ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「いや、日本攻略戦は意外な結果になったねえ」
ロイド・アスプルンドは清楚な洋服を纏った少女を向かいに置き、紅茶を片手に声を弾ませた。
「ええ。まさか小さな島国がブリタニアを相手にあそこまで善戦するとは」
おっとりと応え、クッキーと紅茶を口にする婚約者はその端正な顔立ちに何の感情も浮かべないままに同意の言葉を口にする。
リリィ・シュタットフェルト。
名家シュタットフェルト家の養女となった
最近は学校にも通い始めたらしい。
体調が良い時しか行けないので休みがちなのですが、と、困ったような笑みを浮かべながら話してくれた。
「この結果によって
「それはないんじゃないかな。むしろ、対策をされてもあの戦果、と考えるべきだよ」
「そうですか。それならば良いのですが。ロイドさまにとっても、KMFが不要と断じられては困るでしょう?」
「うーん。確かにそれは困るねえ」
日本本土の攻略戦にて、神聖ブリタニア帝国軍は新兵器KMFを初めて実戦投入した。
ランドスピナー等の画期的な機構を搭載した第四世代KMF『グラスゴー』は戦場の花形となったものの、目覚ましい戦果を挙げるには至らなかった。
これは日本側の抵抗がブリタニア軍の想定以上に強かったからだ。
市街地等の限定的なフィールドでは小回りに欠けるため用途の限られる戦車を多用せず、地雷等の罠を用いた地の利による戦術を敢行、更には歩兵に大型の携行砲を持たせてグラスゴーの動きが止まったところを狙うなど、臨機応変な動きを見せた。
現段階でのKMFは実戦投入が可能なレベルには到達しているものの、まだまだ改良の余地が多い。日本軍はそうした欠陥を上手く突いてきた。
KMFはランドスピナーを活用するため、また、どのような地形でも運用可能とするために二足歩行となっている。そのため戦車に比べて脚部が脆く、破壊されると移動を極端に制限されてしまう。そして脚部をピンポイントで狙うのであれば、戦車を使うより的の小さい人間や、どこに埋まっているかわからない地雷を用いる方が効果が高い。
その巧みな戦術は、聡明な軍人、あるいは技術者には一つの印象を与えた。
日本軍はかなり早い段階から、対KMF用の戦術を研究していたのではないか。
対策をされてしまえばKMFは脆い兵器なのではないか。
「でも、本当に大丈夫だと思うよ。だって
「……そうですね」
日本軍の抵抗もあって本土攻略作戦は長期戦に移行。
何度も攻撃を繰り返すことによって相手の兵を疲弊させ、物資を消耗させる作戦は成功するかに見えたが、ここで日本軍は更なる秘策を繰り出して来た。
日本製のKMF・無頼の投入である。
性能的には決して良好とは言えなかったものの、これは確かな戦果を挙げた。
KMFの利点を幾つか挙げると、汎用性が高いことや複雑な作業にも耐えうること、そしてパイロットが一人で済むことなどがある。
特に最後のメリットは大きい。
戦車は操縦主や観測主など複数の乗組員を必要とするため、多くの人員を充てなければならない。その点、KMFはたった一人で操縦でき、かつ、上手くやれば戦車を圧倒できる。
少数精鋭を旨とする日本軍にとって、KMFは相性の良い兵器なのだ。
本国からの輸送や補給を必要とするブリタニアに対し、日本はそれらをダイレクトに行えることもあって、彼我の戦力差はぐっと縮まった。
ところでその無頼だが、鹵獲したグラスゴーを修理・改修したというのが軍部の見解だ。
タイミングから考えれば納得できる話だが、ロイドの見解は違う。
(軍の研究機関に入ることがほぼ内定しているとはいえ)未だ学生である彼のところには入る情報も限られているが、それでも、日本軍のKMFが持つグラスゴーとの相違、また投入数の多さは感じられる。
もちろん鹵獲した分も含まれているのだろうが、おそらく日本軍は以前からKMFの開発に着手していたのだ。その上で、完成させるには情報、もしくは時間が足りなかったか何かで遅れて投入してきた。
情報漏洩。
まあ、無理もない話ではある。何しろ機動兵器だ。本格的な試験には広い場所が必要になるし、そうすれば人目にも触れやすくなる。
