ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「来年度、中等部三年にとある人物が転入してくる」
理事長室。
並んで座った俺とミレイを前に、ミレイの祖父──アッシュフォード学園理事長は、声を潜めるようにして告げた。
彼のその態度が、やってくる人物が只者ではないことを表している。
前生徒会長と現生徒会長である俺達は顔を見合わせ、理事長に尋ねた。
「理事長、これは他言無用の件ということでよろしいでしょうか」
「中等部の生徒会長を呼ばなかったのは何故でしょう?」
「うむ。これから話すことは君達二人だけの胸にしまって欲しい。中等部の生徒会長に話さないのは、あまりにもプレッシャーが大きすぎると判断したからだ。何しろ彼女の素性については公式に発表されていない事柄なのだ」
理事長はここで一枚の写真をテーブルに置いた。
ピンクブロンドの美しい少女。
花が咲いたような笑顔を浮かべる彼女の愛らしさに息を呑みながら、俺は「やっぱり」と思った。
ミレイの方は不思議そうに首を傾げて、
「確かに知らない方ですが、理事長?」
「この方はユーフェミア・リ・ブリタニア殿下。神聖ブリタニア帝国の第三皇女であらせられる」
「皇女様!?」
さすがのミレイも口元に手を当ててびっくりポーズである。
俺の認識通り、現在はまだ学生の身であるため、公の皇族リストには記載されていない。原作では皇子クロヴィスが死んで手が足りなくなったのか、新しい総督になった第二皇女コーネリアが職権乱用したのか、学生生活を切り上げることになっていたが。
このアッシュフォード学園もお坊ちゃんお嬢様が通う学校とはいえ、
これもおそらくはシュナイゼル主導の企み。
俺にとってもこのユーフェミアは重要な意味を持つ人物だ。
ルルーシュやナナリーと仲良く幼少期を過ごした少女であり、原作においてスザクと恋仲になった少女。そして、運命の悪戯によって不幸な死を遂げ、更には大罪人として扱われてしまった少女。
彼女がやってくることで、事態は大きく動くだろう。
シュナイゼルがどこまで読んでいるのか、俺には想像もつかないが。
「皇女殿下と学友になれるとは光栄です。……ですが、他の方に知られてはならないのですよね? 大きく動く必要はない、ということでしょうか?」
「ああ。あくまでも予備知識として知っておいて欲しい、という程度だ。不自然でない程度に気にかけてくれればなおいいが」
「お祖父様、それは逆に難しいです」
高等部の有名人二人が中等部の転入生を気にしている時点で目立つからな……。
スザクや神楽耶でさんざんやっているので逆に目立たないかもしれないが。って、そうか、だから俺とミレイなのか。
スザクとルルーシュ、あとシャーリー達が揃って高等部に進んでしまうので繋がりは減るが、今度は神楽耶とナナリーが進学するので中等部に用はある。
「困っているようなら声をかけて、そのまま友達になればいいのではないですか?」
「それだといつもと変わりませんけど、そんなことでいいんですか?」
「どうせミレイには凝った演技は無理だろう? 不自然に見えないならそれで構わないさ」
「あんまり褒められてる気がしないんですけど……わかりました!」
にっこり笑って請け負うミレイ。
そこでわかっちゃうからそういう扱いになるんじゃないだろうか。
それから更に数日後の放課後。
俺はゲットー内に建設中の大きなビルをぽかん、と見上げていた。
「土地の下見には来ていましたが、あらためて見ても大きいですね……」
「本当にね」
同行していた、どこか気だるげな女研究者──ソフィ・ランドル博士が目を細めながら頷いてくれる。
「できて数年のゲームメーカーが建てられる規模じゃないでしょう」
「いえ、もう、本当に」
完成すると地上七階建て、地下三階建てになる予定のこのビルは我が社の新社屋だ。
人が増えてきたので会社があるフロアの一つ下の階も借りたり、それでも手が足りないのでルルーシュやニーナのような外部アルバイトを使ったり、とだましだましやっていたのだが、そういう応急処置もそろそろ限界に近づいている。
そこで建てることになったのが、このやたら立派な新社屋である。
