ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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呪縛に抗う者・リリィ

 皇族との食事会はこれで何度目になるだろう。

 

 ユーフェミアとのランチを含めると本当に洒落にならない数だが、制服を着て教室やカフェテリアで気楽にお喋りしながらのものはまあ、除くとして。

 クロヴィスの私邸へ行った時とはまた別のドレスに身を包んで学園へ向かった俺は、車を降りたところでジノ・ヴァインベルグに出迎えられた。

 

「お待ちしておりました、リリィ様」

「わざわざお出迎えいただいてしまい申し訳ございません。ご無沙汰しております、ヴァインベルグ卿」

「とんでもございません。ユーフェミア様のご友人に礼を尽くすのは当然です」

 

 言いつつ、ジノは俺とは微妙に目を合わせようとはしなかった。

 

「どうぞこちらに」

 

 スーツ姿の少年に先導されてゆっくりと歩いていく。

 俺が伴に付けたのは咲世子とマオだ。咲世子は普段からメイド服なのでいつも通りだが、マオの方はしっかりとした執事風の服装に身を包んでいる。粗相をしないようにと気を張った表情はどこか可愛げがあるものの、スタイルは良いので割と似合っている。

 C.C.は会社に置いてきた。

 あそこならKMF(ナイトメアフレーム)の襲撃でもない限り大丈夫だろうが、いざとなったら逃げるように言ってある。本人は「言われなくても逃げるに決まっているだろう」と若干不満そうだった。

 

 向かう先は校舎内にある応接室。

 基本的には理事長らが来客をもてなすための場所だが、ユーフェミアが頼んで借り受けたらしい。クラブハウス内の部屋だと落ち着いて話せないから、ということだが、聞かれたくない話があるのだろうか。

 ユーフェミア達が学園に来た時は俺が案内したんだよな、と、なんだか感慨深い気持ちになっていると──。

 前を歩くジノが振り返らないまま、俺に尋ねてくる。

 

「また、何か企んでいらっしゃるのですか?」

 

 

 

 

 

 唐突な問いに戸惑いながらも、俺は答えた。

 

「いえ、企んでなんて……」

 

 本当である。

 コーネリアを味方につけるのはクロヴィスとユーフェミアの仕事。俺が説得してどうこうなる相手でもないので、今回の食事会は完全に「何が起こるんだ……?」という心持ちだ。

 姉妹のいずれかが爆弾発言をしてきそうな予感だけはあるが、

 

「私を疑っていらっしゃるのですか?」

「疑われないとでも?」

「……そう言われると弱いのですが」

 

 企んでいるとしても、良からぬことではない。

 とはいえ、皇帝直属の騎士であるジノには多くを話せないのも事実。

 そして、皇帝を止める方向で動いている以上、ジノにとっては「良からぬこと」と映ってしまうのもまた事実なのだった。

 

「少なくとも、私には政治的野心はありません。大きな変化が起こるにせよ、それは資格を持つ方々の役割でしょう」

「古来から、占い師だの呪術師だのに唆されて乱心した王は数多い」

「扇動家などと呼ばれるのは心外です。私は混乱など望んではいませんし、命が失われることも極力避けたいと思っております」

「詭弁だ。単に、体のいい駒を多く抱えておきたいだけじゃないのか」

「っ」

 

 俺は唇を噛んで足を止めた。

 ジノは数歩遅れて立ち止まり、こちらを振り返ってくる。

 どうやら相当嫌われてしまったらしい。

 咲世子が険しい顔で進み出て、

 

「ジノ様。それ以上の暴言はお控えください」

「ほう。さもなければ暗殺する、とでも?」

「………」

 

 これは、何かおかしい。

 ジノは基本的に明るい性格で、皮肉を多用するようなタイプじゃないはずだ。

 ブリタニア貴族として日本人や、養子に過ぎない俺を下に見ているのだとしても言いすぎだ。

 

「ヴァインベルグ卿、何かあったのですか?」

「っ。何かあった、だと?」

 

 夜にさしかかった校舎内は静まり返っている。

 その分、声は通るが──通りかかる者がいない、という意味では密談に向いている。あるいは、場所を選べないほど憤っているのか。

 少年は剣を抜く代わりに利き腕を振るって声を張り上げた。

 

「自分の胸に聞いてみればいい! お前は陛下に疑念を抱いているはずだ!」

「……ナイトオブラウンズとはいえ、誹謗中傷と言わざるをえませんが」

「謂れがない、と? こそこそあれこれ嗅ぎまわっていた忍者の娘が!」

 

 怒声が響く。

 咲世子が黙ったまま一歩踏み出す。対するジノはやや前傾姿勢を取り、手を腰に添える。いつでも剣を引き抜ける姿勢。

 

「リリィ」

 

 ここで、黙っていたマオが口を開いた。

 常の彼ならとっくにジノへ言い返していそうだが、

 

「あいつ、V.V.(ブイツー)と会ったみたいだよ」

「なっ!?」

 

 俺とジノ、二人の声が重なった。

 

