ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
ギアスの存在はルルーシュの実演で証明された。
ジェレミアの協力で警備兵に証言してもらったところ半信半疑だったので、クロヴィス自身にも体験してもらったが。
『大丈夫なのだろうな? 生命の危機はないのだろうな!?』
『ただの演技だと思うのなら怖がる必要はなかろう。それに、こんなところで総督殺しの罪を背負うつもりはない』
入念な確認の上で協力してくれたクロヴィスは、小さい頃世話をしてくれた使用人を降ろされ、涙を流しながら「本物だ」と断言してくれた。
その上で、クロヴィスの身体にもマリアンヌを降ろせないことを確認。
「マリアンヌ様が生きている、だと!?」
「正確には肉体は死に、魂のみが現世に留まっている状態だと考えている。母さんの遺体が埋葬されたことはお前も確認したのだろう?」
「ああ。だが、まさかそんなことが……いや。ある、と、考えるより他にないのだろうな」
魂(あるいはそれに類するもの)の存在を身をもって確かめたクロヴィスは呻り、
「だが、ルルーシュ。そんな力をどこで手に入れた?」
当然の問いに、ルルーシュは答えた。
「緑髪の魔女から与えられた。もしかすると心当たりがあるんじゃないか?」
「っ。あれは、お前の差し金だったというのか!?」
「勘違いするな。俺は成り行き上、その女と知り合っただけだ」
激昂するクロヴィス。
対して冷静なルルーシュがこちらに視線を向けてきたので、俺が答える。
「魔女C.C.は、私がシュナイゼル殿下から託されました」
「お前が? 何故だ!?」
「意外な人物である方が見つからないと考えたのでしょう。実際、私であれば人一人を養う程度のことは問題なく可能でしたから」
まあ、まさか、シュナイゼルと一回しか会ったことがないゲーム会社の社長のところにこんな重要人物がいるとは思わないだろう。
それはそれとして他言無用の件を喋ってしまったが──ごめんシュナイゼル、仕方なかったんだ。
だけど、どうせあの男ならこのくらい予想してると思う。
「シュナイゼル……またシュナイゼルか! 何故、奴はいつもいつも私の邪魔をする!」
聞きたくなかった名前を聞いたクロヴィスは更に声を荒らげたが、
「待てクロヴィス。わからないか? ギアスとC.C.の件はもはやお前一人の手に収まる問題ではないんだ」
「……どういうことだ」
やはり、クロヴィスも頭の回転は悪くない。
怒りに燃えていた瞳にかすかな理解の色を示しつつ、それでも声には怒気を孕ませて尋ねてくる。
典型的な金髪美形がそんな顔をしていると十分な凄みがあるし、それ以上に申し訳ないことをしている気分になってくる。
「ユフィを襲った暗殺者のことを考えてみろ。リリィとユフィの証言から考えるに、奴は人の体感時間を停止させる能力を持っているらしい」
「……近隣住民への聞き取り調査の結果、学園内が不自然に静まり返った時間があったらしい。一定空間内の生物だけを停止させる能力が用いられた可能性は十分ある」
C.C.の件を知っているのなら、この世の不思議について理解するのは難しくない。
不老不死の人間がいるのだから、超能力や魔術が存在していようと今更、という話だ。
「そうだ。そして、その暗殺者が
「な……っ!?」
声を上げたのはジェレミア。
だが、クロヴィスも目を見開いて驚愕している。痛いところを突かれた、といったところだろう。
皇族殺しが狙いならクロヴィスが狙われても何もおかしくはない。
ロロにかかれば警備兵だろうが軍人だろうがただの的。対策なしならほぼ確実に死ぬ。
「待てルルーシュ。あの少年がシュナイゼルの手の者でないという証拠はあるのか?」
「ない。だが、C.C.によればシュナイゼルはギアスの力を得てはいない」
「それがどうした。それこそ、あの女が嘘をついていない保証がないだろう」
「そうだな。では、せっかく手に入れたC.C.をわざわざ手放した理由はどう説明する? ギアスの使い手を増やすにはC.C.の力が必要だ。自分と対立する人間がギアスを得る可能性があるんだぞ?」
