操作。鉄也と元気は相棒の魔神でデーモンと戦っているというのに。その事実に歯痒さを覚えながらもシローは、今は自分にできることをしよう。と心に決めていた。
それでも、苛立ちは募る。
「ふぅ……」
ため息をひとつつき、ドローン操作用のHMDを頭から外すシロー。
「……今日は、ボスのラーメンでも食べに行こうかな」
そう呟いて、シローはドローン用の管制室のドアを開き、廊下へ出た。と、その時だった。前を見ていなかったのが悪いのだろう。或いは、ドアのせいで見えにくくなっていたのも理由にはある。ともあれ……。
「ひゃっ!?」
「うわっ!」
何かと、激突した。激突した時に、柔らかい感触があった。しかしそれが何かを確認する間も無く、激突したそれは大きく跳ねて、尻餅をついている。
「う……いたた……」
「ご、ごめん!」
そう言って謝るシロー。相手は、女性だった。研究所の制服をきているので、新光子力研究所の所員なのだろう。しかし、若い。まだ少女と言ってもよい年齢に見えた。若くして軍属になったシローと同じくらいか。或いは高校生くらいにも見える。ともかく、28の若さで研究所の所長となったさやかや、一端の考古学者として活動しているミチルよりも歳下に見えた。
その肌は白い。まるで雪のように白く、きめの細かい肌。髪は薄めの金髪を長く伸ばしており、モデルのように整った姿形をした少女。
「…………」
シローは、その姿に見惚れていた。いや、その少女は正確にいえば、あまりにも似ていたのだ。
「……ローレライ?」
兜シローの、初恋の少女に。もしローレライが人間で、シローと共に歳を重ねていたならばきっと、こんな感じになったのではないかと思える少女。それが、シローの目の前にいる。
「うう……それは、私の叔母さんですね」
少女は、「ローレライ」という言葉にそう返して立ち上がった。
「え……?」
困惑する。ローレライは、ロボットだった。ハインリッヒ・シュトロハイム博士に作られたロボット。たとえそれがシローの初恋で、そのせいで今尚ガールフレンドの一人も作れない兜シローの、憧憬だ。
ローレライを叔母と呼んだ女の子は、シローへ屈託ない笑みを向ける。
「はじめまして、私は聖羅。如月聖羅といいます。セーラって、呼んでね」
その笑顔も、ローレライそっくりだった。
…………
…………
…………
「アンドロイド?」
「正確には少し違うの。私のママはアンドロイドだけど、私はアンドロイドのママと人間のパパの間にできたハーフだから……。で、アンドロイドのママを作るためにママのパパ……つまりおじいちゃんは、シュトロハイム博士の研究データを参考にしたらしいわ」
光子力研究所から徒歩で20分。商店街の片隅にボスラーメンはある。今、シローはカウンター席に座りながら隣でラーメンに目を輝かせる少女・如月セーラの話を聞いていた。
曰く、如月聖羅はアンドロイドと人間のハーフであり、人として成長し歳を重ねている。一方で、セーラの母でもあるアンドロイド……如月ハニーは、その製造過程にローレライとの共通点があるらしい。
「……ふーん」
俄かには、信じ難い。しかし、嘘を言っているようには聞こえなかった。
「そんなキミが、どうして光子力研究所に?」
半チャーハンを掬いながら、シローが問う。しかしセーラは味玉に夢中で、「美味しい! 口の中で蕩けて、黄身にスープが染み込んでて!」とまるで子供のように感激していた。
「……はは」
その笑顔に、他意はない。そう、なぜだかシローは確信できる。
「へっ、シローちゃんも隅におけないじゃないの。こんな可愛い子とお近づきになっちゃってまぁ!」
カウンターの向こう、ラーメンを茹でながらボス……仲間からそう呼ばれておりシローも甲児もそう呼ぶせいで本名を知らない大男が、冷やかしてくる。
「うるせぇ、ボスは仕事しろ!」
「今してんだろ!」
