52Hzのシャチ  ──警視庁暇係の魔法犯罪捜査録   作:逆理のシャチ

1 / 3
1章 再起動
西より来たる魔女


パーティ会場に踏み込むと足元が何かで滑った。

 

血だ。絨毯を覆うように血の膜が貼られている。 

 

生存者は皆無だった。凍結呪文、火柱の呪い、爆発呪文、粉砕呪文、そして死の呪い。そこにいたであろう人々はありとあらゆる魔法を用いて殺されていた。理不尽に意味もなく死んでいた。

 

その死体も他と変わらぬようにあった。感情の針は振り切れ、涙も怒りも感じず、音も無く、世界は暗黒で、魔法は死に対して無力であった。

 

そして自分の心臓を貫いた赤黒い閃光でこの夢は終わる。しかしこれは夢ではなく現実なのだ。

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

ゆっくりと昇る朝日が警視庁の白壁を照らす。

 

既に多くの職員が出勤する中、文字通り警視庁の窓際にある小部屋でシャチが目を覚ました。

 

男、或いは雄の名は桜田門(サクラダヒロ)。シャチの動物もどきである。しかし普通のそれと違うのは桜田は人間の姿に戻る事ができないという事だ。

 

桜田は毎晩同じ夢を見る。力の無い人々が蹂躙され、己の無力さを思い知り、そして自分の意識が閉ざされて終わる。目が覚めれば皮肉な事にシャチの姿で床に横たわる自分がいる。

 

徐々に白んでいく部屋と共に桜田の体に魔力が巡りその体を浮遊させる。それはまさしく空を泳ぐシャチであった。壁に備え付けられたタブレット端末にヒレを当てると壁のブラインドが上昇し、冬晴れの青空が小さな瞳に飛び込んだ。再び画面に触れると今度は照明が点灯する。シャチの体である以上、物を掴んだり杖を持つことが出来ない。よって桜田が何をするにもタブレット端末というのは欠かせないものなのだ。

 

警視庁刑事部非常事態特別対応魔法犯罪捜査係、それが桜田の所属する部署の名だ。その長い名前の通り、特殊な状況外では捜査の命令が下る事のない人事の終着点だ。桜田は10年間ここに所属している。そしてこれからもそうなのだろうと思っている。この体になった時からそれは覚悟していた。未来への希望など無い、ただこうして宙を泳いで1日が過ぎ、帰る家もなく孤独に眠り、そしてまた朝が来る。ぼんやりとテレビをつけながら太陽が昇っていくのを眺める日々だ。

 

────────────────────────────────────────────

 

「おい暇係」

 

隣り合った総務部からやって来たのは会計課長の山川隆弘(ヤマカワタカヒロ)。薄くなった頭部を気にしながら机に置かれた端末に持ってきたUSBメモリを差し込んだ。

 

暇係というのはこの部署の通称だ。常に暇だからという理由と、長い部署名を縮めたものがかけられている。こうした事情で総務部、特に山川は会計課の仕事を桜田によく回す。しかし今回は少々事情が異なるようだった。

 

USBメモリから転送されたのは会計課の業務データだ。通常、部外者には見せないものである。

 

「山川課長、これで何を調べろと?」

「誰かが横領をした疑いがある」

「横領?」

 

疲れたように椅子に座る山川は朝から話すには重いトーンで口を開いた。

 

「ここ数日、おかしな金の流れがあるんだが全員のデータを見ても変な点が見当たらない。しかしどうにも気になる。誰かが巧妙に金を流しているとしか思えない。そこでだ桜田」

 

………………………

………………

………

 

山川が部屋を出ていき、早速桜田は依頼事項に取り掛かった。会計課の職員は山川を含めて7名。その全てのデータを調べていく。

 

──杖が使えれば。

 

