ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
聞いたところによると、ユーフェミアはまだルルーシュ達の件をジノにも伝えていなかった。
不幸中の幸い、と言っていいのかどうか。
噂を耳にした際は一緒だったらしいので、名前自体はジノも耳にしている。直後、ユーフェミアの様子が変わったのにも気づいているだろう。
後は彼自身がルルーシュ達のことをどの程度知っているかと、噂の重要性をどう考えるか。
位の高い貴族なので皇宮の噂を聞くことができてもおかしくはないが、当時子供だった彼が覚えているかはわからない。
マリアンヌおよびルルーシュ兄妹の件は緘口令が敷かれているはずなので、下手な調べ方をしただけでは何もでてこない可能性もある。
まあ、どちらも希望的観測と言わざるをえないが。
ルルーシュ達が住む一軒家に到着した俺は、ルルーシュとナナリー、咲世子、それからC.C.と共に地下室へと移動した。
本当に大事な話をしたい時や、何者かによる襲撃があった時のために用意したものだ。
周囲の空間が物理的に阻まれていれば盗聴の危険もぐっと下がる。ここまでするような事態はないに越したことはなかったのだが。
「……早すぎるな」
咲世子の淹れたお茶を手に俺が語った内容に、ルルーシュが低い声で呟いた。
「もちろん、いつかは露見すると思っていましたが」
さりげなく俺に向けられた視線は鋭い。
(先輩。わざとではないでしょうね?)
(わざとならもっと決定的な状況を作ります)
困ったような笑顔で答えると、ルルーシュはふっと息を吐いた。
嫌疑をかけるのはひとまず思い留まってくれたらしい。
ここで、不安そうに顔を歪めたナナリーが口を開き、
「これから、どうなるのでしょうか」
「それに関してはルルーシュさん達の希望次第です」
ここに来たのはユーフェミアの来訪から一夜明けた翌日の放課後だ。
ユーフェミアとは「私からルルーシュさん達に対話の意思を確認します」と約束して別れた。
その後、すぐさま非常用の連絡先を使って理事長にコンタクトを取り、今日の昼間、校内放送を使って向こうから呼び出してもらう形で状況を報告した。
理事長の意見としては、本当にルルーシュ達を他へ移すことだ。
建前上は他の租界へ移ったことになっているので、念のためそちらの移住先も確保されている。今のうちにこっそり東京租界を出て移ってしまえばひとまず危険は避けられる。
後はアッシュフォード家ではなく咲世子の伝手を使ってどこかのゲットーにでも潜伏すれば見つかる可能性はかなり低くなるだろう。
問題は理事長、そしてアッシュフォード家の立場が悪くなること。ブリタニア側が強硬策に出た場合、何をするかわからないこと。レジスタンスがルルーシュ達を使って反乱を企てている、などと言って武力行使に出てくる可能性だってある。
「ユーフェミアさまに共犯者になっていただくという方法もあります。もちろん、あの方の善意に委ねる形になりますから、策として上等とは言えませんが」
「ユフィ姉様ならきっと信じてくださいます」
ぽつりと呟くナナリー。
思いっきり「姉様」と言ってしまっているが、非常時なのでひとまずスルー。
「……くそ」
ルルーシュも悔しそうに表情を歪めている。
予想していなかったわけではないが、そもそも正攻法や多少の奇策でどうにかなる状況ではない、ということだろう。
シャーリー達に口止めをするのも難しかった。言えない理由が多い以上「なんで?」という疑問に答えきれないし、お喋り揃いの面子がいつまでも黙っていられるとは思えない。ユーフェミアがいない場所ならいいんでしょ、と油断して立ち聞きされるとか、いかにもありそうだ。
まあ、全く打開策がないわけでもないのだが。
「皇家を頼るという手もあります」
「……先輩?」
「キョウトのトップである神楽耶さま、そして皇家の庇護下にあるスザクさんは共に婚約者のいない状態にあります。婚姻あるいは婚約という形で縁を結び、助力を請えば助けてくださるでしょう」
性別的にルルーシュが神楽耶と、ナナリーがスザクと、ということになる。
