ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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白い魔女・リリィ 四

 ルルーシュのギアスは対象の身体に「縁のある人間の魂」を一時的に宿らせる。

 

 既に二つの魂が入っているアーニャの身体へさらに魂が宿るのか──という懸念については幸い、なんの問題もなく解消された。

 俺達が固唾を呑んで見守る中、呼び出されたのはマリアンヌの祖父だった。

 

「お前のお陰で我が家も裕福になった。国のために尽くすことは名誉でもある。だが……そのために多くの人間を殺めて欲しいとは思わぬ」

 

 交代で呼び出されたのは、暴漢に殺された庶民時代の友人。

 

「私、あの時、この国をもっと平和にしてねってお願いしたよね? もしかして、そのこと忘れちゃったの?」

 

 政争で死んだ協力者。

 

「国の繁栄を願ってあなた方に未来を託しました。ですが、よもや個人的な望みに世界を巻き込もうとされているとは。……どうか、せめて実行前に民意を問うてはくれませんか?」

 

 それぞれがそれぞれの言葉で、アーニャの身体に引っ込んでいるマリアンヌに語り掛けた。

 ルルーシュはここでギアスを打ち切って息を吐いた。

 

「……もういいだろう。母さん、彼らの意見を聞いてどう思う?」

 

 今度こそ出てこないかと思ったが、マリアンヌは答えた。

 答えなかったらそれこそ負けだと思ったのだろう。

 

「今、彼らがどう思っていようと関係ないわ。結果が出れば誰もが納得するもの」

「っ。そうやって真実を誤魔化して、世界までも巻き込もうというのか!?」

「巻き込むのではなく導くのよ。いつの世も、革新的な思想というのは理解されないものなの。そして、浸透した後になって『素晴らしい』と理解される」

 

 堪えきれなくなったようなルルーシュの問いかけにもマリアンヌは揺るがない。

 

「……一応言っておくけど、この人、本気だよ」

 

 マオがおずおずと補足。

 そう。

 マリアンヌはどこまでもこの理想を追い求めている。彼女には騙そうなどという気はない。いや、自分達の理想が絶対的に素晴らしいと確信しているからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 ルルーシュ達が協力してくれるならより良いが、今ここで批判を受けたとしても、ラグナレクの接続が成ってしまえばみんな賛同者になるのだと。

 

 スザクが一歩踏み出し、腕を振るって声を荒らげる。

 

「それは逃げ道を潰す行為だ! 後戻りできなくしてから『この道が正しかった』と主張することになんの意味がある!?」

「分からず屋ね、枢木スザク。貴方のお父さんも頑なな人だったわ」

「貴様、父を侮辱するのか!?」

「言いたくもなるわ。誰も彼も理解してくれないのだもの。ね、ルルーシュ、ナナリー、クロヴィス。私やシャルルが説明を省いた理由がわかるでしょう?」

 

 言えば誰もが反発する。

 だからこそ、言っても無駄だと判断した。

 

「平行線ですわね」

 

 神楽耶が淡々と呟く。

 

「マリアンヌ様は自らの考えを絶対に曲げない。であれば説得など無意味でしょう。賛同するかしないか。納得できるかそうでないか。二つに一つしかありません」

 

 折衷案、などという都合の良いものは存在しない。

 相容れない考えはどこまで行っても相容れないのだ。

 

 ──沈黙が降りる。

 

 ゆっくりとナナリーが口を開き、静かに母へ問いかける。

 

「お母様。私は、お母様やお兄様と一緒にアリエスの離宮で暮らせればそれで良かったのです。お母様はそれではいけなかったのですか?」

「……ええ、そうねナナリー。あの頃は私も楽しかったわ。でもね、それじゃ足りないの。もっともっと人は幸せにならなくちゃ」

 

 ここで、苦しそうに首を振ったマオが俺の傍に戻ってくる。

 

「もう聴いていられないよ。ずっと聴いていたら頭がおかしくなりそうだ」

「マオといったか。一体、貴殿は何を聴いた?」

 

 ジェレミアが眉を顰め、マオは苦笑して。

 

「多分信じられないと思うけど。……あの女は、自分の子供を確かに愛してる。でも、同時に()()()()()()()()()()()()

「なっ!? 馬鹿なことを言うな!」

「ジェレミアの言う通りだ。それでは矛盾しているではないか!?」

「別に矛盾はしてないよ。あいつにとっては自分と皇帝が一番。それ以外は別にどうなっても構わないけど、ルルーシュ達にはそれなりの愛着を感じてるってだけ」

 

 まがりなりにも「無数の人間の心の声に耐えていた」マオがこれだけ辟易しているあたり相当なものだが──理解がしがたい、というのはそれだけ強烈なのだろう。

 ユーフェミアが「信じたくない」といった表情で尋ねる。

 

「本当なのですか、マリアンヌ様?」

「難しい質問ね、ユーフェミア。意外に自分の心って自分では説明しきれないものじゃない?」

 

