ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
ユーフェミアの考えはある意味、単純だった。
自分の護衛をしているジノが本国へ戻れば「役目はどうした」という話になる。そのための解任。そして、代わりの護衛を調達するにあたり、単独でナイトオブラウンズに匹敵する者などそうはいない。
(俺の傍に一人控えているが、さすがに咲世子は渡せない)
皇女と明かすことによって複数人──大々的な増員を行っても不自然ではなくなるし、学園の警備人員と兼任することも可能になる。
また、一番大きいのは暗殺だの謀殺だのが行いにくくなることだ。
殺し屋や暴漢が事件を起こし、その現場に皇女がいたとなれば当然、陰謀を疑われる。犯人に対する周囲の反応はより一層厳しくなるだろう。それは間接的に、ユーフェミアと一緒にいることが多い俺を守ることにも繋がる。
「では、交代要員が来るまで待って──」
「構いません。クロヴィス兄様にお願いして人をお借りします」
クロヴィスはこれを快諾し、女性軍人を数名貸し出してくれた。
この中には当然のようにヴィレッタが含まれており、扇達は涙を流すことになったが……まあ、こればっかりは仕方ない。
ジノの本国帰還は止めなかった。
最悪の場合、死ぬ可能性さえあるのに「帰る」というのだ。生半可な言葉で止まるわけがない。
今から帰ってもジェレミアのシュナイゼルへの接触は止められないし、ルルーシュ達も二度目の再興案を提出済み。コーネリアにも事情を伝えられた以上、大勢は覆らない。
何より、ここで無理に止めると「都合が悪いです」と叫んでいるようなものだ。
「お姉様。わたくしはルルーシュやクロヴィス兄様達と共に、この国の暗部を明らかにしたいと考えております。どうか協力していただけませんか?」
「ああ。私とて裏でこそこそ動く輩は好かん。機密情報局だの、ギアス嚮団だのに好き勝手させてはおけないな」
ユーフェミアからの頼みじゃなかったらどのくらい返答が変わったのか、という思いもなくはないが、コーネリアも協力を約束してくれた。
「だが、具体的にどうするつもりだ? 政治の分野は私の管轄ではない。シュナイゼルにでも任せておいた方が良いと思うが」
「ええ、それで構いません。……ですわよね、リリィ様?」
「はい。こそこそ動くのは最小限で構いません。単に、明かされている情報、知っていておかしくない情報を元に、コーネリア様の立場から意見を表明していただければ十分です」
「ほう?」
もっと具体的に言えば、クロヴィスだかシュナイゼルだかが機密情報局の体質や失態を糾弾した時点で「私も奴らのやり方は好ましいとは思わない」とか言ってくれるだけでいい。
偉い人間が快く思っていないことを表明するだけで、他の人も秘めていた内心を明かしやすくなる。
「もしも、コーネリア様の得意分野が必要になる状況があるとすれば──それは相手方が正体を現した時、と考えていいでしょう」
原作を見る限り、ギアス嚮団は部隊レベルの戦力を有してはいない。
ロロをはじめとする工作員はKMF操縦技術を身に着けているし、V.V.自身も強力な機体で出撃したことがあったが、単独で軍に勝てるほどではない。
そして、もしもブリタニア軍に命令が下るようなことがあれば、それは語るに落ちたと言っていい。
「なるほどな。わかりやすい話で助かる。さすが、社長殿は適材適所を心得ているということかな?」
「や、やめてください。私は後ろ暗い話が苦手なので、誠心誠意お願いするしかできないのです」
「苦手な者はこんなことは思いつかないだろうがな」
くくく、とコーネリアは笑い、
「私は戦士だ。命令があれば力を奮うが、命を奪うのは愉快なことではない。やらずに済むならそれに越したことはないのだ。……お前も良いな、ギルフォード?」
「はっ。全てはコーネリア様の御心のままに」
見せるための戦力として、頼もしい女傑が協力を快諾してくれた。
ところで今回の要件はなんだったのかといえば、コーネリアの説得と情報共有、それからユーフェミアの身分公開に関する相談だったらしい。
ジノのせいでなし崩しに全部済んでしまった。心臓に悪いからああいうのは勘弁して欲しい。
食事会の晩、俺は学園に泊まり──そして翌日、ユーフェミアが学園の生徒達に皇女としての身分を明かした。
『やっほーみんな、毎度おなじみ生徒会長よ! 今日のゲリライベントはなんとこちらの方!』
『にゃ~♪』
『というわけで、ナイトオブラウンズに護衛されている謎のお嬢様、ユーフェミア様への公開インタビュー!』
なんと、昼休みの放送室にて学園中に一斉放送で、である。
