ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
皇妃マリアンヌ殺害の犯人の姿。
マリアンヌと共に殺された二人の警備兵両方の証言が一致した。
長い金髪を頭の後ろ側に垂らした、紫がかった赤目の少年。彼は手にした銃によって躊躇なくマリアンヌ、そして駆けつけた兵を撃ち殺したという。
「少年だと……!? だが、捕らえたあの者とは容姿が一致しないぞ」
「別人でしょう。銃声を聞きつけた兵が駆けつけている以上、あのギアスは使われていなかったと考えられます」
「少なくとももう一人、少年の殺し屋がいるというのですか」
「子供に人殺しをさせるなんて、本当にひどい……」
「女や子供を用いるのは裏の世界では常套手段ではあります。相手を油断させることができますから」
「でも、お母様は亡くなっていないのですよね……?」
以上、順番にルルーシュ、俺、ユーフェミアのメイド、ユーフェミア、咲世子、ナナリーの台詞である。
結局、ユーフェミアのメイドにも部屋に入ってもらって話に参加してもらうことになった。
当の本人は渋々といった感じで「聞いてしまった以上はいったん協力しますが、後でたっぷり文句を言わせていただきます」と言っていたが。
不可解な証言として、少年は貴族あるいは皇族が着るような上等な衣服を身に纏っていた、というのもあった。
マリアンヌのいたアリエス宮に出入りするのに必要だっただけとも考えられるが、それにしても「どこから入手したのか」という問題はある。
彼のバックにいる人物もかなり強力だということが伺える。
答えを知っている俺としてはいろいろと複雑な想いだが、この謎はルルーシュ達に解いてもらわなければ意味がない。
俺にできるのはヒントを出すことくらいだ。
自由を取り戻したジェレミアも含めて更に考察した結果は以下のようになる。
事件時、現場はマリアンヌ自身の指示によって人払いが行われていた。
(これはジェレミアも証言している)
誰か大事な相手と会おうとしていた、あるいは大事な話をしようとしていたと考えられる。その相手というのは件の少年、または少年を連れてきた何者かである可能性が高い。
会って話した結果、マリアンヌは殺害された。
だが、何らかのトリックあるいはギアスの効果によってマリアンヌは生存しているものとみられる。
仮説1:マリアンヌは彼らと対立していたか、仲間割れが起こって殺された。しかし、ギアスによって魂だけは逃げ延びた。
仮説2:事件自体が偽装であり、一度殺された上でギアスで生き永らえる(あるいは偽物とすり替わる)ことが予定調和であった。
母を失ったルルーシュが父であるブリタニア皇帝に「母が亡くなった」と訴えたところ、ブリタニア皇帝はこれを一蹴している。
忙しいところにわざわざ面会予約をしてまで泣き言を言われたから怒った、というだけでも理屈は通るが、あるいは「仮説2が真実で、皇帝も承知の上だった」ために悲しむ必要がなかったとも考えられる。
妻が亡くなったのに「そんなことはどうでもいい」と部下の前で宣言するのは求心力的にもマイナスだろうから、何か理由があったと考えること自体は自然だ。
「ですが、生きているのなら何故、お母様は私達に知らせてくださらないのでしょう……?」
「できない理由があったのかもしれません。例えば、死んでも生まれ変わるギアスだとしたら」
「見ず知らずの幼女に母だと言われても到底信じられなかっただろうな……」
ギアスの存在を知らない子供達に詳しく説明するのも憚られる。
殺された理由によっては、ルルーシュ達が狙われる原因になりうるからだ。
「あるいは、何者かによって監禁を受けているか」
「では、例の殺し屋を派遣した者がマリアンヌ様を?」
「わからない。俺は、ブリタニア皇帝自身が匿っている可能性もあると思う」
「お兄様……」
まあ、ルルーシュの心情としてはそうなるだろう。
ブリタニア皇帝が全て悪いという構図になれば、彼を倒すだけで話が終わる。復讐する大義名分も立つのだからこれ以上ない。