 奇しくも、マリアンヌの浮かべた苦笑はマオとよく似たもので、

 

「でも、そうね。子供達とシャルル、どっちを取るかと聞かれたら私はシャルルを取るわ」

「っ」

「───」

「何故ですか、マリアンヌさま?」

「? 当然でしょう? だって、夫は自分で選んだ相手だけど、どんな子供が生まれてくるかは選べないもの」

 

 ある意味では筋の通った理屈だ。

 人一人のリソースには限りがある。愛情でさえも無限ではない。ならば優先順位がつくのは当然のことで、それは家族であっても例外ではない。

 愛する夫との間にできた子だから無条件で愛せる、などというのは綺麗ごとだ。自分の子供をどうしても愛せずに虐待してしまう親もこの世には無数に存在している。

 マリアンヌの態度は愛しているだけマシともいえるし、一貫しているだけ理解しやすいともいえる。

 

 もちろん、好ましいかどうかを別にした話だが。

 

「そんな、そんな想いで俺達に接していたというのか、ずっと!?」

 

 ルルーシュが叫ぶ。

 彼とてまだ、学年で言えば高校一年生にすぎない。まして、両親からの愛情を十分に受け取れていなかった彼は、だんだんと素の感情をむき出しにし始めていた。

 

「母さんが殺されて、俺とナナリーがどれだけ苦しんだと思う!? どれだけ悲しかったと思う!? それは貴女を愛していたからだ!」

「ああもう。だからちゃんと愛してたってば。……どうして伝わらないのかしら」

 

 僅かに苛立ちを浮かべて続けられた言葉が、決定打だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 マリアンヌは笑む。

 

「手伝って頂戴、ルルーシュ、ナナリー。二人とも私のことが大好きなんでしょう? だったら、ここで一つ親孝行をして頂戴よ」

「スザクさん」

「わかってる」

 

 ぐっと拳を握った少年に声をかけ、暴挙を抑えさせる。

 これはもう、マリアンヌとルルーシュ達の問題だ。

 

「……できません」

 

 車椅子の少女が首を振った。

 

「ナナリー?」

「お母様、私はお母様には協力できません。私も嘘は嫌いです。でも、だからこそ、人は言葉で、行動で、分かり合わなければいけないんです。言って伝わらないから無理矢理ひとつになろうなんて、暴力で従わせているのと何も変わりません」

「ああ、そうだな、ナナリー」

 

 俯きかけていた少年が顔を上げ、妹の肩に手を置く。

 

「ルルーシュ」

「母さん。俺は貴女方とは異なる道を行く。チェスか、将棋か。そんなことは知らないが、盤面をひっくり返して全てをなかったことにしようとしている時点で、貴女はあらゆるルールやマナーを逸脱している」

 

 そして、あるいは誰よりも強い心を持った少女が、異母兄妹に寄りそう。

 

「マリアンヌ様。亡くなられた方々が仰られた通りです。理解してもらいたいのなら、言葉を尽くす努力を惜しんではなりません。諦めたらそこで終わりです。理解してもらえるまで何度でも、何年かかってでも努め続けるべきなのです」

「……ユーフェミア」

 

 嘆息。

 付き合いきれない、とばかりに、ナイトオブシックスの身体を借りた皇妃は首を振って、

 

「もういいわ。クロヴィス、ジェレミア。()()()。私の縄を解きなさい」

「なっ!?」

「マリアンヌ様!?」

「全員殺せ、と言いたいところだけど、枢木スザクと篠崎咲世子の相手は荷が重いでしょ? とにかくここを脱出してシャルルと合流するわ。私の役に立って頂戴」

 

 ……そう来たか。

 咲世子が臨戦態勢に入り、ルルーシュが妹二人を庇いながら後退する。

 

「ユフィ、一緒に来い。まだ国にすらなっていないが、新しい日本はあらゆる者を受け入れる自由な国にするつもりだ」

 

 スザクが頷いて、

 

「リリィ、君もだ。会社の人達をどうするかは後で考えよう。こうなったら一度戻ってくるしかない」

「させないわ。リリィ・シュタットフェルトだけは生かしておいてはいけない。さあ、クロヴィス、ジェレミア!」

 

 そして。

 

「できません」

「私も、そのご命令には従えません」

「なっ!?」

 

 特にマリアンヌへの想いが強かったであろう二人は──しかし、愛する女の命令を拒否した。

 

「芸術とは『個性』によって生まれるものです。そして、優れた芸術とは鑑賞しただけで『共感』を生む。私は貴女の奔放な性格に惹かれた。だが、奔放であることと不遜であることは違う」

「私は皇族に忠誠を誓っております。ですが、それは国を想ってのこと。民を想わず、国の繁栄を願わぬ皇族に忠義を尽くすことはできません」

「……あーあ。もう、どうしてこう上手くいかないのかしら」

 

 投げやりな、何もかも諦めたような声が、可憐な少女の唇から漏れる。

 