もちろん、どちらか一方でも構わないだろうが。
「政略結婚、ですか」
「聞こえは悪いですが、全部が全部、悪いものではありませんよ。ナナリーさんはスザクさんがお相手ではお嫌ですか?」
微笑みかけると、幼い(元)皇女は考えるような仕草をして、
「いいえ。スザクさんとだったら、きっと楽しいと思います」
「ナナリー!?」
きっとルルーシュに睨みつけられる。
「先輩。ナナリーに変なことを吹き込まないでください」
「お兄様。リリィさんは私達のことを一生懸命に──」
「だとしても、言っていいことと悪いことがある。ナナリーを政治の道具にするなんて絶対に許さない」
この怒り方には私怨(スザクにはナナリーをやりたくない)が混ざっていそうだな、と思いつつ、俺は真っすぐにルルーシュを見返した。
じゃあ偽名くらい使っておけよ、という根本的な部分の文句は抑えつつ。
「では、逆にルルーシュさんが矢面に立つ覚悟もしてください」
「っ!?」
「私はシュタットフェルト家の養女に過ぎません。会社を経営しているとはいえ、ブリタニアの怒りを買えば簡単に潰されてしまうでしょう。ですから、私の会社に逃げ込ませることはできません」
別に二、三日とかなら我慢しなくもないが、本気で匿うことはできない。
話がユーフェミアで止まらないとわかった段階で、俺はルルーシュ達を「売る」ことも考えないといけない。
皇帝を倒してくれるならルルーシュでもシュナイゼルでも誰でもいいのだ。
「……貴様」
ルルーシュが「いつか殺すリスト」を持っていたら、そこに追加されそうな勢いで怒りをぶつけられるが、やばい状況だからって八つ当たりされても困る。
「ルルーシュさんに大事なものがあるように、私にも大事なものがあります。話していただけませんか、あなたの事情を」
「っ」
少年の心の中ではすさまじい葛藤があっただろう。
ルルーシュの孤独、怒りは計り知れない。
理不尽な暴力によって母を失い、哀しみを訴えた父からは無慈悲に捨てられた。
彼がブリタニア皇帝を憎む気持ちは、ずっと一緒に生きてきた
それでもと進み続けてきた。
その思いが、話してしまえば全て潰えてしまうかもしれない。
そこへ。
「お兄様」
ひたすらに「和」を求め続ける、ある意味では誰よりも気高く強い少女が、兄に請う。
「お話ししましょう。私は、リリィさんとお兄様が言い争う声なんて聞きたくありません」
「……ナナリー」
かすれた声で呟いたルルーシュ。
彼が小さく「わかった」と口にするまでには、それからしばらくの時間が必要だった。
C.C.は一連のやり取りを黙ったままじっと聞いていた。
◆ ◆ ◆
「……リリィさんが日本人で、咲世子さんの妹」
「ずっとお話しできずに申し訳ありません、ナナリー様」
ルルーシュ・ランペルージは自らの素性をリリィ・シュタットフェルトへ明かした。
真の名を。
母マリアンヌが何者かによって殺害された件。そして、日本へと送られることになった経緯を。それらは帰れない理由、素性を明かしたくない理由にも直結している。
「まさかお二人が皇族だったとは、驚きました」
リリィはさほど驚いてなさそうな口調で感嘆した。
状況からある程度は察していたのだろう。ユーフェミアと親しげな様子だった時点である程度、推測を絞り込めるのだから。
そして、少女は代わりに自らの素性を明かした。
もちろん、ルルーシュもリリィについて様々な推測を立てていた。中にはいい線行っているものもあった。
しかしそれでも、少女の語った内容は驚くべきものだった。
「日本とブリタニアの開戦を予期し、養子縁組と婚約を使ってブリタニア本国に逃れた。そして、エリア11となった日本に戻ってきて独自の企業を立ち上げた、だと……!?」
篠崎百合。
それが彼女の本当の名前だった。
「咲世子さん、まさか彼女と──」
「いいえ、ルルーシュ様。私はお二人の情報については一言も漏らしておりません。
「
「もう、百合ったら」
リリィと咲世子の会話は自然で、とても演技をしているようには見えなかった。
「……お前は、いや貴女は、一人で戦い続けていたというのか!?