「本当ですか、マオ」

「うん。こいつが一人の時にV.V.が訪ねてきて、リリィが周りを唆して皇帝を倒そうとしている、って吹き込んだみたい。その時、V.V.が従者だって言って連れてきた女がこいつと目を合わせてる」

「……なるほど」

 

 こっそり『聴心』を使ってくれて助かった。

 

 同僚(ナイトオブシックス)であるアーニャのマリアンヌ殺害への関与疑惑、マリアンヌ殺害犯が皇族である可能性、ユーフェミアの友人である俺が日本人であった件、様々なことが短期間に起こった結果、いっぱいいっぱいになっていたジノの精神を揺さぶりにきたのか。

 一緒にいた女はおそらくギアスの使い手だろう。

 精神操作系のギアスだとしたらもっと直接的に──例えばジノに俺を殺させてもいい気がするが、そこまで強いギアスではなかったのか。他人の言葉に対しても使える代わりに、言っている人物が嘘だと思っていることは信じさせられないとか、受け取った相手の印象を強調するだけで行動までは操れない、とだろうか。

 一方のジノは「はっ!」と声を上げて、

 

「聞いた通りだ! 心を読むのがそいつの持っている()()()か!」

「ジノさま、ギアスのこともV.V.から……!?」

「ああ、聞いた! お前もその得体の知れない力を持っている、ということも!」

 

 なるほど、そう来たか。

 V.V.の言っていることは嘘ではない。確かに俺は皇帝なんか死ねばいいと思っているし、クロヴィス達にブリタニアの体質改善をさせようとしている。俺がギアスを持っていることも本当だ。

 だが。

 無駄だと思いつつ、俺はギアスディフェンダーを意識して起動し続けながら語りかける。

 

「ジノさま、あなたはギアスによって操られています」

「馬鹿な、何を──!」

「あなたも考えたはずです。ギアスなどという能力について知っている、存在しないはずの皇族。そんな者なら、当人がギアスを行使しているかもしれないと」

「っ」

 

 聞きたくないとばかりに声を上げたジノだったが、続く俺の言葉に息を呑んだ。

 そう。

 言っているV.V.自身が思いっきり怪しかったからこそ、ジノは俺に詰問する程度で収めたのだ。でなければ問答無用で殺しに来るか、皇帝に直談判していただろう。

 

「思考が攻撃的な方向に流れている感覚はありませんか? 疑念が不自然に増幅されている感覚は? 考えてもみてください、私がギアスを悪用するつもりなら、とっくの昔にもっと決定的な状況を作り出していたはずです」

「それは──!」

「確かに私はギアスを持っています。ですが、私のギアスは他のギアスを防ぐことしかできません」

 

 俺は眼鏡を取ってジノを見つめる。

 瞳に浮かび上がる青色の紋章は、赤いギアスの紋章よりも幾分か穏やかで、精神安定に効いてくれるのではないか──効いてくれたらいいな、と思う。

 

「私の素性を暴露し、ユーフェミアさまを殺そうとしたのはV.V.の手の者です。私に悪意を持っている者の言うことを一方的に信じますか?」

「ユーフェミア様を狙ったとは限らない! 実際はお前が狙われていたのかもしれない!」

「それもV.V.に言われたのですか? では、V.V.の素性は確かめましたか? 一緒にいた女性は? 皇族だというのなら、どうして皇帝陛下は周囲に隠していたのでしょう? 隠されていたV.V.がどうしてこのタイミングで、私なんかに敵意を向けるのでしょう?」

「ぐ……っ。それ、は」

 

 ジノの腕がだらりと下がる。

 距離もあるし、ギアスディフェンダーが効いたわけではないだろうが──原作のルルーシュが持っていた『絶対遵守』ほどの強制力がないのであれば、論理的な思考をしさえすれば自然に解除できる。

 俺は咲世子を手で促して一歩下がってもらい、少年の思考が追いつくのを待った。

 両手を広げる。屋内かつ夜なので日傘も携帯してはいない。

 

「ここまで来たら黙っているわけにもいきません。私の考え、見たものをお話します。せめてそのうえで判断してはいただけませんか?」

「……わかった」

 

 答えたジノはどこか疲れたような声で俺に答えた。

 

「ちょうど話は終わったようですわね。……リリィ様、ジノ。コーネリア様がお待ちですので、後の話は部屋でいたしましょう?」

 

 いつものメイドさんを従えたユーフェミアが靴音と共に現れたのは、ちょうどそのすぐ後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 応接室は過ごしやすい温度に保たれ、テーブルには一足早く料理が並べられ始めていた。

 護衛にギルフォードを連れた皇女コーネリアは略式の軍装に身を包み、上座にあたる席に腰かけていた。やってきた俺達を見ると「ふむ」と思案するような様子の後、にやりと笑って、

 

「喧嘩でもしてきた、という顔だな。ジノ・ヴァインベルグ」

「……いえ、そのようなことは」

 

 まあ、口喧嘩だったよな、と思いつつ俺は微笑んで、

 