「いいわ。殺しなさい。殺さないなら私は計画を続けるわ。なんなら自分で舌を噛んでもいいけれど」

「その必要はない」

「え?」

 

 踏み出したルルーシュがギアスディフェンダーの範囲から出て、目を輝かせる。

 

「これ、は……!?」

「『Cの世界』との接続とやらに拘っていたな。なら、一足先に味わってみるがいい。お前が無残に殺した者達との魂の共有を!」

「あ、あああああああああぁぁぁっっ!?」

 

 絶叫が、さほど広くない部屋に木霊し、やがてアーニャの身体はぷつりと、電池が切れたかのように動かなくなった。

 程なくして目覚めたのは、

 

「……リリィ?」

「アーニャさん……!」

 

 元の愛らしい、アーニャ・アールストレイムだった。

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュのギアスは対象の身体に「縁のある人間の魂」を一時的に宿らせる。

 

 ここで言う「縁」とは良い縁に限らない。

 悪い縁で結ばれた魂を召喚した場合、魂は牙を剥き、宿った者に憎悪や怨嗟を浴びせかける。

 例えばそう、殺した者と殺された者の関係が顕著だ。

 

「アーニャさん、体調はどうですか? 気分は悪くありませんか?」

「……うん。すごく悪い夢を見た気がするけど、大丈夫。身体は元気」

「良かった……」

 

 呼び出された魂はマリアンヌに恨みを持つ者。

 アーニャに恨みはないどころか、ある意味では同じ被害者。大きな影響を受けることはなかったようだ。

 ある程度の悪意は感じたかもしれないが──マリアンヌが感じたことをアーニャは記憶できない、というギアスの仕組みがここで役に立った。

 

「スザク。アーニャ・アールストレイムのギアスを確認してくれないか?」

「ああ」

 

 解析の結果、アーニャはギアスを持っていなかった。

 実験の前は通常とは違う見え方でマリアンヌのギアスが表示されたらしいので──。

 

「では、お母様は……」

「ああ。今度こそ『Cの世界』とやらに行ったんだろうな」

「……お母様」

「泣くな、ナナリー。あの人はとっくに死んでいるはずだった。それがギアスなんて力のせいで生きながらえてしまった。だからおかしくなったんだ」

「そうですわね。ギアスは人の心に歪みをもたらします。お父様の野望も止めて差し上げなくてはなりません」

「……そうだな。シュナイゼルやコーネリアと連絡を取り、計画を最終段階に移すことにしよう」

「は。どこまでもお伴いたします、クロヴィス殿下」

 

 マリアンヌを否定したルルーシュ達は人として生きることを選んだ。

 ルルーシュのギアスによってアーニャは突然の意識喪失という『持病』を克服した。

 

「ありがとう、ルルーシュ。……あれ、ルルーシュ様?」

「ルルーシュでいい。気にするな、アーニャ・アールストレイム。むしろ我が母が世話をかけたな」

「うん。……でも、ちょっと可哀そうな最期だったかも」

 

 そうかもしれない。

 マリアンヌは結局、自分の考えを周囲すべてから否定されて逝った。

 誰からも肯定されない、というのはきっと辛かっただろう。

 

「どうせなら楽しいことを考えましょう。これからは気兼ねなくゲームができますよ、アーニャさん」

「早くラウンズを辞めてのんびりしたい」

「なんだ、早々に隠居でもするつもりか? その腕を腐らせておくのは勿体ない。日本の防衛組織に加わって欲しいくらいだが」

「いい。KMFは好きだけど、別に本物じゃなくてもいい。リリィに雇ってもらう」

「いや、元ナイトオブシックスを雇うゲーム会社って……」

 

 まあ、うちには不老不死の魔女もいる(いた?)のだから今更と言えば今更だが。

 

「ありがとうございました、皆さん。……皆さんが『今』を選んでくださって安心しました」

「あら、それこそ気にしすぎですわ。皆さん自分の意志で選んだ道ですもの。ねえ?」

「そうだな。……先輩、貴女はいい加減背負いこみすぎだ。いい機会だから知っていることは全部吐け。後は俺達がなんとかする」

「ルルーシュさん……」

 

 やばい、視界がおかしくなってきた。

 涙ぐむ俺を見てみんなから穏やかな笑いが起こる。

 

 しばらくして、隅に転がったV.V.が抗議するようにむーむー言い始めたので、俺達は「まだまだやることはある」と思いだした。

 

「さて、こいつはどうしたものか」

「幾多の陰謀を巡らせてきたテロリストだ。しかるべきところで裁判にかけ、罪を償ってもらうのが筋だが……」

 

 ちらりと俺を見てくる皇族男子二人。

 いや、そこで「いい案はないのか?」とばかりに頼られても困るんだが。

 

「とりあえず、マオのギアスを初期化してもらえないでしょうか」

「!?」

 

 V.V.本人に聞いてみたら「嫌に決まってるだろう!?」と言われた。


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