ルルーシュは少女に親近感を覚えずにはいられなかった。
潜伏して力をつけ、いつか目的を果たすために孤独に歩み続ける。それはルルーシュがやろうとしていたことと同じだ。
いや、むしろリリィのやり方の方がよりスマートだ。
武力を持ってブリタニアを倒すつもりだったルルーシュと違い、少女はあくまでも平和的な方法で日本を救おうとしている。
彼女が動き始めた歳は、ルルーシュがまだ力のない子供でしかなかった頃だ。
例えば当時のルルーシュに枢木ゲンブへ取り入り、日本での立場を作り上げて軍部に関わるような真似ができただろうか。
「大したことではありません。そうしなければ私は死んでいたかもしれない。だから、できることをやっただけです。会社を作ったのには多分に趣味が含まれていますし」
嘯く少女だが、必死だったから、というだけで誰にでもできることではない。
ルルーシュの胸にはある種の敗北感と反骨心が浮かび上がっていた。
認めよう。
リリィ・シュタットフェルトはルルーシュ・ランペルージにできないことをした。加えて、彼女は決して敵ではない。よって、正面から打倒することもできない。
しかし、負けたままで終わる気はない。
自分は自分のやり方で彼女に「参った」と言わせてみせる。リリィが何もしなくても事が済んでしまうくらい、鮮やかな策を繰り出してみせる。
ルルーシュは笑みを浮かべ、小さな先駆者を見た。
「先輩。俺と貴女の望み、その方向性は一致している。そうですね?」
「はい。ルルーシュさんに日本を害する気がないのなら、私はあなた方の味方です」
「……百合」
気づけば、咲世子が涙ぐんでいた。
仕事中は常に使用人としての態度を崩さない(ときどき妙にお茶目な悪戯を繰り出してはくるが)彼女のそんな姿は初めて見た。
ルルーシュは顔を隠すようにして左手を持ち上げると、告げた。
「ならば、考えましょう。俺も貴女も……いや、ここにいる全員にとって状況が好転するようなそんな一手を」
「はい。ですが、時間はありませんよ?」
確かにその通りだ。
リリィを疑う必要はなくなったし、やる気も十二分に漲っているが、危機的状況に変わりはない。現実は物語のように甘くはない。
やる気になっただけで良い作戦が浮かぶのなら誰も苦労はしないのだ。
「それでも、どこかにあるはずです。起死回生の策が」
高速で思考を巡らせながらそう告げた時、思わぬ方向から声がかかった。
「お前が望むなら突破口を示してやろうか、ルルーシュ」
「……セシリア!?」
悠然とした口調で言ったのは緑髪の麗しい少女。
彼女は超越者めいた笑みを口元に浮かべたまま、更に言ってくる。
「それは偽名だ。私の真の名はC.C.。不老不死の魔女にして、資格を持つ者に力を与える者だ」
「力だと? それは具体的にどんなものだ?」
「ギアスという。効果は個人ごとに千差万別。しかし、それは時に使用者の望みを叶え、悲しい運命を打ち破る」
「そして時に使用者を不幸へ導き、破滅させる」
続けたのは白い少女だった。
正直な話、見た目だけで言えばリリィの方がよほど魔女らしいため、彼女の言葉には妙な説得力があった。
「おい、リリィ。邪魔はしないのではなかったか?」
「邪魔ではありません。契約を結ぶ前に十分な情報を与えないのは不公平だと思っただけです」
「ああ言えばこう言う奴め」
C.C.がリリィを睨むが、リリィは素知らぬ顔であさっての方向を見るだけ。
シリアスな問いかけがあったはずが、急に子供の喧嘩じみてきたが。
(ギアスか)
そんなものがあるのだとすれば、確かにこの状況を突破する鍵になりうる。
だが。
「先輩ではないが、随分と荒唐無稽な話じゃないか」
「信じる信じないはお前の勝手だ。……お前が王の器だというのなら、どのみち手にすることになるだろうがな」
「王だと?」
頭に父──ブリタニア皇帝シャルルの顔が浮かぶ。
もしも、
マリアンヌを殺した正体不明の相手。
枢木ゲンブを殺した超人的な暗殺者。
超急進派にも関わらず権力を掌握し、世界を統べようとしている皇帝シャルル。
だとすれば、ギアスの力に頼るかどうかはともかく
ただの嘘ならそれはそれでいい。
ちらりとリリィを見て心を決める。
ゆっくりと唇を開いて返答しようとして、
「あの、C.C.さん……? そのギアスは、私でも契約できるのでしょうか?」
「ナナリー?」
「お兄様にばかり負担をかけたくないのです。お兄様は悩んでいます。だったら私がすれば、少しでも負担は軽くなるでしょう?」
「残念だが、契約には私と視線を合わせる必要がある。ナナリーには不可能だ。……すまんな」
「いいえ。だったら仕方ありませんね……」
ルルーシュはほっと息を吐き、気を取り直して答えた。
「いいだろう、C.C.。契約するぞ。そのギアスとやらを俺に寄越せ」