後ろでサンドイッチを齧りながら見ていた俺としてはノリノリなミレイとユーフェミアにびっくり。「一体何が始まるんです?」という顔で見上げてくる猫──陛下ことアーサーと顔を見合わせて苦笑いである。
ちなみに当然、俺もやらされたことがある。
ちゃんと男子に興味があるはずなのだが、同時にミレイは「可愛い女の子を愛でるのが大好き」という悪癖も持ち合わせている。シャーリーやニーナはそんなミレイのお眼鏡に適った逸材だ。そしてもちろん、カレンやユーフェミアも。
『今日は重大な発表があるのよね?』
『はい。二つ、皆様にお伝えしたいことがあります。皆様にずっと黙っていた大事なことと、わたくしの身の回りに関する重要なことです』
『へー。で、それってなになに?』
『はい。では、まず一つ目から』
おそらく、こう前置きしたことで校内の注目はこの放送に一気に集まったことだろう。
ミレイがゲリラ放送するのはよくあることなので、自分に関係がなさそうなことなら聞き流してしまう生徒も多い。
しかし、中等部三年生ながら見事なプロポーションで男子達から密かに人気かつ、一般男子に全く見向きもしない潔癖さから女子の人気も高いユーフェミアの「秘密」となれば話は別だ。
そして、
『わたくし、ユーフェミアの本当の名前はユーフェミア・リ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の第三皇女です』
『え、えええええ!? なんですってー!?』
ミレイのだいぶわざとらしい驚きの声がスピーカーから響き、そして、それに負けないくらいのどよめきが校内で巻き起こった。
当然、発表後の学園は大騒ぎ。
昼休みが終わってもなおわいわいがやがやが収まらず、教師達と警備の人間が頭を抱える事態となった。
しかし、ユーフェミアが狙った通り、その騒ぎに乗じて殺し屋が仕事したり、といったことは起こらなかった。
放課後になってもユーフェミアを囲む人だかりは途切れることはなく、念のためにと傍に控えていた俺まで騒ぎに巻き込まれ──正直、気疲れした。
「前会長、そっちの独特な眼鏡の人は?」
「彼はマオ。私の見習い秘書です」
「へえ、秘書なんだ。ちょっと格好──」
「ごめんね。僕は普通の女の子に興味ないんだ。ね、リリィ?」
「え、ええ、そうですね……?」
「そ、そうなんだ……?」
疲れるついでにギアス制御の練習をする。
練習といっても、誰かに触れる際に「無効化を共有する」のと「無効化を付与する」の使い分けを意識するだけ。失敗したら疲れるけど成功したら疲れないので、練習のために触るのでなければ基本的にリスクはない。まあ、そんなことやってたから気疲れした説はあるが。
ユーフェミアのもう一つの発表というのはジノが護衛から外れること。
不祥事があったわけではなく、ナイトオブラウンズという重要な存在を専有しているのは申し訳ない……というのが表向きの理由。
また、所用によりジノは本国へ戻ることが併せて伝えられた。転校になるかどうかは今後の状況によるので不明、とされたものの、場合によってはもう戻ってこないかもしれない、ということで、ジノも(主に女子生徒に)囲まれていた。
お陰で、俺としては都合のいいことに、ジノ・ヴァインベルグが
「ラクシャータを雇ったらしいじゃないか」
「ロイドさま? お仕事はよろしいのですか?」
「……プリンを食べに来たんだ」
駄目だ、拗ねてる。
咲世子を伴って(マオは眠らせて置いてきた)ロイドの部屋を訪れた俺は、いつものように買ってきたプリンを冷蔵庫に入れたり、料理を作ったりしていた。
掃除は咲世子がやってくれるのでいつもよりは楽。料理もお願いしてもいいのだが、食べつけないものだと食べない可能性もあるし……と、ここに来る時以外はなかなか振るう機会のない腕によりをかけていたのだが、そこにまさかの、仕事中のはずのロイドの登場である。
まあ、研究職なので九時‐十八時の勤務と決まっているわけでもない。夜にバリバリ働いていることもあれば、集中力を回復するために昼間っから寝ている時もあるのだが、とはいえこれは珍しい。
で、何かと思えばラクシャータの件とプリンである。
警備員さんか、すれ違った他の所員から俺の存在を聞いたのだろうが、妙にふてくされた態度で部屋に入ってきたロイドはおもむろに冷蔵庫を開け、プリンを食べ始めた。
一瞬笑顔になりかけた後でぶすっとした顔を作って、
「あの女は性格が悪いんだ。新しい職場の自慢話をわざわざセシルに送ってきてさ」
「ああ、それでセシルさんからロイドさまに伝わったのですね」
「そういうこと。まったく、子供じゃないんだからさあ」
どっちもどっちでは……?
