ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
シュタットフェルト家の当主が日本人贔屓なのは俺も知っていた。
原作で日本人女性を孕ませているからだ。浮気だったとはいえ、彼は日本が占領された後、カレン母娘を家に迎えている。この際、カレンは「カレン・シュタットフェルト」の名を与えられ、名誉ブリタニア人(金銭等によってブリタニアの一員と認められた日本人)ではなく正式なブリタニア人となっていた。
政治的道具にする気だったのかもしれないが、少なくとも日本人女性に忌避感はないだろう。
婚約が決まっている以上、手を出してくることも多分ない。
婚約の流れとしてはまず一度、ロイドとカレン父に会って正式な約束を取り付ける。
その後、準備ができ次第シュタットフェルト家に養女として入り、俺が結婚可能な年齢になったらロイドと結婚、といったところ。
なのでまず一度、話し合いのためにブリタニア本国へ渡らないといけない。
カレン父は定期的に日本に来ているらしいが、大学生のロイドはスケジュールが厳しい。本人が研究にかまけて時間を使い潰すせいだが、無理強いすると「じゃあ婚約止める」と言いだしかねないのでしょうがない。
こちらがお願いする立場である以上、こちらから出向くのが筋でもある。
地道に体力トレーニングもしたので、日焼け対策をしておけば倒れることはないと思う。移動には車や飛行機を使い、必要な時以外ホテルにいればなんとかなるだろう。
「どうせすぐ結婚はできないんでしょう? もう少し遅らせてもいいと思うんだけど」
それでも姉は心配してくれたが、あまりのんびりもできない。
「日本とブリタニアの関係が悪化してからでは話がまとまらなくなる可能性があります。おそらく、このタイミングがベストかと」
「戦争……。百合は本当に起こると思う?」
「はい。まず間違いなく」
世界ではサクラダイトを利用した技術が次々に生まれている。
原作だとサクラダイトの働きを阻害する装置で都市機能がほぼ完全に麻痺していたが、このままなら近いうち、そういうレベルで生活に浸透するだろう。
そして、世界最大のサクラダイト産出国は日本。
狙われないはずがない。
「私がついていければいいんだけど」
「姉さまにもお勉強があるでしょう? お気持ちだけありがたく受け取らせてください」
咲世子は高校卒業後、正式に『仕事』を始めることになっている。
もう少し遅らせたら、と言った理由の中には自分がついて行けるから、というのもあったかもしれない。
でも本当、そんなに危なくないと思うのだ。
ブリタニアは他国に次々攻め込む狂犬みたいな国だが、裏返せばそれだけ強いってことでもある。本国が狙われることはまずないので国民達は平和に暮らしているはずだ。
「行ってまいります、姉さま。大丈夫。必ず帰ってきますから」
俺は少数の護衛、世話係と共に日本を発った。
鍔の広い帽子に長袖のワンピース、手袋とタイツを身に着け、更に日傘をさして完全防備。屋敷のある山の中から車道に出るまでの道のりこそ辛かったが、車に乗ってしまえば後は空港まで一直線。基本的に座っているだけで良かった。
窓の外から見た日本の景色は古色蒼然としているような、思ったよりは近代的なような。
前世の日本に比べると和の要素が残っているものの、都市部にはビルなんかもある。もし、第二次世界大戦がないまま発展したらこんな感じになるのかもしれない。
百合になってから初めての飛行機は、何事もなく無事にブリタニアへ着いた。
前世で何度か乗っていたので戸惑うこともない。むしろ、機内食で鶏肉のソテーが食べられて少し興奮した。
ブリタニア行きに備える意味もあって最近の食事は洋食中心だったのだが、ビーフシチューが肉じゃがになるまでいかなくとも若干「ん?」と首を傾げるような味付けだった。やっぱり本物は違う。
まあ、ブリタニアがイギリスモチーフだとするとメシマズの可能性があるんだが、原作に出てきた食事は割と美味しそうだったので大丈夫だと信じたい。いや、でも何かっていうとビザ〇ットだったな。チェーン店のピザくらいしか美味いものがないのか? うーん……。
古い伝統と新しい文化が入り混じる夢の街、というのはどこかの本で読んだキャッチフレーズだが、神聖ブリタニア帝国の街並みはまさにそんな感じだった。
伝統的な建物は残しつつも要らないものはばんばん壊して新しくし、近代化を進めている感じ。鉄道にバス、公衆電話等々、前世の俺の感覚で言うとこっちの方が慣れ親しんだ感さえある。
「では百合様。ホテルへ参りましょう」
「あ、はい」