こんな軽口を叩けるのも、古い付き合い故だろう。憂鬱なことが続くが、ボスがこうしてラーメンを振る舞って昔のように接してくれるのは、有り難かった。
「……あっ、私が光子力研究所にきた理由よね」
味玉を堪能していたセーラが、それをようやく飲み込んで口を開く。
「私がここの配属になったのは、ママの勧めなの」
「……君のお母さんの?」
「うん。半年前に、すごい大きな事件があったでしょ」
忘れもしない。「ゴラーゴン事件」だ。グレートマジンガーと剣鉄也が復活したドクターヘルに囚われ、ミケーネの遺産・インフィニティによる世界改編・ゴラーゴンをマジンガーZが阻止した戦い。あの時、シローも最前線にいたのだから。
「あの時にね、ママが言ってたの。私がきっと、必要になる時が来るって」
「それは……」
セーラの、特殊な生い立ち故のことか。そう聞こうとして、躊躇ってしまった。さすがに、そこまで踏み込んだ話になるとはシローも予想していなかったのだ。
「私ね、ずっと自分が何者なのかわからないでいたの。ママはアンドロイドで、パパは人間。じゃあ私はどっち? って。DNA上は人間だけど、私の顔もスタイルもママ似。アンドロイドのDNAなんて、おかしいのにね」
そう零すセーラは、先程までの無邪気さとは一転してしおらしい。その横顔にドギマギしながら、シローはチャーハンを口に入れて飲み込んだ。ボスは、そんなシローをニヤニヤしながら眺めている。
「…………セーラは、セーラだよ」
なんとか、シローはそれだけ口にした。
「え……?」
「人間かアンドロイドかなんてどうでもいい……なんて、他人が言っちゃいけないけどさ。それでも、少なくとも俺にとってはセーラは如月聖羅っていう人格のある個人なんだ。って……」
言っていて何だか恥ずかしくなって、途中からシローの言葉はしどろもどろになっていた。そんな様子をみてセーラは、クスリと笑う。
「ふふっ、ふふふっ」
「な、なんだよ……」
「何でもないの、シローって優しいのね」
照れ臭くなって、シローはそれを誤魔化すようにチャーハンを掻っ込んだ。
…………
…………
…………
「……それで、兜達が行方不明っていうのはマジなのか?」
他に客がいないことを確認して、ボスはシローに問う。
「ああ。アニキとゲッターチーム、それとデューク・フリードって人がバードス島でマシンごと消息を絶ったんだ。マシンごと突然消えて、反応なし。生きているか死んじまったのかもわかんねえ」
それはシローにとって、面白くない事態だった。しかし、事実は事実。
「なぁるほどな……こいつぁ、のっぴきならねえ事態になってるってことか」
ボスは、かつて自分のロボット・ボスボロットで甲児達と共に戦った仲間だ。そのボロットも、このラーメン屋の地下に隠されている。いざとなったら戦うつもりなのだろう。しかし、ボロットでは相手にならないのは、シローが肌で感じていた。
「ボス、気持ちは有難いけどさ……」
シローが、そう言おうとした時である。突如、備え付けのブラウン管テレビの映像が歪み、ザザザという砂嵐の音が店内に響く。
「あっ、おいこいつ高かったんだぞ!」
ボスが慌てて叫んだ次の瞬間、画面が切り替わった。そして、そこには。
褐色肌のニュースキャスターが映っていた。最近、全世界放送で流れる放送はこの男性キャスターが担当している。有名なニュースキャスター。しかし、先程までテレビに映っていたのは3人組のアイドルユニットだったはずだ。国営放送のニュースではない。
「皆さん、戦争が始まりました」
男性キャスターは、神妙な面持ちで確かに、そう言った。
「戦争?」
そんなバカな、一体どことどこが。そんな疑問を口にするより先に、褐色肌のキャスターは突如、胸を抑えて苦しみ始める。そして、全身の筋肉がブクブクと膨張していく。特に肩と首の間から、何かが競り上がっている。
