ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
引っ越し作業が落ち着いた頃、新しい学校での生活が始まった。
アッシュフォード学園。
ガチで新品の校舎での学園生活というのはなかなか体験できないことなので、百合としても俺としても心弾む部分があった。
一年目の学園は転校を希望してきた生徒数との兼ね合いから「中等部の1~3年+高等部の1年」をメインとした体制でスタートした。
高等部の2年生以降は転校希望者があまりいなかったこと、最初とあって教師やスタッフ達も不慣れな部分があることから少人数による特別指導という形でカバー。
そのため、高等部は実質一学年のみでの運用となり──そのせいか、最初の高等部生徒会長には俺が選ばれてしまった。
「どうして私なんでしょう?」
「能力と実績、経験を考慮した結果だよ」
以上は学園理事長──つまりはミレイのお祖父さんと俺が交わした会話の要約である。
さすがはミレイ祖父。飄々としているように見えてしっかりした信念のもとに行動している。つまり、抗議しても無駄ということだ。
「……わかりました。最善を尽くします」
仕方なく了承した俺。
来年はミレイに引き継いでやる、と思ったのだが、考えてみると中等部の生徒は高等部の生徒会選挙に出られない。二、三年生から会長が選ばれなかった時点で来年の候補者は増えないわけで、ほぼ俺が二期会長を務めるということではなかろうか。
アッシュフォード学園の生徒会長とかミレイのイメージしかないんだが。
まあいい。俺に彼女の真似はできないので、真面目かつ堅実な生徒会運営を心がける。はっちゃけるのは学園祭や体育祭などのイベントごとの時だけで十分だ。というか、学園祭なんかは中等部と高等部の合同になるので、否応なく中等部の生徒会長であるミレイが出張ってくる。放っておいても彼女が色々アイデアを出して盛り上げてくれるだろう。
というわけで、我が生徒会は実務能力の高そうなメンバーで構成した。実務は部下頼りの生徒会長とかミレイだけで十分である。できたばかりの学園である以上、俺達が今のうちにマニュアルや前例を整備しておくことで、後にルルーシュやシャーリーが被る被害を少なくできるかもしれない。
そんな風にして新しい生活を謳歌していたある日、中等部と高等部に分かれたことで会う機会の少なくなっていたミレイから連絡が入った。
『リリィ先輩。会わせたい人がいるんですけど、今度の日曜とか空いてますか?』
『はい。大丈夫です』
俺の休みの日の予定には自動で「自室で休養」という項目が設定されているが、体力が削られるのを覚悟すれば予定の変更が可能である。
ミレイが指定してきた場所は学園のクラブハウスだったので、それくらいなら大した負担にはならないだろうと、俺は申し出を了承した。
実を言えば、
来るのか来ないのか、来るとしたらいつ来るのかそわそわしながら待っていたのも事実であり、俺はただ学園で知人と会うだけだというのにいつもより睡眠時間を減らすことになった。
あれを着て行こうか、やっぱりこっちにした方がいいか、とあれこれ悩んだ挙句、学園に行くんだから制服じゃん、と気づいて愕然としたのはここだけの話である。
そして。
休日に学園のクラブハウスに出向いた俺は、原作主人公ことルルーシュ・ランペルージ、ルルーシュの妹のナナリー、そしてアッシュフォード家の雇われメイド、篠崎咲世子と出会ったのだった。
ドアを開けて姿を見た瞬間、硬直してしまった。
以前よりも綺麗になった姉がいた。
清楚なメイド服に身を包み、背筋を伸ばして立つ彼女。目立つ怪我はしていないようだし、肌艶も良い。アッシュフォード家によくしてもらっている証拠だ。それに、最後に会った時よりも雰囲気がぐっと大人っぽくなっている。
「ミレイ、会わせたい相手ってのはこいつか?」
