ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「ユーフェミア様がご無事で安心いたしました」
主を出迎えたユーフェミアのメイドはにこりともせずに言った。
俺や咲世子には丁重に礼を言い頭を下げたうえで、彼女は、己と職務を同じくしていたはずの少女を強く睨みつける。
「アールストレイム卿」
アーニャは答えない。
顔は俯いたまま上がらず、全身は震えが止まっていない。
戦うのが本分のはずの騎士でありながら、その両手はリボンによって簡易的な拘束が施されている。アーニャ・アールストレイムの意志が完全に折れていることの何よりの証明であった。
「あなたの立場は理解しています。主に何事もなかったことですし、何もする気はございません。……ですが、もしも貴女がユーフェミア様に傷をつけたのなら、私は命をかけて貴女に挑みます」
彼女は彼女で、ユーフェミアに忠誠を捧げているのだ。
騎士の位を与えられてはいない。戦闘力では咲世子どころかアーニャの足元にも及ばないだろうが、それでも、
メイドの選定においてはコーネリアとシュナイゼルが口を出しており、最も忠誠の篤い者が選ばれていた──ということを、俺は後に二人の口から聞いた。
「ごめんなさい」
屋敷内の俺の部屋に悲痛な声が響く。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「黙れ」
「ひっ」
ぺたん、と床に座り込んだまま悲鳴を上げるアーニャ。
なお、ドスのきいた声を上げたのはマオだ。突然の攻撃に反応できなかったことで怒りが抑えきれていないのだろう。
一方、咲世子は黙ったまま強烈な殺気を放っており、正直俺ですら怖い。
「みなさん落ち着いてください。私は大丈夫ですから」
「でも」
「ですが」
「このままでは話もできません。……ね?」
そう言ってお願いすると、二人はようやく怒りを抑えてくれる。
今度は冷たいプレッシャーに移行したので、どっちがいいかは微妙な気もするが……ともあれ、俺はしゃがんでアーニャの肩に手を置く。
「アーニャさん。私は無事です。そこまで気に病む必要はありません」
「でも、リリィ。私……!」
「覚えていないのでしょう? 大丈夫、あなたがやったんじゃないのはわかっています」
「怒って、ないの……?」
いや、まあ、殺されかけておいてイラっとしないわけはないんだが。
「怒っていません。……ただ、怖かっただけです」
「怖い?」
「はい。死ぬのは誰だって怖いです。命は一つしかありませんから」
俺は微笑んで、
「だからこそ、人は思いやれるんです。友達と一緒にいるのは楽しいんです。人を殺すのも、殺されるのと同じくらい怖いことなんです」
「……リリィ」
「もちろん、戦いも時には必要です。でも、アーニャさんは今、納得していますか?」
ジノは悩み、納得するために本国へ戻った。
彼がどういう処遇を受けたのかはわからないが、自分の判断自体を後悔することはないだろう。
「ラウンズになったのは、アーニャさん自身の意思ですか? 皇帝陛下の命令ならどんなことでもする。その覚悟を持って剣を取ったのですか?」
「……ううん」
しばしの沈黙の後、アーニャは力なく首を振った。
「違う。身体を動かすのは得意だった。機械も、喋らないから好きだった。だからラウンズになっただけ」
無口なアーニャには普通の軍隊は辛いだろう。
無名からストレートで皇族の専任騎士に、とかなら話は別だが、そんなルートは狙ってできるものではない。ナイトオブラウンズは能力さえあれば身分や性格をあまり問われないため、うってつけだっただろう。
「ですが、ラウンズでいる限り、陛下の命令には従わないといけません」
「っ」
「必要であれば私も、ユーフェミアさまも、学園の生徒達も殺して、セシリアさんを拘束する。成果を挙げれば陛下は認めてくださるでしょう。代わりに──悲しむ人もたくさんいるでしょう」
無数の犠牲を払って皇帝一人と地位を守るか。
それとも、あらゆるものを失う覚悟で抗うか。
