ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
さて。
俺にできることを本格的に考えていこう。
目下の問題はブリタニアの日本占領。
主な対策としては二つ。一つはブリタニアに勝てるか、せめて長期戦に持ち込めるだけの戦力を用意すること。もう一つは戦争そのものを起こさせないこと。
一つ目の方法としてはとりあえず、父に
二つ目の方法は──うん、まあ、それができたら誰も苦労しない。
ブリタニアは「力こそが正義」みたいな方針の国だ。力のある国が世界征服を目指すのは当たり前でしょ? くらいのノリで領土を広げる奴らで、そのためなら武力行使も厭わない。究極的には国が亡びるまで止まらないんじゃないだろうか。
ブリタニア皇帝を暗殺できたらなんとかなるかもだけど、いくつもの理由から不可能に近い。
となるとやっぱり、一つ目の方向で行くしかないか。
まあ、こっちも正直言って現実的じゃない。
原作の時間軸(今から九年後くらい)には日本製のKMFも出来上がっていたし、技術力自体はある。軍人の中にも腕の立つ人間はいるんだけど、どうしたって国土の広さと資金力の問題が大きい。第二次世界大戦時の日本とアメリカが多分ちょうどいい例だ。俺も詳しいわけじゃないが、軍艦等の質自体は良かったが物量ですり潰されたらしい。
それでも、やらないよりはマシ。
少なくともKMFを危険視してもらうことさえできれば、あっさり負けて占領されました、だけは避けられるはず。KMF自体を造れなくても対策はできるかもしれない。極論、KMFに対抗できるならモビルスーツでもISでもアームスレイブでも何でもいいのだ。
そのために俺にできること。
……えっと、何ができるんだ?
娯楽作品としてコードギアスを楽しんでいただけの人間にKMFの開発ができるわけがない。
現代に近いが元いた地球とは異なる世界。知識チートや競馬・宝くじで大儲け、なんてこともできない。
というか、俺という存在が目立ちすぎるのもまずい。この世界には異能の持ち主がいるので、ふとした拍子に洗脳されたり記憶を弄られたり心を読まれたりする可能性がある。
目立つのを避けつつ、歴史に大きな変化をもたらすような改変を行わないといけない。
駄目じゃん。
あれこれ頭を悩ませつつも良い案が出ないまま一か月が過ぎた。
戦車や戦闘機にも勝てるようになりたいのだとか。そのためにより丈夫で威力のある武器を調達できないか父に掛け合っているらしい。すごく頼もしい話だが、いったいどこまで強くなる気なのか。
もちろん、俺もただ単にうんうん唸っていたわけではない。
性教育をスルーする言い訳のため……もとい、将来の役に立てるために勉強に励み、可能な限りの知識を身に着けつつ、優秀な子供であることをアピールした。
何しろ前世で一度大学まで出ているので、高校卒業程度までの内容は学ぶというより思い出すといった方が正しい。社会科に関しては残念ながら覚えなおす必要があったが、主な歴史上の人物や過去の事件には共通する部分もかなりあったので全くの二度手間というわけでもなかった。
教育係が大喜びだったので、俺の優秀さは父や他の家人にも伝わったはずだ。
篠崎百合の脳自体も前の俺よりスペックが良い。
飛び級で大学に入学できれば兵器開発に携われる目もあるだろうか? まあ、そのためには外を出歩いても倒れない程度の体力が必要だが。
というわけで、暇を見ては体力トレーニングにも励んでいる。ただし、トレーニングといっても部屋の中をぐるぐる歩き回ったり、お手玉をしたり、座った状態で足をぶらぶらさせたりするだけなので傍目からどう見えるかは謎。
これ、十歳の幼女にしては結構頑張ってる方なんじゃないだろうか。
◆ ◆ ◆
百合は変わった。
以前から抱いていた違和感を咲世子は確信に変えていた。
いつからかといえば、風呂で拒絶されそうになったあのあたりからだろう。
妹は、前よりずっと大人になった。
もともと聡明な子ではあったのだが、最近は更に優秀になった。
能力以上に本人の熱意が上がったようで、世話係や家庭教師は大いに喜んでいる。
「知的な女性になって、姉さまや篠崎の方々の力になりたいのです」
頑張る理由を尋ねると百合はそんなふうに答えた。
