ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「どういうことです!?」
エリア11総督府内、総督の執務室に似つかわしくない怒声が響いた。
声を上げたのは若い少年だ。
きっちりとしたスーツに身を包んだ彼は、凛々しい顔に隠しようのない憤りを表し、執務机の向こうを睨みつける。
傍らに控えていた軍人達が「それ以上の暴言は許さない」とばかりに一歩踏み出してもなお彼、枢木スザクは引かなかった。
「結局あなた方は我々に自治を認める気がないんですか!?」
「落ち着け、スザク」
ルルーシュ・ランペルージはそんな親友を静かに窘め、口を閉ざさせる。
(やれやれ。日本人とは「和」を重んじる民族だったはずだが)
ブリタニア皇帝の血を引くルルーシュが宥め役で、首相の息子のスザクが血気盛んとは、なんともおかしなバランスだ。
もっとも、ルルーシュと親しい日本人は一人が「静かにターゲットを暗殺するタイプ」で、もう一人は「言いたいことははっきり言うタイプ」なのだが。
と、そこで丸腰外交の極致を行っている虚弱娘を思い出しつつ、
「クロヴィス総督。棄却の理由を詳しくお聞かせ願えないでしょうか?」
緩やかな協力関係にあるはずの、腹違いの兄を見据える。
無論、ルルーシュもまた、クロヴィスが裏切るつもりなら穏やかに済ませるつもりはない。今後は敵として扱う腹積もりはできていたが、
「すまない。私としても心苦しいのだが、本国からの横やりが入ったのだ」
ブリタニア男子の典型ともいえる金髪の美青年は心底から困っている様子で眉を下げた。
クッションの利いた椅子に背を預け、息を吐くようにして説明してくれる。
「本国としても頭から認めない、と言っているわけではない。指摘されたのは主に申請内容の不備だ。……まあ、難癖としか言いようのないレベルのものだがね」
「認めない言い訳をどうにかしてひねり出した、と捉えても?」
「私個人としては同意見だよ」
「総督」
護衛の一人が声を上げかけるが、クロヴィスは軽く手を挙げてそれを制した。
「本来、日本への自治権の移譲はエリア11総督──つまり、この私に権限があるはずなのだ。そこに本国が横やりを入れて来ているのだから文句の一つも言いたくなる」
「難癖をつけてきたのはどちらの部署です?」
「担当は聞いた事の無い部署だ。棄却の承認者はオデュッセウス・ウ・ブリタニア。我が国の第一皇子だな」
なるほど、と、ルルーシュは心中で頷いた。
オデュッセウスはブリタニア皇族としては珍しく温和で覇気のない男だ。どのくらい温和かと言えば、彼と比べたらユーフェミアの方がよほど皇帝似だと断言できる程。
実務についても関心が薄く、基本的には弟のシュナイゼル任せ。
承認を求められれば印は押すが、書類の内容を自分で一からチェックする、などという面倒なことはしないだろう。部下の説明を聞いて「そうか」と言うだけ。要は体のいい傀儡として使われたわけだ。
もちろん、しばらく会わない間に野心家に変貌している可能性もなくはないのだが──まあ、ないだろうと、クロヴィスの表情から察する。
「では、直せばいいのですね?」
「ああ。もちろん、何度提出されたとしても丁重に取り扱おう。私としても君たちの熱意に悪意ある対応を取りたくはない」
「わかりました。それだけわかれば十分です」
「ありがとう。指摘内容はこちらの書類にまとめてある。既にそちらにも伝達されているだろうが、念のために持っていきたまえ」
「助かります」
差し出された書類を受け取り、丁重に一礼する。
「おいルルーシュ、そんな言葉で──」
「スザク、冷静になれ。ここで言い争って何になる」
なおも納得しきれない様子の親友に小さな声で釘を刺し、共に頭を下げて部屋を出た。
「くそ、こんな出だしで躓くとは思わなかったな」
「そう言うな。何かしらの横やりを入れてくるのは予想できていた。むしろ、思ったよりも随分素直な手で来たと言うべきだ」
簡単な変装をした二人は東京租界の中を歩いていた。
すっかり有名人と化した彼らだが、何食わぬ顔をしていれば案外気づかれないものである。こんなところに話題の人物がいるなどと誰も思っていない、というのもあるが。
「もっとあくどい手も予想していたって?」
「それはな。相手が相手だ。何をしてきてもおかしくはない」
もちろん、ルルーシュとしても今回の棄却に不満はある。
申請内容についてはルルーシュが中心となって精査し、一分の隙もない完璧なものに仕上げたはずだった。それに難癖をつけられたのだから、知らせを最初に聞いた時は「くそっ!」と声を上げてしまった。
