ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「もう一つだけ忠告させてください」
ルルーシュが契約する直前、俺はいらないお節介を焼いた。
「ギアスは人の強い想いを反映するようです。そしてその性質上、希望よりも欲望が、願いよりも憎しみが効果に現れやすくなっています」
明かした真の立場からでも弁解しきれない、危うい台詞だが、言えるのは今しかない。
「どうかもう一度、あなたにとって何が大切かを考えてください。こんなはずじゃなかった、と後悔しないように」
ルルーシュは無言で頷き、C.C.と向かい合った。
なんとなく視線──というか、気配のようなものを感じて振り返ると、ナナリーが身体を小さく震わせていた。
彼女の不安を少しでも和らげられればと、傍によって手を重ねる。
もう一方の手には咲世子の手が重ねられた。
そして、ルルーシュはギアスを得た。
契約自体は一瞬で完了した。
しかし、その間にルルーシュは幾つものビジョンを見たはずだ。
──C.C.が過去に見てきた光景。
そういえば俺が契約した時は何も見えなかった。ルルーシュとの適性の差か、既にその光景を
ともあれ、帰ってきたルルーシュはしばらく動かなかった。
「お兄様……」
はっとしたように振り返った少年は妹の顔を見つめる。
「ナナリー」
それからもう一度C.C.を振り返って、
「これで終わったのか?」
「ああ。自分でもわかるはずだ。お前の中には既に新たな力が生まれている」
「そうだな。どうすれば発動するかも感覚的に理解できる」
外見的にどこか変わったわけではない。
ただ、ルルーシュの纏う雰囲気には変化があった。少し大人びたというか、オーラが強くなったというか、そんな感じがする。
俺がギアスを得た時は周りから「今日も肌が白いですね」とかそんなことしか言われなかったが。
「ルルーシュさん、体調に変化は? 暑いとか寒いとか、幻聴があるといったことは?」
「いいえ、特には。
「私も特にありませんでしたが、なにがあるかわかりませんからね」
カマをかけたつもりだろう言葉にさらりと答えて、俺は更に尋ねた。
「試してみましょうか、ルルーシュさんのギアスを」
◆ ◆ ◆
ユーフェミアの元へ連絡が入ったのは、リリィと話をした翌日の夕方だった。
携帯電話への着信。
発信者はリリィだった。
「もしもし、リリィ様ですか?」
『お待たせしてしまって申し訳ありません、ユーフェミア様。今、お時間よろしいですか?』
「ええ、大丈夫です」
部屋の入り口脇に控えたメイドをちらりと見つつ答える。
「もう一時間もしないうちに夕食になるかと思いますが、それまででしたら」
『さすがに一時間はかからないと思います。ただ、そうですね。できれば少し、のんびりお喋りしたいのです。入浴されながらなどはいかがでしょう?』
「まあ、それは楽しそうですね」
秘密の作戦を実行しているような気分になりながらそう答え、掛けなおすと約束して一度電話を切る。
「リリィ様とお話しながら入浴いたします」
「かしこまりました。私は食事の支度がありますので、それまではどうかごゆっくり」
メイドは特に不審がる様子もなくそう答えてユーフェミアに一礼した。
ユーフェミアの部屋にはリリィの部屋以上の防犯措置が施されている。
浴室に設置されたカメラもその一つ。
ただしこのカメラ、映像はある程度鮮明に記録できるものの、音声は細かく拾えない。無音の状態ならそれでも十分だが、例えば
狼藉者の姿を捉えるのが目的なのでそれで構わないのだが、今この状況においてはバスルームが即席の盗聴防止装置に早変わりする。
幸いユーフェミアの携帯電話は防水機能がばっちりだ。
「お待たせいたしました、リリィ様」
『お手数をおかけして申し訳ありません。ああ、こちらにも水の音が聞こえます』