久しぶりのベッドの感触に懐かしさを覚えつつ、パンと芋の食文化を堪能。
翌日はロイドのいるアスプルンド伯爵家へ挨拶に行った。
「初めまして、篠崎百合と申します」
「ロイドです。どうぞよろしく」
ロイドは色白で三白眼気味の美青年だ。
付き合いたいという女性は大勢いるだろうに、俺との初めての挨拶もいともあっさりしたものだった。
ブリタニア式の礼の仕方とか頑張って覚えたのに、オッス私百合、くらいのノリでも普通にスルーされたかもしれない。まあ、そんなことしたらご両親からノーを突きつけられるだろうけど。
「ふうん。なるほどねえ」
「? なんでしょう、ロイドさま」
「いや。確かに日本人には見えないな、と思っただけ」
広いテーブルの下座に落ち着いたと思ったら、ニヤニヤ笑いのロイドにそんなことを言われる。
「どうです、二人とも? この子ならブリタニア人でも通るでしょう?」
「うむ」
「え、ええ、そうね」
「よろしい。では僕はこれで」
いや、ちょっと待てこの研究馬鹿。
顔合わせは済んだからこの話進めといて、と言わんばかりの彼を慌てて制止。
「お待ちください、ロイドさま」
「うん?」
「このような場では形式も重要と存じます。周囲の皆さまに納得していただくためにも、通り一遍のルーチンをこなした方が結果的に時間短縮になるかと」
「へーえ? 面白いこと言うねえ、キミ」
さっさと部屋から出ようとしていたロイドが戻ってくる。
「いいよ。キミの言うルーチンとやらをこなしてあげる」
「あ、ありがとうございます」
笑みを浮かべたまま俺に近づき、顎をくいっと持ち上げる彼。
顔が近い。まさかキスされないよなとびくびくしつつ、これをやられたら落ちる女もいるだろうな、と他人事のように思った。
後の話はとんとん拍子に進んだ。
お互いの自己紹介をした後は現実的な話──
何より大きいのはロイドの結婚相手を決められること。
伯爵家に嫁ぎたい女性は多いだろうが、そういう「金や権力目当て」の女性はご両親としてもノーサンキュー。かといって顔目当ての女性はロイド自身が嫌がるので、彼らはほとほと困っていたのだ。ちなみに原作通りならあと八年くらいは相手が決まらない。
えり好みして変な女しか残らないよりはさっさと決めてしまうか、といったスタンスなのである。
話がまとまるにつれてご両親は上機嫌になって、最終的には「後はしばらく二人だけで」と、こちらのお目付け役と一緒に退室していった。
こうなるとロイドは部屋に戻りそうだな、と思ったが、意外にもニコニコしたまま紅茶を飲んでいる。
「逃げなくてよろしいのですか?」
「言っただろう? ルーチンに付き合うって。それに外で誰か見張っているだろうからね」
「それはそうですね」
俺なら確実に見張りをつける。
「では、ロイドさま。何かお話をしてくださいませんか?」
「話? 僕は趣味の話しかできないよぉ?」
「では、機械のお話ですね。素敵です。是非お聞かせください」
両手を胸の前で合わせて話をねだると「仕方ないなあ」と言いつつ若干嬉しそうに、ロイドは自身の専門に関する話をしてくれた。
彼の話をうんうんと頷きながら聞く俺だったが、方便は半分くらい、残る半分は本心から楽しんでいた。
何しろ前世は男の子、メカとかロボットとかは割と好きなのである。
「では、ランドスピナーとは機械仕掛けのローラースケートのようなもの、しかも状況によって使い分けが可能なものなのですね? 戦車ですと性能を発揮しきれないように思いますが、多脚型の戦車を? それとも二足歩行の兵器に用いるのでしょうか」
「いい質問だねえ。そう! ランドスピナーは人型兵器にこそ相応しいんだ。まるでSF小説かアニメーションの世界だ。いやあ、いい時代になったよねえ!」
やばい、ちょっと同意したい。
「キミ、こういうの結構詳しいんだね?」
「はい。多少興味がありまして、専門書や論文を幾つか読みました。日本で手に入るものは限りがありますが……」
「へえ、例えば誰の論文を?」
「そうですね、例えば──」
……と、話は意外に弾んだ。
話し込んでしまった(九割がたロイドが勝手に喋っていただけだが)せいか、ご両親が「そろそろいいんじゃないか」と呼びにきたくらいだ。
取り込み中の可能性を考えたのか遠慮がちにノックされたのに、二人とも向かい合って座ったままだったので若干がっかりされたが。
「百合さん、ロイドをよろしくお願いします」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
ロイドの母親からよろしくされてしまった。
ロイドはというと別れ際、
