ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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病弱令嬢 リリィ 四

 中学三年生の日々もあっという間に過ぎた。

 生徒会長の役職は後任に引き継ぎ。次の会長に据えようと思っていたミレイが転校してしまうため、別の生徒を任命した。

 そして、卒業式を終えてから僅か二日後、俺は一人の使用人と共に日本へと渡ることになった。

 

「お忘れ物はございませんか、リリィ様?」

「はい。たぶん、大丈夫だと思います」

 

 あれは荷物に入れた、これも入れた、と思い返しながら答えると、いつの間にか長い付き合いになりつつある彼女が笑って頷く。

 

「こちらのお屋敷も引き払うわけではございませんので、どうしても必要なものは後からでもお送りします。ただ、場合によるとリリィ様はそのままアスプルンド家へ嫁がれる可能性もありますので……」

「思い出の品などは確保しておいた方がいいですね」

 

 微笑みを浮かべて俺は答えた。

 卒業式に貰った餞別のプレゼントなんかはちゃんと送ったので大丈夫なはずだ。というか、部屋を見回しても記憶を掘り返しても頭に引っかからなかった時点で、捨ててしまっても問題ないものしか残っていないだろう。

 見るからに幼かった頃に比べれば俺も丈夫になった。

 普通に歩いたり、車に揺られる分だけなら体調を崩さなくなったのは大きな進歩だと思いながら、しばらくぶりに飛行機に乗った。

 

 日本の地に戻るのは約三年ぶりになる。

 空港を出て見渡した景色は、思ったよりも元の街並みの面影を残していた。

 間違いなく日本だ。

 ただし、今はエリア11の名で呼ばれているのだが。

 こみ上げたのは意外にも吐き気ではなく猛烈な郷愁で、俺は勝手に溢れてきた涙を指で拭った。

 

「東京租界の中はブリタニアの街並みを再現しているそうですので、ホームシックにかかる心配はございませんよ」

「……ええ、ありがとうございます」

 

 使用人の優しい声にそっと答える。

 実際に俺が感じているのは逆の感情なのだが。

 

 

 

 

 

 

 空港から屋敷までの間にテロリストの襲撃を受ける──などということはなく、車は無事、シュタットフェルト家の新しい屋敷に到着した。

 見たことのない顔ぶれの交じる使用人(本国の屋敷も残しているため、半分程度の人員は新たに雇うことになったのだ)に出迎えられ、真新しい屋敷に入ると、先に移動した養父・養母が揃って出迎えてくれる。

 

「やあ、よく来たねリリィ」

「いらっしゃい。長旅で疲れてはいないかしら?」

「ただいま到着いたしました、お養父さま、お養母さま」

 

 だいぶ様になってきたカーテシーで二人に応える。

 養母が前と比べて大分フレンドリーになっているのは、俺が中学校で『活躍』したからだ。成績優秀な上、生徒会長まで務めた娘。保護者の間で羨ましいと噂になったらしく、健康面以外は手のかからない子供であることもあって手のひらを返した。

 一方、養父の方は「抱けない女にはあまり興味がない」とでもいうのか、今となっては小動物か何かを飼うような態度である。でもまあ、起業したいって言ったらちゃんと聞いてくれるあたり悪い人ではない。事業計画書を書かされた挙句、何度もリテイク食らったけど。

 

 と。

 

「ほら、こっちに来なさい」

「………」

 

 養父に手招きをされて寄ってくる赤い髪の少女が一人。

 一見するとブリタニア人にしか見えないが、肌の色が若干濃い。俺の感覚で言えば「ハーフっぽい」顔立ち。純粋な日本人である俺の方が肌の色は断然白い。

 無言のまま、どこか気の強そうな瞳で俺を睨んでくる彼女は、

 

「新しく君の妹になったカレンだ。仲良くしてやってくれ」

 

 原作ヒロインの一人、紅月カレン。

 既に戸籍上の名前はカレン・シュタットフェルトに変わっているはずだが。

 養女という立場である俺は養父の曖昧な説明に対して特に追及することなく頷く。自分がそうなのだから、もう一人似たような者が増えても驚く必要はないだろう。

 

「初めまして、カレンさん。リリィといいます。仲良くしてくださいね」

「っ」

 

 差し出した手は、ぱん、と、小さな音と共に払われた。

 踵を返してどこかへ去っていく少女の背中を見つめていると、養父が溜め息をついて言った。

 

「悪く思わないでくれ。色々あって気が立っているんだ」

「大丈夫です。せっかくできた姉妹ですから、仲良くしないと損ですから」

「リリィは良い子ね」

 

