ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「
「はい。父上はご存じでしょうか。……神聖ブリタニア帝国が開発している新兵器だ、ということなのですが」
咲世子の父、篠崎家現当主の仕事部屋は畳敷きの六畳間だ。調度品も最低限で、資産を考えれば質素なくらいだが要人警護を主な生業とする家柄上、派手な暮らしは控えるべきという方針であった。
人払いを行い二人きりとなった部屋で、咲世子は正座し、最大限の礼を尽くしながら用件を切り出した。
当主は咲世子に背を向けたまま表情を見せなかったが、KMFの名を聞いた後、声色が僅かに硬くなったように感じられた。
「重要な案件」として目通りを願ったのは間違っていなかったらしい。
「ブリタニアの新兵器。……噂程度であれば耳にしている」
「噂、ですか?」
「左様。既存の概念を覆す人型の機動兵器。とはいえ、現状では通常兵器に勝る点の方が少ないらしい」
「そう、ですか」
咲世子は胸中で安堵した。
篠崎家は代々続く裏の家系。生身での戦闘が基本ではあるものの、
その上で、当主が「弱い」と判断しているのなら間違いはないだろう。
百合からその名が出た時は、あるいは早急な対処が必要なのではと思ったのだが。
「うむ。……ただし、その兵器がKMFと名付けられたのはつい最近のことであるはずなのだが、な」
「……っ!?」
「ブリタニアの軍事機密。日本軍とて詳細までは把握していないであろう情報を、あれは一体、どうやって入手したというのか」
「あの子が他国と内通している、と? しかし、それは」
「わかっている。あれは一人では外に出ることさえ困難な身。かといって、この私と同等の諜報力を持つ者なら、わざわざあれを『使う』必要もあるまい」
当主にさえ気づかれず情報収集ができるなら自分で目的を果たせばいい。実際、百合から咲世子に、咲世子から当主に伝わってしまっているのだから。
情報を流すことそのものが目的という可能性もあるが、いずれにせよ、百合が国あるいは篠崎家に悪意を持っているとは考えにくい。
「……あれは特別だからな」
「はい。あの子が不思議な『夢』を見るのはこれが初めてではありません」
幼児には難解な漢字の読解、連立方程式の概念の理解、シェイクスピアの四大悲劇を全て挙げる等、どこで知ったのかという知識や情報をふとした拍子に口にすることがある。
本人は「夢で見た」と主張しており、状況的にも疑うのは難しい。
「それで? あれが言っていたのは名前だけか?」
「いえ。KMFの情報を入手し、可能であれば我が国でも開発するべきだと。また、KMFの運用においてサクラダイトが重要になると」
「……世迷言としか思えないくせに妙な信憑性がある。あれの頭の中を解剖して調べられれば良いのだが」
「父上。冗談でもそのようなことを仰らないでください」
咲世子は淡々とした口調を崩さないまま釘を刺した。
篠崎流の次期継承者として家に尽くすつもりはある。父のことも尊敬しているが、本気で百合を害するつもりなら「親子喧嘩」をする覚悟はある。
先の発言については当主も本気ではなかったようで、黙ったまま会話が流されたことで事なきを得たが。
「KMF。念のため、最低限の働きかけはしておくべきか」
この時はまだ、咲世子も当主も、百合の先見性と異常性を本当の意味で理解できてはいなかった。
◆ ◆ ◆
姉にKMFの情報を尋ねたところ「お父様に確認してみる」と言われた。
咲世子はまだ成人しておらず修業中の身なので、全ての情報を把握しているわけではないらしい。ならいっそ直接話そうかとも思ったが、俺はあまり父から良く思われていないようなので断念した。
何しろまともに話をした記憶さえ碌にない。
まあ、仕方ないとは思う。篠崎家は忍者の家系。当然、篠崎の子は流派を継ぐことを求められる。