桜田はいつもそう思っている。日本の特殊な魔法事情において電子機器と魔法の融和は大きな革新として世界に誇られるものだ。しかし、大きな体にヒレのこの姿では1つ1つのデータを見ていく他は無い。そう、横領が事実だとすればそこに魔法が使われた可能性は高い。魔法で生み出した金は偽物だが、魔法で盗んだ金は本物だ。その読みは正確なものであった。「ビンゴ」桜田が呟く先には1人の職員のデータが開かれていた。魔法族にしか分からない魔法の痕跡、山川には分からないはずだ。電子データの特定の数値に対して見た人間が別の数値に見えるように細工されていた。これも新しい犯罪の形なのだろうか、桜田はため息をつくが問題にも気づいた。横領の事実と犯人は掴んだが、その証拠を示す手段がない。魔法で知覚を混乱させて異なる数値を見せるなど口で言ったとして、魔法が存在するとして、その元の数値と魔法を使って同じ事ができると証明しなければならない。桜田は画面をスライドしある番号を表示した。

 

サイバー犯罪対策課の魔法族、水上真司(ミナカミシンジ)はとても不機嫌な声で電話に出た。

 

『おやおや、“暇”係の52Hz君。とてもとても忙しいこの私になんの御用かな?』

「水上、早速で悪いが見てほしいものがある。と言うわけで来てくれ」

『嫌だね、断る。私は忙しいんだ』

「そう言うなよ、同級生の同期の頼みだろ」

『誰がシャチの頼みなんか聞くものか』

「じゃあ、いつなら来れるんだ」

『い・か・な・い』

「そうか、残念だ。そういえば君が魔法処にいたころに、あそこの特殊なネットワークを利用して君がアメリカのNAS………」

『………分かったからやめろ。昼休みだ、それで問題ないか。あと君はいつまでも私をそれで脅』

 

決してわざとやったわけではない、たまたまヒレが通話終了ボタンに触れただけなのだ。今度は別の番号に電話をかける。水上の言うとおりそろそろ昼休みだ。

 

………………………

………………

………

 

桜田はシャチの姿をしているがシャチそのものでは無い。そもそも通常の生物とは異なる存在だ。常に動物“もどき”の桜田は呼吸などの生命維持活動に自身の持ちうる魔力のほとんどを使う。そのため体力の概念が余りなく、排泄等も無縁と言える。そうなると必然的に食事の必要性も無くなる。よって桜田の食事は完全なる趣味と言える。

 

「桜田さーん。お待たせしましたー」

 

コンコンと窓がノックされる。桜田は窓を開け、箒にまたがって桶を持つ寿司屋から品物と領収書を受け取った。箒にくくりつけられらたナンバープレートがわずかに揺れる。

 

「どうもありがとう、代金はいつものように月末にまとめて払うから。親父さんによろしく」

「たまには寿司も頼んでくださいよ?」

「まあ、いつかそのうちな」

 

安全速度で空路法を守りながら飛行する寿司屋を見送りながら、桜田はそのいつかが来ない事を噛み締めた。 

 

今度は扉がノックされる。桜田がどうぞと言い終わらないうちに水上が部屋に入ってきた。

 

「それで、52Hz、この私を呼び出して何の用だ」

「その呼び方やめろよ」

「やめない。君がこの呼び方を嫌がるなら私は好んで君をこう呼ぶよ。52Hzのシャチとね」

「………まあいい。用件はこれだ」

 

桜田が問題のデータを見せると水上の目の色が変わった。水上も優秀な魔法使いなのだ。

 

「この職員が横領した疑いがある。問題箇所は見た人間が異なる数値を認識するように細工されている。恐らくは錯乱呪文の一種だろう」

「つまり、私にこれを解いてみせろと」

「そうだ。しかし無理ならば結構だ、これはかなり高度な呪文がかけられているようだからな」

「ほお? この私をみくびるなよ52Hz。この程度の呪文など、造作もないことだ。フィニート!」

 