板挟みにされているセシルも大変なのではないだろうか。いや、まったくもって他人事ではないのだが。
「ラクシャータさんの技術は超一流です。ロイドさまに勝っているとは思っておりませんが、劣っているとも思えません。我が社の新しい戦力です」
ゲーム制作に使うだけだと宝の持ち腐れなので、他にもいろいろ考えている。
自社でKMFを販売する気はないが、他(日本とかブリタニアとか)からの「設計図を売ってくれ」という依頼に応えられるようになればいい感じではなかろうか。
理想としてはこれを兵器ではない、作業用のKMF製作などに生かせればいい。
「それはわかってるけどさあ」
プリンを一つ食べ終えたロイドはもう一つ冷蔵庫から取り出しながら、
「あの女の意向が今後のシミュレータに直接反映されるわけでしょ?」
「ロイドさまは実機を作ってるんだからいいじゃありませんか」
やりたい放題なロイドだが、彼の技術は割と「兵器として素直にハイスペック」という方向性に向いていると思う。原作におけるランスロットもそんな感じで、ロボットもので言えば主人公機に多いタイプだった。乗っているのは主人公ルルーシュを苦しめる敵(スザク)だったが。
対するラクシャータは多種多様な知識を反映するように、特殊な装置を作って搭載したり、機体そのものではなくパイロットスーツを改良して生存性を高めたりといった、様々な角度からのアプローチが得意なタイプだ。なので、思いついたものが何の役にも立たないゴミ、という割合も結構高いと思われる。
シミュレータを利用することで開発費を軽減したい(その分いろいろ作りたい)という思いもあったりするのではないだろうか。
これにはロイドも肩を竦めて、
「ランスロットが負けるとは思ってないよ。ただ──」
「何か問題でも?」
「パイロット」
ああ、と、俺は頷いた。
特派が作っているのはハイエンド機だ。当然、そんじょそこらのパイロットじゃ使いこなせない。軽く動かすくらいなら誰でもいいだろうが、スペックを発揮できないんじゃテストにもならない。
「エリア11駐留軍からは借りられないのですか?」
思い浮かんだのはジェレミアやヴィレッタの顔。
「頼んだよ。でも、あそことは基本仲悪いしねえ」
この間のシミュレータの件は一日二日で終わる案件だったし、ものがシミュレータだから新機体の情報そのものが流出することはなかった。
ただ、ランスロットのテストパイロットとなると短期間借りてはい終わり、とはいかないだろうし、機密漏洩も怖い。
何よりエース級のパイロットなんかそうそう貸してもらえないだろう。
「コーネリア殿下にお願いできたらいいんだけど」
「さすがにそれは無理でしょうね……」
うちの社員でよければ割安で貸すが、ゲーム会社の社員が凄腕のパイロットのわけがないし、優秀なスタッフをそのまま奪われでもしたらたまったものではない。
シュナイゼル直轄の特派には頑張って欲しいのだが、どこかに無名で、才能があって、かつ暇している人材がいないものか。
そう、原作のエースパイロット勢に匹敵するような──。
「あ」
俺の脳裏に赤い色がぱっと浮かんだ。
日本再興計画がまだ認可されないなら、しばらく暇な義妹が一人いるのではなかろうか。