正直、アーニャの歳で迫られるには過酷すぎる選択だが、彼女自身が選ばなければ意味がない。
「私にも譲れないものがあります。大切なものを守るためなら、私は抗います。……もちろん、暴力的な手段はできるだけ使いたくありませんが」
死にたくはないし、死ぬ人間は少ない方がいい。
「でも、私は──自分を抑えられないから」
「違います」
「え?」
少女の顔が上がり、俺を見つめる。
真っすぐに見つめ返しながら、俺は続けた。
「アーニャさんに私を傷つけさせようとしているのは、アーニャさんの中にいる別の存在です。……おおよその予想はついているんです」
「どういうこと、リリィ? 私の中に、別の人がいるって──」
「もし、受け止める覚悟があるのであればお話します。もしかすると世界の闇に触れることになるかもしれませんが……」
「教えて」
意識の欠落によって決定的な事態を招きかけた少女は、原因の追究を迷わなかった。
「私はこのままじゃいられない。私は、リリィを殺したくない」
「では、お話します。この世界に存在する不思議な力──ギアスについて」
「……ギアス。そのせいで、私の中に別の人が?」
「はい。誰が入っているのかもおおよそ見当がついています」
俺は、独自にマリアンヌ殺害事件について調べていたことをアーニャに話した。
「当時、アリエス宮には行儀見習いとしてアーニャ・アールストレイムという少女がいました」
「私……?」
「そうです。そして、マリアンヌさま殺害の犯人はV.V.という少年。以前に遭遇した際、彼は『不老不死である』と自ら匂わせていました。よって、魔女C.C.と同種の存在であると考えられます」
V.V.によって殺害されたマリアンヌはギアスを発動させ、偶然覗いていた幼い少女──アーニャに乗り移った。
「C.C.の捕縛、つまり皇帝陛下の目的を『もう一人のアーニャさん』が遂行しようとしているのも、そのためにアーニャさんを追い詰めようとしているのも当然です。マリアンヌさまは皇妃。皇帝陛下の妻なのですから」
「じゃ、じゃあ、私はマリアンヌ様のせいで今まで──!?」
「おそらく、度々起こる記憶障害はマリアンヌさまがアーニャさんの身体を動かしているせいです。幼少期の記憶が曖昧なのは別件──記憶を操作するギアスの効果と思われますが」
「……そんな」
併せて俺のギアスについても説明する。
およそ半径一メートル以内で発動したギアス、あるいは範囲内にある持続型のギアスの効果を打ち消す。
魂を移すギアスの効果が人格交代の際に働いているとすれば、俺の近くにいる限りマリアンヌが表に出てくることはない。
「実演が難しいのですが……。そうですね、そこにいるマオは他人の心の声を聴くことができます。彼に咲世子さんの心の声を聴いてもらいましょうか」
まず、マオの耳を厳重に塞ぐ。
何も聞こえなくしたところでアーニャが咲世子に任意の言葉を囁き、それをマオに読み取ってもらった。
「……咲世子が思いつく一番えっちなこと」
「え!? ちょっと咲世子、なに想像しているの!? 〇〇が××で△△って──」
「アーニャさん、何でもいいとは言いましたがもう少し内容を選んでください。マオも実況しなくていいですから!?」
などというハプニングはあったものの、マオの能力を伝えることには成功。
同じように俺で試したところマオはさっぱり当てられなかったので、ある程度は信じてもらうことができた。
なお、アーニャ本人の心を読ませなかったのはマリアンヌが出てくると面倒だったからである。
「話はわかった。リリィから離れなければ私は大丈夫」
「正直、荒唐無稽な話だと思うのですが、信じていただけましたか?」
「信じる。こんなゲームみたいな話をわざわざ作る意味がわからない」
ごもっとも。
「陛下も、ギアスを持ってる?」
「おそらく記憶操作のギアスを所持しているのではと思っておりますが、確証はありません。身近な方の言動が陛下に謁見する前後で違っていた、などということがあればわかりやすいのですが……」
「……ある」
あるんだ……!?