「キミの目的は果たせそうかい? お嬢さん」
と、耳元で囁いてきた。
食えない男だ。研究しか興味のないフリをしながら人間観察まで行っている。
努めて笑顔を浮かべながら俺は答えた。
「はい。お互いにとって良い結婚となることを願っております」
翌日はシュタットフェルト家との顔合わせ。
こっちは前の日以上にさくさく進んだ。
当主の正妻からは良い顔をされなかったものの、強烈な拒絶もされなかった。最初から嫁ぐ前提で養女になるわけだし、当主と血の繋がりもないからだろう。利益のための打算的な関係ならむしろ仲良くしやすい。
アルビノな俺は日本人的特徴の一つ「黒髪」と黄色人種的な肌色を持っていない。
神聖ブリタニア帝国は他国家への侵略によって領土・植民地を増やしてきた国だ。別の民族の血が混じった人間も珍しくないし、この段階では戦争もしていないのだから、日本出身であることがハンディにはならない。
日本とブリタニアの関係が変わった場合は何かしらのカバーストーリーをでっち上げることになるかもしれないが、言ってしまえばそれで済む話である。
当主の方は「女の子が増えると華やかになっていいな!」くらいのノリだった。もちろん表面上は取り繕っているが、奥さんいるのに日本人女性を孕ませてる男だ。原作でも正妻をほったらかしてよその女のところに遊びに行っていた節がある。
よろしくお願いします、と最後に挨拶をして円満に締めくくった。
三者揃っての顔合わせは行わないことに。
二家の話し合いはいつでもできるし、結婚の話し合いなんだから俺がシュタットフェルト家に入ってからでもいいだろう、という話。
示し合わせてよからぬこと企まないといいけど、まあ、アスプルンド伯爵家とシュタットフェルト家も別に仲良しとかではない。これがキョウトのお嬢様とかなら話は違うだろうが、俺ごときを陥れても大した得はない。人質に取って日本の情報を、とか考えたとしても国も父もあっさり俺を見捨てるはずだ。
翌日、ホテルで一日休んだ後で日本へ帰国。
終わってみれば拍子抜けするほど上手くいった。
それでも、日本の空港に降り立った瞬間はほっと息がこぼれた。やっぱり、それなりには緊張もしていたし、何より俺は日本人なんだろう。
空港から屋敷までの車中、景色をぼんやり眺めながら、この風景が壊れなければ良いとぼんやり思った。
十中八九、ブリタニアに襲われるこの地からいち早く逃げだす俺が思っていいことではないかもしれないが。
「百合!」
「ただいま戻りました、姉さま」
平日昼間に戻ってきたので、咲世子と会うのは夕方になった。
学校から帰ってくるなり、稽古のための着替えも後にして部屋に飛び込んで来た姉は、俺の姿を見るといきなり抱きしめてきた。
この一年で更に成長した女性らしい身体は、姉の戦闘能力からは考えられないほど柔らかかったが、肉親としての意識が浸透してきたせいか、週に二、三回は一緒に風呂に入っているから見慣れたのか、感じたのはただただ安心感だった。
「お帰りなさい、百合。風邪をひいたりしなかった?」
「はい、大丈夫です。ですが、日本食が恋しくなりました」
「そう」
咲世子はくすりと笑って身を離し、俺を見つめた。
「じゃあ、たまには私が作りましょうか?」
「嬉しいです。でも、姉さま。お稽古の方は大丈夫ですか?」
「早く終わらせれば問題無いわ」
有言実行、姉はその日の稽古を本当にあっさりと終わらせた。
あっさりと「終わらされた」うちの男衆にしたらたまったものではなかっただろうが、俺は嬉しかった。咲世子は将来メイドになるだけあって家事も得意なのだ。
料理といえば、俺も一応覚えた方がいいかもしれない。いいところの家に行くから自分で作る必要は基本ないだろうが、ロイドと結婚した後はどうなるかわからない。小さな家で二人暮らしという可能性もある。そうなった場合、あの男は「食べられればいい」とか言うに決まっているので、美味しいご飯が食べたければ自分で作るしかない。
「しばらくはのんびりできるんでしょう?」
「そうですね。嫁入り先を探す必要はなくなりましたし」
当たり前のように組まれる勉強スケジュールさえこなせばいい。
俺達は互いの稽古や勉強の合間を縫って逢瀬を重ねた。それはいずれ来る別れを忘れようとするかの時間だった。
しかし、確実に「その時」はやってくる。
職業柄、軍事や政治の情報に詳しい篠崎家にはいち早く、日本とブリタニアの関係悪化の報が入ってきた。
日に日にきな臭い方向に向かっていく情勢。
残酷にも、開戦は原作開始から七年前のことで──咲世子が高校を卒業するのを時は待ってくれなかった。