「それは……」
口ごもるクロヴィス。
ここでもう一度援護射撃。
「クロヴィス殿下。隠していて申し訳ございませんが、私もギアスの力を持っています。同じく魔女C.C.から得たもので、効果は他のギアスから身を守るものです」
「……そう、なのだろうな。脈拍数などと言われるよりも納得がゆく」
「リリィと俺。少なくとも二人にギアスの力が渡っている。能力は個人ごとに違う。何が起こるか一人の頭で予想しきれると思うか? それともC.C.がシュナイゼルと組んでいて、俺達に渡すギアスを恣意的に操作しているとでも?」
「───」
ない、と、判断する方が妥当だろう。
クロヴィスの管轄下で行われていた実験にC.C.が協力的だったとは思えない。不老不死の彼女は何をされても死なないのだ。身体を弄られても従わなかったのに、政治的な道具に使いたいから協力しろと言われて「はいそうですか」と言う可能性は低い。
これであの魔女がもう少し純粋なら「助けてくれた恩義」という可能性もなくはないのだが。
「クロヴィス。おそらく、ギアスを用いる謎の組織を率いているのはシュナイゼルとは別のやつだ。そして、そいつらはおそらくブリタニアの中枢近くにいる」
「マリアンヌ様殺害の件。それに、枢木ゲンブ暗殺の件か」
「そうだ。母さんは何らかの形で生きている可能性が高い。しかし今に至るまで母さんの所在は隠匿され、更には平和的に解決しようとしていた日本との関係も暴力によって崩された。お前だって『嘘つきのブリタニアの大将』などと言われるのは本意ではなかろう」
「理屈はわかる。……だがルルーシュ。その発言は現体制への翻意と取られても仕方ないぞ」
「そう思ってもらって構わん。俺はこの件に皇帝が関わっているのなら、まとめて討つべきだと考えている」
「馬鹿な……!」
庭園内にクロヴィスの声が響いた。
「陛下のやり方には疑問の声を上げるものもいる! だが、あの方の尽力によってブリタニアが繁栄したのもまた事実だ!」
「ああ、武力行使と威圧によってな。味方の屍を積み上げてまで繁栄し続けることに何の意味がある」
「………」
長い沈黙。
俺も、ユーフェミアも、ナナリーも、ジェレミアも、誰もが黙ったままクロヴィスの言葉を待った。
そして。
顔を上げた第三皇子は、更に尋ねてきた。
「具体的にどうするつもりだ。私に、お前と共にクーデターを起こせとでも言うつもりか?」
「いいや。そこまで頼めるとは思っていないさ」
「ならばどうする!?」
「決まっている。
「な……!?」
ルルーシュの言葉は好意的に受け取ったとしても世迷言としか思えない。
何故なら現時点で、日本という国は地球上に存在しないのだから。
だが。
武力制圧されて降伏した原作と違い、日本はブリタニアからの譲歩を引き出している。
ゲンブ暗殺によってスムーズな自治を諦めざるをえなかったが、条件さえ整えば自治権を明け渡すとブリタニア側が認めているのだ。
「既に枢木スザクさま、皇神楽耶さま両名の協力を取り付けております。証拠はこちらに」
私が示した書類にはスザクと神楽耶の直筆の署名と共に短い文面が書かれている。
内容は「東京近郊のゲットーを起点として日本国の再興を目指す。首相は枢木スザクが務め、補佐兼副総理としてルルーシュ・ランペルージを任命する。皇家はこれを全面的にバックアップする」といったものだ。
「副総理だと……!?」
「まさか、高校を卒業する前に国政に関わる羽目になるとは思わなかったがな。まあ、本当なら生徒会でこき使われるはずだったんだ。似たようなものだろう」
「高校の生徒会と国政を一緒にする気か!?」
「やることは変わらないさ。志を同じくする仲間を共に切磋琢磨し、難色を示す者とは言葉をもって理解と協力を求める。それだけだ」
現状、ブリタニア側は自治権の認定について「十分可能と判断した場合のみ」という見解を示している。
統一された指揮系統、十分なスタッフ、インフラの整備等が整っていなければ自治を認めないというわけだ。