「ええ。裸で電話をしていると、なんだか少しドキドキいたしますね」
『今からドキドキなさっていては大変かもしれませんよ?』
裸身を温水に晒しながら、ユーフェミアが胸に切ない痛みを覚えた。
「では」
『はい、代わります。後はごゆっくり』
向こうから聞こえてくる小さな物音が、シャワーの中でも妙にはっきり聞こえた。
『やあ、ユフィ。久しぶり』
「ルルーシュ……!」
ユーフェミアは大きな声を上げそうになるのを必死に堪えなければならなかった。
◆ ◆ ◆
「ユフィ姉様、お元気そうで安心しました」
「よかったですね、ナナリーさん」
「はい。これもきっとリリィさんのお陰です」
ほんの少しの間ではあったものの、ルルーシュからバトンタッチされて携帯電話を手にしたナナリーは、会話を終えた後、嬉しそうに声を弾ませた。
愛くるしさに溢れるその姿に、思わず自分まで微笑んでしまう。
「大したことはしていません。むしろ、ナナリーさんの純粋な気持ちが報われたんだと思います」
謙遜というわけでもない。
ルルーシュも、スザクも、もしかしたらブリタニア皇帝でさえも。コードギアス世界の男達は女達の純粋さを無下にすることができないのだから。
ナナリー、ユーフェミア、神楽耶。彼女達は正面きって戦うことはできない。智謀の限りを尽くすこともないかもしれない。だからといって、彼女達は決して役立たずでも愚かでもないのだ。
ちらりとルルーシュに視線を向ける。
真剣な表情ではあるが、一方でどこかリラックスしているようにも見える。なんだかんだ言って彼もユーフェミアと会話できて嬉しいのだろう。
とはいえ、この会話は大事だ。
ルルーシュがユーフェミアを説得できるかどうかで今後の動向が大きく変わる。
もしも協力を断られたり、あるいは嘘をついている可能性が高かったら、ルルーシュ達には全力で雲隠れしてもらわないといけない。
今のところ、話は落ち着いて進んでいるようだ。
声を荒らげるようなことになるとユーフェミアのメイドに気付かれかねないし、そのあたりもハラハラものである。
と。
「ところで百合、ギアスというのは何?」
「え」
気づけば姉がなんだか妙なオーラを発していた。
一見笑っているが、俺にはわかる。これは怒っている。
「ね、姉さま。落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますか。私の知らないところで変なことをしていたのね? ちゃんと説明してもらうから」
「い、いえ、その。それは必要なことだったので、仕方ないというか……」
姉さま怖い。
しどろもどろになりつつ説明にならない説明をしていると、くつくつという笑い声が聞こえた。
見ればC.C.がお腹を抱えている。
「なんだリリィ。普段は偉そうなことを言っておいて、姉にはまるきり敵わないとはな」
「放っておいてください」
「咲世子。もしギアスに興味があるならお前も挑戦してみるか? お前にもリリィと同程度の適性はあるはずだが」
「いえ、結構です」
俺のギアスのせいでルルーシュの実験台にされた(ナナリーは目が見えないのでギアスも効かない)咲世子は、魔女からの誘いをきっぱりと断った。
「得てみなければ威力も危険性もわからない力など邪魔なだけです。
まあ、咲世子は生身だと作中最強とも言われる人物なので、下手なギアスなんか必要ない。
向かい合ってよーい、始め、みたいな戦闘なら、悠長にギアスを発動しようとしている相手を先んじてぶん殴ってしまえばいいのだ。
「あれ、姉さま。KMFに乗るんですか?」
「パイロットを気絶させて奪い取る機会がないとも限らないでしょう? アッシュフォード家の伝手で一通りの技術は学んでいるわ」
「どこまで強くなる気ですか姉さま」
「理想は生身でKMFを撃破することよ」
素手で、って意味なら出演するアニメを間違っていると思う。
いや、爆薬とか使っててもやっぱり間違ってるか?