その何かはたちまち巨大化していき、瞬く間にキャスターと同じ顔が3つ並ぶ。
「人類はこれより、我らデーモン族との戦争に突入します。ハルマゲドンの始まりです!」
正面の顔は、歪んだ笑顔をたたえていた。右の顔は、何が悲しいのか泣き叫んでいた。左の顔は、無表情のまま視線だけをこちらに向けていた。
「な、なんだありゃ!?」
「きゃぁっ!?」
ボスとセーラが、それぞれに絶叫する。シローは無言のまま、戦慄していた。
敵が、デーモンがここまで侵略をしていたのだ。
ニュースキャスターに取り憑いたデーモンは、忽ちその姿を巨大化させていった。そしてそこで、テレビモニタは再び砂嵐に切り替わる。
『人間どもよ!』
直後、シロー達の脳に直接語りかけるように、昏い声が響いた。
「な、何だ……!?」
「ボ、ボス!」
「あれを!?」
ボスの子分で、今は共にラーメン屋を営むヌケとムチャが店に飛び込んできた。2人が指差すのは、空。
「な、なんだってんだ!?」
ボスは咄嗟に、店の外へ出る。シローとセーラも、それに続く。
そこに、あったものは。
邪悪なオブジェだった。
悪という概念の化身だった。
巨大な、ただ巨大な。想像力を越えた巨大な悪魔が、遠くに見える。しかし、それは本当に遠くなのだろうか。インフィニティよりも遥かに巨大なそれは、人間の想像しうるあらゆる悪魔の姿を持ち、同時にあらゆる悪魔の創作伝承とも違う姿をしていた。
悪魔という名前から感じるパブリックイメージにある山羊のツノのようなものは、あった。だから、悪魔だと理解できた。
しかし、それ以外の全てが異質だった。
胴体には大きな顔。それはまるで、ミケーネ帝国の暗黒大将軍のようでもあった。しかし、その上に般若の形相をした邪悪な貌をもち、右側には女のような貌を持っていた。そして、左側には醜悪な男の貌。
「あっ……!?」
あの時映った、変わり果てたニュースキャスターの姿とその顔が、シローの中で符合した。
あれは、あのニュースキャスターに取り憑き、擬態していたデーモンなのだと直感が告げていた。そして、その巨大な声は、シロー達の脳に直接・声を響かせる。
『我が名はゼノン、魔王ゼノン!』
「魔王、ゼノン……?」
こいつが、デーモン族の王なのか。
『我らデーモン族の星地球を……よくも汚してくれたな人間どもよ!』
ゼノン。そう名乗った悪魔の王からは、確かな憎しみと怒りを感じる。見れば、あちらこちらからドアを開け、その姿を見る人の姿。
「ゼノン?」
「悪魔!」
既に、人々は恐怖と混乱に支配されていた。
「……シロー」
「…………」
ぎゅっ、とシローは、セーラの手を握った。恐怖に、負けないために。セーラの手は温かくて、確かな体温を感じる。
『人類に告ぐ、人類に告ぐ! 我らはお前達が悪魔と呼ぶ存在……デーモンなり!』
それは、挑戦状だった。今まで世界の裏側で暗躍を続けドラゴンを狙っていたデーモンの、人間社会への挑戦だった。
『虫ケラの分際で地球の王者を振る舞い、この地球を汚した人間どもに、我らデーモンが裁きを下す!』
『お前達人間は、あのハチュウ人類のように滅ぶのだ! 人間は、地球に生きていてはならぬ!』
ゼノンは告げる。それは、宣戦布告。
『一人残らず、人間が死に絶えるまで! 我らデーモンはお前達を滅ぼすだろう!』
それは、呪詛。呪詛の言葉をこの星に生きる全ての人々に植え付けて魔王ゼノンは大きく嗤い……消えた。
「……お、おい。ありゃあ……」
「ああ。あれが今俺達が戦ってる敵、デーモン族だ。クソッ、こんな時にアニキ達は……」
いや、まさか。最悪の想像がシローの脳裏をよぎった。このタイミングでデーモンが姿を表したのは、グレンダイザーと真ゲッターロボを倒したからではなかろうか。
そして、デーモンの合体能力でグレンダイザーと真ゲッターを手に入れたとしたら……。
(人類に、勝ち目はない……!)