 原作でカレンと仲が悪かった養母が俺には優しいというのも、なんというか変な感じだ。

 

 

 

 

 

 

 カレンに続いて新しい使用人達からも自己紹介をされた。

 幾つかの顔ぶれの中に「紅月」を名乗る日本人──名誉ブリタニア人の女性がいたので、これがカレンの母親だとすぐにわかった。

 

「よろしくお願いします」

 

 名誉ブリタニア人とはいえ旧日本人を使用人にするなんて、などと文句を言うわけもなく、俺は快くカレン母らを受け入れた。

 シュタットフェルト家は親日本派とまではいかないものの日本人に好意的な家柄だし、俺自身、イレブンと呼ばれる旧日本人達を雇用する計画を立てている。

 建前上は純粋なブリタニア人ではあるが、カレン母を厚遇する言い訳は立つ。

 

「ありがとうございます、紅月さん」

「と、とんでもございません、お嬢様」

 

 カレン母は割と美人だが、気立てがいいとはいえない女性だった。

 カレンと兄(こちらは純粋な日本人)を育てた人なのだから家事自体はそこそこできるはずだが、慣れない環境への戸惑いと、他に行くところがないというプレッシャー、実の娘を他人として扱わなければならない苦しみなどのせいで本領発揮できていないのだろう。

 彼女に対して俺ができることは殆どない。

 原作では溜まりに溜まった心労のせいでやばいドラッグに手を出したりもしていたので、せめてそうなる確率が下がるよう、普通に接してやるくらいだ。

 

「おはようございます、カレンさん」

「……ふん」

 

 カレンの方は相変わらずだった。

 日本占領から厳しい生活が続いていたせいだろう、シュタットフェルト家の娘となること自体は受け入れたものの、新しい父と母に従う気はない、といった態度。

 ツンツンした振る舞いのお陰か、俺よりはよっぽどお嬢様っぽく見えるが、こんな態度を続けていて疲れないのだろうか。

 まあ、そうやってカレンが抱えた現状への不満、ブリタニアへの恨みがレジスタンスへの参加を決意させ、結果的にルルーシュや他の者達を大きく助けることになるのだから、一概に悪く言うこともできないのだが。

 

「カレンさん。美味しいケーキがあるそうなのですが、一緒にお茶をしませんか?」

「………」

「カレンさん。今日はいい天気ですよ。たまには日向ぼっこなどされてはいかがですか?」

「………」

 

 とりあえず、顔を合わせる度に何かしら声をかけてみる。

 何を言っても無視されるだけだったが、それでも諦めずに続けていると、そのうち痺れを切らしたように言ってきた。

 

「ああもう、なんなのよアンタ!?」

「なんなの、と言われましても……」

「調子狂うったらないわ。無視しても平気で声かけてきて、使用人にも親しげにして……イレブン相手だって気にしないで」

 

 言っているうちにバツが悪くなってきたのか、カレンは視線を逸らしながら呟いた。

 

「ブリタニアのお嬢様ってみんなこうなわけ?」

「残念ながら、私は特別変わっている方だと思います」

 

 彼女の苛立ちもわかるので、俺は声を荒らげることなく答える。

 

「それから、紅月さんはイレブンではありません」

「……名誉ブリタニア人だ、って?」

「そうですね。そして、日本人でもあります」

「っ!?」

「私、元は孤児なんです。お養父さまに拾っていただいてお嬢様をしていますが、生まれは違います。……生まれ育った環境というのは、その人の中にずっと残るものでしょう?」

 

 カレンの俺を見る目が奇妙なものを見るようなそれに変わる。

 あまり気持ちのいい視線ではないが、少なくとも敵意は薄れた。

 

「お嬢様がそんなこと言ってると、周りから虐められるんじゃない?」

「嘘も方便、といいますでしょう? 私は『使う側』として『使われる側』に気持ちよく騙されてもらうために、彼らを尊重しているだけです」

 

 と、いうことにしておけば「あの子は物好きだな」程度で済む。

 はあ、と。

 少女の口から観念したような溜め息が漏れ、向けられる視線が呆れに変わった。

 

「……まあ、何言っても無駄だ、ってことは良く分かった」

「わかっていただけて幸いです」

 

 それからは、話しかけると反応してもらえるようになった。

 大抵は「うん」とか「ああ」とかそんな返事だけだったが、無視されなくなっただけでも大きな進歩だ。

 そんな風にして、俺はカレンと少しずつ仲良くなっていった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 ルルーシュ・ランペルージは日本の地で戦火に見舞われ、両親を失った戦災孤児である。