実戦投入が決定してからはパイロットの養成も必要だったのだから、完全に秘匿しておくのは無理だ。
とはいえ、
「これだけ都合よく戦況がコントロールされるのは妙だと思わないかい?」
「日本の諜報員が優秀だったということでは?」
「それはそうなんだけどねえ。謎なのは『いつの段階から』『どのように』情報を抜かれていたのかってことさ」
開戦には間に合わなかったにせよ、初の実戦投入に対抗してきたのだ。相当以前から情報収集を行っていたと見た方がいい。
それこそ、第四世代機のグラスゴーも、第三世代機のガニメデも試作機すら出来上がっていない頃から、KMFが将来脅威となることを予期されていたのではないか。
でなければ情報を集めたとしても製作に踏み切れはしなかったはずだ。
リリィはことん、とティーカップを置くと小首を傾げた。
「考えても仕方のないことでは? KMF開発において
「そうだね。確かにそうだ。そもそも、僕は政治家でも策略家でもないしね」
ロイドは肩を竦め、皿に盛られたクッキーを掴み、まとめて口に放り込んだ。
少女が眉をひそめて「はしたないですよ」と注意してくるが、気にしない。
──そう、ロイドは気にしない。
絶妙なタイミングで逃げるようにやってきた日本人の少女。
過去の経歴を抹消し、ブリタニア名家の養女となった上、将来は軍の兵器開発に関わるであろうロイドと婚約した少女。
歳の割に聡明な彼女と日本軍の奇妙な動きを結び付けたりはしない。
証拠がないし、荒唐無稽な話でもある。わざわざ気にして証拠を集めるほど暇でもない。
少女がブリタニアを利する者か否か、などということはロイドにとってどうでもいい。彼が好悪を判断するのはもっと別の部分である。
リリィ・シュタットフェルトは兵器について延々語っても嫌な顔せず付き合ってくれるし、キスして欲しいだのデートがしたいだのうるさいことも言って来ない。
どうしても会いたい時は「少しは婚約者らしい振る舞いも必要です」と理詰めで来るあたり、ロイドの扱い方を弁えている。
他の相手にすげ替えられては困る、と思う程度には、ロイド・アスプルンドは彼女を気に入っている。
「リリィはこの戦い、どうなると思う?」
「ブリタニアの勝利でしょう。そもそも、防衛に徹している時点で日本側に勝利はありえません。膠着状態を作り、ブリタニアに『拘泥するだけ損』と思わせられれば話は別ですが、サクラダイトの重要採掘拠点である日本を諦めるとも思えません」
日本が負けるのは時間の問題。
一度、ブリタニアが引き上げるという展開はあるかもしれないが、それはあらためて大攻勢を行うための準備だろう、と少女は言った。
そして、彼女の予言は殆ど的中することになる。
◆ ◆ ◆
わかってはいたけどブリタニア軍が強すぎる。
かなり前から戦争の準備を進めてた日本軍が時間稼ぎしかできないとか、ちょっとチート過ぎやしないだろうか。
そもそも原作のルルーシュも武力でブリタニアを降伏させたわけじゃない。必死に戦っている間になんやかんやで皇帝を殺すチャンスが巡ってきただけだ。
むしろ、俺からの不確かな情報を十分すぎるほど活かしてKMFを作ってみせた日本軍が凄い、と言うべきか。
普通の戦争なら痛み分けで終わってもおかしくない状況。
ただ、ブリタニアに関してそれは無い。
とある事情からブリタニア皇帝は人的被害を軽視しているし、日本のとある島にあるとある遺跡を重要視している。
サクラダイトの件も含めればなんとしてでも日本を占領しに来るとわかる。
わかっていても特にできることがないのが歯がゆい。
何度か送っていた日本への手紙も戦争のせいで送れなくなった。
俺は内心で苛立ちのようなものを感じながら学生生活を送った。
ブリタニア本国にあるお嬢様学校。
通っているのはお金持ちの子供達と成績優秀な特待生。養父としてはシュタットフェルト家の資産をアピールしたいのか、向こうからこの学校を指定してきた。
日焼け対策を万全にし、日傘をさしていても目立たないので俺としてもありがたい。入学前から予習をしていた甲斐があったのか勉強にもついていけている。