逃げたい。怖い。あの時だって元気が助けてくれなければ死んでいたのに。それなのに。
「……シロー」
心配そうに、セーラが呟いた。そして、その時だった。
空に、異形の軍勢。メカを取り込んだ悪魔・メタルビーストの群れが、迫っていた。
「あ、ああ……!」
脳裏にフラッシュバックする。イチナナ式を失ったあの時の感覚が蘇る。
「シロー!」
セーラが、きつく手を握って呼びかけてくれなければシローは、発狂していたかもしれない。
「あ、ああ……とにかく、避難を」
「こっちだ!」
ボスが、2人の手を引いて店内へと引っ張っていった。
…………
…………
…………
メタルビースト軍団を指揮する上級デーモン・シレーヌは苛立っていた。人間の軍とやらは脆く、デーモン軍団の敵ではない。
「そこだ!」
シレーヌが鋼鉄の翼をはためかせると、ロボット軍団はその突風に突き上げらてしまう。そこを配下のデーモン軍団が襲うだけでいい。
あまりにも、手応えがなかった。
「……弱い。弱い! 弱すぎる!」
あの勇者アモンを、シレーヌ宿命のライバルを倒した人間とはこんなものか。
「どこかに、本物の戦士はいないのか!」
怒りに任せ、メタルビースト・シレーヌは戦っていた。
「……シレーヌ」
側近の部下、カイムはそのシレーヌの様子を見ながら、機械獣を取り込んだその巨体で歩兵を踏み潰していく。
「だったら、俺達が相手だ!」
シレーヌの軍団を前に、果敢に飛び込んでいくものがいた。漆黒のマントを羽織る黒いゲッターロボと、紅の翼を持つ偉大な魔神。
報告にあった、ブラックゲッターとグレートマジンガー。ミケーネ帝国や恐竜帝国を滅亡に追い込んだと伝え聞く勇者が、シレーヌの前に姿を表していた。
「お前達が、人間の中でも名だたる勇者か!」
シレーヌは、鳥のような鋭い爪と優雅な羽根を持ち、統合軍のビューナスAを取り込んだメタルビーストだった。その胸部から、シレーヌはミサイルを放つ。ブラックゲッターとグレートマジンガーはそのミサイルを避けて、回り込むようにしてシレーヌへと向かった。
「フン!」
シレーヌの翼が大きく羽ばたき、竜巻を起こす。竜巻はグレートマジンガー目掛けて走り、眼前に迫っていた。しかし、グレートはその口とも言える排熱溝から、シレーヌと同じように竜巻を発する。
「グレートタイフーン!」
鉄也の叫びとともに巻き起こった竜巻の激突に、シレーヌ配下の小型デーモン達は巻き込まれる。そして、
「そこにこいつをぶちこんだら、どうなるかな! ゲッタァァァァビィィィィィムッ!」
ブラックゲッターの腹部から放たれたゲッター線の光が、グレートタイフーンの中で暴発する。デーモン達はたちまち、ゲッター線の高熱と竜巻の激しさの中で膨張し、切り刻まれ、息絶えた。
「おのれっ!」
シレーヌは、肉弾戦に切り替えグレートへ向かう。グレートマジンガーはマジンガーブレードを構え、シレーヌの鉤爪とぶつかりあった。
「鉄也さん!」
「お前の相手は俺だ!」
援護に回ろうとしたブラックゲッターを、カイムはその巨大なツノからビームを放ち近づけさせない。
「てめえ……上等だ!」
それを挑戦と受け取り、ゲッタートマホークを構えて元気はカイムへと向かっていった。
グレートとシレーヌの激突は、熾烈を極めていた。シレーヌの鉤爪はマジンガーブレードをものともせず、逆にブレードにヒビが入る。
「アトミックパンチ!」
それを危険と判断し、鉄也はブレードを構えたその手をアトミックパンチで射出した。