主な資金源は言うまでもなくシュナイゼルからの援助。新ゲーム機開発の研究もあるし、ソフト開発も二ラインに増やして鋭意進行中だし、上手く行けばもっと事業が拡大するかもだし、ということで、どうせならばーんと大きな社屋を作ってしまえ、ということになったのだ。
例の日本食レストランについてはこのビルの一階に作って社員食堂の代わりになったらいいかな、と思っている。まあ、材料費を考えると高級店にならざるを得ないのでうちの社員じゃ通えない、なんてことにもなりかねないのだが、そこは通常営業を夜だけにして、昼間はブリタニアの食材を上手く使った創作和食弁当とかを安く売るとか、いろいろと方法を検討している。
「でも、良かったのですか?」
「何が?」
「仮の研究室、特派内部に作ったことです」
ランドル博士にはひとまずその仮研究室を利用してもらっている。
特派から人員を借りる関係上、その方がお互いに楽だというのが向こうとしての言い分なのだが、本音が「今のうちからずぶずぶ癒着していこうぜ!」なのは目に見えていた。
俺はもう、ある程度諦めたからいいのだが、彼女の方は良かったのか。
「ま、ブリタニアが医療面でも最先端なのは間違いないしね」
と、ランドル博士は肩を竦める。
「実際、機材を購入して設置して、新しい研究室に移して……ってやるよりは楽よ。借りられる機材が結構あるから」
「そうですね」
お陰で費用的にも随分と助かった。
ごそごそと、一張羅らしいスーツのポケットを探り、似つかわしくない安物ライターと煙草を取り出す博士。と思ったら俺を見てそれらをしまう。
「構いませんよ?」
「いいわ。……ゲームを作るんだものね。子供に夢を売る人間が不摂生じゃ仕方ないでしょう」
「そういえば、うちの会社は分煙が徹底してますね」
喫煙所以外で煙草をふかした社員は「社長を殺す気か!」と問答無用でしばかれる仕組みが出来上がっている。
有難い反面、ちょっと申し訳なくもあるのだが、お陰で社員の健康状態もちょっとはマシになっているかもしれない。
「いいことよ。本当にね」
遠い目をしたランドル博士が何を考えているのか、俺にはわからなかったが、旦那さんが目覚め、二人で新しい命を育む日が来たらいいとぼんやり思った。
「リリィ様? 昨晩、少々騒がしかったようですが、何かございまして?」
「っ」
神楽耶の何気ない問いかけに、俺は硬直した。
昨夜。
思い当たることは、ある。
『チーズ君を持っているというなら見せてみろ』
という、C.C.の挑発的な発言に「わかりました」と会社からぬいぐるみを借りてきて見せた件だ。
『どうです?』
少しばかり得意げな言い方になったのが良くなかったか、C.C.は無言で俺を見つめた後、さっと手を伸ばしてチーズ君を強奪してきた。
で、ぎゅう、と抱きしめて見せた挙句、くんくんと匂いを嗅いで、
『お前の匂いがするぞ』
である。
言いながらも手を離さないあたり「これから私の匂いに染め変えてやるからな」とでも言っているようであり、なんとなく気に食わなかったのでさっと取り上げた。
『おいこら、返せ!』
『返せも何も、あなたのものではないでしょう?』
で。
ベッドの上でしばしの間、身体を絡ませ合って奪い合いになった。
最終的に、というか、一分もしないうちにフィジカルの限界が来て泣く泣くチーズ君を明け渡したのだが……一晩、ぬいぐるみを抱きしめて眠ったC.C.は「やっぱり自分で手に入れないと意味が無いな」と、自分の匂いが移り始めたチーズ君を寄越して来た。
ぬいぐるみだから許されるが、恋のさや当てだったら刺されてそうな言動である。
「何やら痴情のもつれのような感じでしたが」
「き、気のせいではないでしょうか。少々物を落としてしまったのと……ああ、上がってきたシナリオの音読などをしていましたので、そのせいではないかと」
部屋の壁はわりと厚い方なのだが、騒ぐとさすがに隣に響くらしい。
これからは気をつけよう、C.C.にも言って聞かせよう、と心に決めながら、もっともらしい言い訳をでっちあげた。
と、神楽耶は残念そうな顔をして、
「そうですか。殿方でも連れ込んでいらっしゃるのでは、と、少しわくわくしていたのですが」
「それはないのでご安心くださいませ」