幼いながらに自分の役割を理解しているのだ。外国の家に嫁がせるのは何も、相手先からの見返りだけが目的ではない。むしろ、外の情報を手に入れるための間者の役割を期待するところが大きい。
何食わぬ顔で妻や娘の役割を果たしつつ祖国に利する。
か弱い百合に負わせるには重すぎる役割だと咲世子は考えていたが、妹は咲世子が思っていた以上に成長していたらしい。
「ねえ。百合には夢はある?」
稽古が長引いてしまい(人ではなく鉄の塊を想定した訓練を始めたせいだ)、会いに行くのが寝る前になってしまった日。
部屋の窓から二人で星を見上げながらそんな話をした。
百合はきらめく星々をどこか眩しそうに見つめながら、ゆっくりと答えた。
「私の夢は、おばあちゃんになるまで生きて、死ぬことです」
「百合……」
「だから、世界には平和であって欲しいと思っています。戦争なんてないに越したことはありませんから」
多くの日本人にとって戦争とは「遠いどこかの出来事」だ。
しかし、咲世子は知っている。ブリタニアという強国が現実的に存在しており、世界各地に戦争を仕掛けていることを。
この国も、いつまでも平和でいられるとは限らない。
病弱な百合にとって、命の危機はより深刻だ。普通に暮らしているだけでも寿命を全うできる保証が全くないというのに、戦争となればなおのこと。
「ね、姉さま。苦しいです」
「ごめんなさい。でも、もう少しだけこうさせて」
気づけば咲世子は妹を抱きしめていた。
妹は変わった。
しかし、一方で百合は全く変わっていない。
小さくて軽くて病弱で美しい、大切な妹。どこか捉えどころのない言動をしつつも邪気を全く感じさせない、咲世子の良く知る妹のままだ。
この子が戦火にみまわれる未来がありませんように。
咲世子は密かに星に祈った。
それからしばらくが経ったある日、咲世子は当主から意外なことを告げられた。
「百合に縁談の話が上がっている」
「縁談? 国内から、ですか?」
「そうだ」
篠崎家の家業は要人警護。
当主である父も週に半分以上は仕事のために外出している。当然、政治家や資産家等、要人といえる人物と顔を合わせる機会が多く、時には酒宴に顔を出すことさえあるのだが──ふとした拍子に子供の話になり、百合の話を漏らした。
すると、そこから話が広まり「見目麗しく優秀な子とあらば、うちの子にどうか」という申し出が寄せられるようになったらしい。
「ですが、あの子はまだ十歳です。法的にも婚姻可能な年齢ではありません」
「わかっている。もちろん、あれが十六になるまでの婚約という形になる。また、現段階では本決まりというわけでもない」
先方としても選択肢の一つに百合を加えた、という程度の話だ。
まずは百合本人に会ってみて、あるいは息子を会わせてみて好感触なら前向きに検討する、といったところだろう。
途中で立ち消えになる可能性も当然高い。というか十中八九そうなる。
咲世子はほっとしつつ、それでも更に異を唱える。
「百合の身体は
戦国の時代、女の価値とは家柄、容姿、持参金、そして
時代が変わったとはいえ、子を産むことが女の役目、という考え方は古い世代を中心にまだまだ残っている。生まれた子が優秀かどうかは産んでみないとわからないとはいえ、そもそも「出産したら当人が死にかねない嫁」は多くの家にとって選ぶに値しないはず。
と、
「後妻を取るなり、愛人の子を養子とするなり手はある」
「っ」
死んだら代わりを用意すればいい、と言わんばかりの発言に咲世子は歯噛みする。
当主は明言しなかったものの「そもそも百合の方を愛人とする」という手段も、もちろん存在するだろう。
百合の才覚が欲しいのなら正妻とすべきだろうが、容姿に重きを置くのなら愛人でも問題はない。
咲世子は数秒迷ってから口を開いた。
「私は反対です。百合は──」
「相談のためにこの場を設けたわけではない」
しかし、当主はぴしゃりと反論を封じた。
「……父上は、百合を外国へと考えていらっしゃったのでは?」
「国内も一枚岩ではない。間者を作っておいて損はなかろう。……それに、あれにとっても日本の方が過ごしやすかろう」
「お父様……!?」
当主が、父が、百合を心から嫌っているわけではないことは咲世子も知っていた。