だが、考えてみるとこの状況は悪くはない。
「頭から否定はされなかった、というのは朗報だ」
「? 承認してもらえないなら同じことだろう?」
「いや。考えてもみろ。頭ごなしに棄却しなかったということは、それができなかったということだ」
「あ……! 難癖をつけるしか方法がなかった、ってことか」
「そうだ」
日本の自治権はブリタニアが認めたものだ。
だから「自治はさせない」と安易に言うことはできない。次善の策としては申請内容を「全く駄目。話にならない」と完全否定することだが、ルルーシュが隙の無い内容を作り上げたことでこれもできなかった。
別の方法として、ルルーシュとナナリーを反逆者として非難し、日本の件をうやむやにするというのもあるが、これも兄妹が「ランペルージ」姓を名乗り、会見でもブリタニア皇族としての立場が既にないことを強調しているため難しい。
そこで難癖をつけてひとまず食い止めるしかなかった。
シュナイゼル辺りが何かしら手を回した可能性もある。いわばこの棄却は時間稼ぎだが、言われた箇所を完璧に直して再提出を繰り返していれば、すぐに否定材料が尽きるだろう。明らかにおかしい対応となればクロヴィスが抗議することも可能だし、内部監査によって非難の的になる可能性もあるのだ。
「申請が通るのも時間の問題だろう。準備期間が延びたと思って気長にやろう」
「呑気だな、君は」
苦笑するスザクだったが、気分が晴れたのか穏やかな顔に戻っていた。
「ところでスザク、どこに向かってるんだ?」
「言ってなかったっけ? アッシュフォード学園だよ」
「何? 神楽耶達との待ち合わせ場所はあそこなのか!?」
「そうだけど、何か問題?」
総督府へ乗り込むのはルルーシュとスザク、それから男性の護衛が二人という構成としていた(その護衛達はさりげなくついてきている)。
神楽耶がいるとややこしくなりかねないし、汚い言葉が出るかもしれない状況にナナリーを巻き込みたくなかったからだが、
「あそこには会長やシャーリーがいるだろう? 絶対に面倒なことになる」
「ああ……。それは考えなかったな。まあ、ご愁傷様」
「お前、それで済ませる気か!?」
「だって、神楽耶達はもう着いてるんだし」
「なんということだ……」
下手をすれば申請の棄却以上に気分が沈むのを感じつつ校門をくぐり、学園へと入る。
「懐かしいね」
「……ああ。しばらく来ていなかっただけだっていうのにな」
それだけ、この学園で過ごした時間が長く、そして貴重だったということだ。
「さて、神楽耶達はどこかな」
「まあ、探すまでもないだろう」
人の流れを見れば、カフェテリアの方が騒がしいのは一目瞭然だった。
ルルーシュ達自身も「あ、もしかして!?」「ルルーシュ君とスザク君だ!」と騒がれつつ移動すれば、カフェテリアの方はもっとすごい騒ぎになっていた。
中央付近、窓に面していない位置に人だかりができている。
人だかりの内側が見えないが、そこに意中の人物がいるのは間違いないと言えた。
「猛烈にこのまま帰りたいんだが」
「無駄だと思うよ。ほら」
「あ、ルル! スザク君も!」
言った傍からオレンジがかった茶髪の少女に発見され、逃げられなくなった。
野次馬達が気づいて道を空け、あれよあれよという間に中へ押し込まれる。げんなりしたところへ、金髪の少女がウインクと共に手を振ってきた。
「やっほー、ルルーシュ。スザクも」
「お久しぶりです、ミレイ会長」
「やあシャーリー。会長も、ご無沙汰しています」
「ルルーシュ! てめえ、いきなりいなくなりやがって! 俺が生徒会でどれだけ心細かったかわかってるのかよぉ!?」
陽気な少女達に挨拶しつつ、リヴァルの文句は適当に流し、席についている他の人物へと目をやると、おおむね予想通りであった。
桃色の髪をした長身の少女と、白い髪をした小柄な少女。それに最愛の妹ナナリー。
ユーフェミア、それからリリィとは一瞬だけ目配せをし合い、テーブルの傍らに立つ追加メンバーも視認する。咲世子とユーフェミアのメイド、それから、
「お初にお目にかかります、ルルーシュ様。お久しぶりです、枢木卿」
「初めまして、ジノ・ヴァインベルグ殿。私は既に皇族の身分にない者ですので、どうか、ただのルルーシュとして扱ってください」
「ありがとうございます、ルルーシュ様。ですが、そのようなわけには参りません。貴方様とナナリー様が陛下のお子であることは事実。そして、皇位継承権は再び付与されることもあるのですから」
