ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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篠崎家の生き神様

 日本の、とあるどこにでもあるような山奥にひとつ、古い日本屋敷がある。

 華々しい世界には決して出てくることのない、知る人ぞ知る古い家。

 地元の年寄りに聞けば大抵は「ああ、篠崎さんね」と答えるだろう。しかし、具体的に何をしているのかと尋ねると途端に首を捻るに違いない。

 

 ──武術の道場だ、いや山を所有して林業や作物栽培で収入を得ているのだ、いやいや実は怪しい神様を祀っているのだ、等々。

 

 好き勝手な想像をする彼らは、しかし思ってもみないだろう。

 自分達の口にした多くが実は案外的を射ていたりするなどとは。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 ひんやりとした冬の空気が包み込む道場に、どん、と衝撃音が響いた。

 

 少年が一人、床に転がされた音だ。

 

 歳はまだ幼い。

 本格的な成長を控えた小さな身体は、しかし、同世代の子供と比べて頑丈かつしなやかにできている。十分に鍛えられている証拠に、今も簡単な受け身を取ってダメージを逃がしていた。

 だが。

 何もできずにあしらわれた、という思いは精神的に堪えるようで、瞳には涙が滲んでいる。

 

「兄様」

 

 少年──双子の兄と共に()と対峙していた少女が慌てて駆け寄る。

 黒髪、と呼ぶにはかなり色味の薄い髪と青みがかった瞳を持った子だ。肌の色もまた純粋な日本人と呼ぶには白く、そのせいもあって、整った顔立ちは人形のようにも見える。

 少女のそうした特徴に気づいた上で兄、少年を見れば、彼もまた妹ほどではないにせよ似たような特徴を持っていることに気づくだろう。

 

「大丈夫」

 

 答えた少年は妹に答えると顔を上げて、

 

「それより」

「は、はい」

 

 多くを語らずとも少女にもわかっていた。

 兄妹が纏っているのは簡素な稽古着。この戦いは二対一であり、二人で協力して打ち勝てばいいものだ。よって、兄が一度転がされた程度で終わりにはならない。

 きゅっ、と、唇を引き結んで敵を見つめた少女は立って姿勢を正し、

 

「や、やああああぁぁっっ──きゃっ!?」

 

 あっさりと兄の隣に転がされた。

 

 

 

 

 

 兄妹は山奥にある古い家「篠崎家」の直系として生まれた。

 篠崎家は古くから伝わる特殊な武術を伝承している家系であり、少年も少女も当然のように幼い頃から身体を鍛え、いずれは継承者として家を導いていくことを求められた。

 否。

 正確に言えば一度だけ、本格的な訓練が始まる前に「訓練を受けるか受けないか」を尋ねられたことはあったのだが、

 

「こんなに辛いとは思いませんでした」

「こんなことをして本当に強くなれるんですか?」

 

 約一時間後。

 二人合計で百を超える回数、床に転がされた兄妹は立ち上がる気力も失い、床に座り込んだまま泣き言を口にした。

 見上げるのはさっきまで二人がかりの攻撃をかるがる一蹴し、鬼の如き「しごき」を実行してくれていた、彼らの祖母である。

 

 祖母──篠崎咲世子はこの家で一番偉い人物だ。

 

 家の者は父を含めて彼女に頭が上がらない。

 兄妹にとっては(稽古の時以外は)一緒に遊んでくれたりお菓子をくれたり、毎年のお年玉が一番多かったりと優しいおばあちゃんではあるのだが、稽古の時の彼女だけは怖くて怖くて仕方ない。

 

 何しろ、何をやっても勝てる気がしない。

 

 たまにやってくる「祖母の古い友人達」に本人は「すっかり身体が動かなくなりました」などと言っているが、今年二十歳になった門下生のお兄さんでさえ「師範には勝てない」と口癖のように言っている。

 だが。

 

「強くなれるかどうかは全て、貴方達の頑張り次第です」

 

 おっとりとした中に凛としたものを含んだ声が静かに返ってくる。

 

「どういう強さが欲しいか。強くなるためにどうすればいいか。それらは自分で考えなくては意味がありません。他人に与えられただけの『意味』とは脆いものだからです」

「では、どうして強くならなければいけないのですか!?」

 

 兄が耐え切れなくなったように叫ぶ。

 

「いつまで経ってもおばあ様には勝てる気がしません。こんなことをしていても楽しくありません!」

 

 これまでの鬱憤が一気に噴き出し、言葉となっていた。

 無理もない。むしろ、ここまで我慢してきただけ偉いと言うべきだろう。今の時代は身体なんて鍛えなくても、ゲームの世界にダイブして英雄や殺し屋になることができる。

 最新鋭のシミュレータを用いたKMF(ナイトメアフレーム)バトルで成果を挙げてプロ選手になれば、当人が運動のできないひ弱野郎だったとしても全世界の憧れの的だ。

 武術では銃にもKMFにも勝てない。

 何より、兄妹はまだ()()()()()()()()()なのだ。

 