 エリア11にアッシュフォード学園を創設したアッシュフォード家に妹と共に引き取られた彼は、学園のクラブハウス内に設けられた私室にて生活するようになった。

 と、いうのが、日本とブリタニアの戦争のどさくさに紛れて本当の名を捨てたブリタニアの第11皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの仮の姿(ペルソナ)である。

 

「お兄様、今日はお休みですからゆっくりできますよね?」

「ああ、もちろんだよナナリー」

 

 ブリタニア風に整えられた部屋の中で、妹からの呼びかけにルルーシュは答えた。

 

 ルルーシュと妹、ナナリーが日本にやってきたきっかけは母・皇妃マリアンヌが何者かによって暗殺された事件だった。

 不幸にも殺害現場に居合わせてしまったナナリーは視力と脚の機能を失い、ルルーシュは何もできなかったことに大きな悔しさを抱いた。

 ブリタニアの皇帝にして父であるシャルルに母の死を訴えたルルーシュは、素っ気ないという言葉では言い表せないほど冷淡な返答を与えられたことから父を憎んだ。

 そして、国のために感情を殺せないルルーシュを「不要」と断じたシャルルによって日本の枢木ゲンブ首相の下へと送られ、そのまま開戦の日を迎えた。

 

 アッシュフォード家とコンタクトを取れたのは幸運だったと言っていい。

 日本に送られた後の兄妹の消息を追っていたらしく、アッシュフォード家はルルーシュとナナリーを快く迎え入れてくれた。

 お陰で、戦争に心を痛めていたナナリーも少しずつ心の平穏を取り戻そうとしている。まだまだ安心とはいかないのかとにかくルルーシュの傍に居たがって大変だが、(本人に自覚はないものの)大変なシスコンであるルルーシュにとってそれは望むところであった。

 

 ルルーシュとて、一連の事件の衝撃は大きかった。

 心を癒す時間はまだまだ必要なのだから。

 

「良かったですね、ナナリー様」

「はい。ありがとうございます、咲世子さん」

 

 穏やかにナナリーへ声をかけたのはアッシュフォード家に雇われたメイドの篠崎咲世子だ。

 彼女はブリタニア風のお仕着せに身を包んでいるものの、黒髪を持った日本人──エリア11を出身とする名誉ブリタニア人である。

 彼女が雇われた理由としてはアッシュフォード家が日本人に対する偏見を持っていなかったことが大きい。

 ルルーシュとナナリーにしても一時期、日本の家に預けられていた身の上である。また、預けられた家では歳の近い少年と縁を結びもした。皇帝とは縁を切られたこともあって、下手なブリタニア人よりはむしろ日本人の方が信頼に値する。

 咲世子も、ブリタニア人であるルルーシュ達にとても良くしてくれている。立ち居振る舞いが丁寧で、歳の離れた子供の扱いも上手い。聞いた話によれば元は良家のお嬢様だったというが、育ちが良いお陰だろう。

 

 今日は一日、ナナリーと何をして過ごそうか。

 と、ルルーシュがそんなことを考えていると、部屋のドアがノックもなく開かれて一人の少女が入ってきた。

 

「ルルーシュ、ナナリー、いるー?」

「……ミレイか。ノックくらいしたらどうだ」

 

 入ってきたのはミレイ・アッシュフォードだった。

 ルルーシュ達の後見人から見ると孫娘にあたる少女。ルルーシュより一つ年上の中学三年生で、アッシュフォード学園中等部の初代生徒会長に就任している。

 性格は明るく自由奔放。

 鬱陶しいくらいに距離を詰めてくるため、現在絶賛やさぐれ中(ナナリー相手を除く)なルルーシュにとっては少々頭の痛い相手である。悪い人間というわけではないものの、出会った当初は幾度となく喧嘩になった。そのうち、どういうわけかミレイの態度が軟化して今に至るのだが、

 

「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」

「着替えでもしていたらどうするんだ」

「ルルーシュが私の着替えを覗くならともかく、私がルルーシュの着替えを覗くなら問題ないでしょ?」

「いや、どう考えてもあるだろう……」

 

 思わず頭を抱える。

 そんな二人のやり取りにナナリーが「お二人は仲がよろしいですね」とくすくす笑って、

 

「ミレイさん。今日はどうされたんですか?」

「ああ、うん。そうだった」

 

 応えたミレイは二人に対して笑顔を浮かべ、意外なことを言ってきた。

 

「あのさ、二人とも今日は時間ある? 紹介したい人がいるんだけど」

「人、か」

 

 思わず警戒するルルーシュだったが、結果的にそれは杞憂だった。


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