しかし、俺──篠崎百合はアルビノかつ病弱なせいで武芸を極めるのは到底無理。言ってしまえば役立たずなのだ。
俺は殆ど家から出たことがない。
たまに外出しても家の周辺を散歩する程度。日中に外出するなら完全防備が必要な上、日差しのない夜に外出すると身体を冷やして風邪をひく。
だから屋敷の中で、使用人と家庭教師から教育を受けている。
父は俺を通常の役割とは別の形で「使う」つもりらしい。具体的に言うと外国人との婚姻、あるいは養子縁組だ。
俺は白い髪と肌のお陰で黄色人種の特徴を殆ど持っていない。幸い容姿は割と整っているから貰い手には困らない。なので、施される教育には未来の旦那様、あるいはご主人様を喜ばせるための作法や技術も含まれていた。
ぶっちゃけ、これじゃあ愛されていると思う方が無理だ。
だが、百合はそんな生活を受け入れていた。姉の咲世子が何かと世話を焼いてくれていたし、百合自身も他の生き方を知らなかった。外国人に嫁ぐのは珍しいが、嫁に行くこと自体は女であれば当たり前のことである。
というわけで、
「では、百合様。前回に引き続き、手で男性を喜ばせる方法を学んでまいりましょう」
「───」
記憶が統合され、前世の人格が強くなった結果、俺は教育の内容に拒否反応を起こした。
「百合様? どうなさいました?」
「い、いえ、その。私にはまだ、こういったことは早いのではないかと……」
木製の張り型を前におずおずと言えば、身の回りの世話をしてくれている使用人の女性に首を振られる。
「何を仰いますか。前戯の技術はとても重要です。特に手淫は体力や体格に左右されづらいですから、むしろ早いうちから学ぶべきです」
「え、ええ……?」
いや、十歳の幼女に何させる気だよ!?
張り型の形状も妙に生々しく、なまじ馴染みがあるだけに触りたくない。だから触らせないで欲しい。握らせないで欲しい。いや、ちょっと、顔に近づけるな。
くノ一にとって色仕掛けは重要な技術。教育に熱心なのも道具等々が充実しているのもわかる。咲世子がそういう特訓をしている姿を想像すると胸が高鳴るが、自分が勉強させられるとなれば話は別だ。ダブスタ? なんとでも言え。
とはいえ立場上、あまり強く拒否もできない。しばらくやんわりと抵抗を続けたところ「あまり我が儘を言われますとお仕置きをいたしますよ」と言われたため、泣く泣く従うことになった。
これは、早くなんとかしないとやばい。
日本の植民地化を防ぐと同時に俺自身も処世術を身に着けなければ、命が助かっても精神的に死ぬ。
手っ取り早いのは学問だろうか。
教養を身に着けて賢さをアピールできれば、売り飛ばされる先が変態親父から知的なイケメンになるかもしれない。身体目当てじゃなければ「そういうこと」をする頻度は下がるだろうし、利用価値があるうちは雑な扱いもされないはず。
よし、そうしよう。
心に決めた時には咲世子と風呂に入った──俺が前世の記憶を完全に取り戻した翌日の勉強が全て終了していた。
また風呂で合流になるかと思ったが、今日の咲世子は入浴の前に部屋へとやってきた。
「姉さま。昨日お話しした件はいかがでしたか?」
「振り出しから一歩進んだだけだって。でも、考えてくださると言っていたわ」
「そうですか。ありがとうございます」
昨日と違って近くに使用人がいるからか、姉は遠回しに結果を伝えてきた。
今は第二世代、か。
原作開始時点の七年前、日本占領の際に用いられたKMF『グラスゴー』が確か第四世代。二世代分も余裕があるならまだ日本でKMFを開発する余地があるかもしれない。もちろん最重要機密だろうし、設計図の入手あるいは鹵獲やリバースエンジニアリングがどこまでできるかって問題はあるが。
少なくともサクラダイト──KMFの動力源として採用されることになる謎物質の重要性だけでも日本に伝われば、ブリタニアとの政治の流れが変わるかもしれない。戦争のきっかけとなったのがそのサクラダイトの採掘権を巡る争いだったのだから。