水上の呪文と共に次々と偽の数が消えていく。得意満面の笑みで杖を持ち自慢げに語る水上を桜田は少々無視した。が、その腕は流石でこれならば横領の証拠として十分なものであろう。

 

「助かった。サバ食べるか?」

「サバ?」

 

桜田が指した桶を開けると、中には生のサバが1匹入っている。これが桜田の本日の昼食だ。サバの青臭さに水上は露骨に不快な表情をする。

 

「もう少しまともな物を食えよ」

「仕方ないだろ、普通の寿司だと持てないんだから。それにこの時期のサバは美味いんだ」

 

ひと飲みでサバを食べる桜田を水上は嫌悪した。

 

「調子はどうだ暇係。お、珍しいな」

「ええ全く、この私がここまで来るなんてとても珍しいですからね。本・当・に珍しい」

「お前も面倒な奴だよ。そうか桜田、今日はサバにしたのか。油がのってて旬だからな」

 

山川は魔法によって冷気を放つ桶をちらと見た。

 

「昔読んでいた雑誌には、50年後の世界では空飛ぶ車の絵が描いてあったけど、まさか箒に乗った魔法使いの寿司屋が当たり前になるなんてな。ガキの俺に言っても信じちゃくれないだろうな」

 

非魔法族、いわゆる一般人である山川にとってここ10年余で日本に浸透した魔法というのは畏怖の対象なのかもしれない。

 

「例の件ですが、やはり横領は事実でした。監察官には報告済みです」

「そうか………やはりな。それで誰なんだ」

「今から行きましょう。ああ、水上はもういいぞ」

「面白そうだから見させてもらう」

 

────────────────────────────────────────────

 

総務部に突然現れた桜田に職員は啞然とその姿を見つめた。偶然同じ部屋にいた総務部長の川島典明(カワシマノリアキ)が慌てて駆け寄る。

 

「山川君、これは一体どうしたんだ?」

「部長にも以前お話しましたが、横領を行った者が分かりました」

「横領? 本当にそんな者がいたのかね? 私も該当のデータを見たが怪しい点など………」

「魔法ですよ」

「魔法。それで横領が行われたと言うのかね」

「それは今からご本人に説明してもらいましょう。河本美紀さん、どうぞやってみてください」

 

その名にその場の者全てが驚きの声を上げた。桜田の背後に立つ山川も覚悟していたとは言え、部下の犯罪に驚きを隠せないようだ。

 

その場から一歩の動いていないにも関わらず河本美紀(コウモトミキ)は荒い息を漏らし、顔は青ざめ、震える手で杖を取り出した。水上が即座に武装解除呪文をかけると杖は軽い音を立てて転がり、河本は反対に重い音を立てて膝から崩れ落ちた。そして桜田の方を向き、許しを乞うように懇願した。しかし桜田の小さな深黒の瞳は罪を犯した者を冷酷に見据える。

 

「軽蔑するよ、魔法を犯罪に使うなんて」

「これは………これは違うんです………」

「河本、なんでお前がこんな事をしたんだ。いや、そもそもお前が魔法族だなんて初耳だぞ」

「その続きはこちらで聞こう」

 

ダークスーツに見を包んだ長身の男、警察庁監察官の初芝秀徳(ハツシバヒデノリ)の姿に完全に諦めたのか河本は力なく項垂れた。警察の警察である初芝はその存在と威圧感で全ての警察職員から恐れられている。

別の監察官が河本を監察官室へ連行し、初芝は部屋を見渡した。

 

「川島総務部長、山川会計課長。貴方達にも話を聞く必要がある。時刻は追って連絡する。それと、桜田門警部の報告によれば今件には魔法が用いられたと言う。その点についての説明が必要だ。どなたか魔法族の者から説明を受けたい」

 

初芝はその鋭い眼光をゆっくりと走らせ、水上に目を細めた。彼の脳内には各職員のデータが刻み込まれている。当然誰が魔法族かも把握済みだ。

 