「また会ったね、ジノ。いや、ヴァインベルグ卿とお呼びするべきですか。しかし『枢木卿』は止めてくださいとあれほど言ったでしょう」
最近でもとある皇女がブリタニアへの功績、および忠誠の意思を認められて皇位継承権を再度与えられた例がある。
ブリタニア皇帝シャルルの「使えるものは使う、使えない者は勝手に死ねばいい」といった思想が強く表れた話である。ルルーシュとしては忌々しい話としか言いようがないが、
(ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグ。皇帝への忠誠は絶大と聞いていたが、少々表情に陰りがあるな)
咲世子の忍者ネットワーク経由でユーフェミアへの二度目の暗殺未遂の件は聞いている。
護衛対象を二度も守れなかったことが効いているのか、あるいは、のほほんとお茶を楽しんでいる白髪の少女あたりが何かしたのか。
詳細な報告については神楽耶あたりが受け取っているはずなのでそれを待つしかないが、
「ほんとひどいよルル! 黙っていなくなっちゃうんだもん! 私、二度と会えないかと思ったんだからね!?」
「ごめん、シャーリー。でも、いろいろと事情があったんだ。ごたごたしていたから中々連絡もできなかったし」
「あはは。まさかルルーシュとナナリーが皇子様、皇女様だったとはねー。あ、元だっけ?」
ルルーシュは本気半分、作り笑い半分(久しぶりに味わう疲労感によるもの)を浮かべつつ、友人たち一人一人に対応することにした。
アッシュフォード学園の生徒達は意外なほど快くルルーシュ達を迎えてくれた。
元ブリタニア皇族が日本人に協力するとなれば快く思わない者がいてもおかしくないはずだが──敵意によらない再興を選んだことが皆の心を解してくれているのか。
だとすると、若干癪ではあるが、どこかの少女のお陰、ということになるのだろうか。
「ユーフェミアさまもご挨拶をなさってはいかがですか?」
「え? ああ、そうですわね」
おのれリリィ・シュタットフェルト。
立ち上がって近づいてくるユーフェミアを見ながら、ルルーシュは心中で悪態をついた。
◆ ◆ ◆
ユーフェミアとルルーシュは実際はとっくに再会して喜び合ってるけど、公式的にはこれが数年ぶりの再会。
ただし、ユーフェミアは皇女だということを隠しているので、ブリタニア貴族の少女としてルルーシュに対面しなければならない。
ややこしい話だが、どこかで通らなければならない道だ。
忘れていたわけではないだろうがタイミングを逃した感のあったユーフェミアを促し、ルルーシュの前に立ってもらった。
なんかルルーシュから睨まれた気がするが気のせいだと思っておこう。
しかし、こんなに早くルルーシュ達が学園に来るとは。
アッシュフォード学園のユルさを甘く見ていたというか、この学園には妙な牽引力が存在するのだとあらためて実感させられた。
彼らの来訪は前日に知って、カレンにも伝えておいたのだが……「人の多いところに顔出せるわけないでしょ」ということで結局来なかった。
スザクに言いたいことはあっただろうが、まあ、素がバレると困るのだろう。
「初めまして、ルルーシュ様。お噂はかねがね」
「こ、こちらこそ初めまして。本国から貴族の方が来られたとは聞いていましたが、こんな美しい方だったのですね」
「まあ、ルルーシュ様ったら」
ここぞとばかりにガンガン攻めるユーフェミアと、ぎこちなくなるあまり普段言わないようなことを口走るルルーシュは面白──とても興味深かった。
後ろで「うーっ!」という顔をしているシャーリーが少々可哀そうなので適度なところで止めてやりたいところだが、ここはシャーリー自身の頑張りどころという気もする。
「お兄様、とても緊張しています」
「ええ。珍しい光景ですね」
ということでナナリーとお茶を楽しみながら見守った。
わいわいとした騒ぎは放課後だというのに長く続いた。大部分の生徒が寮生活だから、というのもあるのだろうが、本当にこの学園の生徒はお祭り好きだ。
と。
俺の携帯電話に着信。
会社からだったので緊急かもしれないと思い通話モードに切り替えると、
『社長! ネットに繋がる場所にいらっしゃったらすぐに確認してください! 妙な動画がアップされていて──』
「妙な動画?」
どうやらただ事ではなさそうだ。
失礼ながら中座させていただこうと俺は口を開き、
『リリィ・シュタットフェルトはブリタニア人じゃない。戸籍を偽り、ブリタニア貴族の地位を得た日本人──イレブンだ』
スピーカーを通したような大きな声が学園の敷地内、そしてカフェテリアに響いた。