俺が放心していると、その場にいたうちの一人──細身かつ聡明そうな容姿の美少年が口を開いた。
俺達から等距離あたりに立ったミレイは「そうよ」と胸を張る。
「でもルルーシュ、リリィ先輩は年上だからね? いくら可愛いからって失礼は駄目よ」
「年上? こいつが?」
こら主人公。小さく呟いたつもりだろうが、ばっちり聞こえてるぞ。
というか、ルルーシュの口が思ったよりも悪い。俺が知っている彼は今から四年後くらいの彼だし、戦争からあまり日が経っていない現在はまだ心がすさんでいるのだろう。原作では敬語を使っていたミレイ相手にため口利いてるし。
俺は気を取り直して挨拶をする。
「初めまして。私はアッシュフォード学園高等部一年、リリィ・シュタットフェルトと申します。以後お見知り置きくださいませ、ルルーシュさま、ナナリーさま」
「シュタットフェルト……」
ルルーシュがまた意味ありげに呟く。脳内情報をおさらいしているんだろう。頭が切れるせいでいろいろ大変そうだ。
ナナリーの方は可愛いというか平和な態度で口元に笑みを浮かべてくれる。
「ナナリーです。こちらこそ、よろしくお願いします。……あ、でも、気軽にナナリーと呼んでくださいね」
「ありがとう、ナナリー」
俺は彼女が皇女殿下だって知ってるので呼び捨てが怖いのだが、この兄妹にだけ様付けし続けるわけにもいかないか。
などと考えていると、ナナリーが顔を上に向けて、
「こちらは私達のお世話をしてくれている咲世子さんです」
車椅子のハンドルを握っている咲世子を紹介してくれた。
つられて顔を向けた俺は、姉とじっと見つめあう形に。
「………」
「? 咲世子さん?」
「……失礼しました。
「ご丁寧にありがとうございます」
しっかりと他人のフリをしてくれる姉に、俺もまたお嬢様としての笑みを返したのだった。
自己紹介が済んだ後はみんなで遊ぶことになった。
車椅子かつ目の見えないナナリーがいるので遊び方は限られてしまうが、俺はとっくに織り込み済みだったし、人の良いミレイが文句を言うはずがない。
しりとりをしたり、どこに誰が触っているかナナリーに当ててもらったり、平和な遊びをして時間を過ごした。
というか、自然とゆったりした遊びになるので、俺はナナリーと相性が良い気がする。
「では、リリィさんは身体が弱いんですか?」
「はい。特に日光に弱いもので、外に出るには日傘が手放せないのです。ですから、日向ぼっこを楽しめるナナリーが少し羨ましいです」
「私は、リリィさんのお顔が見られないのが残念です……」
「では、私達はお互い似た者同士ですね」
ナナリーはルルーシュの三歳年下。俺から見ると五歳差があるが、運動不足とはいえ健康面に問題のないナナリーと虚弱な俺は見た目も近い。
思った以上に早く仲良くなることができてほっとした。
いっそ俺がナナリーの世話をすれば外に出られない、移動速度が遅い、のんびりしていてもお互い気にならないで平和かもしれない。暴漢に押し入られたり、建物内で火事でもあったら二人してアウトだが。
と。
飲み物を買いに行こうと俺が部屋を出ると、ルルーシュが「俺も行く」と言ってついてきた。
俺は特に拒否せず、自販機までの道をしばらく歩いて、
「お話はなんでしょう?」
「……話が早いな。咲世子さんに何か含むところでもあるのか?」
「いいえ、特には」
こっちから切り出されるのが意外だったのか、ルルーシュは一瞬顔を顰めた後で尋ねてきた。
即座に答えたものの、青年もまた即座に断言してくる。
「嘘だな」
「………」
「思っていることが顔に出にくい性質のようだが、演技の技術に長けているわけではない。見る者が見ればそれくらいのことはわかる」
ブラフのような気もするが、ルルーシュならそれくらいできてもおかしくはない。
俺は溜め息をついてシラを切りとおすことを諦めた。