「君はサイバー犯罪対策課の水上真司だな。君の就業態度と言動について数名の職員から苦情が来ている。そちらも合わせて聞かせてもらう」

 

うんざりした面持ちで初芝に着いていく水上。桜田は再び暇な1日を過ごすのだった。そしてその暇な1日はこれからも永久に続くはずだった。しかし初芝は再び総務部所へ戻ってきた。

 

「桜田門警部、刑事部長がお呼びだ」

「刑事部長が………?」

 

────────────────────────────────────────────

 

刑事部は捜査一課を始めとした様々な事件捜査を行う部署だ。その長と言うのはいわば東京所管の刑事のトップと言える。桜田の所属する“暇係”もこの刑事部の組織に組み込まれている。

 

失礼かもしれないがヒレで扉を開くと重々しい声が帰ってきた。電子解錠の扉がゆっくりと開く。

 

「お呼びでしょうか、桃瀬刑事部長」

 

桃瀬宗一郎(モモセソウイチロウ)。現場職、所謂ノンキャリアから刑事部長まで登り詰めた叩き上げだ。しかしそれ以上に権力欲と出世欲が強く、腹の奥底で何を考えているか知れないこの男を桜田は苦手とする。

 

「桜田、庁内職員の横領を暴いたそうだな」

「もう部長のお耳に届いていましたか」

「桜田! 部長に対してなんだその言葉遣いは」

 

素っ頓狂な声を上げたのは部長職の補佐を行う参事官の鬼龍智則(キリュウトモノリ)。しかし名前に反して気は弱く、上職の命令には逆らえないタイプだ。年齢も桃瀬より高く、なんとも哀れな男だと言うのが桜田の評価である。残念ながら余り部下に慕われているとも言えない人間だ。よって桜田も鬼龍の注意については特段気にすることが無い。

 

「部長が私をお呼びになった以上、それだけでは無いのでしょう。しかし何か呼ばれるような事をした記憶も無いのですが………」

「喜べ桜田。お前に部下が出来るのだからな」

「なぜ私の台詞を取るのかね、参事官」

「………ハッ、申し訳ありません!」

「待ってください、私に部下ですか!?」

「そうだ。お前が1番分かっているように我が国は魔法という存在が知られている現状だ。ワシには未だに信じられないがな。そしてそういった現状に他国は興味を持っているらしい、そこで日本の魔法に関する法規制度や文化について知りたいとドイツから正式に依頼があった」

「ドイツ? ドイツ魔法省からですか?」

「その言葉も慣れないがそんな所だ。警視庁にも1名配属せよとの命令が下っているのだが………桜田。お前が教育しろ。お前がそいつの教育係だ」

「………つまり私は大荷物を持たされたというわけですか。そもそもなぜ荷物なのでしょうか」

「おい桜田、その言葉遣いは………」

 

桃瀬が手のひらで鬼龍を制すと、秘密主義者の刑事部長はただ一言、見ればわかると言った。そして既に“荷物”は部屋に届いているらしい。

 

「どうした桜田。いまだに怖いのか」

「いいえ」

「ならば問題無いだろう」

 

背びれを震わせて部屋をあとにする桜田を桃瀬はじっと見つめていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

「レディを待たせるなんて日本人は失礼ね」

 

部屋に戻った桜田を待っていたのは、そう言って杖を突きつけた10歳程の少女。その突きつけられた杖は50センチを超えるであろう規格外の物だ。

 

「君がドイツ魔法省からきたお客様か」

「そうよ」

 

しかしどう見ても子供だ。身長の半分近い長杖はいつの間にか5センチ程の大きさに縮んでいた。紺色のスーツに身を包んだその姿は、ちぐはぐという表現がピッタリ似合うだろう。

 

「私はイベルカ・ノクリア・ハインゼルト。イベルカで結構よ」

「桜田門だ」

 