そして、皇帝が悪いというのも実はあながち間違っていなかったりする。
「ルルーシュ様、ナナリー様。この件、やはりクロヴィス様にもお伝えし、その上で対策を検討したく存じます。どうか直接会って存命であることをお知らせいただけませんか?」
「私はいいと思いますが……お兄様?」
「ああ。会うしかないだろう。生存を黙っていた俺達に示せる誠意はそれくらいしかない」
「ありがとうございます」
再度跪いたジェレミアは、できる限り詳細をぼかした上で、事情を知る者だけを集めて時間を取れるようにする、と約束してくれた。
◆ ◆ ◆
「騒がしい奴らは帰ったようだな」
「C.C.か。大人しくしてくれたことには礼を言おう」
「ふん。面倒なことになりたくなかっただけだ」
確かに、思った以上に大事になってしまった。
一通りの戦闘訓練を受けているというユーフェミアのメイドを取り込めたのはメリットでもあるが、リリィ共々、詰問とも小言とも取れる内容をえんえん聞かされる羽目になった。加えて言うなら、彼女に訓練を施したのはどこの部署か。当人は「二年ほど軍属だったことがある」とか言っていたが、諜報を担当する機密情報局あたりの出身だとしたら油断ならない。
(まあ、シュナイゼルがその辺り手を回していないとは思えないが)
ギアスがある以上、絶対ということはない。
例えば、何らかのギアスによって偽の経歴を信じ込まされている可能性もある。そして、信じ込まされているのは当人ではなくユーフェミアかもしれないし、シュナイゼルかもしれない。
「……つくづく、ギアスというのは面倒な力だな」
「なんだ。後悔しているのか?」
「まさか。この力のお陰で真相にだいぶ近づけた。だが、先輩がギアスからの防御を望んだ気持ちも正直理解できる」
「そうでしょう?」
きなくさい話が続いて気疲れしたであろうナナリーと手遊びをしながら、リリィが得意げに言ってくる。
(貴女が『ギアスを得る前に』そこまで辿りつけたことも脅威なんだが)
まあ、この少女に関しては勘繰るだけ無駄な気もしている。
「C.C.。お前は母さんの事について知らないのか?」
「さあな。私は魔女だぞ? 知っていようと知っていまいと、助け舟は出さんし邪魔もしない。せいぜい好きにやるがいいさ」
「そうか」
まあ、そんなことだろうとは思っていた。
ならば言われた通り、信じたままに進むだけだ。
「ですが、ルルーシュさん。クロヴィス殿下との面会は危険かもしれませんよ?」
「ええ、わかっています」
ルルーシュは頷いた。
ジェレミアはおそらく裏切らない。彼は軍人気質で、従うと決めた人間にはとことん敬意を払うタイプだ。だが、仲良くなれる(と信じている)ルルーシュとクロヴィスが対立した場合はどうなるか。
そして、クロヴィスが難色を示す可能性となりうる存在は今、ルルーシュの傍で冷凍ピザを解凍している。
ルルーシュのギアスの出どころはC.C.。そしてC.C.を寄越して来たのは(リリィ経由で)シュナイゼルである。
クロヴィスにとってシュナイゼルは超えたくても超えられない存在。
年上で、かつ自分より優秀なあの男の存在は相当に鬱陶しいはずで、そのシュナイゼルの差し金で状況が動いていると思われるとまずいことになる。
それでもルルーシュは正面からぶつかるつもりでいた。
(敵を味方に変える──将棋のルールだったな)
ルルーシュは、シュナイゼルにチェスで勝ったことがない。
ならば、これまでと考え方を変えてみるのも悪くない。
シュナイゼルの大局観はおそらくルルーシュとは格が違う。
あの男は「対立する相手」を「相手方の駒」とは捉えていないのかもしれない。どうやっても利用できない駒だけが敵、潰すべき対象。要は盤の見方が違うのだ。
最近、そんなふうに思えるようになった。
リリィの場合はなるべく敵を作らないというか──そう、彼女の作ったゲームでいう「説得」コマンドでも用いているような動き方をする。
ブリタニア皇帝は盤の上に「工場」ユニットでも持っていて次々駒を量産してくる相手といったところか。そんな奴に普通のチェスの戦術だけで勝てるとは思えない。