「日本人の方が世話係なのはどうしてか、と考えていただけです」
「日本人か。イレブンではなく」
「言葉遊びですが、蔑称に近い呼び名は好みません。立場上、隔意を表現したい時は『旧日本人』と言うようにしたいと思っています」
「……そうか」
今度の答えは嘘ではない。
姉に見惚れていた、という一番の理由を答えなかっただけで、元皇族に日本人のメイドがついていた原作の設定をあらためて意識したのも事実だ。
まあ、日本人に忌避感がないなら手ごろに雇える最強の護衛なのだが。逆に言えば最強の敵になりうるわけで、その人物にルルーシュ達の素性を明かすのだから、アッシュフォード学園理事長は相当肝が据わっている。あるいはミレイと同じく直感で人を見抜くタイプか。
ごとん、と、自販機からアイスティーの缶が落ちる音が響いて、
「すみませんでした。……やはり、人を疑う癖がついているようです」
「謝らないでください。私は戦火を直接体験していません。あなた方の苦労に比べたらその程度、どうということもありませんから」
都合が悪いから、と、マリアンヌ殺害を止めなかった負い目もある。
「ミレイにも優しくしてあげてくださいね。私にとっても大切なお友達なんです。……きっと、お二人のことが心配で、私を紹介してくれたんだと思います」
「……わかってはいるんですけど、ね」
「ぐいぐい来られすぎてしり込みしてしまいますか?」
「そういうことです」
ルルーシュも運動が得意ではない頭脳労働タイプなので、振り回されるのは苦手なのだろう。
俺達は「意見が合った」とばかりに笑いあった。
◆ ◆ ◆
雇い主の孫であるミレイ・アッシュフォードが人を紹介すると言ってきた時は正直言って警戒した。
貴族とも繋がりのあるアッシュフォード家に雇われることができ、しかも拠点をアッシュフォード学園という「裕福な家の子供が集まる学校」にできたことは予想以上の幸運だが、ミレイの奔放な性格は狙いを読みづらい部分があり、少々困りものだ。
メイドの仕事自体に戸惑うことは少なかったとはいえ、ルルーシュ・ナナリー兄妹の信用を買ったり、理事長やミレイの周辺人物を調べたり、新しい生活に馴染むために忙しかったことも「ミレイの先輩」にまで調査が及んでいなかった原因だろう。
中等部と高等部に分かれたことやお互いに生徒会長として忙しいことで交流が減ったという件の人物と
だから、ドアを開けてリリィ──百合が現れた時は全てを忘れて硬直してしまった。
数年ぶりに会う妹はすっかり成長していた。
良い意味で人形のようだった容姿は花開き、身体の起伏を備えたことで生き物らしさを備えた美少女のそれへと生まれ変わった。
白い細い髪と透き通るような肌は健在で、淡いクリーム色をした女子制服が良く似合っている。どこか幻想的なまでの美しさは、周囲の男が放っておかないであろうことを思わせる。そういう意味では早々に婚約を決めてしまったのは良かったのかもしれない。
『? 咲世子さん?』
だから、ナナリーに声をかけられて我に返った時は焦った。
自分と彼女は赤の他人でなければならないのに、あまりにも見つめすぎてしまった。大切なお客様なのでじっくりと観察してしまった、という体にすれば不自然ではないだろうか。
自重しなければと思いつつ、妹と同じ空間にいられることに胸の高鳴りを覚えた。
リリィが物怖じせず兄妹に話しかけ、特にナナリーとはあっという間に仲良くなっていく様は、姉妹として過ごしていた頃を思い起こさせてくれた。
アッシュフォード家に雇われたのは、やはり思った以上の幸運だった。
「リリィ様。どうか、また、ナナリー様とお話してあげてください」
別れ際に声をかけると、妹はすっかり身に付いた気品ある態度で柔らかく答えた。
「はい。喜んで」
その日の夜は妹の一挙一動を反芻していたせいで、いつもより眠るのが遅くなってしまった咲世子だった。