統治を許されていない状況でそれだけの準備をどう整えればいいのか、という点がネックであり、そのために時間をかけて少しずつ進める必要があった。いわば「自治を認めると言いながら頭を押さえつけられている」状態。
ならば、日本列島全てを治めようとしなければいい。
幾つかのゲットーとその周辺地域だけから始め、少しずつ統治可能な範囲を広げていけばいい。
この程度なら皇家をトップとするキョウト六家の財力があれば簡単だと言っていい。
「だが、それでは無法地帯が生まれてしまうぞ?」
「これはおかしなことを言う。日本人が統治しきれない部分はブリタニアが受け持ってくれるのだろう? そして、我々は既に戦争を終えて仲直りしている。協力し合っていけばいいだけの話だ」
日本国となった地域以外はこれまで通りブリタニアに責任を持ってもらう。
ブリタニアが統治するために「日本の国土」を通る必要が出てくるかもしれないが、そこは互いの信頼関係に基づいて譲り合うしかない。
信用できない、と言うなら言えばいい。
通行するフリをして攻撃したいならすればいい。
仲良くしようと言っている者に悪意を向ければ、悪者になるのがどちらかは目に見えている。
強硬策というのは外部からだけでなく内部からも反発を招くものだ。
「日本再興となれば『敵』も動かざるをえまい。どうせシュナイゼルも何か企んでいるだろうし、ここは一気にあぶり出させてもらう。謎を解く鍵、そして世界を平和に導く鍵は奴らが握っている」
再び沈黙が流れた後、溜め息の音。
「本気、なのだな?」
「ああ。エリア11の総督閣下とは平和的なお付き合いをしていきたいと思っている。どうだろうか?」
「……本当に、お前は我が儘だな」
ルルーシュが差し伸べた手は、しっかりと握り返された。
「私としても、この地が平和であるに越したことはない。無理のないビジョンが示せるのなら、前向きに検討することを約束しよう」
うまく行って良かった。
長い間人払いをしているのも厳しい、ということで、ルルーシュとナナリーは解いた変装をいそいそと戻していく。
特殊メイクじみた部分までは直せないのでそれ以外ということになるが、まあ十分だろう。
彼らの主人ということになっている俺も、変装が終わり次第、一緒にここを出るつもりだ。
と。
「リリィ」
複雑な表情をして突っ立っていたクロヴィスに名前を呼ばれた。
「なんでしょうか、クロヴィス殿下」
「なんでしょうか、ではない。そなたは身の振り方をどうするつもりだ?」
「どうと言われましても……」
特別なことは考えていない。
スザクとルルーシュによる日本国に参謀として参加、なんてできるわけもないし、
「新しい日本国が誕生した暁にはそちらにもゲームを輸出できれば、と考えております」
「ブリタニア人でありながら日本の再興に協力しておいて、それだけか?」
「それだけです。私にとってはルルーシュさまもナナリーさまも、スザクさまも神楽耶さまも学友です。彼らが手を取り合い、新しいことを為そうとしているのですから応援するのは当然ですし、それに」
「それに?」
「私は争いごとが嫌いなのです。平和的に物事が解決するのなら、それに越したことはございません」
「……そうか」
クロヴィスは何かを諦めたように首を振ると、苦笑した。
「だが、そなたとユーフェミアは今後、苦労することになるぞ」
「そうですね」
「? どうしてですの?」
頷く俺と、首を傾げるユーフェミア。
「日本側からはともかく、ブリタニア側からは裏切り者と見做されかねん」
「……そもそも敵ではないのですから、と申し上げても無駄なのでしょうね」
「ああ」
目を細めて呟く妹姫に、クロヴィスは気遣わしげな視線を向けた。
「特にジノ・ヴァインベルグには気をつけることだ。奴はナイトオブラウンズ。皇帝直属だ」
「皇帝陛下個人に特別の忠誠を誓う最強の騎士。正直、気を付けたところで私にはどうしようもありませんが……」
ユーフェミアに視線を向けると、彼女は胸を張って言った。
「わたくし達はこれまで通り日常を過ごすだけですわ、リリィ様」
彼女の度胸を少し分けて欲しい、と切実に思った。