「──では、止めますか?」

「え?」

 

 しかし。

 祖母が口にしたのは慰めでも謝罪でも、質問の答えでもなかった。

 怒るでもなく静かな声でただ一つの質問を投げてきただけだった。

 

「止めても、いいんですか?」

 

 妹が恐る恐る、といった様子で尋ねると、顎が縦に動いて、

 

「もちろん。やりたくないのならば止めなさい。意思のない者が得られる強さなどたかが知れています。他の子のようにゲームをするのもいいでしょう。スポーツの選手になるのも、知りたいことを学ぶのも。芸術の道に進むのも」

「……そんな、簡単に?」

 

 じゃあ、これまでさんざんしごかれてきたのはなんだったのか、と兄は呟くが──すると、祖母は苦笑して答えた。

 

「別に簡単ではありません。今日は貴方達の十歳の誕生日でしょう? そろそろもう一度、身の振り方を考え直す時期だと思ったのです」

 

 そこで祖母は言葉を切ると、少し考えるようにしてから、

 

「貴方達に会わせたい人がいます。……本当はもう少し先にしようと思っていましたが、ちょうどいい機会かもしれませんね」

「会わせたい」

「人?」

 

 兄妹は顔を見合わせた。

 二人は子供ながら結構色んな有名人を知っている。どういうわけか祖母や父がそういう人物と知り合いだからだ。

 だから、ちょっとやそっとでは驚かない自信はあったのだが、

 

「ええ。神様です」

 

 祖母の言葉に、さすがに声を出して驚くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 神様に会わせると言った祖母は二人を更に山の奥へと連れだした。

 

「こっちって……」

「入っちゃだめって父さまから言われているところ……」

「ええ。獣もいて危ないですからね。ですが、今日は特別です」

 

 山や森を歩くのは慣れている。

 木々の間を縫って歩くこと約十分、兄妹が飽きて「本当にこんなところに神様がいるのか」と思い始めた頃、急に視界が開けた。

 森の広場とでもいうように丸く木々のない空間があって、その中央には白い建物が建っていた。

 

 ──ブリタニア式の建物。

 

 神殿でも建っているのかと思えば少々拍子抜けである。

 ブリタニアの建築は見慣れた日本家屋と違い機能的で美しく、この建物もその例に漏れない素晴らしいものではあるのだが、今時、街に出ればこういう建物は珍しくない。

 様式としても最新型と比べて少々古いように感じるが、

 

「ここに神様がいるのですか?」

「ええ。神様は寒がりで暑がりで、アニメやゲームが大好きなのですよ」

「神様が?」

 

 ますますわけがわからない。

 

 こんなところに家があるのは知らなかったが、神様というのは大袈裟に違いない。

 兄妹は思いながら祖母に続いた。

 網膜認証で入り口を開けて中に入る。中もブリタニア式で、現代っ子である兄妹にとってはなじみ深いものだった。学校はもちろん、友人達の家もこういうのが多い。

 神様が現代家屋に住んでいて現代人が古い屋敷に住んでいるのは逆なのではないかと思うが、

 

「百合?」

 

 知ってか知らずか、祖母は誰かの名を呼んだ。

 

「姉さまですか?」

 

 返事はすぐにあった。

 ドーム式の建物の幾つかあるドアの一つが開き、そこから一人の女性が出てきたのだ。

 

 ──透き通るように白い肌をした全裸の女性が。

 

 歳は二十代前半。シャワーを浴びていたのか髪と肌はしっとりと濡れていて、手にしたバスタオル以外に隠すものは何もない。

 なだらかな身体のラインがまるわかりで、母の裸なら慣れている兄妹もこれには思わず赤面してしまう。

 妹の方は使用人に身体を洗ってもらうことも多くまだマシだが、兄にとってはほぼ初めて見る妙齢の女性の裸であった。

 

 それに何より、彼女の容姿は人間離れしていた。

 

 髪は肌と同じく真っ白で、まるで糸のよう。瞳は赤く、そこだけが浮かび上がって見える。

 何より身体に傷一つ、染み一つなく、まるで芸術品のようだ。

 

「……神様」

 

 思わず呟くと同時に向こうも兄妹に気づいたらしく、うっすらと頬を赤らめた。

 

「姉さま、この子達はもしかして……?」

「ええ、そうよ。だからせめて身体を隠して頂戴」

「そ、そうですね。人さまにお見せするようなものではありませんし」

 