「何っ!?」
ロケット噴射の推力で、シレーヌはグレートから引き剥がされる。そして、距離をとったグレートはもう片方の腕の指にエネルギーを溜めていた。
「貴様っ!」
再び、グレートへ向いたその瞬間に、そのエネルギーは解放される。
「必殺パワー、サンダーブレーク!」
光子力エネルギーを雷に変換しての、グレートマジンガーの必殺武器。それが、シレーヌ目掛けて光の速度で突き抜けた。しかし、シレーヌはそれを瞬時に見切り、僅かに自らの身体を逸らして回避する。
「バカなっ!?」
当たれば必殺。しかし、その光はシレーヌに届かなかった。
「フ、フフフ……」
対するシレーヌは、昂りを隠せないでいる。人間の中にも、こんな強敵がいただなんて。しかし、スピードならこちらが上。そう判断し、シレーヌは再びグレートへ飛び込んだ。
「何度やっても無駄だ! ブレストバーン!」
真正面から向かってくるシレーヌを、グレートはブレストバーンで迎撃する。その熱を浴びながら、シレーヌは突っ込んだ。
「何!?」
ブレストバーンも、グレートの必殺兵器。まともに受けてはただでは済まない。しかし、それでもシレーヌはダメージを覚悟でそのままグレートへと食らい付き、そしてその肩に鉤爪を喰らわせたのだ。そして、直後。突然ブレストバーンがその機能を停止させる。
「これは……グァァァァァァァァッ!?」
驚く間も無く、鉄也の全身に電流が走った。
「ホホホホホ! このシレーヌのツメにはね、特殊な電流を流す力があるのよ!」
「で、電流……だと……」
衝撃は治った。しかし身体の痺れがとれない。必死でグレートの武装ボタンを押そうとしても、指が届かない。
「このツメに食らいつかれれば、たちまち機能を狂わされ身体の自由が効かなくなるのさ。メカだろうが、生き物だろうがね!」
「っ……!」
ぬかった。と鉄也は痛感する。先程マジンガーブレードが刃こぼれを起こしたときに気付くべきだった。敵のツメに気をつけるべき。と。しかし、後悔しても遅い。既にグレートは身体の自由を奪われ、その電流が通ってしまったブレーンコンドルも、脱出不能だろう。
何より、鉄也の身体が満足に動かない。
万事休すだった。
「このまま貴様に、最大の屈辱を与えてやるわ!」
そう言って、シレーヌはツメを深くグレートにめりこませたまま空を飛び回り、周囲のビルや建造物にグレートマジンガーをぶつけていく。崩れ落ちるビルを、鉄也は見ていることしかできない。その瓦礫が、どれだけの人を殺すのか、考えたくもない。
「やめろ! 一思いに殺せ!」
鉄也が叫んだ。しかし、シレーヌはそれを嘲笑うように残酷な笑みを浮かべる。
「どうせ人間は皆死ぬ。早いか遅いかの違いしかない。お前はこのシレーヌに刃向かった勇者として、特等席で拝ませてあげるわ。人類の滅びの時をね!」
「鉄也! クッ……」
ブラックゲッターが助けに回ろうにも、巨大な4速歩行のメタルビースト……カイムは、その重量とパワーでブラックゲッターを果敢に攻め、未熟な元気ではそれを躱すので精一杯。とても鉄也を助けに向かえない。
「クソッ……!」
元気が毒付いた時だった。
突如、熱線がシレーヌを襲ったのは。
「何!?」
咄嗟に、シレーヌはグレートを落としてしまう。その瞬間、身体の自由が戻った鉄也はグレートを取り戻し、グレートブーメランをシレーヌへ投げつけた。
「なっ!?」