当の百合は嫌われていると思っているようだが、そもそもあの子は当主と愛人との間に設けられた子。愛しい女の産み落とした子を嫌えるほど性格がねじ曲がっているわけではないのだ。
とはいえ、彼が口に出して情を訴えるのは意外だった。
何事もなかったように、あるいはついこぼしてしまった内心を恥じるように沈黙を作った当主へ、咲世子は静かに頭を下げた。
「父上のご厚情、誠に感謝いたします」
◆ ◆ ◆
「百合様。さあ、お仕度をいたしましょう」
原作介入計画を始めてから約二か月。
体力トレーニングは大した効果が出ていないものの、勉強の方はどんどん捗り、若干調子に乗り始めた今日この頃、俺の周囲には変化が生まれていた。
なんだか知らないが来客が急に増えたのだ。
それまでも篠崎流の若い衆が挨拶に来たり、からかいに来たり、花や玩具を置いていったりすることはあったのだが、最近来るのは身内ではなく外部の人間。
お役人だの政治家だの社長だのといった人たちが結構なペースで訪れ、俺は彼らに挨拶をさせられている。
もちろん、俺に会いに来たわけじゃなくて父を尋ねて来てるんだが、そういう奴らにわざわざ俺が挨拶させられるなんて今まではなかった。この二か月だけじゃなく、それより前も含めてだ。普通に考えて挨拶させるなら咲世子の方だし。
なのにわざわざ俺ってことは、まあ、そういうことなんだろう。
外に出ないので正月くらいしか着ない綺麗な着物を身に着け、大人のおっさんに頭を下げた後、部屋に帰って良いのかと思えば父とおっさん相手に話をさせられる。
っていうか父とまともに顔を合わせるのいつ以来だっていう。
「百合君は最近、どんな本を読んでいるのかな?」
「はい。機械工学の入門書に挑戦しております」
難解すぎて入門書を理解するために別の本を何冊も取り寄せる羽目になり、少し泣きそうになっている。
「世界情勢についてはどう思うかね?」
「神聖ブリタニア帝国の横暴は目に余るかと。現状、武力衝突は得策ではありませんので、諸外国と連携して経済面から力を削ぐことも視野に入れるべきではないでしょうか」
前世の聞きかじり知識で知ったような口を利いているだけだ。
「将来何か挑戦してみたいことは?」
「若者向けの電子遊戯を開発し、手に入れた利益を国に還元できたら、などと夢想しております」
ポケモンとかたまごっちとか作ったら当たるんじゃないかなって。
「このようなことを聞くのは失礼かもしれないが、どのような男が好みかな?」
「そうですね……我が家は無骨な殿方ばかりですので、すらりとした方に憧れます。真面目で真っすぐなお人柄であればなおよろしいかと」
少なくともあんたみたいなおっさんは好みじゃない。
「なるほど。いや、楽しかった。……当主殿、良いお嬢さんをお持ちだ」
「恐縮です」
こんな出来事が何度も繰り返されるのでだんだんうんざりしてきた。
そもそも、俺が嫁ぐのは外国じゃなかったのか。そう思っていたら、姉がこっそり教えてくれた。
「父上は百合が日本に居られる方法を考えてくださっているの」
なるほど。あの堅物親父にも良いところがあったのか……。
でも、日本に滞在し続けるのも良いことばかりじゃないんだよな。日本占領を防ぐのが目標なのは変わらないが、原作通りの展開になった場合、それまでに日本を出ていた方が安全なのは間違いない。
いや、本当にどうしたものか。
俺が新しい問題に頭を悩ませていると、またも使用人から来客の予定を知らされる。
「二日後に枢木ゲンブ首相とご子息が来られるそうです」
「そうですか、ありがとうございま……え?」
頭の中に今の内閣組織図を思い浮かべながら答えた俺は、礼を言いかけて硬直した。
枢木ゲンブ。
原作にも名前が出てきた日本のトップが遊びに来るとは父も本当に凄いらしいが、今はそんなことはどうでも良い。
「あの。枢木首相の息子さんの名前はわかりますか?」
「? ええと、たしかスザク様だったかと思いますが……?」
「そ、そうですか」
がくがくと手が震えるのを感じながら俺は愛想笑いを返した。
枢木スザク。
原作における主人公ルルーシュの親友にしてライバルにして最大の敵。読者視点からだとぶっちゃけゲンブなんか目じゃないくらいの重要人物。
この時点ではまだお子様のはずではあるが、なんで原作の重要人物が向こうから接触してくるのか、誰か俺に教えて欲しい。