「遅くなってしまい申し訳ございません、コーネリア殿下」

「気にするな。仲の悪い者を迎えに出したこちらにも責任がある」

 

 寛大な許しを得た上でマオを「秘書のようなもの」と紹介し、咲世子と一緒に控えさせることを許してもらう。

 ジノが何か言ってくるかと思ったが、コーネリアにまでからかわれた手前バツが悪いのか、特に何も言ってはこなかった。

 俺とユーフェミアが席につくと、この前同様にフルコース関係なく料理が並べられ、給仕担当は退席していく。

 

「前線基地では兵達と共に食べることもある。都度出来立てが出てくるのはもちろん有り難いが、私としてはこの方が気楽でいいな」

「小食な身としてはメインの前にお腹がいっぱいになってしまうことも多いので、私もこちらの方が好みです」

「ほう。それは気が合いそうだな」

「わたくしも学校に通っていると実感いたしますが、特にランチなどは食べ過ぎると眠くなってしまいます。サンドイッチとスープ、後は紅茶があれば十分成り立ちますものね」

 

 食事を始めつつ軽く談笑していると、ジノが痺れを切らしたように「リリィ様」と口を開いた。

 

「コーネリア様、ユーフェミア様には申し訳ございませんが、先ほどの話を再開させていただけないでしょうか」

「ほう。それほど重要な話か」

 

 コーネリアは気を悪くした様子もなく反応すると、ちらりとマオを見て、

 

「リリィ。その者は『どこまで了解している』のだ?」

「お姉様。そちらの方は全てご存じですわ」

「そうか。ならばギアス、と、口にしても良いわけだな?」

「……ご存じだったのですね」

 

 これは驚いた。

 髪と眼の色に関してはユーフェミアとよく似た、しかし受ける印象としては反対に近い皇女はどうということもなさげに答えて、

 

「クロヴィスから聞いている。リリィがそれを所持していることもな。その青いのがそうか?」

「見えていましたか……」

 

 もちろん眼鏡はかけなおしているが、角度によっては見えてしまうから、注意深い者なら気づいてもおかしくない。

 ギアスについて知っているなら猶更だ。

 

「では、お話しします。ギアスのこと、そして、ギアスによって知り得た可能性について」

 

 話した内容はある程度選別したし、順序も選ばせてはもらったが、嘘を交えたりはしなかった。

 

 この世界にはギアスという異能が存在すること。

 俺やマオ、ルルーシュはギアスを保有しており、その存在を知っていること。

 ルルーシュのギアスに助けられたこともあり、マリアンヌの死の真相に近づいた俺達だったが、前後して世界の裏で暗躍する何者かの存在を知ったこと。

 俺、またはユーフェミアが更に狙われ、俺は伏せていた素性さえも暴露されたこと。

 機密情報局に預けられたはずのロロがV.V.と共にのうのうと現れ、俺を殺そうとしたこと。

 

 V.V.はギアス能力者の集団を率いており、状況的に機密情報局とも繋がっているであろうこと。

 ともすれば皇帝さえもギアスによって操られている可能性があること。

 

「馬鹿な、そんなことが──!」

「リリィとV.V.という何者かの一件は私も証拠情報から確認した。貴公のところにもロロなる暗殺者の再逮捕の報は行っているはずだが?」

「で、ですが、全て彼女が仕組んだこと、という可能性は」

「ああ、捨てきれんだろうな。だが、V.V.とやらとリリィ、どちらを信じるかと言われれば私はリリィを信じる。……もし本当に彼女の仕込みだったとすれば、それがわかった時に斬ればいい話だしな」

「そのようなことにはならないとお約束します」

 

 斬られるどころか殴られるだけで多分死ねるからな。

 

「私も、皇帝陛下が悪に加担しているなどとは思いたくありません。ですが、悪意によって加担させられている可能性、上手く利用されている可能性もあります。機密情報局に対する疑念はジノさまもお持ちなのでしょう?」

「……ならば、皇帝陛下に直接謁見し、お話を伺います」

「それを止める権利は私にもない。だが、気をつけることだな。もしも本当にV.V.が父上を操っているのなら、お前も同じようにされるかもしれない。邪魔だと判断すれば殺されるかもしれない」

「それでも、私は皇帝陛下の剣です。放ってはおけない」

 

 ジノは固い決意を感じさせる声色で断言した。

 仮とはいえ彼の主であるユーフェミアは頷いて、

 

「ならば、ジノ・ヴァインベルグ。わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアは皇女としての権限をもって、あなたを護衛の任から解きましょう」

 

 どういうルートで命令が下っていたのかはわからないが、皇帝の勅命ではなく、ユーフェミアあるいはシュナイゼルが要請して皇帝が承認したという経緯であれば、当の護衛対象であるユーフェミアには当然その権利がある。

 

「同時にわたくしは皇女としての身分を明かし、皇族であることを公表いたします。公務に携わることはできませんが、それによって悪しき者の手を幾分か止めることはできるでしょう」


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