イベルカはその小さな肩に金色の三つ編みをおさげにして揺らした。とてもじゃないがまともでは無い。自分の事を棚に上げて桜田は呆然とした。

 

………………………

………………

………

 

暇係の狭い部屋でシャチと少女が向き合う。

 

「確認するが、君は本当に大人なのか?」

「それが成人しているのかという質問なら答えはイエスよ。ほらここにも書いてあるでしょ」

 

宙に浮かぶカードには【ドイツ魔法省ドイツ魔法協会会員】と印字してあった。桜田の記憶が正しければそこはドイツでも特に優秀な魔法使いのみが所属できる組織だ。そしてもう1つは見慣れた警察手帳、苦労して撮影されたであろう写真と共にイベルカが警視庁の職員である証明が成されている。最後が日本国内でのみ有効な魔法免許。生年月日から計算すればイベルカは25歳になる。

 

「君のその姿は魔法でそうなっているだろうか、普通の姿に戻ったりはしないのか」

「無理よ。むしろモンこそシャチのアニメーガスから戻れないのは本当なの?」

「その話を誰に聞いたんだ。待て、モンだと?」

「モンの話は、この部屋の場所を教えてくれた面倒な話し方をする眼鏡の男から聞いたわ。そして名前はモンでしょ? この字はモンと読むのよね」

「それはヒロと読むんだ」 

「でもヒロよりモンの方が言いやすいからこのまま呼ぶわ。あとその眼鏡が貴方の事を52ヘルツと読んでいたけれどなぜなのかしら?」

 

“面倒な話し方の眼鏡の男”とは水上の事だろう。桜田は溜め息をした。が、した気分になるだけで実際に息が漏れるわけではない。

 

「………52Hzのクジラという話を知っているか?」

「ええ」

「他のクジラと異なる52Hzの周波数を発する為にコミュニケーションが取れず永遠に孤独なクジラの事だ。君が会った“そいつ”は僕の状況をからかってそう呼ぶのさ。僕はこの部署で独りだったから、そしてそれは僕がこの姿だからだ」

「でも52Hzのクジラだって可哀想でも無いわよ」

「なぜ?」

「そのクジラはその周波数のおかげで人間に見つけてもらえて、たくさんの人がそのクジラの事を知っているでしょ。それって孤独な事じゃないわ。だから、そう、モンも独りじゃないわよ」

 

どうやらイベルカは桜田を励ましているらしい。慣れない日本語で言葉を紡ぐ少女──大人であるが、の瞳は黒のように見える紺色で、まるで夜空のように深い濃紺色であった。

 

「それで、君が日本に来た目的が………」

「名目は日本の魔法法規制度と文化の調査ね。少なくとも私が日本に来てからこの瞬間までで、日本という国の魔法界は理解不能よ。イギリス人に見せたら、あいつら絶対に卒倒するわよ」

「あれはイギリス魔法界が特殊すぎるだけだ。ドイツだって日本と違うが、マグル側の文化との融和を目指しているだろう。特に科学と魔法の統合研究は世界でも群を抜いているはずだ」

「良く知っているのね」

「君が所属していたドイツ魔法協会はその分野の研究で有名だからな。前に論文を読んだ」

「話が脱線しているんだけれど」

「まあここは暇係だ。時間はあるんだ」

「暇係?」

「警視庁刑事部非常事態特別対応魔法犯罪捜査係、略して暇係。好きでは無いけど的確な名だ」

 

山川と話すそれとも、水上と話すそれとも、寿司屋と話すそれとも違う会話に桜田は心を踊らせていた。脳裏にちらつく夢の光景と夢のような現実の狭間で10年ぶりの幸福を味わっていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

11年前、2008年 

 

それまで魔法界と非魔法族、つまり一般人の世界は他国同様、それこそイギリス同様に交わるものでもなかった。

 