「それは? ということは、女性ならありえるのですか?」
「どうしてそうなるのですか」
何この子、天然でやってるとしたら勘が鋭すぎるんだけど。
「というか、ミレイさん。助けてください」
この日の女子会は俺、神楽耶、ミレイという変則メンバーだった。
ルルーシュとナナリーは何やら用事があるとのこと。生徒会も本格的に忙しい時期ではないので、シャーリーやニーナも「なら自分達も他の用事を済ませてしまおう」と不参加だった。
なので、俺一人でこの二人のストッパーになるのかと戦々恐々としていたのだが、
「え? ……ああ、すみません先輩。何のお話ですか?」
女子力高めコンビ(シャーリーもいる場合はトリオになる)の片割れ、ミレイが今日はどこか上の空だった。
彼女らしくなく、カップの中の紅茶を見つめながら物憂げな顔をしていて、俺達が水を向けてようやく顔を上げるような有様だ。
俺と神楽耶はアイコンタクトを交わして、
「ミレイ様、何があったかお話くださいませんか?」
「私達、これでも少しは頼りになると思いますよ?」
何かあったのか、ではなく、何かがあった前提で彼女をじっと見つめた。
結論から言うと、ミレイには逃げられてしまった。
「ありがとうございます。でも大丈夫です! 大した事じゃありませんから!」
間違いなく嘘である。
ミレイ・アッシュフォードは人に暗い顔を見せない。ちらっと垣間見える時くらいはあるが、すぐに明るい顔に戻って元気いっぱい遊び始めるので「あれ? 気のせい?」と首を傾げてしまうくらいの人物だ。
だから、彼女が明らかに落ち込んでいるということは何か大きなことがあったに違いない。
最近あった事件といえば──。
思い返してみて、そういえば理事長に呼び出されてユーフェミアの話をされた後、ミレイだけ残されていたことが頭に思い浮かぶ。
祖父と孫娘なので「そういうこともあるだろう」とスルーしてしまっていたのだが、もしかするとあそこで更に込み入った話があったのかもしれない。
ユーフェミア関連で、何か。
「……あ」
神楽耶、ミレイと別れたクラブハウス前で、俺は小さく声を上げた。
ユーフェミアは幼少期、ルルーシュ達と一緒に遊んでいた。
つまり彼女はルルーシュとナナリー当人のことをよく知っている。
原作でもそうだったので、それ自体は俺も把握していた。ユーフェミアがアッシュフォード学園に来れば自ずと発生するイベントだとも思っていた。ただ、リリィ・シュタットフェルトは兄妹の素性を知らないことになっている。ユーフェミア来訪の件も理事長に口止めされている。
何気なくルルーシュに伝えることさえ難しく、まあユーフェミアなら悪いことにはならないだろう、と半ば棚上げしていたのだが……。
ミレイと理事長は兄妹の素性を知っている。
当然、兄妹とユーフェミアが会えばまずいこともわかっているはず。
なら、俺がいなくなった後で二人が話したことというのは、
「もっと早く気づくべきでしたか」
C.C.の件やらシュナイゼルの件やら考えることがいっぱいで処理能力を超えていたのかもしれない。
ユーフェミア来訪は理事長にとってもまずい件。
可能なのであれば未然に防いでいたはず。しかし相手が皇族であるためできなかった。であればどうするか。
考えられるのは、理事長の管理下であるアッシュフォード学園が一番安心できる場所であるのを重々承知の上で、ルルーシュ達を別のところに移すことだ。
要は会わせなければいいわけなのだから。
となれば──。
俺はクラブハウスの中に入ると廊下を歩き、C.C.の待つ自分の部屋……ではなく、ナナリーの部屋のドアを叩いた。
「はい。どちら様でしょう?」
中から聞こえてきたのは咲世子の声。
「リリィです。ルルーシュさんはこちらにいらっしゃいますか?」
程なくしてドアが開き、中の様子が見えた。
ドアを開けに来た咲世子の奥にナナリーとルルーシュの姿。用事というのは今後についての相談だったと見て間違いなさそうだ。
一礼して「こんにちは」と告げる俺に、ルルーシュが尋ねてくる。
「先輩、どうしました?」
「はい。ミレイさんがこのところ何か悩んでらっしゃるようなのですが、何かご存じないかな、と思いまして」
ミレイの件は、俺にとっても突破口となるかもしれない。