ブーメランは、シレーヌの左腕を貫き、斬り落とす。オイルと血が混じった液体がドクドクと流れる中、シレーヌは熱線の主を睨んでいた。
「まさか、生きていたとはね……。どういうつもりかしら、アモン!」
「アモンだと!?」
アモン。あの上空での戦いで鉄也を窮地に陥れた悪魔。イチナナ式を取り込み、光子力を悪魔の力にする邪悪。その名前をシレーヌは呼んだ。振り返り、鉄也は確認する。それは、確かにあの変貌したイチナナ式……アモンだった。
…………
…………
…………
あの魔王ゼノンの宣戦布告を聞いた直後、勇者アモンは走っていた。
「悪魔だなんて……明くん、怖い」
恐怖に怯える美樹の顔が、焼き付いて離れない。
「大丈夫だ美樹ちゃん。美樹ちゃんは安全な場所に避難してて。俺は……軍人としての務めを果たさなきゃいけないからさ」
そう言って、走り出そうとした時に、腕を掴まれた。
「待って、明くん」
「美樹ちゃん……」
「ごめん。でも……もう、会えない気がして」
そう言って俯く美樹の肩を、アモンはそれでも抱くことができなかった。当然だろう。
自分は、不動明ではないのだから。
不動明を殺した、醜い悪魔なのだから。
その正体を知れば、美樹は怯え、悲しみ、憎むだろう。だから、アモンは美樹のその顔を見つめて優しく……不動明がそうしていたように優しく微笑み、踵を返して駆けていった。
「俺は……」
『どうするんだ、アモン』
心の中で、不動明が囁く。悪魔すら屈服させたその心の持ち主は、アモンを憐れむように見つめている気がした。
「俺は……」
アモンの中に芽生えたものに、アモンは苦しんでいた。美樹と共に過ごした時間が、アモンの胸を締め付けた。美樹にとっては、不動明との最後の時間を。
「俺は、美樹の愛するものを奪ってしまった。だから……戦う。せめて美樹が生きる明日を守るために、俺は悪魔を狩る悪魔になるのだ!」
絶叫し、不動明の姿をした悪魔は段々とその姿を変質させていく。正確に言えば、悪魔としての本来の姿へ戻っていく。黒く、禍々しい悪魔の身体に。そして黒い翼で羽ばたき、空を舞う。
『……わかった。アモン』
アモンの中の不動明が、笑った。
『お前はもう、アモンじゃない。不動明の心と、勇者アモンの力を持つ戦士……デビルマンだ』
「デビルマン……」
その響きは、心地のいい響きだった。
『さあ、行こうデビルマン。俺達の愛した人が生きる、明日を救うために!』
「ああ!!」
不動明が、アモンが2つの心が叫ぶ。「デビル!」と。その叫びに呼応するように、アモンはその姿を変質させ、巨大化していく。
自らの中に取り込んだイチナナ式を原型に、勇者アモンの鎧へと変質させた姿。人間が、メタルビーストと呼ぶ形態へと。
白と黒だったアモンの姿は、緑色の鋼鉄の鎧へと変貌していた。そして、真紅の翼を翻し、勇者アモンは……否、デビルマンは飛ぶ。
「アモン! 生きていたのか!」
眼前に、デーモンが迫った。それをデビルマンは右手で頭を掴み、そのまま頭部を引っこ抜き、空へと捨てる。
「アモンが! アモンが裏切った!?」
戦慄するデーモン達。デビルマンはそれを、無言で両の腕からビームを放ち蹂躙していった。
そして今、デビルマンはシレーヌと対峙している。
「どういうつもり、アモン?」
「シレーヌ……俺は、アモンじゃない」
そして、赤い翼を広げた悪魔人間は高らかに叫ぶのだった。
「俺の名はデビルマン! 貴様らデーモンを、一人残らず地上から消すために生まれた、人の心を持つ悪魔だ!」