「そんな話より、楽しいお話をしましょう? 今日は何をしたのか教えてくれる?」
「はい、わかりました姉さま」
姉はこの手の話がお気に召さないらしい。
どっちにしてもすぐに動けるわけじゃない。次に何をするべきかは後でゆっくり考えることにして、今は姉との会話を楽しむことにする。
と、ここぞとばかりに使用人が口を開いて、
「咲世子様。百合様に夜伽のコツをお教えになっていただけませんか? どうやらあまり気乗りなさらないようでして、なかなか上達してくださらないのです」
「そうなの? 百合、恥ずかしいのはわかるけど、必要なことだから」
「ね、姉さま」
そんな話になるんだったらさっきの話を続けたかった、と、心から思う俺だった。
◆ ◆ ◆
『しばらくの間、あれの動向には注意しろ。不審な点があれば報告せよ』
密かな相談の後、当主からはそんな命令が下った。
故に、少々緊張しながら百合の部屋に向かった咲世子だったが、妹はいつもと変わらず愛らしく、叛意など欠片も感じ取れなかった。
警戒したのは部屋に行ってすぐ、例のKMFの件を尋ねられた時くらいだ。簡単な婉曲表現を用いて答えたところ、特に悩む様子もなく頷かれた。健康な身体ならランドセルを背負って小学校に通っている年齢の子供としては、やはり破格なほど聡明だ。
しかし、話が勉強のことに及ぶと途端に微笑ましい会話になる。
閨の教育が捗らない、という話を聞いた時は表情に出して安堵してしまったくらいだ。
女の武器を使うのが得意、というのが悪女になるための条件の一つだと咲世子は個人的に思っている。その点、百合は下手なうえに苦手でもあるようなので到底悪女になどなれないだろう。
昨日、入浴を拒否されそうになったので好きな男でもできたのかと思ったが、恥ずかしがって艶事を厭っているあたりまだまだ子供だ。
「姉さま、学問。学問の話をいたしませんか?」
百合の方から率先して話題を変えてきたあたり筋金入りである。
実際に仕草でお手本を見せたところ顔を真っ赤にしていたので、使用人には悪いが少し妹を甘やかしてやることにした。
今日勉強したところだという漢字や計算を披露してもらう。すると、自分から話したがっただけあって、こちらは素晴らしい出来だった。以前からそういう兆候はあったが、今日は特に調子が良かったらしい。前日の何割増しかのペースで進んでいる。
「現在お教えしているのは十三歳程度の内容です」
「それでこれだけできるのだから、すごいじゃない百合」
「そうですね。閨のお勉強もこれくらい熱心にしていただけたら……」
「わ、私は賢い女を目指そうと思っているのです」
話が戻りかけると慌てて主張する百合。
「そう。私は強い女にならないといけないから、百合が賢い女になってくれれば、ちょうどいいかもしれないわね」
「賢い女は男から嫌われると申しますが……」
「日本男児の話でしょう? 女が王になる国もあるのだから、気にする必要はないと思います」
抱き寄せて頭を撫でてやると、妹は一瞬恥ずかしそうにしたものの、結局は「えへへ……」と嬉しそうに身を任せてきた。
可愛いと心から思う。
男も女も戦う力を持つのが当たり前の篠崎家にあって、百合の存在は特異だ。だからこそ、姉である自分が守ってやらなければならない。
(……
はっきりと口にされたわけではないが、妹はそれが攻めてくる可能性を危惧しているようだった。
ならば、打ち勝てるようにならなければならない。
(戦車だろうと、ブリタニアの新兵器だろうと)
武器ならともかく兵器となると篠崎流の管轄外となる。
とはいえそれは本格的に扱うことを想定しない、という意味であって、
現実的には「相手にしないのが正解」であり、また実践的な訓練も難しいために本格的には学んだことがなかったのだが、これからは試してみることにしよう。咲世子はそう心に決めた。