一般人として魔法の存在を知るのは老獪な政治家や時の内閣総理大臣を始めとした一部の高官のみであった。日本国魔法省は台場、豊洲地区にその拠点を持ち、魔法族の管理を行う。その平行線が歪んだのはその年の春。人気アイドルグループのコンサート会場が魔法族のテロリスト数名によって襲撃された事から始まった。

 

観客達は初め、ステージに突然現れた男たちが放った緑の閃光を演出か何かだと考えていた。しかしその閃光を受けた人間が死んでいる事に周囲が気づいた事から、会場はパニックに。死者28人、負傷者253人、魔法族が起こした犯罪としては戦後最悪のものとなった。

 

日本国魔法省は当初は極秘理にこれを対処するつもりでいた。しかし翌日は上野駅で、さらにフジテレビ本社ビル、羽田空港で次々とテロが発生。そしてこの異常事態を問いていた国会も襲撃され、中継カメラの前で真実薬を飲まされた政府高官が魔法界の存在を認めた事で事態は急変した。

 

暁と名乗ったテロリスト達はその国会議事堂内で日本国政府に対して宣戦布告し、この際に議員数名が犠牲となった。連日連夜マスコミ各社は一連の事件を報道し、日本中がパニックとなった。

 

そして日本の魔法史において初めて魔法大臣が一般人に向けて公の場に姿を表す事となった。時の魔法大臣、による会見は5時間に及び、これによって一般人の国民はそれまで隠されてきた魔法界について知るところとなる。これと同時に各省庁並びに各地方行政機関は特別令を発し、魔法族を配属した対策部署が発足されていった。

 

特に問題とされたのが国外への情報の漏洩だ。笠原による会見から数時間後には各国魔法省から問い合わせが殺到したために緊急の対策が取られることとなった。試行錯誤の結果、海外と通じる交通機関はその全ての拠点においての出入り口で、一般人の外国人に対して認識の改変と記憶の修正を行う事でひとまずの解決を見せた。

 

行政が混乱する間にもテロリスト達による破壊活動は激化していったが、2009年の帝国ホテル襲撃事件を最後に暁によると見られる犯行は無い。

 

豊洲、台場地区に集約されていた魔法省機関の一部は各省庁内、地方行政等に移り、魔法を業務に組み込む民間企業も現れ始めた。特に運輸、交通、工業、農業は魔法を利用する事で大きな発展を見せる。それと同時に魔法の仕様に関する問題も増え、幾重の法整備が重ねられている。 

 

これらの変革を魔法革命と呼び、日本は世界でも稀な開かれた魔法界として存在する。

 

────────────────────────────────────────────

 

「──と、まあ要点だけで話すとこんな形か」 

「そのアカツキとかいうテロリスト達は何が目的だったのかしら。モンもその時捜査してたの?」

「暁の出した声明によれば、その目的は魔法界の存在を公にする事らしい。つまりは大規模な破壊活動を行う事で魔法省の隠匿を困難にする事だ」

「結果としてその目的が達成されたわけね」

「一般人、魔法族合わせて1000人近い犠牲者を出した結果だよ。皮肉な事だ」

「ねえ、モンがそんな姿になったのもそのテロが関係しているの?」

 

イベルカのその問いに桜田は答えなかった。5時を告げる鐘が夕日に染まった部屋に響く。  

 

その時机のタブレット端末が軽やかなメロディと共に震えた。それは非通知の着信だったが桜田は迷わず画面を2度タップした。

 

『桜田、今いいか』

「………どうした水上。公衆電話からか?」

『河本美紀の“退職”が決まった』

「………その声、さっきの眼鏡男ね」

「退職だと? 懲戒処分にならなかったのか」

『警視庁職員が魔法を使って横領なんてイメージが悪いからな。それにこれは噂程度の話だが、横領を指示したものがいるらしい』

「やはりか」

『気づいていたのか』

「河本は魔法処時代に直接の関わりは無いが後輩にあたる。電子データに錯乱呪文をかけるなんて高等な事が出来るような生徒じゃない。恐らく河本に指示をした人間が魔法をかけ、河本はただの身代わりだろうな」