「俺はシュナイゼルの言いなりになっているわけじゃない。共闘できるなら共闘しますが、意見がぶつかることもあるかもしれない。俺だってあいつには勝ちたいんだ」
「なるほど。そういう意味では、ルルーシュさんとクロヴィス殿下は似ているのかもしれませんね」
やめてくれ、と言おうと思ったが思い直し、ルルーシュは「そうかもしれませんね」と答えた。
◆ ◆ ◆
「綺麗なところですね……」
数日後、俺とユーフェミアはブリタニア政庁の屋上にある庭園へ招かれることになった。
表向きは妹とその友人との歓談、裏の目的はジェレミアを借り受けた結果を直接伝えること、そして俺達としての真の目的はルルーシュ達との対面である。
咲世子には政庁内にあるカフェテリアで待機してもらい、俺のボディガードと世話係という名目で(変装をした)ルルーシュとナナリーに同行してもらう。
ユーフェミアの護衛はメイド。
ジノはユーフェミアから目を離した罰と、男が多くなるとむさくるしいからという理由でお休みである。
もちろん、真の理由は「皇帝に報告されるとまずいから」だが。
屋上庭園は季節の花が咲き乱れる美しいところだった。
この景色はルルーシュ達が幼少期を過ごした場所に似ているという。入った瞬間、兄妹は同じタイミングで一瞬歩みを止めた。
「リリィ。その者達はお付きというには随分頼りないが……」
「申し訳ございません、クロヴィス殿下。今回の調査結果をお伝えするのにどうしても、この二人を同行させる必要があったのです」
まるで俺が二人の主みたいな言い方だが、後で謝ろう。
「この二人が……? どういうことだ?」
「こういうことですわ、クロヴィス兄様」
ユーフェミアの合図で変装を解くルルーシュとナナリー。
「久しぶりだな、クロヴィス」
「ご無沙汰しております、クロヴィス兄様」
「……馬鹿な」
思い出の場所に似せた庭園へ現れた、死んだはずの兄妹。
誂えたかのような状況に、遠巻きに立つジェレミアが感動の面持ちになっている。
「知っていたのか、ジェレミア!?」
「事前にお伝えすることができず申し訳ございません。直接お会いいただく方が情報漏洩の観点から望ましいかと愚考した次第です」
「……なんということだ」
息を吐いたクロヴィスは額に手を当てて呻いた後で顔を上げ、
「ユーフェミア。お前がマリアンヌ様の死を調べ始めたのは──」
「ええ。彼らの力になりたかったからですわ」
微笑むユーフェミア。
恥じるところなどない、とばかりの彼女を見たクロヴィスは視線をマリアンヌの子供達に向けた。
「ルルーシュ、ナナリー。まさか、また会えるとは思わなかった。何から言えばいいのかわからないが……今までどうしていた。そして、どうして今になって現れたのだ」
「そうですね。話せば長くなってしまうのですが……」
「かいつまんで話そう。俺達がこれまでどうしていたのか」
語られた内容はほぼ嘘のないものだった。
ルルーシュ達を庇護した者の名前こそ伏せられたし、その他にも意図的に省かれた部分があったものの、概ね兄妹が辿ってきた道のりそのものだったといっていい。
日本の枢木家に預けられ、戦争を経験し、ただの学生として過ごし──ユーフェミアのエリア11来訪を機に、彼らの物語は大きく動き出した。
「私はお二人と学年こそ違いますが友人同士でした。もちろん、真の素性は存じませんでしたが、ユーフェミアさまの来訪を機に打ち明けていただきました」
「ユーフェミアを狙う暗殺者の件も転機の一つだ。あれによって幾つかの謎に近づくことができた。だから俺は、ユーフェミアやリリィの力を借りて母さんの死の真相を探ることにした」
「っ」
いきなり名前で呼ばないで欲しい。
皇子として話してるから「先輩」とは言いづらかったんだろうけど、一瞬どきっとしただろうが。
「あの少年によって謎に近づいた、だと?」
「ああ。この世界には理屈では説明できない超常の力が存在する。そしてその力が母さんの死に関わっているんだ」