 一体何を言ってるんだ。

 困惑しているうちに神様(仮)は身体を拭き始めた。見かねた咲世子が手伝い、あっという間に着替えは完了。

 淡いブルーのドレス風ワンピースに身を包んだ女性はどこか照れくさそうに微笑んで、

 

「初めまして。二人のことは姉さま──咲世子から聞いています。どうか、よろしくお願いしますね?」

 

 一生忘れられない表情を、兄妹の目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

「あなたが、神様?」

 

 女性──百合は嫌がることなく質問に答えてくれた。

 

「ええ、まあ。神様というほど大層なものではありませんが、一応、この篠崎家で祀られている身です」

 

 言わば現人神のような存在、ということらしい。

 篠崎家は古い武術を伝える傍ら百合の存在を世間から隠し、守っている。

 百合の持つ神の力が知られれば悪用しようとする輩が必ず出てくる。それを防ぐため、この場所を知っているのは一族でも限られた者だけらしい。

 直系である兄妹であっても、本来はもう少し大きくなってから連れて来られる場所なのだとか。

 

「では、僕達が稽古しているのは……?」

「ええ。百合を守って欲しい、という気持ちもあったからです」

「百合様を……」

 

 当の本人は「百合で構いません」と言ったものの、とても呼び捨てにする気にはなれなかった。

 どうして咲世子が「百合」と呼び、百合が「姉さま」と呼んでいるのかは謎だが。まさか姉妹なのだろうか。

 だとしたら二十は歳が離れていないはずで──神様というのも実は正しいのではないかと思えてくる。

 

 百合もまた頷いて、

 

「そう、私は求めています。誰かを守るために力を尽くせる、純粋な心と力の持ち主を」

 

 彼女は兄妹でも咲世子でもない、どこか遠くを見た。

 

「そして願わくば、私の志を継いでくれる者が現れてくれることを」

「志……」

 

 幼い少年少女には、百合の言っていることの全てはわからなかった。

 ただ、自分達が何か尊いものと出会ったことだけは心の奥底で理解できた。

 

 咲世子は微笑んで、

 

「二人とも。さっきも言った通り、これは強制ではありません。ここであったことは忘れ、普通の生活を送ることも一つの選択です。もちろん、他人に口外しないことは絶対条件になりますが」

「辛く厳しい修行に耐えるのも一つの才能です。誰にでもできることではありません。後悔しないように、あなた達自身で選んでください」

 

 よく見るとどこか似た雰囲気のある二人を見上げながら、兄妹は心に決めていた。

 

 ──もう一度、頑張ってみよう、と。

 

 そう口にすると咲世子と百合は嬉しそうに笑ってくれた。

 

「良い返事です。……あ、ですが、子供だけでここに来てはいけませんよ?」

「危ないですからね。あ、代わりにゲーム仲間になりましょう。私、こう見えてもゲームが好きなんですよ。二人の好きなゲームはなんですか?」

「え?」

「あ……?」

 

 咲世子の言いつけはいいとして、百合の台詞は全く頭に入ってこなかった。

 本当にゲーム好きなのかと愕然としつつ娯楽部屋に連れて行ってもらうと、想像の数倍はくだらない量のアニメやマンガ、ゲームで溢れていた。

 特にゲームはすごい。兄妹が今ハマっているゲームも当然のようにあったし、ついでに言えばレベルも百合の方が高かった。今となっては伝説となっている「かつてゲーム業界を一変させたあの会社」のゲームも初代から全部揃っていた。

 

「こ、これ、借りてもいいですか?」

「もちろん。ハードごと貸しましょう。……あ、でも、特典系は置いていってくださいね?」

「は、はい!」

 

 素直に従ったため、兄妹が特典の中身を見ることはなく──百合が置いていかせた本当の理由を知ることもなかったが、ともあれ。

 以後、兄妹は稽古に対して並々ならぬ熱意を燃やすようになり、目覚ましい進歩を遂げていく。

 十三歳にして二人がかりで咲世子から一本を取り、更に精進。十五の頃、妹は才能の限界を感じて上を目指すのを諦めたものの、兄は十八にして「全盛期の咲世子に勝るとも劣らない」と言われるまでになった。

 

 そして。

 

 二人は「篠崎家の神」と「その守護者」それぞれの後継者を輩出する「篠崎家の伝統」、その礎として後世に名を遺すことになる。

 なお、兄に技の全てを授けた咲世子は残り少ない時間を全て百合の元で過ごしたが、二人がそこでどのような会話を交わしたのか、二人の口から語られることはなかった。




これにて本編は完結となります。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。

自分の中での最高の成果をぶっちぎりで上回る反響を頂き、お陰でここまでたどり着くことができました。

今度こそ不定期更新になるかもですが、番外編として何か書く予定です。

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