「リリィ様はお身体が弱いのですよね?」
「ええ。ですので、残念ながら毎日は通えないのです」
「大変なのですね……」
「私達にできることがあったらなんでも言ってくださいね」
「ありがとうございます、皆さま」
お嬢様学校だけあって生徒にも良い人が多い。
身体が弱いと言えば心配してくれたし、話しかければ笑顔で応じてくれる。
運動部に入るどころか外で日向ぼっこするのも難しい俺は自然と交友関係を広げ、生徒達の噂話から情報収集をするようになった。
とはいえ、みんながみんな善良な人物というわけでもない。
「あれがシュタットフェルト家の養女」
「平民の癖に大きな顔をして」
「もっと大人しくしていればいいのに」
プライドの高い者達からは嫌われているようで、ひそひそと嫌な話し声が聞こえてくることも珍しくなかった。
どうにかしたいところだが、面と向かって喧嘩を買うのは逆効果。
なので、普段は聞こえていないフリを徹底、悪意は全てスルーしながらテストで良い点を取り、学力でぶん殴ることになった。
前世の知識があるわけだからガチのチートだが、良い成績を取っておきたい事情もある。
一回目のテスト後は「まぐれ」だの「その程度で調子に乗るな」だの言っていた連中も二回、三回と続けていくうちに大人しくなった。
俺が伯爵家と婚約関係にあるというのが広まったせいもあるかもしれない。
そんなふうにして中等部一年生の生活があっという間に過ぎようとしていた頃、俺にコンタクトを取ってくる上級生がいた。
「リリィ・シュタットフェルトさん。生徒会に入る気はありませんか?」
生徒会長に立候補中の二年生──つまり、順当に行けば次期生徒会長となる少女だった。
生徒会。
原作の学園パートにおいても重要な役割を果たしていた組織だ。といっても、それは『エリア11』に設立される(つまりまだ存在すらしていない)アッシュフォード学園の生徒会の話。今いる学園とは何の関係もない。
俺は悩み、養父母にも相談した上でその話を受けた。
役職は書記。
生徒会書記、リリィ・シュタットフェルトの誕生である。
書記なら地味だし、資料整理が主になるから学園内を歩き回る必要もない。休みがちでも持ち帰り仕事でカバーできる。
実働は見事会長になった先輩や他の役員に任せておけばいい。
そんなことを考えつつ中学二年の春を迎えた俺は、適度に生徒会の仕事を手伝いつつ、一年目と同じように情報収集に努めた。
日本とブリタニアの戦争の話。
貴族や政財界に関する話。
部活の愚痴とか恋愛話も交ざるので効率は良くないが、勉強だけしているよりは気分転換になるし、学生時代のコネが将来役に立つかもしれない。
休み時間の度にお喋りに興じるのはもちろん、話し相手がいない時は廊下を歩いて他の人の話に聞き耳を立ててみたり。
その日も昼食を終えて(小食なので時間はかからない)廊下の壁際をのんびり歩いていた。
何か面白い話はないかと思いつつ角を曲がろうとして──身体に衝撃。
とすん、と尻もちをついた俺は、角の向こうから飛び出してきた少女が同じように尻もちをついているのを見た。
「ごめんなさい! あの、大丈夫ですか!?」
彼女は俺よりも早く立ち上がると手を差し伸べてくれる。
「お昼遅くなっちゃって、購買に行こうとしてたからつい」
「ありがとうございます。こちらこそ前方不注意でした」
どことなく快活そうな印象を受ける金髪の少女。
何故か既視感を覚えた俺は、どこかで会ったことがあっただろうか、と思いながら彼女の手を取り、立ち上がった。
リボンの色からすると新入生。
残念ながら身長は向こうが上であり、傍目だと俺の方が年下だが。
「? どうしました?」
「いえ、その。なんだか初めて会う方のような気がしなかったので」
って、この言い方だと口説いているみたいじゃないか。
「たぶん、初対面だと思いますよ。私、先輩の髪を見たら絶対覚えてるはずですから」
向こうもそう思ったのか、くすりと笑いながら言って、
「私、ミレイ・アッシュフォードっていいます」
どこかで聞いたことのある名前を口にしたのだった。
日間ランキング二位ありがとうございます。
びっくりしすぎて嬉しい悲鳴が出ました。