「ジノが帰ってきた時、思い詰めてた感じだったのに、陛下と会ってからはいつものジノだった。エリア11にいた頃の話を聞いても素っ気なくて『ああ、そんなこともあったっけ』って感じだった」
「私が最後にお会いした時は悩んでいらっしゃいましたし、学園生活も楽しんでいたと思いますので、印象としては食い違いますね」
アーニャによるとジノはラウンズの通常任務に戻っているらしい。
悩みの原因になる記憶や感情をまるごと封印し、ついでに忠誠心を更に強く植え付けた、といったところか。
「ジノにも、ギアスの話をした?」
「しました。悩みの原因の多くはそれだったかと思います」
「なら、納得。ジノは陛下が大好きだから」
おじいちゃんに懐く孫みたいな表現だが、割と適切な気はする。
しばしの沈黙。
アーニャは疲れたように息を吐いて、
「……今まで陛下のことなんて疑ったことはなかった」
「もちろん、今の話は全て出まかせかもしれません。本当だったとしても捕縛され罪に問われてもなんらおかしくない話です。疑ってかかった方がいいかもしれません」
「リリィ。騙そうとする人はそんなこと言わない」
「そうかもしれませんね」
俺はくすりと笑って、アーニャに語りかける。
「急いで選べとは言いません。ですが、しばらくの間は私の傍にいていただけませんか? たとえマリアンヌさまではない別の方だったにせよ、あなたの中にいる『誰か』にも今の話は聞こえてしまっているのです」
「わかってる。きっと『私の中の誰か』は次は失敗しない。そんなことさせたくない」
「アーニャさんが優しい方で良かったです」
もう一度ジノが来ていたら本当にどうしようもなかったかもしれない。
いや、あるいは別の目的のために温存したのか。
──だとしたら。
嫌な予感を覚えつつ、俺はアーニャを落ち着かせるためにも一日の残りをのんびり過ごすことにした。
咲世子にはあちこち連絡してもらわないといけなかったし、マオにも念のため『聴心』で警戒してもらわないといけなかった。
俺自身も「なんでナイトオブシックスがうちに来んのよ!?」というカレンの追及や「お食事は何人分お出しすれば……」という使用人の質問や、召喚命令の件も含めた事情説明などに追われたので完全にゆっくりとはいかなかったのだが。
「っていうかそいつ、義姉さんにべったりくっつきすぎでしょ」
「私、リリィと一緒にいないと死ぬから」
「死ぬか! あんたウサギか何かなわけ!?」
アーニャと会ったカレンはとても騒がしかった。
当のアーニャはうちの家の食事を「美味しい」と頬張ったり、何かにつけて俺に話しかけてきたりと、まるで妹が増えたかのような振る舞いだったが、
「なんかリリィを取られた気がする」
「もともとマオのものではありませんが?」
微妙に釈然としない様子のマオに咲世子が冷静なツッコミを入れていた。
「ですが、アーニャの体質もどうにかしないといけませんね……」
前に屋敷に泊まった時と同じく一緒にベッドに入り(寝返りで1メートル以上離れないように手を結んでおいた)、呟く俺。
至近距離で俺を見つめたアーニャは首を傾げて、
「治せるの?」
「正直、方法は思いついていません。ギアスを失わせる方法は現状一つしかないのですが、その方法はアーニャには使えないのです」
ギアスディフェンダーの有効範囲もあれから徐々に伸びていたりはする(普段はフェイクの意味もあって1メートルで制御している)のだが、いかんせん一メートルが二、三メートルまで伸びたところであまり大した意味はない。
無効化付与も、せめて八時間くらいに伸びてくれれば便利なのだが。
「考えていれば何か思いつくかもしれませんし、これからもいろいろ考えてみますね」
「うん、ありがとう、リリィ」
リボンで結んでいる方の手が俺の手に繋がれる。
「私、リリィとなら一緒でもいいよ?」
「ありがとうございます。ですが、さすがに不便ですからね。トイレくらいは一人で落ち着きたいでしょう?」
「ん……確かにトイレは困る」
俺達はそんな風に笑い合い、一時だけ面倒なことを忘れて眠った。
翌日。
東京租界を謎の武装集団がKMFを駆って襲撃、C.C.なる人物を求めて暴れまわり始めた。