『そこまで気づいているのか』

「となると河本にまた話を聞く必要があるな」

『………なぜそんなにやる気なんだ?』

「ああ、気になる事があってね」

『そうか』

 

………………………

………………

………

 

「今の電話、なんの話だったの?」

「君がここに来る前に隣の部署で横領が発覚して、しかも魔法が使われた事が分かった」

「オウリョウって会社のお金を盗む事よね。それって犯罪でしょ? 捕まらないの?」

「横領は基本的に親告罪、つまり被害届が出されないと犯罪にならない。警察が被害届を出すとそれがニュースになって評判が下がる。なのでこういった時は出さないことが多い。特に警視庁は特別な組織だから尚更だ」

「変なの、悪い事をしても捕まらないなんて」

「不愉快極まりないが仕方無い。とりあえず明日河本に、横領した女性職員に話を聞こう」

 

既に退勤時刻を回っている。イベルカは女性用の独身寮へ姿くらましで帰るつもりだったが桜田に引き止められた。日本での姿あらわし、姿くらましは原則として違法行為だ。

 

日本では国内での魔法の仕様に制限がかけられている。それが魔法免許と呼ばれるもので、成人しており指定の学校を卒業した者のみに与えられる資格である。イベルカの場合は所定の条件を満たしているため魔法の仕様が認められているが、いずれにせよ姿くらましは認められないのだ。

 

以前は姿くらまし、姿あらわしは魔法免許を持つものなら特に制限なく行えた。しかし人口密集地で使用されたことにより“巻き込み事故”が発生し賠償問題にまで発展した事例がある。また他者を巻き込まずとも日本の道路事情、建物事情を鑑みれば危険でしかないのだが、それでも事故が耐えないために全面的に禁止となった。

 

「じゃあどうやって帰ればいいのよ!」

「地下鉄で帰ればいい。そもそもここにはどうやって来たんだ」

「タクシーよ。でも渋滞続きでうんざりだったし、ドライバーは私を子供扱いするし、最悪」

「となると箒だな」

 

箒という言葉にイベルカは目を輝かせた。夜空に星が浮かぶようで、桜田は思わずにやけた。

 

「私、箒は得意よ。クィディッチもシーカーだったし。実を言えば今持ってるのよ、箒」

 

イベルカがスーツの内ポケットから取り出したのは同じく5センチ大の箒、しかしそれを頭上に高く上げると箒は元の大きさにも戻り、明らかに高級品のそれは丁寧に磨き上げられている。だが夜空の星はすぐに消えてしまった。箒の使用にも制限があるからだ。空路法、正式には空間路飛行法と言う。道路交通法の空中版と言えるだろう。

 

箒のみならず、自身を浮遊させる場合や浮遊させた物に乗る場合、飛行能力のある動物もどきなど、魔法を用いて空中を移動する際に制限される法律だ。箒の場合は私有地外での飛行に免許並びに箒の登録が必要となる。免許は自動車と同じく専門の学校に通い試験を受けなくてはいけない。

 

「何なのよそれ! 日本の魔法界って不便なの便利なの、どっちなのよ!」

「はっきり言って不便だ」

 

結局のところ、イベルカが独身寮に帰るには徒歩か、列車か、タクシーしか方法が無い。徒歩と列車は現実的な選択肢と言えないので、同じ女子寮へ帰る職員とタクシーに乗る事だけがまともな選択肢として残った。桜田は嫌がるイベルカを通りすがりの職員に頼み込んで相乗りさせた。そのため桜田は今度その職員に昼食をご馳走する事になった。そのふくよかな体型に不安を覚えつつ、暇係の冷たい床で眠りにつくのだった。

 

 

 

──翌朝、河本美紀が絞殺体となって発見された。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。