「咲世子さんとリリィさんは仲が良いんですね」
ナナリーにくすくす笑われてしまった。
「ええ、それはもちろん。姉妹ですからね」
「でも、普段はこれまで通りにお願いしますね、姉さま。周りから怪しまれては困ります」
「わかっているわ、百合」
などとやっている間にもルルーシュとユーフェミアの話し合いは進んでいる。
やがて通話を切ったルルーシュは携帯電話を返してくれる。
「いかがでしたか?」
「交渉は成立です。ユーフェミアは俺達の存在を他に漏らさないと約束してくれました」
彼の表情はどこか達成感に満ちていた。
「条件は直接面と向かって会うこと。ユーフェミアとは俺が会おうと思います」
結論から言えば、ルルーシュが得たギアスは直接的な状況打開には繋がらなかった。
効果が絶対遵守──原作でルルーシュが得た「命令を強制する」ギアスではなかったからだ。あれならば問答無用でユーフェミアを味方につけることもできた。まあ、もしそんなことをしようとしたら俺とナナリーが二人がかりで止めに入っただろうが。
代わりに、ルルーシュのギアスは別の「大きなもの」を齎した。
俺達は手に入れた「それ」によって今後の方針というか、絶対にやらなければならない目標を得た。
目標に向かって進むためにも、ここでブリタニア側にバレるわけにはいかない。
ひとまずプランの第一段階はクリアした。
次はユーフェミアに会って直接話をすること。彼女を味方につけ、今後の行動の足掛かりとしなければならない。
「……貴女は本当に、自ら危険に飛び込むのが好きですね」
隣に立つ男の声に「心外だ」と眉を顰めて返す。
「大元の原因である私が来ないわけにはいきませんよ」
「もう少し気楽に生きても罰は当たりませんよ」
「あなたに言われるとは思いませんでした」
制服姿の見慣れない男は「違いない」とばかりに肩を竦めた。
咲世子による(特殊)メイクによって印象をがらっと変えられ、シークレットブーツによって背丈も変わっているが、中身はルルーシュである。
自前のアッシュフォード学園男子制服を着て、俺と共に昼休みの学園屋上にいる。
生徒会によって立ち入り禁止の表示が出されているため他に生徒は一人もいない。これだけ開けていると逆に盗み聞きもしづらいので、そこそこいい場所だろう。
「と、やってますね」
下の方から騒がしい声が聞こえてくる。
生徒達が学園内をわいわい歩き回っているのだ。
『はいはーい! 現在、生徒会では昼休み限定、校内スタンプラリーを開催中でーす! 計十か所のチェックポイントに設置したスタンプを全て集めると、好きな生徒会メンバーとお茶する権利が得られます! 交渉次第では食事やゲームでも可です! みなさんふるってご参加ください!』
タイミングよく流れた校内放送は我らが生徒会長、ミレイ・アッシュフォードのものだ。
護衛という名の監視がついているユーフェミアに束の間の自由を与えるため、お願いして人の群れを作ってもらったのだ。
何しろ言い出しっぺがミレイなので「どうせいつもの思い付きだろ」と、少なくとも一般生徒は疑いもしない。生徒会メンバーとのお茶デートの権利のため、みんなノリノリで昼休みを返上している。
こういう時はアッシュフォード学園のノリの良さが有難い。
『おっと、質問が入りました。前生徒会長のリリィ先輩も対象ですか? もちろん、私、ミレイ・アッシュフォードが責任をもって先輩にお願いします! ですので安心してください!』
いや、うん、ちょっとノリが良すぎるかもしれない。
「ですが、これでうまく行ってくれると──」
言いかけた時、屋上の入り口が音を立てて開いた。
やってきたのはピンクブロンドの背が高い女生徒、ユーフェミアだ。
来た道を気にするようにしながらそっと扉を閉めた彼女は小走りにこちらへ駆けてくる。俺達の傍でいったん立ち止まって、
「ルルーシュ、ですね?」
真っすぐにルルーシュ(変装)を見た。
「ああ。すまないユフィ、こんな格好で」
「いいえ。変装していてもわかります。あなたはルルーシュ。わたくしの大切な兄弟ですわ」
「わっ!? ちょっ、ちょっと待てユーフェミア!?」
がばっ、と、抱き着くユーフェミアと狼狽えるルルーシュ。
おっとりとした印象のお姫様は身長以外の部分も発育が良く、大変立派なものをお持ちになっている。女性経験が少ないにも関わらず、いきなりそんなものを押し当てられれば動揺もするというものだが、締まらないからもう少し堂々としていて欲しい。
まあ、そんなところもルルーシュの魅力なわけだが。
「ごめんなさい、つい感極まってしまって」
「い、いや、構わないが……」
「失礼しました。私、お邪魔でしたね」
「もう、リリィ様。意地悪なことを言わないでください」
頬を膨らませて軽く睨んでくるユーフェミア。全く怖くないというか、むしろ可愛い。
こほん。
小さく咳ばらいをしたユーフェミアは一歩、ルルーシュから距離を取ると落ち着いた声で言った。
「それでルルーシュ、電話の話なのですが──」
「ああ」
表情を引き締めたルルーシュが厳かに口を開き、
「ユーフェミア、俺は」
瞬間。
ルルーシュが、ユーフェミアが、まるで時が止まったかのように凍り付いた。